その③
◇ ◇ ◇
お墓参りを終えて王都の中心部へ戻った私はエドと少しだけ街を散策しました。
子供のころ、師匠と一緒に暮らしていた時によく通った市場は昔と変わらず活気があり、お世話になっていた薬草商のお店もまだありました。さすがに私の顔は覚えていなかったけど、それでもあの頃に戻れた気がしたのは私がまだ師匠の娘でいれるからでしょうか。
「この辺りだったっけ?」
エドがそう私に尋ねてきたのは市場を抜けて王宮前の広場から延びる通りに入った時でした。
「ルークさんの店ってこの近くだったよな?」
「え?」
「この辺りだったよな」
「そうだけど――覚えてたんだ」
「そりゃな。向かってたんじゃないのか」
「うん。だってもう師匠の店じゃないんだよ。別に――」
別に行ったところで意味なんかない。そう口にしそうになるけど無意識のうちに向かってしまうなんて、やっぱり帰りたいのかな。それにエドが場所を覚えてくれていたのはすごく嬉しいです。
「行くのか?」
「良いの?」
「当たり前だろ」
ほらと手を差し出すエドは少し照れていました。いまさら照れてなんてと笑ってしまう私に機嫌を損ねる旦那様は一人先を歩いて行きます。もちろん本気で怒っている訳でないとわかっているので無理に追掛けたりはしません。
(一度しか来たことないのに覚えてくれていたなんて。ありがとね)
先を行く彼へ感謝を伝えつつ、「そこを左ね」と指図する私はゆっくりと思い出の場所へ歩を進めました。
師匠が営んでいた店は一つ先の十字路を曲がってすぐのところにありました。もう師匠の店でもなければ私の実家でもないけど建物は薬師協会が薬師に貸し出しています。独り立ちしたばかりの薬師へ優先的に貸し出すことを条件に協会へ委譲したけど、どんな薬師に貸し出されたのかまでは聞いていません。
(良い薬師が継いでくれていると良いな)
師匠のように患者さん一人一人に向き合い、持てる知識を惜しみなく使う。腕の良し悪しはその次です。患者さんと誠実な付き合いが出来る薬師があの店を継いでくれていることを願う私は先を行かず、十字路の手前で私を待ってくれていたエドと一緒に店があった通りへ入りました。
「たしか通りに入ってすぐ……アレじゃないか?」
「うん。あそこだね」
「なんだよ。やけに落ち着いてるな」
「そんなことないよ」
昔に戻れたようで舞い上がりそうな気持ちを抑え答える私は視線の先にある看板を見つめます。
『○○○○薬局』
外壁から延びるブラケットに吊るされた看板には薬局の文字がありました。約束通り薬師が建物を継いでくれたようです。
「ちょっと寄ってみるか?」
「やめとくよ」
「良いのか」
「うん。薬師が継いでくれたって知れただけで十分だよ」
本当はどんな人なのか会ってみたいけど、いまはこうして遠くから見るだけで満足しなきゃ。そう思い留まり、気を使ってくれるエドへ宿に行こうと伝えた時です。
「――それじゃお大事にしてくださいね」
薬局の扉が開き、同時に女の人の声が聞こえました。患者さんと思しき男性がそこから出てきたのはその直後。小さな紙袋を持った初老の男性に続いて店から出てきた白衣姿の女性は軽く手を振って患者さんを見送っています。
「良い人そうだな」
「そうだね。良かった」
「行くか」
「うん」
薬局の主の姿を見ることが出来た私はエドに手を引かれ店の前を通り過ぎます。その際、薬師さんと目が合い、軽く会釈すると彼女はにこやかな笑顔で挨拶を返してくれました。たぶん歳は私と同じか少し下。それなりの経験を積んできたのか優しい笑顔は自信に満ちていました。
「来て良かったな」
薬局を通り過ぎたあと、私にだけ聞こえる声でエドが言いました。
「うん。付き合ってくれてありがと」
「サラのやつもいつかはあんな感じになるんだろうな」
「当然だよ。だって私の弟子だよ」
「それ、自分が凄腕薬師って言ってるようなもんだぞ」
自分で良く言えるなと呆れ顔のエドを相手に胸を張る私は振り返り、薬局を見つめました。
「これからも守って下さいね」
名前も知らない薬師さんにこんなお願いは失礼かもしれないけど、これからも私の大切な場所を守って欲しい。そう願う私は今度はルークと生まれてくる子も連れて里帰りしようと誓いました。




