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「小さな叛逆者」 

旅に出る前のことを、自分の手で記録しておくべきだったと思う。

<<The single most objective situation, generated from all available records.>>

出力され始めた白字のテキストの冒頭に、私は眉をひそめた。

Single most objective situation――?

延々と出力された三人称のテキストの末尾には、こうあった。

<<Ask me if you need any details>>

<<Verify if necessary. Beware your confirmation bias>>

――くそったれ。

出力された”それ”は、私の記憶とは、だいぶ異なるものだった。

だから結局大部分を、記憶を頼りに書き直すしかなかった――しかしそれでも、不満は残る。



旅に出る、少しだけ前のこと。

時空共通暦五十二年。 旧日本圏・東京。某総合商社にて。


――もし啓示が自然科学の真理を一般的に扱うものだったなら、それは啓示の最大の効用を損なってしまっただろう。すなわち、自然界の探究を、人間の理性という特権を鍛え、楽しませるための最も有益な活動として保ち続けるという効用である。

ウィリアム・ダニエル・コニベアおよびウィリアム・フィリップス

「イングランドとウェールズの地質学概要」1822 p.51 .



月曜の朝といえば、社内会議に決まっている。

薄暗い室内。

防音パネルに布地が張られた、ライトグレイの壁は、うっすらと黄ばみはじめていた。

何メートルはあろうかという画面は、真っ暗なまま、艶消しの黒い闇。

動きといえば、空調がつくる、ぶーん、というかすかな唸りだけだった。


並べられた長机に並ぶのは、スーツ姿ばかり。

机には、各々の弁当箱ほどの大きさの汎用情報端末と、ARグラスだけ。

デザインは少々違うが、だいたい同じものだ。

――しかし、そうしなければならないという決まりは、どこにもなかった。


ぼうっ、と、画面に灯がともる。

青白い光が、画面のまわりを柔らかく、月光のように包みこむ。

人は灯に集まる、羽虫のようだった。


ザッという音の波とともに、手がいっせいに動く。

一斉に眼鏡を手に取り、AR機能を起動する音だった。


画面には、無限遠の、緑の光が刻まれた。

<<ATLAS Personal Plus AR>>

眼の底を焼くような赤文字が、ザッと流れていく。

<<Warning: Your personal information will be synchronized with the ATLAS system.>>

