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10000分の1の備忘録  作者: あきの梅雨
少女は死神の鎌を受け入れた
3/27

《Ash Village》


 イラストを差し替えました。

 畔道で揺れる荷車の上で、シヲンたちは次第に大きくなる村の様子を眺めていた。

 村の周囲は背の低い柵に囲まれ、円を描いている。大小様々な家々が軒を連ね、石造りの塔がその中央に建っていた。外周部には風車の姿も見える。

 村の南には果樹園が広がり、すぐ近くの山脈の麓まで続いている。村を越えた東には雄大な大河が流れをつくっている。それを渡った先には巨木を囲むように形成された街の姿があった。

 シヲンたちが抜けてきた森は村の西に広がっていた。


「あそこに見える村がアッシュの村でさぁ。果樹園で果物を育てて、村全体の生活を営んでるんだ。奥に見える街はスムーザの街だぁ。あのでっかい木の根元には、巨大な水晶があるんだこれが」


 きっと巨大な水晶というのはマナクリスタルのことだ。後であの街に行って水晶に触れておくべきだろう。エスペル導師が言っていた通りなら、街のクリスタルに触れれば、接触した水晶のある街と街を瞬時に移動出来るようになるということだった。エスペル導師みたいな手荒な転移は懲り懲りだが。

 ネコジャラシのような植物が生い茂る野原の道を進んでいく。この時期には畑での栽培はしていないらしい。


 ふと亡者の声のようなものを聞いた気がして、シヲンは荷台の中に視線を戻した。乗り物酔いをするらしく、青年剣士が青ざめた顔で呻いている。それをバンダナ男はおもしろそうに笑い、ヒューカは顔を押さえて嘆息した。

 ユキナはシヲンの隣に座らされ、終始赤い顔のまま黙り込んでいる。

 シヲンは対応に窮し、頬を掻いて彼女とは反対の方向に顔を向けた。触れ合った肩から伝わる体温が心地よく思えた。

 それほど長い時間はいらなかった。あっという間に村へと辿り着いてしまった。


「よぉし、到着だぁ。旅人の皆さん、ようこそアッシュの村へ」


 トカゲ男が上機嫌な声で知らせた。ここまで四人も乗せた荷車を引いていたにも関わらず、その顔は疲労の色が見えない。よほど身体が鍛えられているのか。紺色の作業服の下が少し気になりもした。

 シヲンたちはぞろぞろと荷車から降りて、踏み固められた剥き出しの大地へと立った。

 そして全員が身を固くしてしまった。ユキナにいたっては戦慄おののいてシヲンの腕に抱きつく始末だ。いきなり抱きつかれたシヲンは少女の身体の柔らかさに心臓が暴れた。


 特筆すべきはその村の住人たちの容姿だろう。単刀直入に言ってしまえば、トカゲ人間だけではなかった。犬に似た毛むくじゃらの巨漢や猫耳が髪の間から覗いた女性、蛙のような首のない頭とずんぐりした体型など様々だ。人間でありながら動物の特徴をもった亜人たちは服を着て当たり前のように生活している。

 記憶にある人間の形質をした者たちもいるが、数は極少数だ。

 亜人の姿は確かに衝撃的だった。

 しかしそれ以上に、これほどの人種とでもいうべきか、一箇所に多種族が集まっている状態は、この世界の事情を知らないシヲンから見て、異様な光景であった。

 その疑問は案外早くに氷解された。


「アッシュの村は非常にめっずらしくて、多種族が寄り集まって出来たんだぁ。この村の果実が好きで移り住む者もいるんでさぁ。種族が違っても皆村が好きだもんで、仲良く暮らせてるんだァ」


 目を細めて語るトカゲ男は、やはりこの村が好きらしい。

 そんな会話をしている間に周囲には村の住人が集まってくる。その目は興味津々といった様子で煌めいている。これじゃまるで見世物だ。

 自分たちの姿は珍しいのだろうか。この人間としての容姿は珍しいものでもないだろう。第一にこの村にも同じ人間がいる。


「何でこんな見世物みたいになってるのかしら」


 ヒューカが戸惑いを隠せないようで、シヲンに囁きかけた。そのヒューカの腰にはいつの間に移動したのか、ユキナが怯えた様子でしがみついている。その頬が少々赤く見えるのは気のせいじゃないらしい。シヲンが見ると慌てて顔を背けた。


