転生
気が付くと、真っ白な空間に立っていた。
上も下も右も左も全部真っ白な空間の前に、ぽつんと事務机とノートパソコンと椅子がふたつ、そして何故かその事務机に突っ伏して寝ているどう見ても天使っぽいスーツ姿の少年。
天使だよな?翼あるし金髪だし頭の上に輪っかがあるし。
「あの」
寝ている所悪い気もしたが、他にどうしようもないので声をかけた。
……起きない。
肩を軽く叩いてみた。
……起きない。
「まぁ、いいか」
どうやらやっぱり死んでしまったらしい。
目の前で死ぬとか、にーにー達のトラウマにならなきゃいいんだが。あれだけ世話になったのに恩を仇で返し過ぎだろう。
どのみち結婚は出来ないだろうから、と、にーにー宛に遺言書や相続の書類を作ってじいさんの友達だった弁護士先生にこの間預けたばかりなのに、にーにーが保険金殺人を疑われたらどうしよう。婚活も就活も妊活も出来ないので終活ブーム位のっかってみようとやらかしただけなんだが、あれが虫の知らせという奴だったんだろうか。
「そっか、俺……死んだのか」
流石に玄関一面血みどろなんて状態じゃ、助からなかったか。包丁が刺さったままだったらどうにかなったかも知れないけど、思いっきりえぐられて更に抜かれたのがとどめだったんだろう。
身内は一人もいないし、34にもなって恋人の一人もいないから、死にたくは無かったけど正直そこまで生に執着はしていなかった。昔色々あって人と関わるのが怖くなってしまった俺の事を気遣ってくれたにーにー達には申し訳ないが、未練なんてそれこそネット小説位しかない。オタクだった自覚はある。
仕事も農家だったので(細々とマンゴーとゴーヤーとトマトを作っていた)ビニールハウスは心配だが人様に迷惑をかけるような規模ではない。今飼っている家畜も山羊と鶏位だし、にーにー達がどうにかしてくれるだろう。
「でも、出来れば愛良ちゃんが成人する位までは生きていたかったなぁ」
まわりの皆に愛されて良き日々を過ごせますように、で、愛良。
名付け親になってくれなんて無茶ぶりをしてきたにーにー達に頼まれて、一ヶ月くらい悩んで考えた名前だ。小学校に入学したばかりで、俺の事も有り難い事に勇希小父さんじゃなく勇希にーにーと呼んでくれて、将来勇希にーにーのお嫁さんになるー、と言ってくれる位懐いてくれていたのに。おじさん寂しい。
そんな事をぼーっとしつつ考えていたら、ようやく天使君が身じろぎした。
「ふぁ~……あまりにも暇なんで寝てしまったな~……って」
目があった。
「おはようございます?」
「うわああああああああ!!!!!」
耳がきーんとした。
「すみません、お客様をお待たせして居眠りなんて」
「いえ、俺も起こさなくてすみません」
天使君が、ひたすらぺこぺこと俺に頭をさげてきた。これなら思い切って揺さぶって起こしてあげた方が親切だったかもしれない。
「ええと、その、少々お待ちください、貴方の情報を確認しますので」
「あ、おかまいなく」
ノートパソコンを開きキーをタタタタタとリズミカルに叩く天使君。シュールだ。天国(かどうかはまだ判らないが)も電子化の波がやってきているんだろうか。
「あ、ありました、えーと、お名前は金城勇希さんでお間違えないですか?」
「はい、間違いないです」
「その、今から情報を確認させて頂きたいのですが……大丈夫ですか?その、殺された衝撃とか」
「時間がありましたので、だいぶ落ち着きました」
「本当に申し訳ありません」
「いえ、むしろ助かりました」
「そう言って頂けると……では、確認させて頂きます。何か間違いがあればおっしゃってください。
金城勇希、享年34歳。出生及び在住は地球世界日本国沖縄県。死因は刺傷による失血死。
母親は勇希さんが3つの時に別の男と駆け落ち、父親に8歳まで虐待を受ける。8つの時父親が交通事故で死亡した為、遠縁である金城家のお爺様とお婆様に引き取られ特別養子縁組をする。
15歳の時にお婆様が病気になり、介護をする為に高校は通信制高校に進学、ヘルパー資格も取得。ヘルパーさん達と連携して介護をおこなうも、17歳の時にお婆様がお亡くなりになり、後を追うように18歳の時にお爺様もお亡くなりになり、その後はずっと一人暮らし。
幼い頃の父親に、おこなわれた、虐待による、身体の傷により、っ」
天使君が泣きだしてしまった。
