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13

第二部の序章になります。


 世界樹の根元に広がる聖国。

 その総責任者である教皇のもとには、世界各地から様々な情報が届けられる。今日もまた、あまたの知らせがもたらされる。


「今、なんと?」


 引っかかる報告があり、教皇は手を止める。

 聞き返された男は、どもりながらたどたどしく話す。

 曰く、宵の国に神木がもたらされた。――かもしれない、と。


「神子を送り届けた者らが、戻ってきてからひと月も経っておらん」


 宵の国まで、馬車であれば片道ひと月程度かかる。つまり、神子が宵の国に辿り着いてから、大して時間は経っていない。

 何もない状態から一人で、あの神子が現地の者と協力して成し遂げるなど、あり得ない。


 そもそも、教皇があの任を不可能と断じたのには、理由がある。

 十年以上前に神木の植樹の儀式は行われ、一度失敗している。そう耳にしている。

 当時のことは、緘口令が敷かれていて詳細を知る者はほとんどいない。だが、当時の最も優秀とされる神子が試し、為しえなかった。

 理由も原因も、未だわかっていない。

 だからこそ、不可能なのだと判断し、失敗しても構わない存在を送り出した。


「あり得ぬ、が……」


 ただの誤報であれば、何ら問題はない。

 行き詰った神子が神木を騙ったのならば、処分すればいいだけだ。

 だが、もし真実であったなら、その時が一番面倒なことになる。


「不確かな情報では意味がない。正確な情報をもってきなさい」


 教皇が叱責すると、男は慌てた様子で去っていった。



 そんなやり取りからしばらくたって、あの報告が事実だったと判明する。

 宵の国からの使者によって。


「教皇猊下の素晴らしきご采配に、心より御礼申し上げます。こちらは我々の感謝の気持ちとなります。どうかご笑納ください」

「ほう、これはこれは」


 使者のシトレンが差し出したものを見た教皇は、目を細めて警戒を強めた。

 これほどのものを差し出すということは、宵の国側は神木は為ったと信じている。


「優秀な神子を派遣してくださり、国中に歓喜の声が広がっております」


 その言葉に、鷹揚に頷いてみせた。

 使者は丁重に感謝を述べて帰っていった。教皇もまた、人柱として送り出したなどとはおくびにも出さずに見送る。


「どうなっている?」


 使者に見せたにこやかな表情を一変させ、押し殺した声で問う。


「神子からの報告は? 宵の国にいる神官からの連絡は?」


 互いの顔を見合わせる。一人が恐る恐る口を開いた。


「使者が、神子は力を使い果たして寝込んでいると……」

「それを確認したのか? 神木の真偽についての確認もどうなっている? 現地へ確認へ行ったものは?」


 続けざまに問うと、調査中との頼りない返事が返ってくる。

 心の中で使えん奴らめと、悪態をついた。



 さらに数日後、ウィステリアから報告書が届く。

 非常に簡素で無機質な内容だった。


 報告書としては、正しい。正しいが。

 そこには、教皇への感謝も取り入るような文面も、何もない。宵の国の使者でさえ、教皇への感謝を最初に述べていたというのに。


 この報告書にも、これだけを差し出す部下にもいら立ちが募る。それでもまだ、こちらの機嫌を取り持とうとする部下の方が可愛げがある。


 そうだ、その通りだ。

 大層な結果を残したのならば、“普通”その手柄を差し出してこびへつらう。

 従順に頭を下げて、派閥入りを願い出ればいい。そうすれば、末席に置いて上手く使ってやったのに。

 教皇は奥歯を噛み締める。


 それなのに、それがない。

 ということは、ウィステリアは教皇の権威を認めていない。庇護を望まない。自らで立とうとしている。

 教皇には、そうとしか思えなかった。


 それを許すことはできない。


 教皇は深く息を吸うと、ある者に極秘の任を与えるべく筆をとった。




 同時期。

 とある都市では、少女の元気な声が響いていた。


「先生! お隣の宵の国で神木が生まれたんですって!」


 先生と呼ばれた初老の女性は、振り返りもせず言い放つ。


「私たちは今から帰るところだろう。寄り道なんかしないよ」

「何でですか!? こんな機会、滅多にありませんよ。後学のためにも、ぜひ見に行きましょうよ!」

「駄目だね」


 少女は「えー」と不満げな声をあげながら、唇を尖らせる。

 しかし老女の歩みが止まることはない。少女がまとわりついて懇願しても、駄目だった。

 ならば、少女は切り口を変えることにした。


「先生、気になりません? 新たな神木なんて、百年以上なかったことですよ」

「……」

「誰が、どうやったのか。私はすごく気になります」


 駄々をこねる態度から一変して、できるだけ落ち着いた口調で語る。真面目に、勤勉に見えるように。

 老女は足を止めて、もの言いたげな目を少女に向ける。


「今なら、ご本人から直接お話しを聞けるかもしれないです」

「……」

「当初の予定だと、帰還はもっとずっと後だったじゃないですか。それに、先生だって興味あるでしょう?」


 少女は知っていた。

 師がその話を聞いた時、何やら考え込んでいたことを。そして、方々に手を尽くして調べようとしていたことを。


 もう一押しと、再度頼み込む。今度は大きく頭を下げ、手を合わせて。

 老女は大きく吐息を漏らすと、渋々といったように頷いた。ただ、その表情には微かな笑みが浮かぶ。


 歓声が上がった。少女は師に抱きついて感謝を示す。

 すぐに引きはがされたが、雑な扱いに気にも留めず、少女は満面の笑みを浮かべる。


(よし、これで助けられる)


 こっそりと胸の前でこぶしを握りしめ、決意を新たにする。

 期待と不安が複雑に入り混じって、心臓がどきどきと大きく脈打っている。少女はゆっくりと目を閉じ、まぶたの裏に誰かの姿を思い描いた。


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