43.愛する人が生まれた日
「それで、何を買うの?」
「……」
とりあえず街までやってきた私たちだけど、クルトが欲しいものによって行くお店は変わる。
ここに来るまで結局何を買うのか教えてくれなかったクルトに、もう一度問いかける。
「……アクセサリー、かな」
「え? アクセサリー?」
クルトもついにこの世界のオシャレに目覚めたのだろうか。
言いにくそうに口を開いたクルトに、確かにちょっと照れるかもなぁ。なんて思いながらも、男性用アクセサリーが売っているお店に向かった。
「……ふむ。どういうのがいいのかまったくわからん」
店内を一周してから、クルトが独り言のように呟いた。
「何かいいと思うものはあったか?」
「うーん、そうだなぁ……。私はあまりゴツゴツしたのつけてる人好きじゃないなぁ」
クルトが気に入ったのを買えばいいとは思うけど、悠真みたいにチャラチャラと装飾品をつけている男性はあまり好みではないかもしれない。
「これなんてどう? シンプルだから寝てるときも外さなくていいだろうし、楽だよきっと」
わりと自分好みで、細めのブラックプレートのネックレスを手に取る。
シンプルだけど遊び心のあるデザインで、大人っぽいのにカジュアルな印象。
意味もなく自分の首に当てて鏡を見て、「いいじゃん」と呟きクルトに合わせてみようと思ったら、すぐさまそれをパッと奪ってレジに歩き出してしまうクルト。
「ちょっと、それでいいの?!」
「いいと思ったんだろう?」
「え……、私はね、でも自分で合わせてみたほうが――……」
すっかり慣れた様子で会計を済ませるクルトの手には、いつか彼に渡した散歩用の小さな財布が握られていて、その中にお札と小銭が一緒になって入っていた。
「もう、ぐちゃぐちゃじゃん……」
綾乃の親の工場で働き始めてひと月とちょっと。
クルトも初めてのお給料が出て嬉しいんだな、と微笑んで息を吐き、私は近くのベンチに彼を引っ張って座らせた。
「ほら、お財布の中身。どうせならきちんと整理して! こっちが小銭で、こっちにお札だよ。それから、お札の種類でちゃんと分けて」
すぐに私も隣に座って彼のお財布を指さしたら、ズイッと今買ったネックレスの袋を突きつけられた。
「……何? あ、持ってろって?」
「違う。ユアにだ」
「え……? 私に?」
思わず手を出して受け取ると、言いにくそうに頰をポリポリとかきながら目を泳がせて呟くクルト。
「これはユアへのプレゼントだ。いつも世話になっているし、それにクリスマスに焼いていたケーキは俺へのプレゼントだったらしいな」
「え?」
「アヤノに聞いた。本当は俺のために作ったのだと」
今更クリスマスのことを言われて少し照れくさくなったけど、クルトも同じように照れていることを思い出して、「ありがとう」という言葉を選ぶことにした。
「でもこれ、クルトがつけると思ったから男性用なんだけど……」
「そうなのか。確かに女性らしいデザインではないと思ったが、この国ではこういうものが流行っているのかと」
「……はっきり言ってくれたらよかったのに」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
小さく呟いた言葉は、どうやら聞こえなかったみたい。
それにしても、偶然だけど今日プレゼントをもらえるなんて、嬉しい。嬉しすぎる。
「ねぇクルト、つけてよ」
「ああ、後ろを向いてくれ」
「うん」
私には少し長めでチェーンも太いけど、クルトからの初めての贈り物だと思えばそんなの全然気にならない。
これは私の宝物だ。
それから私たちは街をブラブラと歩いて、クルトが行ってみたいと言ったゲームセンターで遊び、日が暮れた頃に家路に着いた。
「ふふ、取れてよかった!」
「……そんなに可愛いか? その犬……」
「だから、犬じゃなくて、くま犬のさつきくんね!」
ユーフォーキャチャーで苦戦しながらもクルトが取ってくれたのは、私の大好きなさつきくんのぬいぐるみ。
つぶらな瞳がよく再現されていて、とっても可愛い。
「さつきくんはくまになりたいんだから」
「犬なのに……」
「本当は犬だけど、くまになりたいの! だからくまの着ぐるみを着てるの」
「くまの格好をしただけで犬がくまになれるものか。魔法でもないかぎり、無理だろう」