「何ででしょうかね。俺にもさっぱりです。とりあえず、俺たちの見た目が珍しいわけじゃなさそうですし」


 戸惑うシヲンたちを尻目に、トカゲ男は周囲の人々に向けて声を張った。両腕を大きく拡げて大袈裟な動作をする。


「皆ァ、この人たちは旅人だそうだッ」


 その言葉でどよめきが広がった。村人の集団にヒソヒソと話し込む姿が見られる。

 シヲンたちはその様子をハラハラとしながら見守るしかない。

 ふいに周囲を囲んでいた集団が割れて、出来た道から矮小痩躯の老人が現れた。エスペル導師と同じぐらいの身長だ。

 右手に持った身長の三倍近くの杖をついて、歩み寄ってくる。顔は白い眉毛と髭で覆われ、表情が見えない。ずりそうなほどの装束を纏った老体は、シヲンたちの前まで来ると深くお辞儀した。


「ようこそ我が村にお越し下さいました。あなた方が言う旅人というのは、魔王と戦ったという伝承の旅人、ということでしょうか」


 その問いかけにヒューカは一歩進み出て応答した。


「魔王と戦うために来たことは確かね。エスペル導師なんていう老人にそう言われたわ」

「何とエスペル導師に会ったのですか。それが真なら、あなた方は旅人であるのでしょう。しかし、ワタシは村の長として、この目でその真実を見極めたく思います。出来れば、うむ、そうですな。あなた方が持つ、マナクリスタルを見せてくれませんか。お一人で十分です」


 この老人は村の長老だったらしい。そういえば周囲からこの老人に注がれる視線には尊厳な存在を見るようなものだ。尊敬の眼差しを一身に集める老体。

 シヲンはそんな長老の言葉に首を捻った。

 マナクリスタルを見せれば、旅人であることを証明できるのだろうか。そんなことはエスペル導師は言っていなかった。というよりもあの老師は大切なことをいくつも教えてくれていない。


「いいですよ、ではこれです」


 ヒューカが取り出したのは水色に光る水晶だった。歪な星型のマナクリスタルが陽光を反射して煌く。

 彼女はペンダントとして首から吊るしていた水晶を外すと、それを長老に手渡した。

 長老はそれを左の掌に転がして息を吹きかけた。

 それとともにヒューカのマナクリスタルが輝いて、ホログラムのような映像が飛び出した。

 そこにはヒューカという名前や職業、旅人の証らしい印が表示されている。

 ちなみにヒューカの職業は【狩人】だった。

 長老は再度息を吹きかけると、その映像を消し去った。水晶をヒューカに戻すと、破顔させて宣言した。


「今宵は宴じゃ。皆、この方々は真に旅人じゃ。今日は記念日じゃ、祝いの準備じゃ」


 その瞬間、歓声が湧き、拍手喝采で場が慌ただしくなった。


「えっと、どういう事? なんでみんな喜んでるのかしら」


 ヒューカが呆然として、周囲を見渡す。

 ここまで運んでくれたトカゲ男が歯を覗かせていた。


「旅人は縁起がいいと考えられてるんだァ。村の更なる繁栄を祝っての宴をやるようですよ」


 シヲンたちは顔を見合わせて、大人しく宴に参加することになった。



 夕刻、簡単な昼食を済ました一同は、村で集会などに利用される広場に呼ばれた。そこはもはや祭りのような状態だった。色彩豊かな照明が闇を照らして、活気に溢れた声がしきりに飛び交っている。並べられたテーブルと長椅子には村人全員の姿と豪奢な料理が所狭しと並べられていた。

 夜を待たずに始められた宴は、長老の言葉から進められ、その話が終わるや否やあとは飲んだり喰ったりのどんちゃん騒ぎだった。


 シヲンにとってこれほどまで賑やかな食事は初めての経験だったが、それは村人たちにとっても同じだったらしい。久々の宴がこんな賑やかで愉快になるとは思わなかった、と長老は大笑いしていた。

