その①
セント・ジョーズ・ワートに着いたのは村を出て4日目の昼。いつもなら3日あれば着く道程も雪でぬかるむと早馬車でも時間が掛かります。
それでも村で処置した怪我人は容態が悪化することなく、無事にハンスさんへ引き継ぐことが出来ました。彼との付き合いはリリアさん以上に長いけど今回はさすがに驚かれました。
――で、なんでうちに来るのよ。
前触れなくやって来た“弟子”に面倒くさそうな態度の“師匠”は仕方ないと言いつつ、空き部屋を使えるように準備してくれます。
「ハンスのところに泊まれば良いでしょ」
「弟子を泊めるのも師匠の仕事ですよ」
「まったく、こういう時だけ弟子の顔しちゃって。それで何時までいるのよ」
「明日の昼には発とうと思ってます」
「明日? もう少しゆっくりしたら」
せめてあと1日は世話になりなさいとリリアさんはベッドメイキングを中断し、私の顔をじっと見つめました。
「あんた、ここに来るまでろくに寝てないでしょ」
「け、怪我人を運んでいたから……」
「だとしても休息は取らなきゃダメでしょ。それに、わざわざ街の反対側にあるうちまで来たってことはあたしに用があったんじゃない?」
「やっぱり見抜かれてましたか」
「これでもあんたの“師匠”だからね」
目を細め、穏やかな表情で私を見つめるリリアさん。たまに見せるその表情は私を安心させてくれます。
「それで、どうしたの。坊やと喧嘩でもした?」
「違います。実は……」
「……あんた」
「なんですか」
「熱あるんじゃない?」
「た、ただの微熱です」
「ほんとに?」
「…………」
「まったく。世話の焼ける子ね。休む時はちゃんと休みなさい。あんたはいつも無茶するわ。それはあんたの良いところでもあるけど、悪いところでもあるわ」
しばらくウチで休みなさい。そう少し強い口調で言うリリアさんは中途半端になっていたベッドメイキングを終わらせます。
「これでよし。あとで熱冷まし持ってくるからちゃんと飲みなさいよ」
「い、いえ。そこまで熱はないですよ」
「熱が上がったらどうするの。エキス剤にしてあげるから飲みなさい」
「そこまで子供じゃないです」
「はいはい」
呆れながらもどこか楽しそうに笑みを見せるリリアさんは部屋を出て行き、残された私はドアが閉まると同時にベッドへダイブしました。心配掛けたくなくて気丈に振舞っていたけど身体がすごく重く怠かったのです。微熱が続いているせいと言うより、村を出てからろくに睡眠を取っていなかったことによる過労です。
「――ちゃんと休まなきゃ」
ベッドの上でうつ伏せになる私は独り言をつぶやきますが、それとほぼ同時に堪えていた睡魔に襲われました。いまは休むべき。そう身体が訴えているのが分かります。
本当は村から運んだ怪我人のカルテを書かなきゃいけない。けれどいまはしっかり休息を取ろう。そう決めた私は熱冷ましを持って来てくれた先輩の姿にも気付くことなく深い眠りに就きました。