「……クルトって、夢がないのね」
「む? いつも魔法がないと言い張るのはユアではないか」
「そうだけど……」
さつきくんだって、本当はそんなことわかっているかもしれない。
でもそんなに真面目に否定しなくたっていいじゃない。
この世には、どんなに頑張ったって叶わないことがあるのは知っている。
私はもう、それがわからないほど子供ではない。
だけどクルトにそんなこと言われると、なぜだか少し悲しい。
「……なれるといいな、さつきくん。いつかくまに」
「うん……きっとなれるよ」
私の表情に何かを察したのか、クルトの口から小さく呟かれた言葉を私はしっかり拾って頷く。
本当はこのまま外でご飯を食べて行きたかったけれど、クルトに「腹を空かせたルイが悲しむぞ」と言われて、さつきくんのぬいぐるみを抱きながら私たちは家に向かった。
今日はお兄ちゃんも夕方には仕事を終えて帰ってくる予定だ。
確かに食材は買ってあったし、せっかくいるのにお兄ちゃん一人で食事をさせるのも悪いと思った。
「……ユア、今何時だ?」
「えーっと、六時になる五分前」
「……まぁいいか」
「何が?」
家の前まで来て突然歩みを止めたクルトだけど、時間を聞いてまた足を進める。
何を言っているのかはわからないけれど、大して気にもせずに玄関を開けた。
「ただいまー」
いつものように茶太郎が出迎えてくれる。
「よしよし、いい子にしてた?」
いつものように茶太郎の頭を撫でて靴を脱ぎ、いつものようにリビングへのドアを開けた。
――パン、パパーン!
『結愛、誕生日おめでとーう!!』
「……え、え?!」
けれど今日はいつもと違った。ドアを開けたのと同時にクラッカーの音がして、私の視界には綾乃や友香、それから同じクラスの子が数人と兄の笑顔が映った。
「結愛もやっと十八歳だね!」
「綾乃……」
「おめでとう、結愛!」
「友香も……、みんなどうしたの?」
私の後ろにいたクルトはまったく驚いていないから、きっと彼もぐるだったんだと思う。だから時間を気にしていたのね。
「どうしたのって、結愛が私たちの中で一番最後の誕生日だから、盛大にお祝いしようってことになって~」
「そうそう! 大学行ったら学部が違うから今みたいに頻繁に会えなくなるかもだし」
綾乃に腕を引かれて中へ進むと、テーブルの上には豪勢な食事と、大きなケーキが用意されていた。
壁にも〝HappyBirthday〟の文字とともに可愛い飾り付けが施されている。
「これはね、昨日クルト君と琉生君が一生懸命作ってくれたんだよ。それをさっき私たちが飾り付けたの!」
「そうだったんだ……」
綾乃の言葉に、クルトと兄を見つめる。
だから二人とも今朝は眠そうだったのね。私が寝てから、こっそりこんなことをしていたなんて。
「ハッピーバースディ、結愛!」
「ありがとう、みんな……」
こんなふうに大勢の友人に祝ってもらった誕生日は初めて。
自分の親からすら、おめでとうのメッセージ一つ届いていないのに。
「ね、電気消して! ケーキのろうそく消してもらわなきゃ!」
「そうね、結愛、準備はいい?」
脱いだコートはお兄ちゃんが片付けてくれて、私はケーキの前に立たされる。
……あ、だけど。
「ねぇ待って、実はね、誕生日の人がもう一人いるの」
「え?」
私がそう言うと、みんなはきょとんとして首を傾げた。
やっぱり。言ってなかったんだ。
「クルト! 明日だけど、誕生日おめでとう!」
「え……っ」
「クルト君、明日誕生日なの?」
「そうなの、クルトの誕生日って二月二十二日なんだって」
以前聞いたときには一日違いだということは伝えなかったけど、クルトは私の誕生日が今日だとみんなから聞いたようだ。
だからネックレスをプレゼントしてくれたのよね。
「いや、俺はもう大人だし、今日はユアのために――」
「大人なのは私も一緒だよ! ね、ほら、来て来て!」
照れているのか、遠慮しているクルトの腕を掴んで二人でケーキの前に立つ。
ろうそくに火をつけて、電気が消えて、みんながバースデーソングを歌ってくれる。
歌の最後に拍手を浴びながら、私とクルトは一緒にろうそくの火を吹き消した。
「こんなのは初めてだ」と呟きながら頭をかくクルトに微笑んで、その日はみんなで盛大に盛り上がった。




