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10000分の1の備忘録  作者: あきの梅雨
少女は孤独に血を捧げた
14/27

《Disastrous Destiny》

 ずれてしまった時計の針は

 いつの間に正しく見えてしまったのだろう

 砂利で塞がった言葉をすすいで

 眠気に負けて今日も眠る

 連続的な日常は

 今日も昨日の模造品


***


 人々の悲鳴と怒声がどこからか聞こえてきた。

 シヲンは眠りを妨げられて、眉間に皺を寄せながら身を起こした。上体を捻って固まった身体の筋肉を解す。聞こえてくる音から、事態が深刻であろうことが予想できた。


 赤錆色の外套を纏って、剣を吊るしたベルトを肩に掛けると、慌てて宿の外に飛び出した。すでに宿の亭主の姿はなく、シヲンはそのことにほっと安堵した。宿に泊まるときに、旅行客だと説明していたからだ。見つかったら厄介なことになっていた。最悪、この宿が店仕舞いしてしまっただろう。災厄に見舞われる、そんな噂話のために。


 外はパニックに陥った人々で、大混乱していた。誰もがシヲンに目を留めずに駆け去っていく。何か、より危険なものを恐れている様子だ。


 この分であれば、透明化魔法インビジブルを使わずともいいだろう。

 この混乱がすでにシヲンの存在を隠してくれている。


 人々が逃げてくる方角を見遣れば、空に向かって昇る黒煙が見えた。リグレットでは背の高い建物が珍しいために、黒煙を上げている正体が小さくも眸に映った。広大なリグレットの街の端にいても、視認できることからもその巨大さが分かる。まるで蛇のように波打つ黒い影が複数存在していた。それらは徐々に移動していて、少しずつこちらに迫ってくるようだ。そのために人々は追い詰められるように逃げてきていた。


破滅の蛇蟲(ドゥームドーザー)だぁッ、誰かぁギルドに知らせてくれッ!! 今は白蛇が何とか食い止めてくれてるらしい』


 逃げてきた住人の一人が息も絶え絶えに周囲に知らせた。男の言葉により一層悲痛な叫び声が起こった。

 人々の混乱と恐怖が最高潮に達しようとしていた。


 これは少々まずいかもしれない。いまだかつてリグレットがこれほどまでの混乱に陥ったことはなかっただろう。治安がいいとは言えないこの街が、この事態に不安定な平穏を維持できるのか不安だ。犯罪行為が多発していまいか。きっといたるところで起きているはずだ。確信できる。


 シヲンは肩で息を続ける豚族の男に近づくと、横から声をかけた。男はシヲンの姿を見るや否や、飛び上がるほどに驚いた。すぐに怯えた表情を浮かべて、シヲンの顔色を窺うような態度になる。

 シヲンと関われば自身に災厄を招くなどという噂話を聞いているのだろう。

 そんな噂が嘘っぱちだと知るシヲンにしてみれば、男の態度は馬鹿らしく映る。

 今はそんな噂話などどうでもいいのだ。


 シヲンは男の様子に嫌気が差しつつも、現状の把握に努めた。 


「なぁ、あんた。さっきの話を詳しく教えてくれ。魔物の数と街の被害状況、それとガラッカスが一人で戦ってるのか?」

「あぁ、ドゥームドーザーは確認されただけで五匹、どうも操者がいるらしい。住人は避難して怪我人はいないようだ。西区一帯が蹂躙されちまってる。白蛇だけじゃないが、あの男だけがまともに蟲を食い止めてる。ただ西区での避難がまだ完了出来てないらしい」


 もう行っていいか、と無言の内に懇願する視線を向けられて、シヲンは感謝を口にして頷いた。男はホッと息を吐いて、人ごみの中へと走り去っていった。その後姿を見送ることはせず、シヲンは男とは反対の方角へと駆け出した。


 恐怖に表情を強張らせた人々の間を駆け抜けて、目指す場所は混乱の真っ只中だ。

 いくらガラッカスと言えども、ドゥームドーザー五匹を相手に戦い続けることは無理だろう。持久戦に持ち込まれれば、必ずガラッカスが死ぬ。


 まさか夜更けに別れてからずっと戦闘状態というわけではないだろう。それでもかなりの時間が経過しているかもしれない。ただでさえ、極度の緊張を伴う戦闘は短時間でも疲弊させるのだ。

