第2話 ペンダントのなかの恋人
アルテイシアは「どうぞ」と女性に席をすすめると、自分は先ほど座っていたクラブチェアに腰掛けた。しおりを挟んだ本は、目の前のテーブルから、傍にある簡易机にさりげなく移動しておく。
日が暮れるにつれてどんどん暗くなっていた部屋だが、アズールがろうそくの明かりを足してくれたので、ほわりと温かな光で部屋が満たされる。お陰で、目の前に座る女性の姿も良く見えるようになった。
女性の年齢は、三十は過ぎているだろうか。ブロンドの髪はきれいに整えられ、首の後ろでひとつに結えてあるが、顔は少し疲れているように見える。細い指はあかぎれができていて、水仕事にいそしんでいることが伺えた。
「そんなに緊張しなくても」
肩に力が入った様子を見て言うと、女性ははっとする。
「すみません……」
謝る女性にアルテイシアは笑みを浮かべ、ちょっととぼけるように肩を竦めた。
「まあ、分からないでもありません。魔法使いはこの世にいるかどうか分からない存在ですからね。得体の知れない者と話をしようとするのは怖いに決まっています。でも別にとって食いやしませんから、怖がらないでください」
女性は少しきょとんとした顔をすると、ふっと笑って「ありがとうございます」と言った。幾分気持ちが和らいだようである。
「失礼します。良ければお茶とお菓子をどうぞ」
ちょうどそのとき、アズールが茶菓子を持って来てくれた。
カップに注がれた、明るい黄色のお茶からふわりと湯気が立つ。茶菓子はシンプルなフワストル(チーズを用いた、柔らかでしっとりとした菓子)だ。
「ありがとうございます」
「ごゆっくり」
アズールが軽く頭を下げてキッチンの方へ行ってしまうと、アルテイシアは「お茶をどうぞ」と勧めた。
「隣国のウーファイア王国で、『太陽の雫』とか『金色のお茶』と言われているルバリシュルです。緊張を解す効用があります」
「ルバリシュル? それって、確かとても高価なお茶では……?」
女性が目を見張ったのに対し、アルテイシアはカップの中に視線を落としながら静かに言う。
「……市場では手に入りにくいので高値で取引されているのでしょう。私はこのお茶を作っている方から直接仕入れているので、特に高いと感じたことはありません」
「それほど高価なものではないということですか?」
怪訝な顔をして尋ねる女性に、アルテイシアはあっさりと答えた。
「末端の者にはほとんど還元されないということです。――すみません、余計な話をしました。私なりのおもてなしなので、金額のことはお気になさらず気楽にお飲みください。とてもおいしいお茶ですよ」
女性は「じゃあ……」といって、少し緊張しつつも、ふう、ふう、とお茶を冷ましながら一口飲む。
「おいしい……!」
女性はぱっと顔を明るくして言った。
「それは良かった」
アルテイシアは女性の和らいだ表情を見てほっとすると、自分も一口飲む。癖がなくさっぱりとした味わいに、どこか蜂蜜に似た甘さがほのかに感じられた。これがルバリシュルというお茶の良さである。
「ところで、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
名を尋ねられ、女性はカップを置いて居住まいを正した。
「あっ、名乗らず、失礼いたしました。私は、ルイーゼと申します」
「ルイーゼさん、それで、あなたの依頼は何です?」
単刀直入に聞くと、女性はアルテイシアから視線をカップに落とす。
「恋人を……生き返らせて欲しいのです」
アルテイシアは僅かに眉を動かした。
「あなたの恋人は亡くなっているのですか?」
「はい」
ルイーゼは頷くと、首に下げていた銀色のロケットを外し、中に入った写真を見せてくれる。
色は白黒だったが、髪は黒か茶色で肌はロハーニアに多いノファシー(白に近い黄色)のように見えた。
癖毛は短く切られていたが、前髪は目にかかるかかからない程度の長さで、太めの眉を隠しているようにも見える。太い眉はロハーニアの男たちの「男らしさ」の象徴だが、恥ずかしく思う若者もいるようで、それを隠すために前髪を伸ばす者もいると聞く。
今どきの若者らしい感じだが、優しそうに微笑んでいる青年はとてもいい人のように思えた。
「七年前になります。戦争で兵士として戦い亡くなりました」
「そうですか。お辛かったことでしょう」
「……はい」
「しかし、何故今頃彼を生き返らせようと思ったのです?」
ルイーゼの恋人が戦争で亡くなったのが七年前というのなら、「ロハーニア戦争」のことだと思われた。
だが戦いは五年前に終結しているし、アルテイシアに願いを叶えてもらうには随分時間が経っている。
するとルイーゼはカップから手を離し、テーブルの上で両手を絡ませぎゅっと握った。
「それは最近になって、『ロハーニアとウーファイア王国の国境にある森の中に魔法使いが住んでいて、困っている人を助けてくれる』ということを知ったからです。私はずっと恋人が生き返る方法を探していました。魔法使いがいるかどうかの真偽は分かりませんでしたが、あなたの噂はかねがね承っておりました。『アルテイシア』という名の魔法使いはどんな願いでも叶えてくれると……。ですから私は、噂を頼りにこの森にある家にお伺いしたのです」
アルテイシアはルイーゼの顔をじっと見つめた後、静かな声で「……あなたは恋人を生き返らせてどうしたいのです?」と尋ねた。
「共に生きたいのです」
「……そうですか」
アルテイシアは目を瞑り何かを考えると、テーブルに置いてあった荒目漉き紙(植物由来の粗末な紙)に羽筆(羽ペンのこと)で、カリカリと何かを書く。
数行書いたかと思うと、今度は簡易机に置いてあった本を開き、紙を挟んで一度閉じた。
ルイーゼがその様子を不思議そうに眺めていたが、アルテイシアは気にすることなく淡々と作業を進め、再び本を開くとそこに書き留めてある何かを読んだ。
その際に、アルテイシアは少し難しそうな顔をしたかと思うと本をぱたりと閉じ、じっと本の表紙を見つめていた。暫しその状態でいたあと、突然ぱっと顔を上げてルイーゼに言った。
「分かりました。お引き受けしましょう」