「身体の傷を、結婚を前提にお付き合いしていた女性に、気味が悪いと罵倒され、それ以来、女性との付き合いに、嫌気がさして……酷い、酷すぎます、金城さんには何の罪もないのにいいいいい」
「いや、あの、落ち着いて落ち着いて」
「すみません、でも、でもっ、あんまりです、母親に捨てられて、父親に虐待されて、引き取ってくれた養父母も懸命に介護をしたのに早くに死に別れて、更に将来を誓った恋人に気味が悪いって言われて振られて、更に身勝手な馬鹿に刺されて死ぬなんて、こんなの、こんなの」
「まぁ、そうやって羅列されると、我ながら酷い人生だなと思うけど。それでも友人や周囲の人達には恵まれてたし、幸せだったから」
「うわああああああん」
更に泣かれた。泣き止むまで30分位かかった。
「す、すみません、取り乱して」
「いやいいけど、大丈夫?」
「はい、失礼しました」
事務机から取り出したティッシュで顔をふいて、ようやく落ち着いた天使君と改めてむきあう。
「落ち着いたところで、まず聞きたいんだけど。ここ、天国、地獄?」
「いいえ、天国でも地獄でもありません、ここは「転生局特別課」です」
「転生局特別課?」
「はい。といっても、僕一人しか担当はいないですし、あまりお客様も来ないですけど。あ、説明させて頂きますね。
転生局は、まだ天国にいく資格が無く、また、地獄に行くほど罪をおかしていない魂が、新たな下界に転生し再び魂の修行を行う為の案内をおこなう部署です。」
「魂の修行?」
「魂を磨き昇華させる為に肉体を持ち大地へと降り立ち、生を全うする事で修行をするんです。修行がある程度済んだら天国か地獄でお役目につき、再度時間をおいて修行をおこないます。それを繰り返す事により、魂を昇華させていくんです。
まぁ、あまりにも酷い悪行を重ねた魂は、地獄から出る事を許されませんけど」
「そうなのか……ええと、じゃあ俺は」
「普通なら転生局転生課に行く筈なんですけどね。あ、転生局にも部署がいくつかあって、転生局転生課は再度修行を行う方の案内をする所で、いつも人が一杯です。転生局罰則課は、地獄に行くほどじゃなくてもちょっとハードな所に転生させて、厳しい修行を行わせる必要がある魂が案内されます。
で、僕が担当している転生局特別課は、天国に行ける程いい事してなくて地獄に行くほど悪い事もしていないけど、普通に転生させる事も出来なくて更に罰則が必要でもない、例外中の例外の魂が来る所なんです。1日に1人お客様が来るか来ないかの暇な部署なんで、担当が僕一人なんです」
「なるほど」
そこまでレアケースな魂なのか、俺。
「その、出来ればひとつ聞きたいんだが、いいかな?」
「はい、かまいません」
「うちの養父母……じいさんと、ばあさんは」
「お二方なら、天国で仲睦まじく暮らしていらっしゃいますよ」
そっか、良かった。
まぁ本当にかすかにしか血が繋がってない俺を引き取ってくれた二人だ、罰則や地獄はまずないと思っていたけど、本当に良かった。
「まず聞く事が自分の事より親の事なんて、いい方ですね金城さんって。
さて、金城さんがここに来た経緯は……魂の損傷、って、え……」
「魂の損傷?」
「……はい、あまりにもあまりな人生だったんで、魂が精神を護る為に頑張り過ぎて傷付いているんです。
なので、普通に転生が出来なくて、こちらに……」
まぁ、波乱万丈だって言われたら確かにその通りだと思う。
母親に捨てられ父親に虐待され身体中に傷をつけられ、更に父親が交通事故死。
親戚中をたらいまわしにされ孤児院にぶち込まれ、更に孤児院から引き取ってくれた養父母も介護の末に成人前に二人とも亡くして、挙げ句結婚前提にお付き合いしていた恋人に、初めてそういう関係になった日の翌朝に身体の怪我をがっつり見られて気持ち悪いと罵倒されて、そのまま逃げられた。
ここまで積み重なれば、精神脆い奴なら自殺してもおかしくない。
「俺、どうなるんだ?魂が傷付いているなら、このまま消滅とか」
「それはありません、そんなの絶対許しません!」
「そ、そうか」
「こんなに苦労したのにここまで綺麗な魂を維持出来ている人が、消滅なんて絶対嫌です!お待ちください、確認取りますから」
いきなり懐からスマホを取り出して何やら電話を始め、一生懸命話し出す天使君。
何か英語みたいな、何語?いきなり言語が変わった。天使語か?さっきまでは俺に判るよう日本語で話してくれていたんだろうな、ありがたい。
しばらく待っていると、見てすぐ判る程に凹んで泣きべそをかいた天使君が電話を切った。
