42.騎士様は芸能人並にかっこいい
卒業式を間近に控えた、二月末の土曜日。
今日はクルトと街に買い物に行く日だ。
兄は仕事で朝早く家を出たけど、クルトは十時を過ぎても起きてこない。
クルトはいつもちゃんと自分で起きてくるのに、寝坊なんて珍しい。
「……」
慣れない仕事を始めて疲れているのかもしれないけど、今日はせっかくのデート。
私だって、今日という日を無駄にはしたくない。
「クルト――起きて」
だから起こしに行くことを決めて、彼が使っている部屋の扉を数回ノックした。
「……」
扉に耳を当ててみるけど返事はないし、動いている様子も感じない。
「クルト、開けるよ」
もう一度扉を叩いてから声をかけて開くと、部屋の中は遮光カーテンが閉まっていて薄暗く、クルトは布団の中で静かに目を閉じていた。
「クルト起きて。出かけるんでしょう?」
「……ん」
まずはカーテンを開けて、日差しを彼の顔に当てて朝だということを教える。
「う~……眩しい……」
すると文句みたいなことを呟いてゴロリと横を向いたけど、起き上がろうとする様子はない。
「買い物に行くんでしょ? いい加減起きたら?」
昨夜は夜更かしでもしていたのだろうか。そういえばお兄ちゃんも今朝は眠そうにしてたけど、二人で晩酌でもしてたとか?
「クルト~」
寝返りを打ったクルトの顔の前に膝をついて、肩を揺さぶってみる。
「ん……ユアか」
「やっと起きた」
「……」
うっすら目を開けたクルトが、一瞬私の顔を確認するように視線を上げてから、またすぐに視線を落として黙り込んだ。
「……」
「……?」
「……っ!!!」
そんなクルトのぼんやりとしていた表情が、一瞬にして覚醒した。
「……ど、どうしたの?」
目を見開いたと思ったら、ガバッと起き上がって私から不自然に距離を取るクルトに、私のほうが驚いてしまう。
「……薄いピンク」
何を言っているのか一瞬頭を悩ませて、すぐに理解した。
「……っ!」
ちょうど彼の視線の先に、床に膝を突ついていた私のスカートがあったから。
「少々刺激的だがこうして起こされるのは悪くないな……」
「クルトのえっち!!」
「いや……、今のは不可抗力だろう!? 前にも言ったが君はもう少し淑女の嗜みを……!」
慌てて膝を閉じてスカートの裾を押さえ、クルトをキッと睨みつけると、私は恥ずかしさに熱くなる顔を逸らしてこの部屋から出た。
確かに私もうっかりしてたけど……今日は女の子らしい可愛い格好をして、クルトと出かけたかったから……!
「……やっぱりタイツ穿こ」
遅めの朝食をそこそこに、クルトの準備が済んだら予定通り街へ出てきた私たち。
クルトは未だに電車があまり得意ではないのか、そわそわしている。
「……ねぇクルト、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ?」
「いや、何があるかわからないからな」
「……」
車内はそんなに混んでいないのに、クルトはドア前の手すりに寄りかかっている私にぴったり寄り添っている。
そして、駅に着いてドアが開くたびに、私が落ちないように肩を支えてくれる。
『ねぇ、あの人やばくない?』
『やばい。芸能人かな? ちょーかっこいい』
相変わらずチラチラとクルトに視線を向けてくる女の子たちの話し声が耳について、そっとクルトを見上げる。
背が高くて、スタイルがよくて、周りを警戒して表情を強張らせているその顔が凜々しく男らしい。
やっぱりかっこいいよね、クルト。
『隣の子、彼女かなー?』
『距離近いよね』
『結構可愛いよ』
『いいなー、私もあんな彼氏欲しい~』
「…………」
オシャレしてきてよかった……。
前も思ったけど、クルトがかっこよすぎて、隣に並ぶのが少しプレッシャー。
ちゃんと釣り合えるように、今日は早く起きていつもはストレートの髪の毛を巻いてみた。それにお化粧もしてきたし、服も悩み抜いて選んだのだ。
今日は、デートだと思ってもいいんだよね……?
「――ねぇねぇ、君」
電車を降りて、どこに行こうかと話していたら、男の人が声をかけてきた。
「君かっこいいね~! 芸能界興味ある? もしかしてもうどっかに所属してる?」
うっわ、スカウトだ……!!
名刺を取り出してクルトに差し出してくる男性に、本当にこういうことってあるんだと、私は驚きながらも少し感心してしまった。
「……は?」
「まだかな? よかった~! 君なら絶対人気者になれるよ!」
「ごめんなさい! 彼、芸能界とか興味ないんで! 失礼しま~す」
「あ、君彼女? 彼女も可愛いね! とりあえず名刺だけでももらってよ! ね、興味あったら絶対連絡してね~!」
しつこくごちゃごちゃ言っている男性から遠ざかるため、私はクルトの腕を引っ張ってその場から逃げた。
「……ゲイノウカイ?」
「テレビに出たりする人たちの世界」
「ほう」
ちゃっかり名刺を受け取っているクルトは、それを眺めながら考えるように上を向いた。
「えっ、興味あった?」
「いや、ないが。……ふっ、それにしても、俺の見目がいいから声をかけてきたのだろう? ユアもそう思うか?」
にやりとしながら顎に手を当て、「なぁ」としつこく聞いてくるクルト。
「はいはい、そうですよ、かっこいいかっこいい」
「む……なんか適当だな」
そんなクルトに棒読みで答えると、彼は不満そうに下唇を軽く突き出した。
本当にクルトは芸能人並にかっこいいけど……自分で言われるとなんか悔しい。
この世界の人にモテるのを自覚したら、クルトも悠真みたいにチャラくなっちゃったりして?
……それは、嫌だなぁ。
「ねぇ! そこのお兄さん、かっこいいね~! 芸能界に興味――」
「ありません!!」
だからまた違う人に声をかけられて、つい私が大きな声を出してしまったのだった。