 人の波を掻き分けるように突き進む。誰もがシヲンに気づかずに、我先に安息の地を求めて逃げ惑う。


 それに避難が完了していないのなら、住民に被害が出る可能性は依然高い。

 一瞬、シヲンは何故自分がこれほどまで焦っているのか分からなくなった。みんな他人、自分とは無関係。そんな風に割り切ろうと考えていたのではなかったか。


 どうして、こんなに気持ちが急いているのだろう。

 その答えを認めることを恐れて、シヲンは足を速めた。何も考えずに、目的地を目指す。


 ドゥームドーザーとは、例えるならば強大なムカデだ。巨大すぎる体長は、その半分以上を土の下に隠している。主な移動手段は、土の中を潜って掘り進む。

 赤黒い身体は非常に硬く、再生能力が秀でている。身体が切断されると増殖することはないが、身体を切断しても頭部がある側が瞬時に尻尾までを再生させる。唯一の対処法は頭部を潰すしかない。

 目は退化しており、頭部の触覚器で周囲を探る。頭部の次の体節には強靭な顎肢が存在し、一対の大顎と二対の小顎とに分かれる。顎肢には毒腺があり、その毒は人間の皮膚に触れただけで死に至らせる。


 普段なら湿気の多い暗がりを好むため、人の住む街の付近にさえ近づかないはずなのだ。そのために危険な魔物であっても、人々に恐れられる存在にされる機会は少なかった。滅多に遭遇することがない魔物であり、性格も穏健だったはずだ。


 先ほどの豚族の住人が言っていた。操者がいるのだと。


 操者とはその名の通りに、魔物を自在に操る人間のことだ。旅人の中にも同じ職種の者がいた。確か《魔獣使い》といった名前だった気がする。

 熟練者であれば、一度に二桁の魔物を操ってみせるほどらしい。


 今回の実行犯が操者であるのならば、街を襲撃している現状を見る限り、明確な敵意を何かに抱いているのかもしれない。ひとまずは現場に急ぐべきだろう。


 シヲンは走り続けて息苦しさを感じた。一旦足を休めて、口に指を運ぶと強く息を吐いた。ピィー、笛のような高い音が、人々の悲鳴や怒声の入り乱れる中でもよく通った。

 その音で周囲の人間たちがシヲンという存在に気づく。

 リグレット最強の死神。

 見ただけでも不幸になる、疫病神。


 あっという間にシヲンの周囲から人が遠ざかり、ポツリと一人取り残される。慣れた光景であり、望んだ結果だ。失っても胸が痛まないように酷く孤独を望み、忌み嫌われる存在へと成り果てた。それが哀しくないのか、寂しくないのか、と訊ねられれば、きっと返答に困るのだろう。


 孤独を知ってしまった人間はもはや、独りでいることに耐え切れない。何かに没頭することで、寂しさを紛らわすしかない。シヲンの場合は、ただただ夥しいほどに魔物を狩ることだった。


