《Dead End》
がすッ。
耳にざらつく鈍い音が響いた。
血液じみた鮮紅色の光点を無数に振り撒いて、目の前でユキナが地面に崩れていく。
一瞬のことで呆気にとられていた。
状況が理解できそうになかった。いや、理解したくなかった。
ユキナが庇って男の一振りをまともに受けたなど、考えたくもなかった。
左肩から右脇にかけて切り裂かれたユキナの傷は、一目で致死のものだと分かった。
とめどなく溢れる赤い光の粒がまるで出血のようで、血の気が引いた。
光芒を描いて霧散していく光が、ユキナの命そのものだった。
シヲンは慌てて、倒れるユキナを抱き止めた。
ユキナの身体は恐ろしいほどに冷たかった。
「な、なんで俺を庇ったんだよッ」
「ごほぉッ、ごほ。だって……好きな人だから。死んでほしく、なかったからぁッ」
苦しそうに、それでも必死に思いを伝えるユキナに胸を打たれた。
そして、シヲンは自分自身を呪った。
己の罪を知った。
「キャキャキャ、キレイだなぁ」
男がシヲンたちから距離を置いて、空間中央の魔方陣の中心でクルクルと挙動不審に腕を振り回して旋回している。
元はゴーレムハンドのリーダーだった身体は、もはや魔王の呪いでただの殺戮兵器へと化していた。
ユキナの思いに気づいていたはずなのに、自分は逃げて視線を逸らし続けていただけだ。
自分の中で彼女の存在が大きくなっていたのに、素直に受け止められずに逃げていただけだ。
失くして初めて思いを受け入れたところで、あまりにも遅すぎた。
腕の中でユキナの存在が急速に希薄になっていくのを感じた。
ユキナの身体から溢れる光の粒が容赦なく少女の体温を奪い去っていくようだった。
どうか消えないで欲しい。そんな祈りがもう手遅れなことは明らかだった。
理解できても、認めたくはなかった。誰だってそうだろ。
好きだと思った相手の死を簡単に認められるようなヤツなんているわけがない。
「シヲン君……最期の願いを……聞いて、もらえます、か?」
か細い声でユキナが訊ねていた。
滲んだ視界に乱反射する光のせいで、もう彼女の顔が見えない。見ることが出来ない。
「シヲン君の能力の解放条件……人の魂でした、よね? 出来、れば……あたしの命を使って、もらえます、か? もう死ぬんだって、分かります。本当ならずっと一緒に居たかったですけど……無理みたいです、ね。だから──」
「もう喋んなくていいッ。無理すんなって」
そんなことを言ったところで、ユキナの傷はもはや致命傷。こんな洞窟の奥では処置の施しようがない。神官であったユキナの魔力は、出血と共に流れ出てしまっている。彼女が魔法を使うのは難しいだろう。それに彼女の傷は致命傷だ。魔力があっても、治癒できないだろう。
だから、もう手遅れなのだ。何をどう足掻いたところで、迫るその時を回避することは出来ない。────ユキナの死は避けられない。
あの時、他のみんなを見捨ててまで逃げていればよかった。そんな後悔で泪が止まらない。自分が本当は無力だったのだと知って、悔しくて自分が赦せなかった。
慢心で全てを失った。
「そんな泣かなくっても……いいじゃ、ないですか。ほら、早くしないと……あの人が来ます」
シヲンは泪を拭うと、顔を上げた。広間の中央で、元はカジュマやヒューカやトーマだった光の中で悪魔が狂ったように舞っていた。男が光の流れを掻き乱し、吹き飛ばして消し去っていく。
『キャハハハハhahahahahaha、キレイダァッ。ナァッ!! アヒャヒャヒャヒャヒャhyahyahyahayahay……』
男の視線がシヲンたちを次なる獲物として、値踏みした。焦点の合わない視点がグルグルと目まぐるしく蠢き、ご馳走を目の前にしたように舌なめずりする。一連の動作がどこか異質で、シヲンは生理的嫌悪感を禁じえなかった。