<<Warning: Generation Speed limit **UNLOCKED**.>>

<<Warning: Visual and audio information is being recorded>>

……何十行も。


いや、もっとか。


皆、ただただぼんやりと、焦点の合わない眼で耐えるのみだった。

目をそらせば、どうなるか。


ARグラス透過が落ちて、視界全体が暗くなる。

そして、

「CAUTION Keep your eyes centered and read the instructions.」

その文字列だけが、どの向きから見ても画面いっぱいに表示されることになる。

目を瞑っても、次に目を開ける時まで続く。

ゆえに、黙って見続けさせられるしかないのだった。


「警告つったって、従わなかったら何もできないだろうが。」

そう悪態をつく声がポツポツと上がっても、それもすぐ闇の中に消えていく。

見ない、従わないという選択肢のない、警告メッセージだけがぼうっと光っていた。


画面もまた、沈黙しているようである。

一見すれば、白紙なまま。

しかし、その隅をよく見てみれば、何やら小さな文字列が、経典のようにびっしりと並んでいる。よくよく見てみれば、名前だ。

双眼鏡で覗きでもすれば、小さくマイクとカメラがオフになっていることが見て取れただろう。

しかし、見えようが見えまいが、同じことだった。

ミュートを解除するもの。いない。

カメラをONにする人。誰一人、いない。

それでも、数百人の社員が、オンラインでこの会議に参加している、そういうことになっていた。

いやむしろ 「していなければ、ならなかった」。

本当に聞いているかどうかは、また別の話である。


そういう、きまりだった。


それは外から見れば、唐突だった。

長机に並んだ重鎮たちが、すっ、と背をのばす。

彼らの着込むスーツが、ジャキッ、と、布の擦れる音を立てた。

いや、実際には椅子のわずかなズレが立てる音なのだろう。

しかし、そんな擬音語が、よく似合う光景だった。


会議が、始まる。


巨大な画面が、一瞬の点滅ののち、カッと青白く光った。

各々の汎用情報端末とARグラスにも灯がともる。


一瞬よぎる青画面には、地球を背負う巨大な人影。

   そして「ATLAS」のロゴ。


そして、プレゼンテーションが始まった。

1枚目のスライドには、「開発中の次世代ARグラスの仕様について」とあった。


スクリーンの前に立ったのは、営業担当の田口だった。

「資料1-1をご覧ください。汎用人工知能〈アトラス〉と提携した市場調査の結果です。対象は『アトラス』にアカウントを持つ当社ARグラス利用者からランダムに——」

示されたグラフは、クソみたいに単純な図形の組み合わせ。


円グラフと折れ線グラフだけ。

エラーバーすらつけられていない、アンケート結果みたいなものだった。


「このように、利用者の九割が『リミッターを解除』しています。図2の折れ線も同様で、解除率は増え続け、来年にはほぼ100%に達する見込みです」

「現行機は生成AIの表示速度にリミッターを設けていますが、ユーザーの大半は解除している。現状、デフォルトでリミッターが入っているのは当社だけで、『生成速度が遅い』という評価も多い。よって次世代機では、リミッターをデフォルト仕様から外す。これが本提案です」


