17.私のヒーロー1
「おい」
「あ――?」
そしてその足音の主が低い声を発したのとほぼ同時に、藤堂先生が後ろにはじけ飛んだ。
「……えっ」
「ユアに何をしている」
その足音の主は、クルトだった。
クルトは、藤堂先生の肩を掴んで私から引き剥がすように投げ飛ばしたのだ。
藤堂先生はバランスを崩し、呆気なく地面に倒れた。
「痛ってぇ……」
「クルト!?」
藤堂先生から私を守るように身を挺し、クルトは鋭く彼を睨みつけた。
「いきなり何するんだ、あんた……!!」
「ユアが嫌がっていた。貴様こそ、ユアに何をしようとしていた」
「何って、別に……ただ相談に乗ってやろうと」
「貴様だな、こそこそと俺たちの後を着いてきていたのは」
「クルト、気づいてたの?」
「危害は加えてこないから黙っていたが、ユアに何かするつもりなら黙っているわけにはいかない」
「……っ」
そう言うと、クルトは藤堂に一歩にじり寄った。
「こんなものを送りつけてきたのも貴様だな?」
クルトの手には、ゴミ箱に捨てたあの手紙が握られていた。
「それ……」
「ユアの様子がおかしかったからな。こんなわけのわからないものを送りつけてきた奴が近くにいて、ユアが怯えているようだったから――学校に行っている間にこの辺りを調べていたんだ。そうしたらユアの乗った車を見つけた。それも、何か揉めているように見えたから、後を追ってきた」
クルト……そんなことしてくれてたんだ。
もしかして、さっきの信号のところで降りようとしてるのを見ていたのかな……。
とにかく、クルトが来てくれて私は助かった。
クルトの存在に、心の底から安堵する。
「……っお前がいきなり現れたからだ……!! 俺は、結愛ちゃんを見守っていただけなのに……!!」
「見守る?」
藤堂が叫んだその言葉に、クルトがピクリと反応した。
「貴様は守るという意味を理解しているのか? ユアは明らかに怯えていた。貴様は何からユアを守っているつもりなんだ」
「……それは、だからお前から……!」
「このような手紙を送り付けてユアを怖がらせるのが貴様の言う〝守る〟ということか?」
「……っ、確かに手紙を送ったのもネットに書き込みをしたのも俺だよ……でも、それは結愛ちゃんと近づきたくて……!! 俺に相談してくれたらすぐに解決してやったんだ……! ……それなのに全然頼ってこないから――!」
信じられない。何その理由。
こんな人、絶対教師に向いてない!!
「ほお……。つまり構ってほしくて嫌がらせをしたのか。とんだ性根の腐った男だな」
「……っ」
未だ尻をついていた藤堂の胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、クルトはとても低い声で怒りを露にした。
凄みを利かせている本物の騎士の迫力に、藤堂は情けなく身体を震わせる。
……気持ち悪い。かっこ悪い。もう二度と関わりたくない。
「な、なんなんだよ、あんた……! ゆ、結愛ちゃんの従兄なんて、ううう、嘘だろ……!?」
「俺はユアの騎士だ。貴様のような半端なものではなく、この命を掛けて守る覚悟がある、本物のな」
「……なっ!?」
普通なら、何をふざけたことをと思ってしまうような言葉も、クルトが言うと本物に聞こえる。
だってきっと、彼は本気で言っているのだから。
「……俺は、結愛ちゃんと仲良くなりたくて……! 卒業したら教師と生徒じゃなくなるだろ!? そしたら、俺の部屋で一緒に暮らそうと――」
「勝手なこと言わないでください……! 私はあなたのことを好きでもなんでもありません!! っていうか、私のTシャツとブラウスを盗ったのも、あなたですか?」
「……好きだったんだ……俺は、君のことが好きだったから……つい……」
認めた……! つい、じゃないわよ、気持ち悪い……!!
「どうする、ユア。君が望むなら俺が首を刎ねて――」
「学校はもう辞めるよ……それに、シャツとブラウスも、返す……」
「当然です。もう二度と顔も見たくない。……警察には言わないであげるけど、二度と私に関わらないでください!」
クルトが穏やかではないことを言いかけたけど、その言葉に被せるように藤堂が口を開いた。
本当は警察に突き出してやりたいけど……親には知られたくない。
だからもう二度と私に関わらないでほしい。
「結愛ちゃん、怖がらせてごめんね。でもそんなつもりはなかったんだよ、本当に俺のことを頼ってほしくて――」
この期に及んでそんなことを口走りながらボロボロと涙まで流す男に、嫌悪感しか沸いてこない。
なんで私は変な男にばかり寄ってこられるのだろうか?
鼻をすすりながらこちらに手を伸ばしてきた男に顔をしかめて身を後退させると、胸ぐらを掴んでいたクルトが自分に気を向けるように更にきつくそこを締め上げて言った。
「……うっ」
「見てわからないのか? ユアは貴様に気がない。彼女は俺の大切な女性なんだ。もしまたユアの前に現れたら……そのときは俺がこの手で処分してやる。貴様が近くにいることくらい、俺にはわかるからな」
「……うっ、うう……っ」
クルトは騎士だ――。
彼がいた世界には魔物がいた。
その討伐や、戦にも行ったことがあるのだろう。
「返事が聞こえないな」
「わかった、わわ、わかったよ……!」
その視線と声だけで人を殺せるのではないだろうかと思える迫力に、手を離された藤堂は声を震わせて再び膝をついた。
「わかっていると思うが、この街からも出ていけよ」
「はい、はい……っ、そうします……! な、何者なんだよ、あんた……」
「俺は騎士だ」
「騎士……、そんな……嘘だろう……?」
クルトの殺気立ったオーラに、藤堂はガクガクと顎を震わせたあと、情けなくその場にうずくまった。
「帰るぞ、ユア」
「……うん」
クルトに手を握られて、私はなんとか足を動かした。