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肆章「最弱の異能【斥候】」ノ肆

【Side 暗殺者ハシシ】

「クソっ、クソクソクソォッ!」などとわざとらしく叫んでみせながら、ハシシは勝利を確信していた。

 ハシシは数日前からずっとカッツェを注視しており、彼女の異能が【巻き戻し】である可能性について思慮を重ねてきていた。十数年前、【巻き戻し】の異能を持つ赤子が生まれたという記録が教会の極秘ファイルにあったからだ。

 そしてハシシは、カッツェの【巻き戻し】の可能範囲が一分以内であることも見抜いていた。だから、

(【インビジブル・ブレード】には、あらかじめ猛毒を仕込んである)狼狽した振りを見せながら、ハシシは内心、ほくそ笑む。(数十秒で効果の出る即効性の毒を。そして)

 毒が効きはじめ、毒に気が付いた途端、カッツェは数秒前まで巻き戻すだろう。

(十分後に効果が出る、遅効性の猛毒を!)

 そして、それで満足するはずだ。よもや彼女の【巻き戻し】限界を上回る十分前に仕込まれた毒があるなど――即効性の毒が、遅効性の毒の隠れ蓑であるなどとは、気が付くはずがあるまい。

 遅効性の毒の存在に気付いた時には、もう遅い。なぜなら、その時にはもう、毒が仕込まれてから十分が経過しているのだから。カッツェの【巻き戻し】の限界時間は数十秒。もし仮にハシシの読みが外れていたり、死に際にさらなる力に目覚めるなどして遡及限界時間が延びたとしても、せいぜい数分。それを見越しての十分だ。

 しかも、念には念をということで、さらなる策も仕込んである。

(この勝負、勝った。確実に!)


   ◆   ◇   ◆   ◇


【Side カッツェ】

 カッツェは暗殺者ハシシの見えない斬撃を避け続けつつ、攻撃を繰り出す。数秒が経過し、数分が経過し、十分が経過し、十数分が経過したころ、ハシシが明確に狼狽しはじめた。

「どうした、暗殺者野郎? 十数分くらいなら【巻き戻し】の範囲内だぜ」

「バカな……バカなバカなバカな!」もはや攻撃を繰り出す余裕もないほどに慌て果てたハシシが、頭を掻きむしる。


「 六 時 間 前 !」


 ハシシの絶叫。「六時間前に打ち込んだ毒が、さすがに効きはじめているはずだ!」

 そう。ハシシはカッツェが単独行動を取っているその時に、カッツェの背後に忍び寄り、無痛の針による吹き矢でカッツェに超遅効性の猛毒を仕込み終えていたのだった。即効性の毒、遅効性の毒、超遅効性の毒。この三層の猛毒によって、カッツェの【巻き戻し】がどれほど過去に遡れようとも確実に殺し切る自信があったのだ。

「残念だったな。そして、惜しかったな。この状態の私が巻き戻せる最大範囲は」カッツェは笑う。「六時間三十分だ」

 そう。今ここに立っているカッツェは、伊能に絆されて伊能とハシシに【巻き戻し】の真実を明かしたあとに、ハシシの遅効性毒に倒れ、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もやり直して六時間前の吹き矢の存在に気付き、矢を受けた振りをすることで超遅効性の猛毒を躱してきたカッツェなのだった。

「本当に惜しかったなぁ。もうあと三十分前に毒を仕込んでりゃ、俺様を殺すことができたのに」

「で、でたらめだ。なんで、そんな」

「なんでってそりゃ、俺様の【巻き戻し】にはリリちゃん閣下の【魂の誓約】が掛けられてるからよ。通常状態の俺様が戻せるのは、最大できっかり一分。リリちゃん閣下の【魂の誓約】はざっくり異能を『数百倍化』させるんだが……これが三百倍なら俺様は死んでたな。けど――これは俺様も今日初めて知ったんだが――【魂の誓約】の数百倍ってのは、具体的には四百倍だった。だから、この状態の俺様は、最大で四百分前にまで遡ることができるってわけさ」

「あ、あぁ、あぁぁ……」暗殺者がその場に座り込んだ。可哀想なほどに戦意をしてしまっている。

「何がそんなに意外だったってんだ? あぁ、お前がリリちゃん閣下の【魂の誓約】の存在を知っていて、さらに俺様の【巻き戻し】に【魂の誓約】が掛けられている可能性にまで思い至っているっていうのは、さすがに買いかぶりすぎだったってわけか」

「こんなの、勝てるわけが――」

「じゃあな」カッツェは猫のように素早く走ると、宙に向かってぶつぶつと呟いている暗殺者の背後を取り、その喉を力の限り掻き切った。

 鮮血を吹き出しながら、暗殺者ハシシが倒れた。と同時に、カッツェの体の輝きが消える。【魂の誓約】の効果が切れたのだ。

「ふぉっふぉっふぉっ」伊能がやって来た。「ワシを殺さなくても良かったのかのぅ?」

「おいおい、この期に及んで意地悪なこと言うんじゃねぇよ」ハシシの服でナイフの血を拭いながら、カッツェはこれみよがしにため息をつく。「俺様の――いや、『私』の心はそう言っているみたいだ。最後まで信じさせてくれよな、クソジジイ!」

 そう言って、カッツェは晴れやかに微笑んだ。


【踏破距離:一、五九七キロメートル】

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