リアナの沈黙
夜の学院は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
蝋燭の炎がわずかに揺れる。影が長く伸び、僕の胸の奥まで不安を差し込む。
――リアナは、何を隠している?
事件の記録を洗い直した結果、どうしても腑に落ちない点がひとつあった。聖具が壊れたあの夜、リアナとセレスティアが学院の東回廊で“二人きりで会っていたこと”。なぜそのことを、どちらも口にしないのか。その時、何を話していたのか。
疑問は確信に変わりかけていた。けれど、真実を知るためには、彼女の口から聞くしかない。僕は、図書館の灯りがまだともっているのを見て、迷わず扉を開けた。
リアナは机に向かっていた。長い髪が肩にかかり、指先は静かに本の頁をなぞっている。僕の気配に気づいても、彼女は顔を上げなかった。
「……リアナ。」
声が思ったより低く響いた。
やっと彼女が顔を上げる。その瞳は、まるで眠っているみたいに感情の色を失っていた。
「レオン様。まだ起きていたのですね。」
――いつもの穏やかな口調。けれど、そこにあるのは距離だった。
触れようとしても、届かない場所にいるような。
「君に聞きたいことがある」
僕はゆっくりと歩み寄った。
「事件の夜、東回廊で……セレスティアと会っていたね?」
リアナの手が止まる。
蝋燭の火がぱちりと弾け、光が一瞬だけ彼女の表情を照らした。
けれど、次の瞬間には何事もなかったように再びページがめくられる。
「どうして、そんなことを?」
「一瞬見たんだ。ふたりが話していたところを。」
僕は彼女の真正面に立つ。
「リアナ、あの夜、何があったんだ?二人で何を話した?」
彼女は視線を落としたまま、何も言わない。
その沈黙が、ひどく痛かった。
僕は机の上に手を置き、身をかがめた。
「君がやったなんて、僕は思っていない。だけど、黙っていたら誰も信じてくれない。どうして何も言わない?」
リアナの唇がわずかに動く。
「……信じてくれないからよ」
囁くような声。だけど、その奥にかすかな震えがあった。
「私が何を言っても、もう誰も信じてくれない。だから、黙っている方が楽なの」
「僕は信じる」
思わず言葉が出た。
「何があっても、君を信じる。だから、話してくれ。頼む、リアナ」
彼女の瞳が、ゆっくりと僕を見た。
揺れて、光って、けれどすぐにその光は消えた。
「……レオン様、あなたを巻き込みたくない。」
「僕は君の味方だ」
「違うわ。あなたは王子様。私は、悪役令嬢よ」
「そんな呼び方、もうやめろ!」
怒鳴った自分に、驚く。
リアナの肩が小さく震えた。
僕は深呼吸をして、声を落とした。
「……君が誰に何を言われようと、僕にとっては莉亜なんだ。それ以上でも、それ以下でもない。だから、本当のことを話してくれ。」
しばらくの沈黙。
蝋燭の炎がまた揺れて、壁に僕らの影を映した。
リアナの影は小さく、頼りなかった。
「話せない。」
「どうして?」
「話したら、あなたを傷つけてしまう。」
その言葉に、心臓が強く締めつけられる。
真実を彼女は言わない。でも、もう彼女が犯人ではないということは明白だった。
「リアナ……」
僕は彼女の名を呼んだ。けれど、その声はどこにも届かない。
彼女はただ、静かに本を閉じて立ち上がる。
「もう遅いわ、レオン様。さようなら。」
背を向けて去ろうとする姿が、ひどく遠く感じた。
僕は一歩、彼女に近づく。
「……莉亜。聖具を壊したのはセレスティアか?二人で話した時に、彼女が君の髪飾りを奪った。そして、聖具を壊して君のせいにした。違うか?」
「……レオン様は全てお見通しだったのですね。」
彼女は振り返りながら言った。その顔は、涙と笑顔で溢れていた。