 ふいに羽音が聞こえて見上げれば、空から赤い物体がまっすぐ向かってきた。

 シヲンの使い魔であるチェイサーのリューンだ。

 リューンを右肩に止まらせると、早口に用件を告げる。


「現場に先行して、ガラッカスを援護しろ。俺も遅れて向かう」


 リューンは言葉を聞き終わると、甲高く一声して高々と飛び上がった。人々は忌々しそうにリューンの後姿を見上げた。

 リューンほど体内に魔力を蓄えた魔物は極めて珍しい。その貯蔵量はすでに、平均的な旅人の魔力をゆうに超えている。まるで燃えるような真紅の色は、死神の僕である証だ。


 人々は噂話を受容して、意識的に死神を嫌悪する。そこには無意識に死を司る者への恐怖心があるのかもしれない。だからこそ、人々はシヲンを常に避け続ける。


 たとえシヲンがこの街を救ったとしても、彼らはきっと感謝しないだろう。

 シヲンは一思いに駆け出して、一瞬の風のようにその場をあとにした。


 人々が視線を落とした時にはすでに、シヲンの姿はなかった。

 どれほどの人々が安堵の溜息をついたのかシヲンは知らない。

 その溜息の中に、声援が混じっていたことを知らない。


 少年は自分の過ちに気づいていない。



 煙の臭いがキツくなる。木造建築が崩れる騒々しい破壊音が耳を包み、両手で強く塞ぎたいほどの恐怖を生む。それでも、足を止める気は起こらなかった。

 人々の眸には、この景色が地獄に見えるかもしれないが、シヲンにとっては序の口だ。昔、魔王が潜むという洞窟で全てを失った。あの時の光景は、それこそ地獄だった。


 守ろうとしたものが、目の前で消えていった。温かな日常が瞬く間に崩壊してしまった。何も出来ずに、全てを失った。

 黒髪の少女の微笑が思い浮かび、吐気に似た悪寒を覚えた。


 人通りの少ない隘路を駆け抜けて目抜き通りに飛び出すと、そのまま止まらずに被害現場に急ぐ。

 周囲に視線を走らせるだけでも、まだまだ大勢の人々が避難出来ていない。治安が不安定なリグレットでは、人々を保護して誘導する機関の存在が乏しい。複数のギルドが積極的に活動していたが、人々の混乱状態に避難がスムーズに進んでいないようだ。


 こうした混乱を機に、強盗などの犯罪行為をする者たちも急増する。そうした二次被害の光景をいくつも目の当たりにしたが、それらがリグレットの治安の不安定さを物語っている。


 それでも《レッドラスト》の中では、犯罪行為は発生していないだろう。被害現場から遠いことも理由だろうが、たとえ混乱に巻き込まれたとしても、あそこは一定の秩序を保ち続けるのだ。それが、レッドラストの厳格な掟だった。


 それを考えれば、人々が嫌悪するレッドラストなんかより、その周りの地区の方がよっぽど倦厭けんえんされるべきだろう。だが、リグレットの大半は、そうした不均衡な平和の上に成り立っている。それが当たり前なのだとも言えた。


 すれ違う人々がシヲンを見て怯えている。


 シヲンが街を守ったところで誰一人として称賛しない。いや、レッドラストの住人なら誰だって称賛されないだろう。つまりはガラッカスのしていることも、ただの自己満足に終わる。街を救われた人々は危うい平和を享受し、その立役者を忌み嫌う。


 そう言えば、初めてリグレットに来たときはどうだったろうか。一年ほど前に遡るだろうが、あの頃はレッドラストなどと呼ばれていなかった気がする。

 ケットライダースは相変わらず周辺組織と諍いが絶えず、拠点に人々は進んで近づこうとしなかったが、それでも今日こんにちほど毛嫌いされるほどだったろうか。


 よく思い出せない。思い出したくないだけかもしれなかった。

 記憶を探れば、おぼろげになったあの記憶が思い出されそうで恐かった。温かな日常が一瞬にして崩壊した、あの日の記憶だ。


 周囲の人々は視線を落として、視界にシヲンの姿を入れないようにする。誰も声援を送らず、悲鳴を上げていた人々さえ無言になる。

 こんな日常を望んだはずなのに、寂しさが募る。シヲンは皮肉に笑うと、一度たりとも振り向かず、走り去った。


 胸に穴が開いた虚無感の癒し方を知らない。


 失った日々が戻ったとして、それで自分は満足なのだろうか。日を増すごとに、仲間だった者たちの顔が色褪せて不鮮明になる。どんな話をしていたのかさえ記憶が曖昧で、夢を見ていたのではないか、と思うときもあった。


 この喪失感の癒し方が分からない。


 苦痛を訴える心を自分に科せられた罰なのだと考えるようになったのはいつからだろう。それさえも忘れてしまった。



 現場周辺は人気がなく、破壊された建築が無残に骨組みを晒し、穿たれた地面は荒く削られている。手当たり次第に攻撃されたらしく、ただ無茶苦茶に崩れた街並みが視界に広がっていた。空虚な廃墟の中を巨大なムカデが砂埃を上げて進んでいる。