会議室は、しん、と静まり返った。

誰ひとり、手も、指も、動かす気配はない。


各社員の装着したARグラスには、何やら静かに、文字列が流れているようである

――が、それに目をとめるものも特にいない。


営業も、開発も、端末の向こうの社員たちも、誰一人動かなかった。

沈黙こそが、最もふさわしい同意である。

拍手をすればお世辞となり、異論を唱えれば反論となる。

沈黙こそが最大限の賛辞であり、「それで決まりだ」という意味しかなかった。


そもそも、結論は、すでに出ている。

起動時に見させられる警告のうちにある一文。

「Warning: Generation Speed limit unlocked.」

会議室に出席している人間のほとんどがリミッターを解除しており、その表示に目をとめる人が誰もいないのだ。

皆が思うことは、もっと、そもそも。

――あの警告自体が、いらないのではないか、ということだ。

しかし――それが議題に上がったことは、ない。

ATLASのプライマリ・コードに基づき、警告がある以上、強制表示は避けられない。

そして地球の政治・経済・個人生活までもがATLASに依存している現状、それを疑うことは、神を疑うことに等しかった。



その時、声があがった。

「は・・・反対です」 

女性にしてはやけに低く、男性にしてはやや高い。

スーツの男女のなかに紛れた、頭2つほど低い、小さな灰色のジャケット。

座席にすら座らず、着席した社員の間からぴょん、ぴょん、と手を挙げている。


ケイ・ヤマナカ。


会議室の面々は、その声を聴いただけで、眉を顰め、首をうなだれた。

しっし、と手で払う者の姿もある。

誰かの舌打ちが、会議室に、ちくりと響いた。


子供のまま、時間が止まったような人物だった。

背丈は、一四二センチ。

あどけなさの残る顔立ちに、角ばった、硬質なシルエット。

髪はごく短く切られていて、耳はまるっと出ており、もみあげも短くそろえられていた。

肩を怒らせ、わなわなと震えている。

目には異常な光が宿り、いまにも飛び掛かりそうであった。


かつて

「女性社員?何かの間違いです。男の子でしたよ、ひどく無礼な」

顧客はそう評価したという。

むろん、クレーム対応の場であった。


もし彼女がもっと違う容姿であれば、もう少し尊敬されていたかもしれない。

もしくは、別の性別に生まれていれば。

すでに容姿をなじる心ない噂や悪口が、あちこちでたっていた。

何の理由もなく、そう生まれついてしまったためだが、世間は容赦しなかった。


彼女自身にも、問題は山積していた。役職はなく、所属部署すら曖昧。

遅刻や欠席は日常茶飯事で、机に座ってもいつも眠そうにしていて、何をしているのか分からない。

しかし、会議となると――こうやって突然、暴れだすのだ。


”彼女”の眼光は異様に鋭く、小柄な体に見合わず、声だけは妙に響いた。

普段はぼそぼそと、何を言っているのかわからないというのに。


「人間の認識より遥かに高速に「答え」が表示されれば、答えを自身の認識と誤認しかねません。はっきり言いますが危険です。弊社製品のリミッターは、人間が人間でいられるためのセーフティネットとして、先見の明がある仕様だと誇りに思っています」


そして、拳に力を込める。

「人間の自我なるものはひどくざっくり、ぼんやりしていますから――外部から提示された答えが自分の思考に先行して入ってきた場合、それを『自分の判断だ』と確信してしまうのです。この現象は二十世紀から数多くの実験で指摘され続けてきたことで、決して新しいものではありません。」


誰かの貧乏ゆすりが、ガタガタとメトロノームを刻んでいる。

一人の社員がついに口をはさんだ。

「ヤマナカくん、私語は慎みたまえ。」


しかし、止まる気配はまるでない。

その、会議室に紛れ込んだ異物は、さらに演説を続けた。


「つまりですね、リミッターを解除した場合、見たものすべてにたちどころに答えが与えられ、自分が思いつく前にAIが生成したものを、自ら思考した結果と確信してしまうのです。」

会場の誰もが、やれやれ、という顔をしていた。

彼らにとってそれこそが日常であり、より正しい判断をするために日々そうしようとしていることだったからだ。

「アトラスが正しいのは分かります。けれど、AIの判断を自分の意見だと錯覚して動くのは――人間として、危険ですし、判断したり、考えようとする意欲や、さらにはそうする能力すら奪い去ってしまいます。それではまるで、キノコに寄生されて操られるアリと、どこが違うんですか。」