胸の奥に焼けるような不快感を覚え、怒りに視界が眩んだ。
ごめんカジュマさん、ごめんヒューカさん、ごめんトーマ、ごめんユキナ、ごめんなさい。
再び緩んでしまった涙腺をそのままに放って、ぎゅっとユキナを抱き締めた。
今のユキナは本当にそれだけで消えてしまいそうなほど、存在が儚く脆かった。
止まらない泪が零れてユキナの顔を濡らす。
「冷たい、ですよ。あたしは……覚悟、出来てます、よ。みんなと出逢えて、シヲン君と出逢えて、嬉しかったよ」
「ごめんな、ユキナ。俺は弱くて……泣き虫だったみたいだ。こんな俺を怨んでくれ。本当に……ごめん」
シヲンはユキナをゆっくりと地面に降ろすと、立ち上がった。
さようなら、楽しかったあの日々よ。
どうか安らかに眠ってくれ、ユキナ。
右手を天に伸ばし、声を張り上げた。
「デスサイズッ!!」
とぐろを巻いた黒煙が大鎌の形を作り、質量を増す。確かな実体を手に入れた死神の相棒は、冷たい光を放っていた。
掲げた右手を下ろせば、デスサイズが地面を抉った。
視線の先で、男が不審な気配を察して駆け足になる。狂気した顔で垂らした唾液が男の後ろに線を引いている。
ゴーレムハンドのリーダー、魔王の呪いに蝕まれたギェンゾウは戦斧を斜めに振り上げた。
「ユキナ、君のことは忘れない」
「あたしも、です……シヲン君。ずっと好きでした」
ユキナがデスサイズの刀身に口付けした。
そして一瞬で光と化して四散した。
デスサイズにユキナであった光の欠片が吸い込まれていく。デスサイズの刀身が次第に赤みを帯びていくのが分かった。まるで血を吸ったあとのような、忌々しい色だと思った。
全身に活力が漲っていく。今までの魔物たちから得た魔力では比にならないほどの力を感じた。
首元のマナクリスタルが神々しい輝きを放ち始め、シヲンが制約の条件を満たしたことを知らせていた。
──魂喰らいを解禁。
Job.【死神】:【吸血鬼】
・タナトス、ラストジョブ。魔術系の究極職。
Weapon.【メメント・モリ】鎌:【砕かれた双短剣】短剣
Ability.【死の本能】:【オールキュア】
・死の本能の発生条件、人の死を見たとき。
・身体能力の大幅な向上、感情の抑制がかかる。
異称.【ソウルイーター】
・死神として命を喰らった者に与えられる。
Last Weapon.【抹消魔法】
・死の本能発生時、相手に対して破壊衝動を抱いた場合のみ発動可能。
真紅に染まったデスサイズは、《忘れるな》という名前に変わり、死神の名も変化が生じていた。他にも複数の項目が増加されていたが、逆に減ったものもある。
友人欄はいつかのように空白になっていた。ユキナたちの痕跡がなかった。まるで存在が嘘のように消されてしまった。
所属ギルドもギルドリーダー及びサブリーダーの欠員で消滅し、一つ目の図案を残すだけだった。
酷くあっさりとされていた。人の死が形骸化されすぎて、あまりに実感が湧かない。
だが、一つだけはっきりしているのは、自分は激しい憎悪の炎を燃やしていることだ。
すぐ目の前に迫った男が、意気揚々と戦斧を振り下ろす。
それを視認して、左手の掌を男に向けた。
頭に流れ込んでくる綴りを、淡々と口にする。
「deat,hg,rim,ri......ea,per。────消えろ、悪魔」
抹消魔法が発動され、世界を瞬時に黒く染め上げた。
全てが形を失くし、全てが闇に飲み込まれる。
闇よりも濃い漆黒は、人の死さえも消し去った。
*****
ハートレスのタブーからの生還者は一名。
他に生存者はいない。
全てが終わった日から、一年が過ぎようとしている。
異世界生活開始一年半で四千人近くが死んだ。
