過去へのこだわり
ガクブルしている私たちに気を遣ってくれたのか、ディーノさんは
「上の様子を見てくる」
と言って17階との境目にまで上がって行った。
踊り場の壁があるので、後ろ姿さえすっかり隠れてしまっている。
「おいソル、まぁ座れよ」
16階との境目に座ったままのソル君に、ジャンが話しかけた。
私たちは16階と17階との間の踊り場で、16階よりの場所に座り込んでいた。
「…………」
ソル君はじっと動かない。
「ソォル!いいから来いよ。そこでウジウジ反省されたら、俺らの方が休憩できないだろ」
ジャンがあくまで軽く、どうでも良さそうにソル君を誘った。
その軽さにホッとしたのか、ソル君はややあってゆっくり立ち上がり、ちょっとふらつきながら踊り場まで上ってきた。
やっぱりディーノさんのせいだろうか……。
ジャリッと微かな音をさせて、ソル君が私たちの側に座った。
伏せていた目を上げて、私たちをゆっくり見回す。
「――さっきはすまなかった。私の判断で、パーティを危険にさらしてしまった。申し訳ない。……ラビーも、すまなかった。せっかく助言してくれたのに」
いつものツンツンソル君とは違う、悔恨の滲んだ声だった。
反省してくれたのは非常に喜ばしい。
私を、勇者一行の一員として扱ってくれたこともくすぐったくも嬉しい。
だがそれ以上に――薄気味悪いというか気持ち悪いというか……。
いや、ソル君は真剣に反省してるっぽいからむしろ私の方が申し訳ないんだけどね。
でも、これまでのドSソル君に慣れていると、どういうどんでん返しがあるのかと警戒する方が先になるというか……やっぱりアレだね!
人徳って普段からの行いがポイントだよね!!
「ソルらしくねぇな。そんなにディーノさんの拳が堪えたのか?」
混ぜっ返すジャンの言葉にも、静かなソル君の眼差しは揺るがなかった。
「個人的な感傷があったんだ。勇者だからと与えられたアイテムを使いたくなくて」
ソル君は目を伏せた。
「……感傷?どういうことなの?ソルさん」
ルーナたんがちょっと不安そうにソル君に尋ねた。
ソル君は優しい目で、ルーナたんに向かって首を振った。
「なんでもないよ。つまらないことだから。でも、そのことで君を危険にさらしてしまった。ごめんね、ルーナ。……もう、こんな感傷は捨てるから。ちゃんと、君を守れる男になるから」
彼は、にじみ出るような笑顔をルーナたんに向けた。
優しさが溢れて、零れ落ちたみたいな笑顔だった。
でも、それを向けられたルーナたんは訳が分からなくて戸惑うばかり。
「ソル、格好つけるのやめろよ」
ジャンが低い声でそう言った。
おや?ちょっと怒っているように見える。
「別に恰好なんて……」
「つけてるだろ?ルーナだって仲間だ。お前のかっこ悪い過去を語ったって引くような子じゃないだろ?」
そう言ってジャンは、ソル君が慌てて口を塞ごうとするのをいたずらに華麗に避けながら話し始めた。
「昔っからさ、俺たちの孤児院に、婆ちゃんとか爺ちゃんとかがソルにお供え持って来るわけだよ。『これであの恐ろしい怪物を封印してください』ってさ。つまりさ、爺ちゃん達はこう言ってるわけだ。『これやるからお前の命を賭けてルヴナンを封じてこい』ってさ。『死んでこい』っていうのと同じだよな」
ソル君の攻撃を避ける余り、両手を上げて踊る猿みたいなポーズを取りながらジャンは喋っているので、深刻なはずの過去話が台無しだった。
でも、ルーナたんは真剣な眼差しで聞いている。
な、なんていい子!
思わず吹き出しそうになって、いやでも場の空気を読んだら笑うのアウトだよね、と一生懸命笑いをこらえている私とは大違いだ。
「っ昔の話だっ!今は気にしてないっ!!」
必死の形相のソル君からどうやって逃げ続けているのか、本当に無駄に高性能なシーフである。
目で追っていると、時々ジャンの体の輪郭がブレて見えるのだ。
なんか分身の術とか習得してない?
いやでもそんなアビリティなんてBF6にはないはずなんだけど。
確か、8ぐらいからだったはずだよ?