 地獄絵図の世界だ。巨大すぎるムカデの姿は、生理的嫌悪感を抱かせるのに十分だろう。光沢のある外殻、忙しなく蠢く肢、見るのもおぞましい。


 ドゥームドーザーの数は四匹だった。話では五匹だったはずだ。

 残る一匹を捜すと、崩れた建築の向こう、四匹のうち一匹の胴下に人影が見えた。巨大な両刃剣を勇ましく振り上げて、ムカデの胴体を切り裂いている。だが、斬られると同時にムカデの傷は修復されていく。これでは消耗戦だ。


「ガラッカスッ」

「シヲンッ、来るんじゃねぇ!!」


 ガラッカスが上体を半身捻ると、シヲンを一喝した。


 それで気づいた。ガラッカスの足元に巨大な白蛇が息絶えていた。ガラッカスが《白蛇》と呼ばれた所以は、彼が白い蛇の魔物を使い魔にしていたためだ。

 ガラッカスと共に、数多の戦場を駆け抜けた歴戦の猛者は、無惨に死に様を晒していた。傷口から垂れ流しにされた光の粒子が、次第に蛇の全身を飲み込んで消し去っていく。


 リューンはどうなったのだろうか。


 そんな不安が急速に膨大する。そんなシヲンを余所に、ヒステリックな笑いが響き渡った。シヲンは弾かれたように身構えて、腰の剣柄に手を伸ばした。


 ドゥームドーザーの背後に、いつの間にか複数の人影があった。

 誰もが血色の悪い顔で、目元には青痣がくっきりと描かれている。頬は痩せこけて、飢えているという印象を与えた。やけにギラギラとした双眸からは、明確な戦意が窺える。一方的な憎悪がそこに宿っていた。