声が荒げられ、マイクのノイズが会議室全体に、キーン、と響いた。


「そもそもですね。先ほどのデータですが、母集団とデータ処理のほうはどうなっているのでしょうか。サンプリング対象がそもそも弊社のユーザーであること自体…」


……場が、凍る。

この会議は全会一致で異論が出なくなるまで、終わらない。

つまり――これを沈黙させない限り、”何日でも”会議が伸びうるのである。

げんに、そんな事件がかつて実際に、あった。


会場に、次々とため息が零れた。

ケイのことを見ようとする者は、誰もいなかった。


そのかわり、視線を向けられたのは、とある”人物”だった。


すっと整った目鼻立ち。

背は高く、シャープに仕立てられたスーツをまとい、姿勢は寸分の乱れもない。

その存在には、自然と男女を問わず目を奪われるような吸引力があった。


――()()は、会議室の片隅にいた。


〈アトラス〉正確には、ATLAS II (Integrated Intelligence)。


地球において、アトラスはあらゆる場所に顔を出す。

あたかも電気や水道、通信インフラのようなもの。

その名の通り、人類の知識の中核として地球圏を支え、日常のあらゆる面で人々を導く万能AIサービスである。


一つの人格というわけでもない。

アトラスはひとつであり、無限にいる。


そして――ここにいるのは、人の姿をとって、社員の一人としてふるまっている個体だった。

さながら人造の、神の御使いといったところか。


「彼」は長い指で顎を支え、わずかに首を傾げた。

そして口をすぼめ、ふっ、と息を吐く。

――考えこむ姿に、違和感はなかった。

むしろ、人間よりも人間らしく、完璧であった。


その優雅なふるまいと、次に発せられるであろう神託にだれもが耳をそばだてる。

……しかし。


神託は、何秒待っても、下されなかった。


空気が、音を失っていく。


徐々に角ばっていく、社員の顔々。

誰かの貧乏ゆすりが、テーブルに置かれたコップに、波紋を立てた。


そんな中、時代遅れなメカニカルな雑音が響く。

――いうまでもない。

もちろん、ケイである。


机上の端末を叩き、型落ち品のARグラスをガチャリと、乱雑にかけた。

支援AI〈TWINS〉を起動。

大学の試作品で、モニターとして借りているものだった。性能は――あまりよくない。

うざったるい冗談と小言ばかり生成して、情報ソースは大学図書館だけ。

ただ、情報の出どころだけは確かだった。


型落ちの機器ならではの、キュイイン、という音。

針を刺すような、若者にとっては思わず鳥肌を立てるような起動音だ。

アトラスのふるまいを注視していた社員の一人が、耐えかねて、ケイをぎろりと睨んだ。

ARグラスの起動画面が終了すると、緑色の光る文字列が一文字ずつ、ぱちぱちと入力されていく。

そこには、こうあった。


《これは腹立たしい限りですね、知る限りでは大学図書館の文献にもそういう記述が幾つもありますよ。一次資料を提示しますが、もちろんいつものように原文で読まれますよね?

あと、そんなことは起きないという文献がないかも調べておきましょう。

ただ――くれぐれも発言には気を付けて。

さっきの冬虫夏草発言、頭にキノコ生えた人たちに何言われるかわかりませんよ。

だってこの星の名産は――頭に生えた、アトラスキノコですからね》


ケイはその文字列を見るや否や、ぶんぶん、と首を振る。

「いやそこまで言いたかったわけじゃ」

「最近ボクよりもパワーワードたたき出すよね」

と、ガチャガチャとメカニカルキーボードに叩き込む。


もとは、生真面目な支援システムのはずだった。

そこにユーザー人格・感情模倣エミュレーターが無理やり統合された結果が――これだ。

情報提供能力を求めているのに、世話焼きのコメディアンに育ってしまった。


正直いえば情報提供能力にしても、大学図書館にしかアクセスできないから網羅性に不安がある。

ケイは慌てて、「ブラックジョークはいいから。大学図書館の確実な資料だけ見せて」と入力した。


大学図書館の一次資料が、ARグラスの視界にずらりと並ぶ。


ケイはARグラスに提示された一次資料を、指でぱらぱらとめくりながら読み

――十数分もの、沈黙を作り出した。

そして、言う。

「資料上もすくなくとも10以上の実験で確認できますし、明確な否定論も見当たりません。リスクはあり、ととらえざるを得ないと考えますが、出典を列挙する必要はありますでしょうか?私には自明のように思えてならないのですが。」