「んで、そういう風に感じる自分が恰好悪いから、貢ぎ物を極力使わないようにしてるうちにケチって言われ出して。で、逆ギレしてケチを演じてるうちに本物のケチになっちまって。挙げ句に窮地でエーテル使えなくなるソルの出来上がりってわけ」
「うわ~、いいお話のはずが台無しでござるねぇ……」
ケチに繋がる何かがそれまでにあっただろうか?
イヤない。
もっと違う何かを演じたって全然構わないぐらいの繋がり方しかなかったはずである。
……つくづく、美形のくせに惜しい男である……。
「ジャン!!」
「いや、貶したのはセンセイだから」
ソル君が隠しておきたかった、恥ずかしい思春期の話を暴露したジャンが全面的に悪いと思う。
私のは単なる感想でしかない。
だからこっち睨むのやめようよ、ソル君。
「――命を、賭ける……?」
ぽつりと零れた、ルーナたんの言葉に私たちは一瞬で静まりかえった。
そ、そうだよルーナたんは知らないんだよ、ソル君がルヴナンを封印する時に命を落とすなんてことは!
あわあわした私が慌てて口を開きかけるのを、ジャンが素早く視線で制してきた。
そしてさり気なくナチュラルに躱した。
「本来なら、ルヴナンを封印できるだけの実力ある神官なら、誰が負ってもいい義務だ。でも命がけだろ、こんなの。聖域がこんなに危険なんて、ディーノさん言ってなかったんだぞ?」
封印自体が命がけではなく、そこに繋がる行程こそが命がけであるという風に、ジャンはルーナたんを自然に言いくるめた。
私はじっとジャンを見上げる。
……こいつは、嘘が下手なんだと思っていた。
…………やっぱりな。
何股もしている男が、嘘が下手なわけがない。
嘘が下手なように見えたのは、彼にとって私はそれだけ危険度が低かったからなのだ。
………………。
いや、別に何にも思ってない。
何にも感じてないし。
ふ~ん、へ~ってしか思ってないし。
ふ~ん、へ~、そうなんだ~ってぐらいしか思ってない。
うん、思ってないったら思ってない。
うん。
大丈夫大丈夫。
平気平気。
「――アンヌと来た時は、これほど凶悪な聖域ではなかったぞ」
上の方からディーノさんの声が響いてきた。
「へ?時期によって聖域の中身が変わるってことですか?ディーノさん?」
うんうん、確かにそれは不思議だ。
……いや、聖女アンヌの時代のことは私も知らないからね。
ゲームにもあんまり描写はなかったし。
「あぁ、以前来た時は、精々が5階ほどの構造しかなかった。敵もあんな性悪な鳥は出てこなかったな」
ディーノさんの姿は見えず、声だけが上から響いてくる。
ちょっとだけ低めの、年齢を帯びてどこかかさついた渋い声。
「――どういうことだ……?」
頭脳派ソル君が首を傾げ始めた。
「経年変化じゃないか?」
あぁ、ダンジョンが成長する的な?
たぶん違うと思うな~。
たぶん、アレだと思うんだよな~。
「――ラビー、何か知っているかい?」
はっっっ?!
「い、いや~、さっぱりでござるねぇ~」
ソル君の問いにしらばっくれる私。
だ、だって月の民であるルーナたんを連れているから雷の精霊王であるセト様が怒って勇者達にいけずしてるなんて言えないじゃん!
そこまで言っちゃったら、月の民がなんで精霊王に嫌われてるか理由を言わなきゃならないし!
なんかボロボロ言っちゃってるうちに全部白状させられちゃいそうじゃん!
だから完全黙秘なのだ!!
「……ふぅ~ん?」
沈黙が!沈黙が重いよソル君!
「まぁまぁ。女性の手の内は知らない方が楽しいもんだぜ、ソル」
……っこの、遊び人がぁぁぁっっっ!!!
フォローをありがたく思う前にその遊び人めいた言葉にがっかりするわ!!
「女性……そうか、アレが女性に見えるのか……」
そしてソル君も相変わらず失礼だなっ?!!
「ラビーちゃん、言葉の綾だよっ!」
ルーナたんもなんでそんなにジャン寄りかなぁ?!
「――そろそろ行くぞ」
…………はい。
なんかもう疲れたので、さっさとセト様撲殺しましょう。
今ならラビーでも戦える気がするよ……。
読んでくださってありがとうございます!!
いやいや、ラビーはジャンに興味ないですから!ただ、あれだけ好意的に接してくる男性がやっぱり女好きだったことに心なしかがっかりしてるだけなので!
……そういう意味では意識、してるのかな……?




