プロローグ
「お前が、お前が悪いんだ!ぼ、僕の仕事の邪魔をするから!
お前が邪魔するから僕が怒られるんだ、お前が悪いんだ、僕は何も悪くない、僕は何も悪くない!!!」
痛いを通り越して熱い。
刺されると痛いと思っていたんだが、熱いんだな。知りたくなかった。
それにしても、立ち退きは嫌だと数回断っただけで刺されるとは思わなかった。
玄関で出迎えた俺の腹を思いっきり包丁でぶっ刺してくれた青年(リゾート施設を作る計画があるから、立ち退きしろと言ってきた大企業の新人職員君)は、更に人の腹から思いっきりえぐるように包丁を引き抜いてくださり、挙げ句血に染まった包丁と自分の手を見て半狂乱になり、凶器となった包丁をぶん投げ玄関の引き戸を乱暴に閉めて逃亡した。
「く……っ」
立っていられず、そのまま床に座り壁にもたれる。
刺された箇所を左手で押さえるが、力が入らず上手く止血が出来ない。
ポケットに突っ込んであったスマホを右手で握り、救急車を呼ぼうとしたけど目がかすんでダイヤルボタンが見えない。
何か、助けを呼ぶ方法を……!
その時、偶然聞きなれた呼び出し音が鳴り、どうにか通話ボタンを押す事に成功した。
『勇希、百合がちょっとおかず作り過ぎたんで、これから持って行くからさぁ』
「けい、じ」
『勇希?どうした、具合でも』
「さされた、……きゅうきゅうしゃ、……」
『はぁ!?わ、判った、すぐ行く、すぐ行くからな!おい百合!救急車、救急車呼べ!勇希が刺された!!
お袋、愛良見ててくれ、勇希の所に行ってくる!!親父、警察呼んでくれ警察っ!!!』
電話の向こうで叫ぶ慶次と、慌てている百合さんや小母さん、小父さんの声が聞こえた。愛良ちゃんも何があったのと叫んでいる。
途切れそうになる意識をどうにか保ち、玄関の壁にもたれると、数分も経たずに閉まっていた玄関の引き戸がガラガラと開き、幼馴染の慶次が駆け込んできた。
「勇希!!!」
「けー、じ」
「救急車呼んだからな、しっかりしろっ!!」
俺の左手の上に自分の両手を重ねて、必死に圧迫し血をとめようと頑張る慶次。
でも傷が深すぎるのか、どっか太い血管がやられたのか、溢れる血は止まらない。
「慶次、勇希君は……勇希君っ!!!」
「百合、さん」
「百合、救急車は!?」
「今こっちに向かってる!お義父さんも警察に連絡したらすぐこっち来るって!」
「さむ、い」
呟いた俺の身体を、ぎゅうっと百合さんが抱きしめてくれた。
百合さんの穿いている白いスカートが、俺の血で真っ赤に汚れていく。
「ごめん、百合さん、スカート」
「こんな時に何気にしてるの馬鹿っ!!」
「慶次、奥さんに、目の前で、他の男、抱かせて、ごめん」
「こんな時に何言ってんだこの馬鹿っ!!」
だってお前、百合さんに誰かがふれたらそいつぶっ殺すって言ってたじゃないか。
こんな状況なのに何かおかしくて、つい笑ってしまう。
視界が徐々に暗くなっていく。あー、流石にこれは、助からないか。
じゃあ、せめて、最期に……死ぬ前に、素直に。
「にーにー、ねーねー……」
2つ年上なんだから、俺はお前のにーにー(沖縄方言で兄さん)だとよく言ってた慶次。
俺の奥さんなんだから百合もお前のねーねー(沖縄方言で姉さん)だと。
気恥ずかしくて素直になれなくて、いつも慶次、百合さんって呼んでた。
育ててくれたじいさんもばあさんも亡くなって、一人暮らしになった人付き合いの悪い俺をいつも気にかけて、気遣って、まだ愛良ちゃんもちっちゃいのに、小母さんも小父さんも一緒になって気にかけてくれて、俺も……家族だって言ってくれて……。
「いつも、素直に、なれなくて、ごめん……俺、二人が、大好きだった、おじさんも、おばさんも、愛良ちゃんも、俺、大好きだった」
「おい、何言ってんだよ勇希?大丈夫だから、大丈夫だからそんな事言うんじゃねぇっ!!!」
「勇希君、気をしっかり持って!大丈夫だから、ね、大丈夫だから」
「慶次、百合さん、勇希は……勇希!!」
ああ、小父さんも来てくれた。
「なかないで……にーにー、ねーねー……。小父さんも……ありがと、う……。
みんなの、おかげで、俺、幸せ、だった。
ありがとう、……小母さんや、愛良ちゃんにも、……ありがとう、って」
「……ああ、伝える、必ず伝えるさぁ」
「親父!?何言って」
「慶次、黙れ!聞こえんっ」
「ありがと、……おじさ、ん……ありが、と、にーにー、ねーねー……俺、幸せ、だっ……た、よ……」
そこまでどうにか呟いて……意識が白く塗り潰された。