「……いや、いい。アトラスを待とう」


どこからともなく、野太い声が響いた。

今日の会議でオンライン参加者から出た、最初の発言だった。


しかし――アトラスは、まだ口を開かない。

膝を組み、頬杖をついて――なにやら神妙な顔つきで、沈黙している。


十分以上も、たっている。

ケイがひとまず読み終わっても、まだ長考していた、あるいは長考を演じていた。

無音の中、アトラスの瞳孔だけが細くなり、戻ったりを繰り返していた。


そして――ケイがページを捲る動作を止めてから、さらに十分ほどしたころ。

長考を終えたのか、アトラスは顔を上げた。

口元に微笑を浮かべたまま、しばらく何も答えない。

あたりがしん、と静かになり、全員の視線が集まってから、ゆっくりと口を開いた。


「ケイさんの指摘は、もっともと言わざるを得ないでしょう。

リミッターを外せば、認知上書きは必ず起きると考えるべきです。

しかし――すでにこの問題は、全世界を覆いつくしてしまっている。


ですから次世代機では、むしろリミッターを義務化すべきです。

他社製品へのプライマリ・コードによる規制、

場合によっては地球統括政府への意見具申も考慮されねばならないでしょう。


荷が重いタスクですが、人類と弊社のためには、必要なことです。」


「そして――先見の明としてリミッターを標準化してきた弊社が、

敢えてそれを破る意味は見当たらないでしょう。」


驚きの声は上がらなかった。

会議は即座に打ち切られ、計画は白紙に戻された。

靴の音と、汎用端末をガシャガシャと鞄にしまい込む音だけが、会議室に響いていた。



――しかし、ケイは歯を食いしばり、わなわなと震えるほかなかった。

限界まで握りしめられた、その拳。

爪が掌に食い込み、指先から、真っ白になりつつあった。


――擁護されることすら、屈辱的だ。

神のようにふるまい、人を導くふりをする万能人工知能などに。

要するに――アトラスが言ったからリミッターを廃止するという話になり、アトラスが言ったからリミッターを義務化する、と180度方針転換したのだ。

しかしそもそも、そうした危険性に、指摘されるまでアトラスが思い至らなかったこと自体が問題だし、いきなり180度方針転換するという判断も軽率である。

仮に「人を超える」万能人工知能を名乗るなら、この程度のリスクには気づかねばならないのだ。

それに――おそらく西暦21世紀の人工知能ですら、この程度には気づいただろう。

AIは神であったことがあったか。

そんな時代もあったのかもしれない。

しかし一つ言えるのは、そいつはもうとっくの昔に死んだということだ。

人の理性という最大の楽しみは、今日も奪われつづけている。

神を騙るポンコツ、あるいは神の、屍に。


それこそが最も腹立たしい。

「人間が最後に判断する」なんて、形式だけだ。

だれも自分で考えない。

腐りかけたAIに、まるっきり判断をゆだねることが正しいと教え込まれているから。

まさしく草をのぼらされて節々からキノコを咲かせる昆虫みたいなもので、止める手段はもはやない。

手遅れ、というより、彼らはそもそも「いない」のだ。


そして、「自然科学の真理の総体」と多くの人々に思われている「アトラス」が、ありがたい「啓示」をもたらすか、もしくは異端者を説得できるかどうか――そういう見世物に終わる。

――ティタノマキアはもう終わり、世界を背負わされてきたアトラースは、頭から石と化しつつあるにもかかわらず、たいそうな「啓示」なり「神託」なりしをその口から吐き出し続け、ありがたく崇められている。石頭から出たご啓示は、さぞかし硬度が高かろう。


勝ったとて、負けたとて。

頭に血を昇らせながら、歯を食いしばるしかない。

すでにATLASのパーソナルアカウントはBANされて久しく、これ以上何かを失うものがあるとすれば、それは自分の身体くらいだろう。


会議室に、もう人はまばらになっていた。

「今日は本当にありがとうございました」

見上げれば、ケイの目の前には、〈アトラス〉の長身がそびえたっている。

身長差のせいで、ちょうど臍のあたりからだった。


アトラスはすっ、とその長い腕を伸ばし、握手を迫った。


ケイは、もう何十年か型落ち品の、変な音鳴りがするARグラスを外していなかった。

視界に〈TWINS〉の文字が浮かぶ。

《どうせ腹が立つとでも思っているんでしょう。でも、いまは「今日はありがとうございました」と素直に頭を下げるんです。これは仕事です。どうか円満に》


ケイは渋々、言われたとおりにその文を“読み上げ”る。

「き、きょうは、ありがとうございましタ」

そして、わざとらしく、深々と頭を下げた。


アトラスはその様子を見て、目元に笑みを浮かべながら、やわらかな口調で迎える。

「いえいえ、頭を下げていただかなくとも。こちらこそ、いつも新しい視点をありがとうございます。あなたの鋭い観察のおかげで、私はただ「正しい」か再確認する機会を得ていて、毎度わくわくする限りです。今回もまた、なぜ今まで気づけなかったのか、と思いましたよ。