そのうち三千人程度はタブー攻略時に命を落とした、らしい。非現実的な数値は素直に受け止めがたい。
ハートレスを始めとして、世界各地で同時期に行われたタブー攻略は、旅人たちに深い傷痕を残した。
アナザーワールドに連れてこられた一万人は、残る六千人ほどとなった。
全員が魔王討伐に意欲的というわけではなく、中には戦うことを拒否した旅人もいる。無作為に連れ出された老若男女には、身体状態から戦えない者もいたのだ。
それを悲観することはなく、進んでタブー攻略へと挑む者達は誰もが《ギルド》という小集団に所属した。組織された全体の数は把握しきれないが、名が知られているだけでも五〇近くに上った。全体の所属人数は五〇〇人をゆうに超えた。
彼らは周辺住民との間に密接な関係を結び、堅実な仕事をこなした。
持ち前のフットワークの良さを存分に発揮していた。
しかし全ての旅人が自分自身の役目を理解していたかと言えば、そうではなかった。
金銭面が困窮しアナザーワールドでの生活が立ち行かなくなった者、協調性を嫌い孤独を愛した者など様々な理由が挙げられるだろうが、強奪などの悪事に手を染める連中も出現したのだ。
彼らが狙うのは同じ旅人だけでなく、アナザーワールドの住民さえも襲ったために余計にタチが悪かった。
それでもまだ盗賊まがいのことをしていてくれた方が可愛げがあった。
世界中で行われたタブー攻略を境に、新たな一団が姿を現した。
彼らは俗語で《旅人殺し》と呼ばれた。その名の通り、彼らがやったことは旅人狩りだ。
この世界で人が死ねば、魔物と同様に光の粒と化す。その輝きは魔物のそれを遥かに上回る美しさだった。その輝きに心を虜にされた集団だったのだ。
アナザーワールドの住民よりも、魔力を豊富に身に宿した旅人が主な標的とされた。
殺しを快楽として行った集団は、ギルドを真似て《闇ギルド》に分類される組織を作った。把握出来ているだけでギルド数は二〇。所属人数は五〇〇人ほどに上った。
そうした犯罪者と成り果てた旅人を取り締まる組織として、新たに頭角を現した集団がいた。元は有名な攻略ギルドであったのだが、所属メンバーが増加したこともあり、方向を転換して治安維持に努める性質になった。
彼らは主要都市に拠点を置いて、精力的に治安の静定を行った。
時には厳格過ぎる一面から、次第に彼らは《軍》と呼ばれるようになった。
現在も魔王討伐には参加せず、魔物退治や犯罪者捕縛を主な仕事としている。
そして上記に挙げられた者達以外に分類される者達がいた。
彼らは活動的に魔物退治やタブー攻略に参加していたが、大概は個人で全てをこなしていた。その理由には職業柄の問題、人付き合いへの苦手意識、様々な要因があるだろう。
彼らは金銭面にも恵まれ、戦闘に関してもエキスパートだといえた。あるいは愚かな自虐者だった。ハイリスク、ローリターンの生活を続ける彼らの一抹の希望は、元の世界に戻れることのみだ。
この一年半のうちに攻略されたタブーは六ヵ所。そのどれもが奥に驚異的な魔王の存在が待ち受けていた。
旅人たちが力をつけ、戦闘になれればなれるほどに、魔王やタブーの危険性が増すのは事実だった。今までになかったはずの仕掛けがタブー内部に増設されたり、魔王の力が増強されることがたびたび起こった。
それでも多くの旅人がそんな非情な現実に慣れ始めていたのだろう。
目に見えて一日の死者の数が減っていき、最近では多くて月に一人か二人程度の死亡が確認されるだけになった。
残るタブーは三ヶ所。
そこにいるだろう魔王を倒せば、向こうの世界に生存者たちは戻ることが出来る。
ここに来て死ぬわけにはいかないだろう。
『おーい、旦那ァッ。朝食にしますぜ、早く降りてきてください』