「すみません、金城さん……ここは特別課で、罰則課じゃないのに、ごめんなさい」
「あー、うん、何かあったんだって事は判った。俺にとって不味い事なんだって事も。だけど、君の所為じゃないよ。一生懸命頑張ってくれたんだろう?だから気にしなくていい」
「ほんとに、どうしてここに来る人達はみんなそんなに優しいんでしょう」
むしろここまで一生懸命に親身になってくれる相手に対して、傍若無人に振る舞える奴がいたら見てみたい。
「色々融通はきかせてくれたんですけど、記憶消去だけは魂の損傷が酷くなるから出来ないと言われてしまって……本当に申し訳ありません」
机にごつん!と頭を打ち付けて謝る天使君。
いやちょっと待て。
「記憶が消えないのって、特典じゃないのか?」
「違いますよ。確かに最近、下界の色んな物語で記憶を持って転生するのは特別だとよく書かれていますけど。実際に前世の記憶を全部持って転生とか、呪いみたいなものですよ。
よく考えてみてください、元の世界に帰る事も出来ず、簡単に溶け込めず、自分が培ってきた常識も通じず言葉も通じない。記憶がある為に人を簡単に信じる事も出来ない。
記憶の事を話したら話したで、変人扱いならまだいいです。下手すると迫害の対象になるか気狂い扱いされて精神病院にぶち込まれます。
更に転生後、心残りが無いならまだいいんです。万が一前世で最愛の人がいたとしたら?大事な家族がいたとしたら?二度と逢えないまま孤独の中に生きて行かないといけないんですよ?
万が一同じ世界に生まれる事が出来たとしても、元の家族にとって自分は完全な赤の他人で、記憶の所為で実の両親と普通の家族生活を送る事も出来ない。
最愛の人や大事な家族が他の誰かと仲睦まじく歩いているのを、平然と見守る事が出来ますか?相手に自分は君の最愛の相手だ、死んだけど転生して帰ってきたよ、なんて言えますか?たいていの人はふざけるなってキレると思いますよ、僕。
こんな凄まじい精神的苦痛が罰じゃなくてなんだって言うんですか」
「それは、確かに」
「そういう転生は罰則課が担当していますけどね。物語のように上手く英雄になれる人なんて、本当にごく一握りです。99%は迫害されるか変人扱いされるか精神病院にぶち込まれます。魔女狩りにあって焼死した人もいますよ」
「うわぁ……」
「そんな転生をこれから僕は貴方にして貰わなくちゃいけないんです、金城さん」
そうだった。最初その話だった。
「いや、まぁ、でもさっきも言ったけど君の所為じゃないんだし。おでこ大丈夫?真っ赤だけど」
「本当に、ここに来る人達はどうしてみんなそんなにお人よしなんですかあああああ」
「君も大概お人よしだと思うけど……ああ泣かないで」
しばらくなだめて、ようやく話が進む。
「とりあえず、転生先は救済用の世界である転生神の箱庭世界となります。そこなら迫害される事はまずないと思います。」
「転生神の箱庭?」
「はい。罰則でも無いのに記憶をもったまま転生する魂の転生先として、特別に造った世界です。いくつかの島国に別れていまして、今回金城さんが転生するのはその中の倭の国になります。和風文化で暮らしていた方々の転生先として選ばれていて、全人口は5万人位です」
「倭の国か、全体的に日本っぽい感じだといいんだけど」
「日本をモデルにして作っていますので、そんな感じですよ。戸籍もあります。
文明は江戸時代位ですけど、記憶持ちがたくさんいるので日常生活を送る分には支障が無い程度に改造されています。と言っても全員が全員記憶持ちじゃないですし、次の転生で天国に行ける程綺麗な魂の転生先に選ばれてもいます。記憶持ちはだいたい100人に1人位です」
「むしろそんなにいる事に驚きだけど」
「1日に1人は転生していますので。倭の国以外に転生される方も多いので、この程度の人数ですけど」
それなら人数的には有り得るか。
「あと、魂のレベルとしては、金城さんは損傷が無ければ十分天界に行けるレベルでした。それなのに今回の損傷の為、輪廻転生をする事になりました。
罰則でもないのに記憶持ち転生しなくちゃいけない金城さんへのお詫びとして、上にかけあって今回お願いをひとつ叶える許可を貰いました。僕が出来る範囲ですけど」
「え、いいのか?」
「はい!何かありましたら是非!僕、頑張ります!」
「そっか、じゃあ」
願いを言ったらまた泣かれた。