 村の住人が揃いに揃った宴は夜が更けってもなお、終わる気配がなかった。

 村一番の広場で集まってご馳走を振舞われたシヲンたちは、膨れた腹をさすって満足感と幸福感に浸っていた。


 食べ物はどれも舌を唸らせるほど美味く、これまでに食べたことのないようなものばかりだった。

 色とりどりの煮物や炒めもの、三角や四角い果物を使ったデザート。

 一メートルほどの巨大魚が出された時に、ふと思いついたことをシヲンは、近くで食事をとっていた例のトカゲ男に尋ねた。ちなみに彼は竜人という種族の出身であるそうだ。他にもこのアッシュの村には、獣人の猫族や犬族などがいて、シヲンのような人間は白族というらしい。ちなみに肌の色は関係がないそうだ。

 森で巨大熊を倒したら光の粒となって消えてしまったが、この巨大魚は何故消えないのか、と言ってみた。


 シヲンたちが巨大熊を倒したと聞いた男は度肝を抜かしたようで、他の住人に自慢するように早口でまくし立てた。

 どうやらあの熊は最近、村に被害を出しており、村ではその対応に頭を痛めていたらしい。村一番の腕の立つ竜人の者でも手に負えず、解決案が無いままにされるがままだったそうだ。

 村長が感謝感激して、頭を下げてきたことには慌てた。そこまで感謝されるとは思いもよらなかった。


「光になって消えるのは多くの場合、魔物ですな。ワタシらが魔物と呼んどるのは、魔力を体内に溜め込み過ぎた獣のことです。そうした獣は力尽きると、瞬時に光になって消滅するのです。消えないようにする方法はあって、そうして毛皮などをとります。ちなみに人もまた死ぬと光となって消えます」


 そう言って犬族の長老は新たに注いだ酒杯をあおった。それで何杯目だろうか。よく酔い潰れないものだと感心する。

 途中まで競うように酒を飲んでいたバンダナ男はとっくに酔い潰れて、テーブルにうつ伏せていびき声を響かせていた。

 ヒューカとユキナは果物が積まれた籠に手を伸ばして、その中から星型の黄色い果実と四角い桃色の果物をとった。その不可思議な形状をした果物がこのアッシュの村の特産品だそうだ。

 宴の初めの頃、それをふんだんに使用した果実酒が出されたが、未成年者であるシヲンとユキナは遠慮した。

 ヒューカと青年剣士とバンダナ男の三人は嬉々として酒を飲んだ。ワインのような濃い紫色や透き通った黄色い液体を飲み干した時の三人は、極楽浄土を体験してきたような表情をした。

 そう言えば青年剣士はどうしたのだろうか、とシヲンは周囲を見回した。どうやら、知らぬ間にこちらも酔い潰れていたみたいだ。

 長椅子の上に仰向けで寝ていた。


「ねぇ、シヲン。あなたホントに一緒に来るつもりがないのかしら? ユキナが来て欲しくて仕方がないみたいなのに」


 多少呂律の回らなくなった口調で、ヒューカが声をかけてきた。その隣でユキナがまたも蒸気を上げて、顔をうつ向けている。

 シヲンはヒューカの厚意に感謝しつつも、首を横に振ってみせた。


「すみません。俺はこの職業柄、独り身の方が良さそうです。……ごめんな、ユキナ」


 酒に酔った男たちを横目にシヲンは謝罪を口にした。彼ら二人にいい感情を抱かれていないのだ。無理について行くことなど出来そうにない。

 ユキナが目に見えてガッカリしたように肩を落とした。ヒューカがその黒髪を撫でて、慰める。

 ユキナの目尻に光るものを見たとき、シヲンは焦らされた。まさか泣かれるとは思わなかった。


「よしよし、ホントに泣き虫ねユキナは。あぁ~あ、シヲンがユキナを泣かしちゃったなあ」


 ヒューカの責める視線に身を縮こませるしかないシヲンだ。

 ヒューカたち四人は明日、この村を発して、河を渡った先にあるスムーザの街へと向かう予定だった。そこに巨大なマナクリスタルがあることが第一の理由で、もう一つの理由としては他の旅人が集まっているかもしれないからだ。やはり人数がいたほうが安心できるのだろう。