ハスキーな男の声が下方から反響してきた。
そう言われれば、どこからか香ばしい薫りが漂っていた。ふと、ハムエッグを連想した。
ケットライダースの頭はかつて命を救ったお返しに、居候させてくれていた。
「分かった、今行く。ドーリ、人の分からつまみ食いすんなよ」
「しねぇですよッ。早く来てくだせい」
男の催促に素直に従って、椅子から立ち上がると傍に掛けてあったペンダントを手にとる。日差しを反射して青紫色に輝く水晶がその先にぶら下がり、その横には解れたウサギの人形が笑っている。
かつての仲間との思い出はスムーザの街に置いてきた。
良くしてくれた人々にも別れを告げてきた。
『シヲンさん、あなたは人でなしですッ。どうして守ってあげられなかったんですかッ!!』
銀髪の少女がそんな罵声とともに叩いた頬をさする。
その言葉にやるせなくなり、なかば逃げるようにして街を去った。
得られた平穏は、いとも簡単に崩れ去ってしまった。もう取り返すことが出来ない。
「こんな俺を赦さないでくれ、みんな」
悲しみに沈んだ声で呟くと、部屋に連なった階段へと足をかける。短く嘆息すると、一思いに螺旋階段を駆け下りていった。
少年が去った部屋。
ベッドの上には表紙が日に焼けた分厚い書籍などが山を作っている。黒光りする床は磨かれなくなって数年は経過しているらしく、ところどころ擦れて白くなっている。
壁は紙が張り巡らされ、その中には指名手配者名とその懸賞金などが書かれたものや、攻略されたタブーの位置に赤い×印がつけられた地図などがある。
部屋全体は猥雑としていて、人が住めるような環境には到底見えない。
その一角に、不自然に真新しい部分があった。
くすんだ机の上に置かれた一冊の本だった。
革張りの本は開かれたままにされ、そこに綴られているのは《1/10000の備忘録》の文字。女性的な丸みを帯びた文字の羅列だ。
ふいに部屋に忍び込んできた風がページをめくった。
パラパラとめくる動きが止まったのは、《少女は死神の鎌を受け入れた》と書かれたページだった。
シヲンという名の少年の、かつての栄光と仲間たちとの温かな日常が書かれた物語。
そして、全てを失った後悔が綴られている。
忘れるな。そんな思いがそこに込められている。
──了──
シヲンイメージエンブレム
シヲン、タナトスver.立ち絵です。
これでとりあえずは第一章が終了です。
この話を書き始めようと思った当初から、終わり方はこうしようと決めていました。
主人公以外の仲間が皆死んで、今まで築いた信頼なども崩壊する。
納得できない人や嫌だと思う人がいると思います。
自分は書いてて嫌になりました……。
それでも、途中の経過に紆余曲折があったものの、初めに思い描いた通りのストーリー展開に仕上げました。
本当にすみません。そして、ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
次章については、書くとすればシヲンに救いのある話となるようにしたいとは思ってます。
ハートレスのタブー攻略後に、《魂喰らい》の名で恐れられるようになったシヲン。
極力人との関係を絶とうとする彼の恋路や生き方について触れていこうかと考え中です。
一章に出てきた登場人物のほとんどは出さないつもりです。一名だけ、ドーリという猫族の男がどこかでシヲンたちと出
逢っていますが、彼だけが多分出来てきます。次章でのキーマンになる予定です。
スムーザなどの名前は出しますが、イムカやラ・コリーンたちは出しません。
というわけで、次話の投稿はいつか始めます。
今のところは、他の作品の執筆に戻ります
最後に一言。
童顔にだってイイコトはあるッ。
どうもありがとうございました。