「何で叶えたい願いが「看取ってくれた友人に生まれ変わって元気でやってるからと伝えて欲しい」なんですかあああああ」
「いや、目の前で人が死ぬとかショックだろうし、せめて無事成仏しました位は」
「もう駄目だこの人いい人過ぎる、何でこんな人を罰則転生させなくちゃいけないんだろう凄く理不尽過ぎていっそ下界を呪いたい特にこんないい人を殺したあの馬鹿野郎は呪い殺してやりたい」
「ど、どうどう、落ち着いて落ち着いて」
「それは別枠で叶えます、その程度の事なら僕単独でも十分叶えられますし、僕が夢枕に立つ位でしたら怒られる事もないんで大丈夫です」
「そっか、良かった。じゃあお願いするよ」
「だーかーら!別枠で叶えるんで別のお願いは!」
「あー、えっと」
特にこれといって叶えたい願いなんて無いんだよな。だって、十分幸せだったから。
俺を捨てた母さんや、虐待した父さんに思う所が無いと言えば嘘になるけど、それでもじいさんやばあさんと出逢えて俺は幸せだった。二人と死に別れて哀しかったけど、それでもにーにーやねーねー達に囲まれて、幸せな人生だった。
もうちょっと長く生きたかったと思わないでも無いけれど、独りでひっそり死ぬ覚悟をしていたのに看取って貰えただけでも十分すぎる最期だと思っている。
ああ、そうか、じゃあこうしよう。
「どんな願いでも叶えてくれるんだよな?」
「そうですね、出来る範囲ですけど。誰かを生き返らせるとかじゃなければ大丈夫ですよ」
「そっか、なら、お願いしたい事があるんだ」
「はい、何でしょう!」
「俺が可愛がってた友人の子供、愛良ちゃんって言うんだけど。彼女が生を終えて、次の転生をする時に何か1つ願いを叶えてあげて欲しい」
「……は?」
「大事な友人達の、大事な子供なんだ。辛い思いなんてして欲しくない。もし万が一彼女が道を外れてしまってとんでもない事になった場合でも、どうにかなればいいかなって。駄目かな?」
「もう、本当に、本当に貴方って人は!!判りました、判りましたよ、その願いを叶えましょう!!」
良かった。これでちょっとは恩返しが出来た。
調整の為か、また何やらスマホで話を始めた天使君が、通話を終えた途端俺にむけて手を伸ばす。
「これは僕の身勝手です、後で苦情を言っても受け付けません」
「え、あ、おい?」
座っていた椅子の周りに、きらきら光る陣のようなものが出来る。
「記憶は3歳の誕生日に目覚めて、3歳までの記憶と統合しますので、赤ちゃん羞恥プレイはありませんご安心ください。あとサービスとして皆さん言葉が判るようにしておきます。
ご本人達の了承は得ました、調整もつけました。貴方みたいな人は、でれでれに甘やかされて溺愛されていい奥さん見つけて子供に恵まれて幸せな人生を過ごせばいいんです」
「ちょ、待て、いったい何を、そもそも皆さんって一体」
「どうか、今度こそ……幸せに」
微笑んだ天使君の笑顔を最後に、意識が飛んだ。
「よろしいのですか、転生神様。あのような事をして」
「いいんだよ、彼にはその権利がある。それに彼の養父母殿も了承してくださった」
損傷が無ければ、間違いなく天界に行けた筈の魂。
彼が周囲をかばい護ろうとしなければ、あそこまで傷つく事も無かった。
今度の生、彼は彼を愛してやまなかった養父母の実子として生まれる。記憶持ちの両親の元で育つんだ、きっと幸せに生きられる。
「見たかい、あの魂の美しさ。彼は、自分を死ぬ一歩手前まで追い詰めた父親に対しても、死ねとか消えろとか思ってなかった。ただ、憐れんでいた」
「普通なら恨みひたすら自身の生を呪う所でしょうに……死んだ父親の弔いも熱心にやっていましたね」
「ああ。此度の生が終わったら、何が何でも彼には天界の住人となって貰う」
もう苦しむ必要なんて無い。哀しむ必要なんて無い。
だって、こんなに苦しんで、更に苦痛の生を過ごす羽目になったんだから。
ちょっと位休んでも罰はあたらない。あてたら抗議してやる。
「個人的には、彼はまた転生を選ぶ気がしますがね。自分はまだまだ修行が足りないと言って」
「……頑張って泣き落とす」
「おやおや」
転生神である少年に付き従う執事服を着た天使の青年が、背後でくすくすと笑う。
「金城さん。どうか、貴方の新しい生が安らかなものでありますように」
何もいらないどころか、自分の権利さえ譲ってしまうお人よしの貴方ですけど。
せめて、それ位は……祈らせてください。




