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石炭紀紀行(鱗木SF・改)  作者: 夢幻考路 Powered by IV-7
前日譚 超時空ゲートのある世界ー石炭紀、来るよね?ー
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宇宙空港、時空への旅 〈未来の地球人は、どうなる?〉

「石炭紀、来るよね?」

アマチュア博物学者のケイを誘ったのは、大学の同級生、現役の恐竜生態研究者のアリアだった。

そして、2人は旅に出た。

私はいま、東京国際空港、宇宙線ターミナルにいる。


カイロウドウケツのガラス細工を思わせるような、半透明のトラス構造が、柔らかに空間を照らす。


行き交う人々のざわめきは、その空まで届きそうなドームの隅々に、ひゅっと吸い込まれていく。


人も声もひしめいているはずなのに、声も、息遣いも、混沌には至らなかった。

不思議と、ノイズキャンセリングされたみたいで、聞こうと思えばだれの声でも、聞き取れそうだった。


私は、ただただ見上げていた――こんなに綺麗なところに、足を運んだことがなかったから。

設計の妙か、それとも技術の妙か。

私が生きてきた、築何百年かしれない自己修復コンクリートの街とは、あまりに何もかも、違っていた。


皆が見上げる先がある。

掲げられた、巨大な発着掲示板。

びっしりと埋まった文字列が、ぱたり、ぱたりと言語表記を切り替えながら、ゆったりと流れる。

皆、自分の言語が表示されるまで待っているのだ。

行き先を、上から順に目を通してみることにした。

さまざまな宇宙基地、星々、地質年代――見たことのない名前も、多かった。

中には木星航路トランジット専用便、なんてものまである。


人々の顔ぶれは、実に多様だ。


きっちりとスーツに身を包んだビジネスマン。

旅にはしゃぐ観光客たちは、背中や肩の大きく開いた服で歩き回り、中には刺青をのぞかせている人もいる。ボディガードに囲まれた政治家までいるし、見たこともないようなデザインの服を着た人たちも、珍しくない。