 背中に脂汗が滲み、鼓動が速まる。形容し難い恐れを抱く。

 魔物とは違った、理性ある者からの視線に、底知れぬ恐怖を覚えた。


──何で、何であいつらは。


 彼らが身につけるボロボロのレザーコートの胸元に描かれていた紋章は、存在するはずのないギルドのものだった。王冠を被った髑髏、ロンリークラウン。


 闇ギルドの中でも、猟奇的な殺戮を続けたことで有名だった。彼らの餌食になった旅人は、手足が根こそぎがれてなお、死ぬことを許されなかったらしい。


 魔物を扱った殺しを好み、標的を喰い殺させる。そんな手段が彼らの十八番だ。

 極悪非道の数々のツケは、トップギルド合同の討伐隊による殲滅だったはずだ。

 彼らは酔狂な信仰者か、面白半分の模倣犯に違いない。でなければいけない。

 殺すことを快楽に感じるケダモノが、生き残っているなど、あってはならないことだった。


「ワイのショーに、新たな来客かぁ? 随分と可愛らしい顔やなぁ、かなりの上玉や。壊れる音は、いい音色を奏でるかもしれへんな」


 金切り声のように高い肉声は、一瞬男のものだと判断出来なかった。


 集団の後ろから姿を現した人物は、背中に柩を背負い、頭部には右から左へ螺子が貫通していた。顔は特に生気が感じられないほど、青白く、目元の隈も酷かった。

 ボロボロに破けた半袖短パンの衣類とは裏腹に、真新しい手甲と足甲が金色に輝いている。手甲には、鋭い爪が付いている。

 右手には両刃の片手半剣を握り、地面に線を描きながら、集団の前に進みでた。


「シヲン、そいつはッ」


 ガラッカスの声が聞こえる前から、シヲンは男の正体を理解した。

 何故、どうして、生きている。

 ロンリークラウン、リーダー、ダロウ。《死喰い人デスイーター》のダロウ、そう呼ばれて恐れられた狂人だ。


「あっはっは、シヲンっちゅう名前は聞いたことあるで。ワイが今一番殺したい奴のぉ名前や。おぬし、リグレット最強の死神、ソウルイーターやろ」


 ダロウは、まるで踊るように剣で空間を凪払った。

 宙に線を描いた切っ先がピタリと止まると、真っ直ぐシヲンに向けられていた。

 そこに殺意を感じ取った。


 死人のような顔に浮かぶ双眸が、猛禽類のように鋭く獰猛さを宿して睨みつけてくる。その視線に含まれた感情の全てを推し量ることは出来なかった。

 圧倒的なまでの殺意がそこに宿っていて、その他の感情を掻き消していた。


「なぁ、シヲンさんよぉ。おぬし、シーカーの副団長様と随分、仲が良いそうやないか。結構、噂で耳に入れとるでぇ」

「何の話だよ」


 一体全体、死人のようなこの男は、何が言いたいのだろうか。

 先ほどからの殺意がその話と関係しているようには思えなかった。

 ダロウは垂れ流しの殺意をそのままに、話を続けた。


「キャナさんはワイの女になる人さかい。おぬしみたいな、ガキの相手じゃ勿体無のう思うて。おぬしを壊した後は、ワイがキャナさんを愛してやるっつうわけや。せや、はよう消えとくれ。ワイの方が、キャナさんとも上手くいくからの」


 得意げな顔をするダロウに、無性に腹が立った。


 何故だろう。どうして、カナの話をされて自分は憤りを感じているのか。

 自分で自分が分からなくなった。どうして彼女の話に、これほど敏感になっているのだろう。

 これ以上、男の言葉を聞きたくなかった。むしゃくしゃとした感情をそのまま魔力に乗せる。右手を前に突き出して、掌をダロウに向けた。


 堰を切った勢いで、感情が爆発した。無意識的に頭に極大の獄炎をイメージする。瞬時に全てを溶かす業火、悲鳴を掻き消す爆音、視界を奪う濃煙。

 ガラッカスが咄嗟に身を翻して、瓦礫の陰に隠れた瞬間を見計らって解き放った。


「ナパームフレアッ」


 周囲の巨大ムカデ諸共、ダロウを爆炎が飲み込んで消し飛ばす。 

 

 シヲンが旅人になった初めの頃、とある森で作った魔法だ。あの時は、森の一部が完全な焦土と化して不毛の地と成り果てた。

 ナパームフレアの盛大な爆炎が一帯を飲み込んで、街の残骸ごとダロウを喰らった。目に痛いほどの白光と鼓膜を強打する炸裂音。シヲンは容赦ない一撃を放っていた。

 やりすぎたと思うほどの一撃だった。人間であればただではすまないどころか、即死もありえた魔法のはずだ。




 全くもって理解できない。




 爆炎の中心部で、ロンリークラウンのリーダー、ダロウの落ち窪んだ眼窩の奥で眸が残虐そうに光った。鋭い眼光がシヲンを射止めた。


 何故、生きていられるのか。


 焦げるほど焼かれて縮まった皮膚によって、口や瞼が引きつっている。腕は常に曲がった恰好で、見るもおぞましい異形を成していた。現実にリビングデットが存在した場合、あれと同じ姿をしているのではないか。目を背けたくなるほどグロテスクなアートをつくっている。