 そこでシヲンも次の街まで一緒に来ないかとヒューカに誘われた訳だ。願ってもみない誘いだったが、断らせてもらった。


 シヲンはもう暫くこの村に留まろうかと考えていた。村長の話では村の西に位置するあの森には、あの熊以外にも多くの魔物がいるらしい。

 魔法を試してみたいのと武器の扱いに慣れてみたいというのもあったが、一番の理由は嫌悪感を抱いている男たちと一緒にいることに耐え切れそうになかったから。

 それを知ってか、ヒューカはしつこく誘うことはしなかった。やがて落ちいたユキナは赤く腫らした目を細めて、笑った。


「シオン君のこと、あたしは向こうの街で待ってます。だから、早く追いついてきてくださいね」


 黒髪のショートカットの少女の期待の眼差しが胸に痛い。シヲンはこくりと顎を引いて少女に意思を伝えた。

 ヒューカの視線が、罪作りだね、とでも言ってるようで合わせることが出来なかった。

 その後、宴が長老の言葉でお開きになった。旅人であるシヲンたちは寝る場所として、村人たちの家に泊めさせてもらうことになった。一箇所に集まることは人数的に厳しかったために、五人は三グループに別れた。

 そして今、進んで提供された民家の寝室でシヲンは見知らぬ天井を見上げている。  

 ヒューカとユキナは村長の家で、男剣士二人は犬族の農夫の家に泊まっている。


 シヲンは、竜人の夫婦の家にお世話になった。村まで運んでくれたあの竜人の男だ。彼はシヲンたちの間の不穏な気配を察してくれたのか、一番にシヲンを泊めたいと名乗り出てくれた。

 シヲンは布団の中で首元に吊るされた水晶を取り出してみた。他の人のものは自然な形状をしているのに、何故かこの青紫色の水晶は加工されたように十字型だった。

 村の長老がしていたように息を吹きかける。ぼぉっとした輝きのあと、映像があふれ出す。そこに表示された【シヲン】の文字と後に連なる職業などの肩書き。


 友人一覧といった項目があったが、そこは何も埋まっておらず空白だった。

 チクリと痛んだ胸を抱いて映像を吹き消すと、シヲンは瞼を下ろす。

 明日にはユキナたちとお別れだ。この世界に来て初めての喪失感はすぐには消えそうになかった。





 翌日のアナザーワールドの天候は良好だった。

 この世界の季節は春であるらしく、早朝から暖かな気候で過ごしやすい。

 布団の上で上体を起こすと、手を天井に突き上げて背筋を伸ばす。ポキッポキッと子気味よい音が鳴った。

 布団から出て、寝室の扉を開けると鼻腔をくすぐるのは料理の匂いだった。

 昨晩あれほど食べたはずの腹がぎゅるると音を立てる。シヲンは現金な自分の腹に苦笑すると、竜人の夫婦に朝の挨拶を交わして、席についた。


「昨日はよく眠れたかァ、シヲン君」

「おかげさまで、ホントすみません。寝室をお借りしてしまって」

「いいさァ、いいさァ。君は旅人なんだ。まだあっしらの家に滞在してくれて構わないさァ。ほれほれ、メシ喰って元気出すんだァ」


 竜人夫婦が用意してくれた朝食はスクランブルエッグとベーコンらしいものとブレッド、それとスープだった。

 簡単な料理だったが美味しかった。昨日のご馳走を食べ過ぎた胃にはちょうど良く、残さず食べ終えた。シヲンが食器を片付けると、竜人の夫婦はよく出来た人だと言って褒めた。