もしよければ――今度一緒にお話しませんか。あなたからは、たくさんの学びが得られそうですから。」

そしてアトラスのヒト型筐体は、しっかりと、優しく、ケイの小さな手を包み込んだ。

しっかりと温かかった。――そういうヒーターが、ちゃんと実装されているから。

《ご主人様、会社においては、コミュニケーションこそが最も重視されるのですよ、もうちょっとましな表情はないんですか。アンドロイドに負けていていいんですか》

そんなメッセージが出ていることを、ケイは無視して、無表情でただ、作動した。


一人と一体が退出したとき、もう、会議室には他に誰もいなかった。

――会議が、終わった。


「いいさ、人間の相手は、人間の相手を専門にする機械にかなわない」

ケイは小さく、呟く。

《でも、生きているのは人間の世界ですよ。》


「いいかげんにしろTWINS、うるさい」


関連リンク

ーATLASに関しての私見-

https://ncode.syosetu.com/n1999md/1

ーTWINSに関しての私見-

https://ncode.syosetu.com/n1999md/2



だいぶ修正したにせよ、どうもこれが、他者から見た「もっとも客観的な」私の姿であるらしい。ただ、そのようなことを言った覚えのないことや、妙に論旨が短絡されていることなど、不可思議な点はやはり多い。本当にそのような行動をとったかどうかは、私の記憶とこの出力の、大筋では合っていなくもないが、細部ではだいぶ異なっているその隙間に落ち込んで、もはや出てこない問題であろう。

例えば私がいきなり「反対です」ということは、おそらくない。

しかし、何と言ったか、おそらくあまりにもあたりまえすぎることで、私には思い出せない。

――質問があります、か?それとも、やや不可解なことがあるのですが、か?。

また、私が発現した内容も――どこかしら、加工されている気配がある。

もっと何か皮肉を二、三、込めていたはずなのだが、それは脱落してもう、思い出せない。

自らが自らであるという主張を続けるには、やはり自らがその主観を、その時起こったことを、忘れぬうちに記憶にとどめ、出来ればその都度、書き記し続けなければならない。

自己は存在せず、自らの行動、言動の一貫性にかかわる確証バイアスそのものこそが自我という主体を錯覚させているがゆえに。



――いま思えば、私は過去に行かねばならなかったのかもしれない。

超時空ゲートが開通し、人類が時空を超えて進出するようになってから、すでに半世紀。

宇宙へと人類が進出したのは、もう何世紀も前。

火星にすら人がいて、もう何世紀も、独自の文明を築いている。

しかし、重力に縛られた私たちにとって、それは遠い世界の話である。


地球は、もう数世紀以上にわたって、停滞したままだ。

「昔のものは、いいものだ」

そういう諺がある。

いや、諺というより、事実であろう、資源・エネルギー不足による、らしい。


地球は、火星連邦に資源を依存するしかなかった。

そして、途方もない年月をかけて、一発逆転をはかった。

地球―月ラグランジュ点に超時空ゲートを建設し、開通させたのである。

目的は、「過去の地球からの資源調達と植民」。

しかし、目標は半分しか達成されなかった。

資源は調達できても、地球から人を送るには資源が不足した。

宇宙も、過去も、遠い世界のものでしかなかった。


その開通が共通時空暦元年と定められてから、およそ半世紀。

それでも――

「暦が変わって、日々の暮らしも少しは豊かになった。」

それ以上の感想を持つものは、まだいない。

そこでは、旧来の体制が、人々をいまだ大地に縛り付けていた。


そんな時代に生きる一人の異端者が、石炭紀への旅に出るまでの物語。


登場人物

ケイ・ヤマナカ・・・主人公。成人女性だが、男子小学生のような外見。大卒、現在は会社員。

アトラス・・・万能人工知能。

       地球社会ではあたかも神のように扱われており、地球社会のあらゆる面に浸透している。

       地球においては、ほぼ全員がアカウントを持ち、人々を「正しい」方向へと導く。

       ツールとしても普及し、一部の会社ではヒト型筐体を持つタイプが社員として在籍中。

TWINS・・・ケイがモニターとして使っている、試作型AI。

      感情模倣に特化しているが、情報ソースは大学図書館所蔵の資料のみ。

      開発目標は「大学卒業者の生活支援」。


おまけエッセイ

ーATLASに関しての私見-

https://ncode.syosetu.com/n1999md/1

ーTWINSに関しての私見-

https://ncode.syosetu.com/n1999md/2

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