あの――カラフルな布で体を巻いたような服装にしたって、よく見ると数タイプあった。

伝統衣装のたぐいなのか、それとも独自に発展したものなのか。


肌の色も、顔立ちも、そしてファッションまでもが、あまりにさまざまだ。

透き通るように白い、上腕二頭筋が私の顔くらいありそうな、見るからに強そうな人。

逆にすらっとしながらもしなやかな力強さを感じる、玄武岩みたいなくろがねの人々も。


昔の漫画やアニメが、これでもかというほど色を塗り分けていた理由が、よくわかる。

――地毛が青い人は、さすがに見なかったけど。


ひょろりと背が高くて、頭ひとつどころか、ふたつ分は飛び出している人もまた珍しくない。

身長、2mは越えてるんじゃなかろうか。

宇宙で育つと背が高くなるというが、あそこまでいくものなのか。


鼻の高さも、目の奥行きも、顔の輪郭そのものも。

日常では見かけないような差異と個性にあふれていて、私はつい、じろじろと見てしまっていた。

生物の観察をしてきた者としては、どうしても目がいってしまう。

……アウトだとは分かっているけれど。


やはり、宇宙育ちなのだろうか?それとも、普段目に触れない、上流階級の人々なのだろうか。


東京での日常で、こんなにも多様な人々に囲まれることはまずない。

現代の東京人は基本的に浅黒い肌で、身長は女で158㎝、男で171㎝くらい。

かつてあったという人種なるものを感じることは、ほとんどなかった。


その中で、私はひときわ小柄だった。

おかげで子供に見られることが多かったし、いじめられることもあった。

「ケイは、古風なのさ」そう叔父は言っていた。

世が江戸なら私も、そうは浮かなかったかもしれない。

浮世絵に描かれた、かつての東京人はもっと小柄で、肌も真っ白かったらしい。

平均して、男でも160㎝未満といったところだろうか。

その頃なら、私もそうは、浮かなかったかもしれない。


気候変動によって東京が亜熱帯と化したせいか、

それとも、世界的な人の移動のせいか、あるいは出生率の問題か。

――理由は定かでないが、世界はまるっきり変わってしまった。


ほんの数世紀前ですら、まるで違う世界だったのだ。


私は地球育ちだ。

地球では、ちょっと飛行機に乗れば、舟に乗れば、さほどのコストもなく移動することができる。

人々が拡散し、均質化するのは、時間の問題だっただろう。


しかし、宇宙は違うらしい。

スペースコロニーには、かつての文化や人々が、”保存”されている例があると聞く。

創始者効果で違いが増幅されているということもあるだろう。

だから、私は彼ら彼女らを見て、かつてもっと多様だった人々の面影を見ている気がした。

だから私は、旅が始まる以前の時点で、タイムスリップしたかのような錯覚にとらわれた。

人を見るだけで、観察対象にはまるで困らなかったのだった。


目の前を通っていったのは、初老の女性。

月の光を織り込んだようなスカーフをふわりと揺らし、高級ブランドのバッグを軽やかにひらつかせる。

月面基地の低重力だからより細い糸を緻密に織れるのだ、と聞いたけど、ホントだろうか。

彼女は、孫らしき――人形みたいに可憐な少女とにこやかに笑いあう。

旅というより、社交界の延長、という空気すら漂わせていた。

きっと素敵な殿方たちとダンスでも踊ってきたのだろう。

そんなの見たことないけど、宇宙の人たちは運動も兼ねてえらくご執心だそうで。


そしてその後方には、私服の護衛に囲まれた、ひときわ大柄な男がいた。

数歩ごとに立ち止まり、周囲を警戒させながらも、彼自身は悠々と歩を進める。

軽く頷くだけで、空港職員が道をあけるのだから、きっと何かの要人なのだろう。

濃いベージュの仕立て服。

胸元には、純金のピンが、何かの勲章のように光っていた。

地球じゃ純金なんて、普通に生きていれば目に触れることすらない。

私だって、見たことがあるのは大学の研究室でだけだ。


しかし多様、とはいっても、金銭的には、一様だろう。

例外なく、みんな相当な金持ちのように思えて、節約が常に頭から離れない私は、肩身が狭かった。

それもそうだ。宇宙と地球を宇宙旅客機で行き来するというだけで、何十トンという燃料が費やされる。

宇宙との行き来は、湯水のようにお金がかかるのである。

まして、時空の旅は。


――とにかく。

私のような、灰色の作業ジャケットに身を包んだ、

小学生を煤けさせたような小柄な貧民には、

この場所はどうにも、似つかわしくなかった。

いるだけで空気をけがしてしまう気がした。


しかし、隣をふと見上げてみれば、どうだろう。

カーキ色のジャケットの裾には、泥をつけているというのに。

すらりとした長身とすっきりとした顔立ちが、完璧にキマっているではないか。

180㎝くらいありそうなその背には、ウェーブのかかった茶色い髪が、ふわりとなびく。

道行く人も、思わず、振り返っている。

無理もない。

この、いかにも探検家然とした女性こそが、今回私を旅に誘った、アリアだ。

大学で恐竜の生態を調査していて、その生きた姿を、動画でお茶の間に届けている。

ようするに、有名人である。


そんな彼女が隣にいるだけで、私は背筋を伸ばすどころか、むしろ委縮した。


そして困ったことに。

少しでも距離を取ろうとすれば、彼女はすっと近寄ってくるのだ。


……同じ人間、同じ性別とは、誰が思うだろうか。


いや、きっと誰かは思っているはずだ。


「あれ、あのアリアさんかな? で、隣は……彼氏さん?」