 少しばかり照れたシヲンは逃げるようにして寝室に戻ると、身支度を整えた。

 ぼろい黒のレザーコートの袖に手を通して、肩に竜人の夫婦から渡されたお昼の入った袋をかける。

 ヒューカたちの出発を見送るわけじゃない。これからシヲンは森に向かって、一人特訓するつもりだ。


 ユキナには悪いが見送りは出来そうにない。小耳に挟んだ話、彼女たちはお昼頃に村を出発するようだった。

 現在の時刻はマナクリスタルに息を吹きかければ簡単に知ることが出来る。昨日の夜に知った水晶の機能だ。他にも現在の旅人の生存数も把握出来た。

 【9,923人】という数値を見たときは目を瞠った。

 たった一日で七七人も死んだという事実は衝撃的だった。

 明日は我が身、いや今日にも死の足音を聞くハメになるかもしれない。シヲンは気を引き締めて家を出た。


 すでに外には働く人々の姿が見られ、一生懸命汗を流す姿に感銘を受けた。村での滞在期間が長くなるようならば、彼らの手伝いをしたいと思う。

 村の西側入口のアーチをくぐり抜けて、森の方へと歩を進める。そこまで距離があるわけじゃなく、歩いても一〇分かからない程度だ。

 草原を二手に分ける道を半分まで行ったところで背後から呼ぶ声がした。聞き覚えのある少女の声だ。

 まさかと思って振り返った先には、息を切らしたユキナの姿があった。


「どうして……」


 どうしてここにいるんだ、と言いかけて口をつぐんだ。

 決まってるじゃないか。彼女は自分を追って来たんだ。それ以外に何がある。

 シヲンに追いついたユキナは、身体を二つに折って荒い息を続けた。呼吸が落ち着くとユキナの剣幕がシヲンを攻め立てた。


「どうしてはあたしのセリフですッ。何でいなくなっちゃうんですかぁッ。お見送りとかしてくれないんですか」


 このままだとユキナが泣きそうだ、シヲンは何とか気持ちを落ち着かせようと躍起になった。慌てて身振り手振りで経緯を語る。


「い、いやさ、ごめんな。ホントにごめん。俺、あの剣士の二人に嫌われてるみたいだからさ、目につかない方がいいと思って」


 その言葉を信じたのか分からないが、ユキナは首に吊るしていたマナクリスタルを取り出してみせた。どうやら泣くことは回避されたらしい。

 ユキナが見せたのは、橙色をした綺麗な六角形の水晶だった。


「シオン君も出してください。水晶同士を触れさせれば、遠くに居ても会話が出来ますから」


 なるほどと思い、シヲンも自分の青紫色のマナクリスタルを取り出したところで手を止めた。

 ユキナが不思議そうな顔で首を傾げる。


「どうしたんですか?」

「俺の職業が死神でも恐くないのかって思って」

「今更ですね。別にあたしは恐くないですよ。シオン君は優しいし、恐い人じゃありません。それに──」


──好きな人だから。


 最後の方は小さすぎてよく聞き取れなかった。聞き返そうとしたシヲンを制すように、ユキナが右手を伸ばして水晶同士を接触させた。

 凛とした澄んだ音が鳴って、お互いの水晶が淡く輝く。僅かに温かみを増したようにさえ思える。

 シヲンの掌の上で、水晶から映像が溢れ出した。




「ユキナ:Job.【神官プリースト

・回復魔法、状態異常治癒に優れた回復職。

Weapon.【オラクル】杖」




 ユキナの旅人としての情報が載っていた。彼女は神官という職種らしく、主に回復魔法を得意としているようだ。

 シヲンの個人情報欄の横にある友人欄に初めて名前が足された。ユキナの文字を見るたびに、心の奥に暖かい感情が込み上げてくる。


「うわぁー、ホントにシオン君って死神と吸血鬼なんですね。それに名前の表記が違うんですね」


 ユキナが自身の水晶を凝視して感嘆の声を上げた。

 シヲンの視線に気がつくとはにかんで、くすりと笑う。少女の前髪が吹き抜けた風に揺れた。この場所は風の通り道らしい。心地よい風がシヲンたちを包んだ。


「マナクリスタルを触れ合わせた相手の情報はいつでも見れるんですよ。ヒューカさんと昨日の夜に調べたんです。それで会話がしたい時は、その人の情報を表示した状態で、マナクリスタルに口付けするんです。実際にやってみたほうが早いと思います」


