バーバ・ヤーガ
セレスは妙子といっしょに登校した。
妙子は沈んでいて、言葉少なげだった。
その日の朝ごはんも妙子はあまり食べなかった。
「妙子、おまえは一人じゃない。俺やミリアがついている。何かあったらすぐに知らせろ。一人で抱え込むな。わかったな?」
「うん、お父さん……」
妙子はセレスと別れて教室に向かう。
一方、セレスは職員室に向かった。
開口一番で出てきたのは鈴木先生の謝罪だった。
「すいません! 申しわけありません! 私の不手際でこのようなことが起こってしまって!」
鈴木先生は深々と頭を下げた。
場所は校長室。
黒いソファーにセレスと鈴木先生、東山校長が対面して座った。
セレスようにお茶まで用意されていた。
「鈴木先生、私は謝罪を求めているのではありません。事情の説明と問題の解決を求めているのです」
セレスは冷静に話した。
「いったい何が起きたのか、説明してもらえますか?」
「実はクラスの男子が妙子ちゃんの名前をからかったみたいで……それがきっかけだったようです。妙子ちゃんが無反応だと、教室に誰もいない時にノートに「しね」と書いたようです。ほかにもプリントをびりびりにして机の中に入れたようですね」
「それをやった人物の名前は?」
「宮下君です。宮下 公平君です」
「その宮下君はどうしてそんなことを?」
「はい、宮下君はどちらかと言えばクラスでも不良に入る生徒で、妙子ちゃんをいじめるというよりはからかっていたようです」
セレスがわざとお茶を飲んだ。
そのあいだ、沈黙が訪れる。
セレスが湯飲みを音を立てて置く。
セレスの瞳はまるで検察官のように鋭かった。
「しかし、いかに動機が軽くてもこれはいじめですよ。我々はその宮下君を提訴する用意があります。軽い動機とはいえ、いじめを行ったことに変わりはない。動機が軽くても、殺人は殺人ですからね。学校側に問題がなくても、我々は提訴せざるをえない」
「それは痛いほどわかります。もう少し、お時間をいただけませんか? 今、宮下君のご両親と本人と話をしている最中なのです」
「それで事態が解決すればいいのですが……これはあなたの指導力も試されているのですよ、鈴木先生?」
「はい、それはおっしゃる通りで……」
鈴木先生は顔を下に向けた。
その時東山校長が割り込んできた。
「セレス君、鈴木先生を責めないでちょうだい。あなたも小学校時代には問題児だったでしょう? あまり鈴木先生を追いつめないで」
「……まあ、そうですね」
東山校長の言葉にセレスは同意した。
「我々は宮下君が妙子に謝罪しない限り、提訴は取り下げません。謝罪のためにしばし時間の猶予を与えましょう。妙子には私から言っておきます。それでは私も仕事がありますので、失礼させていただきます」
その後、鈴木先生から電話がかかってきて、宮下君から妙子に正式に謝罪が行われたことをセレスは知った。
セレスは妙子からそのことを聞いた。
セレスはいじめられても反応するな、とアドバイスしていた。
妙子が無反応になったせいか、いじめはなくなった。
ある日の帰り、雨上がりの午後に、セレスは妙子を迎えにやって来た。
突如セレスと妙子は異空間に閉ざされた。
その異空間はビルが崩れ、地面は砂漠だった。
セレスは長剣を出した。
「誰だ! 姿を現せ!」
崩れたビルの上に一人の老婦人が現れた。
「おまえは何者だ?」
「私はバーバ・ヤーガ(Baba Yaga)。人の命を喰らう老婆じゃ」
「おまえのような悪魔と戦うのが俺たち聖騎士の任務だ。俺がおまえを倒す!」
「クックック、できるかのう? おまえは気息を持っている。ゆえに精神かく乱攻撃は効果がないようじゃな? いつぞやの、確か中川といったか?」
「……どういうことだ?」
「ククク、中川夫妻は車の運転事故で死んだ。そう思われているようだが、真実はこの私が頭をおかしくして運転を誤らせたのよ!」
「あれはきさまのしわざだったのか!」
「クハハハハハ! そう通りよ! 若い夫婦の命、うまかったぞ!」
「妙子、離れてろ。あいつは俺が倒す」
「うん……」
妙子は隠れるように建物の残骸の影に隠れた。
「フハハハハハー! 死ぬがいい、セレス・ファーゼンハイト! きさまの命も喰らってくれるわ!」
バーバ・ヤーガが火炎の波を放った。
炎魔法「火炎波」である。
「光明刃!」
セレスは光の斬撃を火炎波に対して出した。
光の斬撃が炎の波を斬り破る。
バーバ・ヤーガはバリアを張って光の斬撃を防いだ。
「ほう……やるではないか……なら、これは? 火炎噴!」
バーバ・ヤーガは炎をセレスの足元から噴出させた。
セレスはとっさに横に跳ぶ。
セレスがいた位置から炎がマグマのように噴出した。
バーバ・ヤーガが右手に炎をまとわせた。
「火炎槍!」
炎の槍がセレスを襲う。
飛来する炎の槍をセレスは光の剣で迎撃する。
「くっ、これならどうじゃ? 炎爆!」
炎の爆発が巻き起こる。
セレスは後方に跳びのいた。
「これで終わりじゃ! 火球乱舞!」
火球が次々と入り乱れてセレスに向かってくる。
一発、一発は大したことがないが、連続で飛来されると厄介だ。
セレスは光を長剣にまとわせて、巨大化させた。
巨大な光の刃が、バーバ・ヤーガの前に現れる。
「なっ!? その刃は!?」
バーバ・ヤーガが目を大きく開ける。
そして、狼狽した。
セレスの巨大な光の刃はバーバ・ヤーガめがけて振り下ろされた。
「極光大波剣!」
「がはっ!?」
極大な刃がバーバ・ヤーガを斬り裂いた。
「この、あたしが……」
バーバ・ヤーガは黒い粒子と化して消滅した。
セレスと妙子は元の空間に帰還した。
12年後、妙子・中川・ファーゼンハイトは光福修道会に入った。
セレスとミリアは入会式に招かれ、妙子の様子を見守っていた。
妙子は小さいころからのそばかすに、髪を二つに分けて縛っていた。
妙子は高校の文化祭で讃美歌を歌って以来、将来修道会に入ると決めていた。
入会式が終わり、志願者たちと家族との別れが行われる。
セレスとミリアも妙子との別離を経験することになった。
「お父さん、ミリアお姉ちゃん、今まで育ててくれてありがとう!」
「妙子……」
「妙ちゃん……」
セレスとミリアは妙子と抱きしめ合った。
これが永遠の別れでなくとも、これからはそう簡単に会えなくなる。
セレスは感動していた。
それは親としての仕事からの解放だった。
妙子はこれから一人の個人として自分の道を歩むだろう。
親としての義務とは、子供が自立して生きて行けるようにすることにあるのだから。