後編
「ミラよ。あなたが次代の聖女です。」
教会の大司祭様が声高にそう宣言した。
それを合図に国中が歓喜にわいた。
先代聖女アマリネの死から二年後、次の新たな聖女として神のお告げがあったのは、アマリネが実の娘のように可愛いがっていた少女だった。
その少女は、名をミラといった。そして、彼女は代々の聖女とは違った異質な力を与えられた。
それが、心を読む力である。
「心を読むなんて、聖女というより魔女みたいじゃないか。」
そう言って目の前でニヤニヤと汚く笑っているのは、私が奴隷時代の時に働いていた貴族の一人。
貴族というのは基本的に自分より下には興味がないようで、見目がいいからと買われた私の顔ももう覚えていないらしい。メンツを保つ為に、能力じゃなくて見た目の良し悪しで判断する無能だから、オツムの方も弱いのだろう。
まあ、その方がなにかと都合が良い。
「あらあら、私に向かって、この心を読む力を持った聖女様にそーんな口を聞いてよろしいのですか?」
「は、どうせ大したことなー」
「十三歳の時、同級生と悪ふざけで肝試しに行った日の夜、トイレに一人で行くのが怖くて漏らしてしまったなんて、そんな秘密人様にバラされたくないでしょう?だって、十三歳でお漏らしって…w」
「な、な、な、何でそのことを!というか、もうバラしてるじゃないか!」
怒りと羞恥心のあまり顔を真っ赤に染めたお貴族様の御坊ちゃま。
こっちを睨んでるけど、その程度で怯むほど私はやわじゃない。奴隷時代はもっと蔑んだ目を日々向けられていたのだから。
「こ、こんな性格で聖女なんて、笑わせてくれるわね。まあ、所詮、卑しい庶民だもの仕方ないわよね。」
「ふふふ、バーカス公爵令嬢、王太子殿下が好きなのですね。可愛いらしいところもあるじゃないですか。」
「そ、そんなの皆知ってるわよ!い、今更恥ずかしくなんてないわ!」
「あら、王太子殿下のお尻が大好きだということは恥ずかしいことではないのですね?それに、もう皆さんご存知だったのですか。それは残念ですね。」
「わーー!そ、そ、それは違うのよ!殿下、違うんです!あの性悪聖女の嘘なのです!殿下ー!」
あー、面白い。あれだけ偉そうにしてた貴族たちがこの様だ。いつかコイツらのプライドをバッキバキにへし折ってやる、と日夜調べまわっていたあの時の私を褒めてやりたい。
「…ミラ、その辺にしとけ。本当、お前、全然変わってないな。」
私の侍従であり、幼馴染みのフーガが呆れ顔で嗜める。
「だって、楽しいんだもん。」
私のその返事にフーガが長い長いため息を吐いた。
私が聖女になって半年も経たない内に、私の所に一人の青年が訪ねてきた。それがフーガだった。
私が神の生贄として村から出て行ってから、この村は可笑しいと彼は沢山悩んで大人たちに訴えたという。こんなのは可笑しい間違っている、村を救う為にどうして生贄が必要なんだと。でも、彼らはその訴えにまるで耳を貸さなかった。その上、村の状況が一向に良くならないことに不安を募らせ、再び生贄をだそうとしたらしい。
そして、二度目の生贄に選ばれたのがフーガだった。
しかし、フーガは生贄になる前に村を逃げ出した。その途中で村の外に崖なんてないという事実に気づき、私がもしかしたらまだ生きているかもしれないと探しまわったらしい。
ぼろぼろの粗末な服で、頭を地に擦り付け、泣きじゃくりながら何度もごめんと謝る彼を見て、私は許した。
本当は知っていたのだ。あの時、フーガは私を見捨てたのではないということを。
彼が何度もあのクソ神官に、自分を生贄にしろと掛け合っていたのを私は知っていた。何度も、何度も。
けれど、結局私が生贄になることは変わらず、あの時どれほどの無力感と罪悪感に苛まれていたか。離れた所からでも痛いほど握りしめられた両手を見て知っていた。
だから、もうとっくに許していた。
それに、私の大好きな母も彼を優しく許すだろうから。
「…これはアマリネ様から託されていたものです。」
そう言って渡されたのは、一つの日記帳だった。
それは、母が生前に一番親しくしていた神官様が死後に私に渡して欲しいと母から託されていたものだという。
日記帳の中には沢山の想いがあった。
母がどれほどこの世界を愛していたかが痛いほど伝わってきて、知らず涙が出ていた。
そして、最後のページにこう残されていた。
『 ミラ、私の大切な娘。
あなたにこれを託さなければいけない不甲斐ない私を許してください。
私が予知した最悪の未来を、きっとあなたならぶち壊してくれると甘えてしまう私を許して。
でも、私の娘としてその名前を名乗るあなたが多くの人に愛される未来を見て、私はあなたになら安心して託せると思いました。
ミラ、あなたは次代の聖女になります。
その力はとても強力で、あなたの未来は波瀾万丈なものになるでしょう。
でも、勘違いしないでね。あの時、あなたに初めて出会った時、あなたが次代の聖女になるから近づいたのではありません。
聖女という重責に耐えられそうになかった私を支えてくれるのがあなただと、私の大切な家族になると知って、私は嬉しさのあまりあなたに話しかけてしまった。
本当はあなたと出会うのはもっと後の予定だったのですよ。フライングしてしまいました。けれど、後悔はしていません。
ミラ、あなたともっと沢山お話ししたかった。もっと沢山の時間をあなたと過ごしたかった。
私は、あなたに出来れば次代の聖女としてその重責を背負わせたくなかった。
普通の女の子としての幸せな人生を歩んでほしかった。
でも、神様はイジワルな方なの。可愛い子には旅をさせよと言うでしょう?そういう御方なのよ。
ミラ、何度も言いますが、この先あなたの未来には沢山の困難が立ちはだかります。
本当は私がどうにかしなければならなかったけど、私にはもう寿命が足りません。
ですから、せめて少しでもあなたの役に立つようにそれら全てをここに記し残しておきます。
あなたのこれからの人生が多くの光りに溢れることを願って。 』
私は、母である先代聖女アマリネの意志を受け継いでく。
例え、何度も何度も失敗しようが、何度だってやり直そう。
この力は、この“時を戻す力”は、その為のものだ。
だって、母が愛したこの世界を、私も心から愛しているから。
私の愛する世界のために。
例え、この命すら惜しくはない。
ーーミラビフローラの花言葉は『真実の愛』。
心を読む聖女の過去話でした。
書ききれませんでしたが、ちょっとした裏設定。
ミラが最後に身をていしてアンを庇ったのは、もう既に力を使い過ぎて寿命が足りなかった為、他の策を講じられずぶっつけ本番でいった結果です。
ちなみに、ミラを刺したのはミラが過去に潰した国際的な犯罪組織の残党です。