第4話 再会と戻ってきた日常
「アズール。『真偽の石』はどうだった?」
アルテイシアよりも後ろにある木の陰から、ルイーゼを見送った彼に聞こえるように尋ねた。アズールは彼女の隣に立つと、問いに答える。
「石の光り具合では、嘘はついていませんでした」
「そう……」
「良いのですか、あのような約束をして?」
朝日の眩しい日差しの中、アルテイシアは淡々と答えた。
「問題はないよ」
アズールは心配そうな顔を向けた。
「『魔術書』に……死者蘇生のやり方も収められていたのですか?」
「魔術書」とは、アルテイシアがいつも読んでいる本のことである。彼女は肩を竦めた。
「……まあね」
「ですが……死んだ人間を生き返らせる方法はないはずですよね? それに、それを試みようとした時点で禁忌です」
「何が言いたい?」
咎めるような言い方はしなかった。優しく、やんわりと続きを促すような言い方に、アズールはぽつりと言った。
「……引き受けて良かったとは思えません」
アズールは戸惑う表情を浮かべつつ、項垂れた。
どうやら彼はアルテイシアにこの仕事を引き受けて欲しくなかったようである。
それに対し、アルテイシアは優しく笑った。
「そうだね。死者蘇生の魔法をしたら禁忌だから、そのあと私がどうなるか分からない。でも、私たちは決めたじゃないか。ウーファイアが残した、呪いのような魔法道具を人々の役に立つように使おうと」
その言葉に、アズールははっと顔を上げる。
「死んだ人間を生き返らせることが人の役に立つのですか?」
「ルイーゼさんがそれを望むなら」
「……」
何を言っても気持ちが変わらない主人に、アズールは出過ぎたことを言ったのかと不安になりしゅんとする。
「私は……間違ったことを言っているでしょうか?」
「そんなことはないよ」
アルテイシアはふっと笑うと腕を伸ばし、自分よりも頭半分ほど背の高いアズールの頭をぽんぽんと軽く撫でる。
「ありがとう、アズール。でも本当に大丈夫だから、見守っていて。心配するようなことにはならないから」
「……本当に、それなら良いのですが」
アズールの呟きは、虚しく空に溶けて消えるのだった。
*
「持ってきました」
ルイーゼは二日後、アルテイシアが頼んだものを全て持ってやってきた。全身が写っている写真に、ダニエルが戦地で持っていたという廃れた鞄である。
「ありがとう。では、少し家の中で待っていてください。ダニエルさんを呼び戻してきますから。アズール頼んだよ」
「……はい」
アルテイシアはアズールに彼女のことを頼むと、魔術書の他にルイーゼから預かった写真と鞄を手にし、家から少し離れたところへ移動する。そこにはダニエル復活のため集められた森の土が、アルテイシアの膝くらいの高さに盛られて用意されていた。彼を蘇らせるためには、土が必要不可欠なのである。
彼女は土が盛られているところに、廃れた鞄を近づけ、本に挟めていた羽でさっさと擦る。すると僅かに砂のような塵のようなものが舞って、土の上にふわりと落ちた。
「よし、始めますか」
アルテイシアは、開いた魔術書を左手に持つと、そこにルイーゼから借りたダニエルが写っている写真を置いて言った。
「この者に、再び会うことを願う者あり。地の力にて、新たに形を与えよ」
すると左手の魔術書は眩い光に覆われ、それと同時に盛られていただけの土の中からも桃色のような、黄色のような光が放たれる。
「『形成せよ』!」
アルテイシアが命令すると、一層光が強くなったかと思うと、強い風が下から上に向かって吹き荒れた。その間に、土がもこもこと動き出し、彼女がじっとその様子を見守っていると、光が放たれた土の中から人の右手、左手と這い出てきたのである。
それを見て、アルテイシアは安堵の息をついた。
「上手くいった……」
アルテイシアは土から出て来た裸のダニエルに、魔法で適当に服を着せると、ルイーゼが待っている森の家に戻った。
「ただいま」
アルテイシアが家のドアを開けて言うと、ルイーゼは座っていた椅子から瞬時に立ち上がると、口に手を添え目を見張った。
「本当に……?」
「ええ。あなたの恋人が戻ってきましたよ」
アルテイシアの隣には、写真と相違ないダニエルが柔らかな笑みを浮かべて立っている。ルイーゼは戸惑いつつも、少しずつ入り口に立つ彼の方へ歩き出すと、その速度を少しずつ早め、最後は泣きながら一気に距離を詰め彼に抱き付いた。
「ダニエル……! おかえり……! おかえりなさい!」
「ルイーゼ、ただいま」
ダニエルは彼女を優しく抱きしめ返す。ルイーゼは心が満たされたのか、嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます、アルテイシアさん! この御恩は一生忘れません!」
ルイーゼはアルテイシアの手を握って、何度も何度もお礼を言った。彼女の恋人ダニエルは戻って来たのである。
「どういたしまして。あと、これお返ししますね」
アルテイシアから写真と鞄を返され、ルイーゼはそれをきゅっと胸に抱いた。
「本当にありがとう……」
「……」
そしてルイーゼは、アルテイシアに言われた通り、森に用意された家でダニエルと共に生活を始めたのである。
☆
一日目の朝。ルイーゼは、七年ぶりにダニエルの腕の中で目覚めた。
規則正しく呼吸する温かな体に寄り添い、力強い太い腕で守られるように抱かれている。二度とあり得ないだろうと思っていた日々が戻って来たのだ。そう思うと、急にたまらなくなって涙が零れた。
「……」
ルイーゼが、眠るダニエルの顔を右手でそっと触れると、彼はゆっくりと瞼を開く。厚手のカーテンの隙間から漏れ出た光が、逆光になって彼の顔が良く見えない。
「おはよう、ルイーゼ」
生前と変わらぬ柔らかな声に、ルイーゼは胸が締め付けられそうな心地になる。
「おはよう……、ダニエル」
精一杯笑って答えようとするが上手くいかない。するとダニエルは、ルイーゼの頬に指を滑らせ、涙を拭いた。
「どうして泣いているの?」
その問いに、ルイーゼは笑って答えた。
「あなたが帰ってきてくれたから」
ルイーゼの答えに、ダニエルはゆっくりと彼女に顔を近づけて口づけをする。温かくて柔らかい唇に、ルイーゼは幸せな心地でいっぱいだった。
一度失っているからこそ感じる、「当たり前」の有り難さ。ルイーゼはそれを日々を重ねるごとに感じていた。知り合いや家族に会えないことと、彼と食事ができないことを除けば、何不自由なく、彼女が求めていた日常だった。
しかしこのときのルイーゼはまだ、後に自分が、彼に対して小さな不満を募らせるようになっていくなど知る由もない。