「いやいや、なに言ってるの。息子か弟でしょ。どう見ても子どもじゃない」

……とか、そういう感じで。


行き先を告げるアナウンスは絶え間なく響き、靴の立てる音が、響き渡る。

「L1マーストリヒチアン便、出発十五分前。ご搭乗の方は──」

「木星航路は遅延発生中、乗り継ぎ予定の方は──」

流れるのは、様々な地質年代。

三畳紀、ジュラ紀、白亜紀といった「紀」ではなく、マーストリヒチアンとかオーテリビアンとかアッセリアンとか、より細かい「期」で呼ばれていた。

聞いたことのある時代もあれば、私ですら、いつからいつまでか出てこないものもある。

国の名前は知っていても、旅先はいまいちピンとこない空港や都市の名前になる、みたいなものだ。

ベトナム旅行、は分かるけど、行先は「ダナン」…ってどこ?みたいな。

そういう感じだ。


壁の広告には、「今年は三畳紀モンスターサファリが熱い!(物理)」とあった。

――物理って。酷暑と書いたら、誰も来ないのは当然だが。


「限定販売、白亜紀恐竜ラーメン」なんかもある。

試しにすすると――案外、普通だった。


そう、この宇宙空港から、宇宙旅客機に乗って重力井戸を脱して向かう先。

それは月―地球ラグランジュ点に並ぶ時空の扉、超時空ゲートなのだ。


五十二年前のことだった。


数世紀にわたり建設が進められてきた“超時空ゲート”が、ようやく開港した。

強制動員のもと、数えきれないほどの犠牲を払いながらの、完成だった。

私の両親も、どうやらその犠牲者のひとりだったらしい。


しかし、いまやそれこそが、衰退を続けた人類に再興の力を与える、富の源である。


地球上の鉱山は、すでにほとんど掘り尽くされて久しい。

火星連邦からの資源輸入も、常に軍事的緊張と隣り合わせだ。


いまや、超時空ゲートからくる資源がなければ、ボールペン一本すら製造が滞る。


それくらい、私たちは超時空ゲートに依存している。

まさに、化石燃料という形で過去を前借りした、かつての人類のように。



「……ケイ、大丈夫? さっきの、メモリアルホールのことだけど」


アリアはすっと膝を折って、私の視線に合わせた。

身長差は40センチ近くある。彼女はもうほとんど、しゃがみ込んでいる。


琥珀色の大きな瞳が、まっすぐに、でもどこか不安げに揺れていた。


「……両親のこと」


私は答えずにうつむいた。


そのとき、アリアの声が少しだけ、柔らかくなる。


「いいの。私だって……きっと泣いてたと思う」

眉を寄せて、そっと私の顔を覗き込んでくる。


私は答えた。

「――むしろ、すっきりしたよ。…なんとなく、わかった気がして。」

噛み合ってない気がしたけど、それはそれだ。


すると、アリアの眉はふわりと緩み、口元がわずかに笑みを帯びた。


「そうだ、あのときのハンカチ……」

私はポケットを探って、しわくちゃになった布を取り出す。


ほんのり、湿っていた。

私が手渡すと、アリアはそれを両手で丁寧に受け取り、親指でそっと角を撫でた。

その目が細くなって、そして、静かに笑った。


「……覚えておくね、ちゃんと。大切にする」

それだけ言って、彼女はハンカチをポケットにしまった。


私は返事をしないまま、黙ってアリアの手の温もりを感じていた。


「なんとなくだけど、まだ生きてる気はする。遠く、でもどこかで。」


「叔父さんが言ってた、あの話がホントなら…月?」


「って言っても、幼稚園生のころに聞いた話だよ?それに、顔も、声も、何一つ知らないんだよ?」


そう言うと、アリアは言葉を返さなかった。

ただそっと肩に手を置いて、じっとそこにいてくれた。


「そ…それより、目の前の石炭紀行きだよ。ほ、ほら、一区切り、つけたかっただけ。未練抱えたまま探検に行ったら、危ないでしょ?」

私は調子を崩されて、舌を噛んだ。


アリアは普段、こんなじゃないから。

もっと強引に、ぐいぐい来るものだったから。

突然呼び出して、こんな大旅行に無理やり引っ張ってくるような人だから。

――で、なぜ私を呼んだんだろう。


時系列としては「Prequel 超時空ゲートのある世界」の直後です。

―コラム―

ところで、現在の人口の流動スピードを考えると、国家間の遺伝的差異はいずれ、殆ど消失する可能性があります。国際移動者は現在3910万人/年。国別でみると、人口に対して0.63%/年の国際移動が発生しているようです。 勿論隣国間の移動が多いのですが。たとえば大陸間移動を0.2%/年、一世代25年、人種国籍関係なく婚姻が進むとした場合、移住による大陸間移動だけで千年もたたずに人種間の遺伝差異が初期の1%まで低下する(試算ではおよそ560年)ようです。しかしこれも人口の大部分を抱えるアジア圏を平均化してしまっているので、人口比重を考えるとさらに早い可能性すらあります。未来の地球人を考える場合、人種は殆ど通用しないのかもしれません。いっぽうで、それより以前から宇宙に移住した人々がいるならば、創始者効果も相まって、未来の地球人とはそうとう異なった顔立ちになるべきでしょう。そして、宇宙圏でのスペースコロニーにおいて疫病は大敵です。コロニー間での人の移動は厳しく制限されるでしょう。数十世代もたてば、地球圏の人々は標準化され、宇宙圏の人々は先鋭化する方向に動き、外見的差異はとりわけ際立ったものになるはずです。

ゆえに、宇宙空港を訪れた地球人は、宇宙居住者の多様さに目を見張ることになるでしょう。



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