 ユキナに言われるままにシヲンは、水晶にユキナの情報を表示する。この動作は息を吹きかけて映像を表示したあと、友人欄に載る名前に触れれば出来た。そして、その状態で口付け。

 同時にユキナのもつ水晶が点灯をはじめる。それが合図らしい。

 ユキナが水晶に同じようにキスをすると、通信が繋がった。

 何か互いにキスしあってるみたいで恥ずかしいですよね、と照れながら笑うユキナ。

 シヲンも気恥ずかしくなって顔を逸らして頷いた。





「シオン君って何歳なんですか」


 道端で寄り添うように座ったシヲンとユキナ。隣のユキナが、シヲンの顔をのぞき込むようにして問いかけた。


「一七歳だよ。向こうじゃ高二だったな」

「それじゃあ、あたしの二つ上なんですね」

「それじゃあ、ユキナは俺の妹と同い年か」

「妹さんがいるんですか」


 ユキナは口元を押さえて驚きの声を上げた。シヲンはそんなユキナの様子に苦笑して、手を振った。


「そんな驚くほどのことじゃないよ。薫はまぁ、働き者の妹だと思うけどな。両親が海外にいるから、今頃一人何だろうな」


 こっちの世界で普通の生活を出来ているから忘れがちだが、本来の世界では自分たちは意識不明の重体なのだ。隣に座って微笑む少女もまた、何らかの障害を患ったのだろう。

 そう言えば時間軸はどうなっているのだろうか、と疑問に思った。こっちの一日が元の世界の一日ということはないだろう。もしそんなことになれば、最悪何年も向こうでは植物人間だ。九体の魔王が倒せるまで、向こうの身体は病院で寝たきりだとは考えたくもない。


「妹さんは一人なんですか。それじゃあ、早く魔王を倒して戻らないとですね。頑張りましょう、シヲン君」


 妙に意気込んだユキナに気圧されたシヲンは、身体をのけぞらせて相槌を打った。


「あ、あぁ。そうだな、さっさと魔王って奴を倒して元の世界に戻らないとだよな」


 そう告げて立ち上がると、未だに座り込んだままのユキナの頭を撫でてやった。ひゃあ、などという可愛らしい悲鳴を上げたユキナは、すぐに赤面した顔で睨むように見上げてくる。

 上目遣いのユキナに不覚にも胸が高鳴ったシヲンだった。妹と同年代の女の子に胸を焦がすことに抵抗を覚えて、シヲンはユキナの頭から手を離した。


「あ……」


 ユキナが残念そうな顔を浮かべる。そして、立ち上がると、シヲンに向き直った。シヲンよりも頭一つ分程度小さな彼女は頬を赤らめたまま宣言した。


「あたしはカオルさんに負けませんよ。それじゃあ、シヲン君。寂しいですけど、一旦お別れです。街に着いて一息つけたら、連絡しますね」

「行ってらっしゃい、ユキナ」


 次第に小さくなる後ろ姿を見送って、シヲンは手を振り続けた。少女の姿が見えなくなるまで、その手が止まることはなかった。

 やがてユキナの姿が見えなくなると、シヲンは首元の水晶をギュッと握り締めた。

 またいつか逢えますように。そんな願いを抱いて、反対に歩き始める。目指すは森の奥だ。迷わない程度に潜ったところで魔法を試してみようと思う。

 規模がわからないのだ、下手に使用して村に被害を出すわけにはいかない。

 とりあえずは森を流れる川を辿っていくことにする。


 朝よりも足取りが軽かった。気持ちもラクになった気がした。

 最後にユキナと話が出来たおかげかもしれないな、そう思って頬を緩めながらシヲンは一人、鬱蒼とした森の中に消えた。




ヒューカ:Job.【狩人】

・遠距離攻撃を得意とする

 矢に魔力を乗せた攻撃を可能とする

 Weapon.【天馬】弓

 マナクリスタル:水色 歪な星型


ユキナ:Job.【神官】

・回復魔法、状態異常治癒に優れた回復職

 戦闘能力はなく、味方のサポート役に回る

 Weapon.【オラクル】杖

 渾名:【泣き虫】

 マナクリスタル:橙色 綺麗な六角形

挿絵(By みてみん)

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