 そんなことを思ったシヲンの視線の先で、ダロウに変化が生じた。

 まるで脱皮するかのように、焦げた皮膚が剥がれ落ち、その下から無傷の肌を覗かせる。深い切り傷は急速に塞がって、傷の痕さえ残さない。

 負傷した場所がたちまち修復されていく。


 あまりの事態に思考が止まった。


「ワイは人造人間や。そないな魔法で殺せると思わんことやな。はて。死神はまさか不死身っちゅうわけやないやろ?」


 ダロウの左手、手甲を嵌めた手が伸ばされる。人差し指を立てて、シヲンを指差す。

 魔力が指先に集まるのが感じ取れた。

 まずい。

 直感が全力で回避を指示する。しかし、すでに手遅れだ。

 横に回避行動をとったところで、そこを追撃される。敵の射程圏内に踏み込んでいる時点で、もはや遅すぎた。


──ははは、あっけな……。


 罪人の最期にしては酷く質素で簡素な終わりではないか。

 時間がゆったりと流れていく。ダロウの動作一つ一つが、目で追えるほど緩慢に動いていく。

 ダロウが不敵に笑い、魔力を────放つことが出来なかった。

 ダロウの死角から飛び込んで来た赤い影が、ダロウの左手に喰らいついた。ダロウが苦痛に表情を歪めて、リューンを振り払おうと腕を振り回す。


「リューンッ」


 あぁ、どうすればよかったのだ。

 どうしてこうも、崩れていくのだろう。


 ダロウの右手が剣を突き出して、小さくも勇敢な友の身体を貫いていた。

 シヲンの喉から声にならない叫びが溢れる。

 ダロウが狂喜して、左手をシヲンに向けた。


 放たれた光球は暖かく見えた。無性にホッとする色だ。

 どういうわけか、カナの姿が思い浮かんだ。何故。

 考えるのも馬鹿らしく思えた。

 どうせ自分も死ぬのだ。


「おめぇはまだまだガキンチョだな」


 背後から肩をグッと引く力がかかる。さして強い力ではなかったが、シヲンを後ろに一歩後退させるのには十分だった。

 視界を隠す男の背中は傷だらけで痛々しく、安堵させるほど広かった。


 急速に迫った光はガラッカスを黒い影に変え、シヲンの視界を瞬く間に白く染め上げた。あまりの爆音のために何も音が聞こえず、急激に熱せられた空気が膨張して暴風を生んだ。突風でシヲンの身体が宙に浮いて、後方に吹き飛ばされる。


『せいぜい、足掻いて死んどくれ。ワイからの置き土産や。おぬしじゃ、誰も守れんのや』


 忌々しい男の言葉が吹き荒れる風の中でもよく通った。

 シヲンが身体を起こして周囲を見渡せば、すでにロンリークラウンのメンバーの姿は見当たらず、操者のいない巨大ムカデたちが残されていた。


 少し離れた瓦礫の傍らには、光化が始まったガラッカスの姿が見えた。慌てて傍に駆け寄ると、ガラッカスは弱弱しく笑った。


「なに死にかけてんだよ、ガラッカス。あんたが死んだって、誰も悲しまないぞ。レッドラストの連中は誰だって、正義にはなれないんだよ。ほら見ろよ。みんな、怯えるばかりで、誰も悲しんじゃいない」

「そんじゃあ、なんでお前は泣いてんだぁ?」


 言われて初めて気が付いた。

 頬を伝うこの冷たさは泪だ。人のために泣いたのはいつぶりだろう。


「シヲン、今だから言っておくぞぉ。お前の周りの奴らは他人だけじゃない。仲間も友もいるんだ。お前はいつでも孤独じゃねぇぞ。もっと自分を信じてみろ」


 話す間もガラッカスの光化は進んでいく。

 もう間に合わない。

 ガラッカスの傷は思ったよりも深く、致命的だといえる。

 傷口から拡がっていく光は、次第にガラッカスの身体全体を包み込んでいく。


 込み上げてきた感情は熱く、ガラッカスの顔を滲ませた。頬を伝う水滴が地面に黒く染みを描いた。

 泪で乱反射した光は眩しく、幻想的でキレイだった。それは命の儚さ。


 淡く空中で霧散する輝きが、ガラッカスの体温を奪っていく。

 遠くでリューンだった光の塊が、天へと上っていった。赤い輝きが曇天の空に色を重ねた。

 ガラッカスの言葉を思い返す。


 自分を信じてみろ、か。それが出来れば、どれほどいいだろう。


「ガラッカス、少し休んでてくれ。ちょっと、ムカデたちは俺が片付けてくるからさ。これが終わったら、酒場に行って大酒を飲んでいいから。だから、ここで休んでて」


 ガラッカスを瓦礫の陰に横たえて、シヲンは腰から両手に剣を握った。

 まさかこんな形で斬れ味を試すことになるとは思わなかった。


 両手に握った剣を互いに打ち鳴らして、ドゥームドーザーの注意を引き付ける。

 剣戟の音で、四匹の巨大なムカデが一斉にシヲンを標的に選んだ。


「来いよ、ムカデども」


 シヲンは目尻から一筋の泪を流すと、それを振り払うように一気に跳躍した。

 その背後で、歴戦の戦士が光と化して、風がそれを運んでいった。




 自分が死んだとき、泣いてくれる人はいるだろうか。


 ふとそんなことを考えたのは、何故。

 




 ロンリークラウン・孤独な道化師

 リーダー

 NAME:ダロウ

 本名:山田太郎


挿絵(By みてみん)



 


 第二章はシヲンにとって、救いのある物語となる予定です。

 その方向で執筆中です、はい。

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