参章「人を撃てない狙撃手」ノ弐
『赤』だ。地図上の『赤い点』は、『敵性反応』を示す。魔物や盗賊、昨晩の刺客などはすべて、赤い点としてウィンドウに表示されていた。
ならば、この赤い『面』は何か。
「囲まれておる。魔物の大群じゃ。数百匹、いや、千⁉」伊能は、自分の声が震えていることを自覚する。「数えきれぬ。測りきれぬ。なぜ分からなかった? いや、そう、【測量】で小動物を把握できなかった時点で、気付くべきじゃった。コレは、【測量】を阻害する異能じゃ!」
次の瞬間、平原を取り囲む森という森から、魔物の『波』が一斉に溢れ出てきた!
そう、『波』。『集団』でも『大軍』でもなく、津波としか表現できないような計測不可能な量の魔物たちが森の中から飛び出してきて、伊能たち目掛けて襲い掛かってくる。
ゴブリン、
オーク、
オーガ、
ビッグボア、
ワータイガー、
キングアナコンダ、
ブラックベア、
キラービー、
エレメンタルリザード、
ドラゴンフライ、
マレブランケ、
ジャイアントエレファント、
アイアンスライム、
サイクロプス、
サンダーバード、
ドライアド、
コカトリス、
ゴーゴン、
キラーパンサー、
アースドラゴン。
四足歩行も二足歩行も、哺乳類も爬虫類も、言語を解するタイプもそうでないタイプも。ありとあらゆる魔物が、一直線に伊能たちへと殺到する。
これだけの数。これだけの質量。伊能の【測量】で見逃すはずが絶対にない。
(相手の索敵系異能を阻害する異能、ということなのじゃろう)こちらに到達しつつある魔物の『波』を睨みながら、伊能は歯噛みする。
【斥候】のセット異能の中には自身の気配を隠す【隠蔽】というものがある。斥候系のより上位職である【レンジャー】や【シーカー】、そして最上位種である【アサシン】などには、自身だけでなく任意の対象者の気配までもを覆い隠す異能が存在するというが。
(ならば、コレは何じゃ⁉ この、何千もの魔物たちの気配を隠し続けてきた、とんでもない異能は⁉)
「恐らく、【魔物使い】の異能よ! 暗殺ギルドの頂点『屍天王』の中に、そんな異能使いがいると聞いたことがあるわ!」
『魔物』と一口に言っても、彼らはけっして一枚岩ではない。野生動物と同じで、捕食関係にある魔物たちもいるのだ。なのに彼らは共闘関係を築きながら、一直線にこちらに向かってきている。
(あぁ、そうか)伊能の中で、第二次測量を始めたころからずっと感じ続けていた違和感が、最悪の形で答えになった。(今回の旅で一度も魔物に遭遇しなかったのは、偶然などではなかったのじゃ。魔物たちはずっと姿を潜ませ続けていた。姿を隠し、ワシらの行く手を阻むべく、こうして結集しておったのじゃ。暗殺ギルドの某が使う【魔物使い】の異能によって操られて!)
ついに、最初の魔物が伊能の目の前に到達した。体高五メートルの怪物アースドラゴンが、伊能を踏み潰そうとしてくる!
「【真・継続は力なり】、解放!」バルムンクの体が輝きはじめた。彼の剛剣が、アースドラゴンを一刀のもとに斬り伏せる。
が、アースドラゴンの背後から、別の魔物が飛び出してきた。一刺しで成人男性をも毒殺してしまう、身の丈一メートルの恐るべき害虫キラービー。バルムンクは返す刀でキラービーを粉砕する。
またすぐに、別の魔物が襲い掛かってくる。バルムンクが斬り伏せる。またすぐに別の魔物が。バルムンクが斬る。またすぐに――
いくらバルムンクが人類最強の騎士とはいっても、一対千ではまともな戦いになどなるはずもない。伊能一向はすぐにも魔物たちに食い散らかされてしまうかに思われた。が、
「【測量】! こっちですじゃ!」
ここで、伊能の異能が威力を発揮した。相手は波のような量の魔物たち。だが『波』とはいっても、それが実際の波ではない以上、必ず『切れ目』、『縫い目』は存在する。例えば平原に立つ大木の陰。例えばバルムンクが斬り伏せた、巨大な魔物の体の上。時には鈍重な魔物の股下すら、死角になる。
伊能はそんな、針の穴にゾウでも通すかのような繊細かつ大胆なルーティングを行い、一向を先導する。殿を守るのはバルムンクだ。
だが、そうは言っても四方八方を魔物に囲まれている以上、遠からず限界が訪れるのは目に見えていた。
「やっぱり本体を仕留めるしかないわ!」比較的安全な岩陰に飛び込んだ時、血まみれのバルムンクがそう言った。「コイツらを使役している、【魔物使い】を直接叩くのよ。イノーちゃん、無理を承知でお願いするけど、本体を見つけ出すことはできる⁉」
「やってみます。――【測量】」
伊能は目を閉じ、【測量】の力を全力開放する。途端、幾千もの生命反応――この狭い平原内にひしめき合う魔物たちの、背格好、武装、進行方向といった大量の情報が脳内になだれ込み、ひどい頭痛に見舞われる。脳が揺さぶられる。
気を失いそうになる。鉄の味がしたと思ったら、どうやら鼻血を出してしまったらしい。頭が痛い、痛い、痛い。今にも気絶しそうだ。自分はいったいぜんたいどうして、こんなところにいるのか。こんなところで何をしているのか。自分はただ、自由気ままに測量がしたかっただけなのに。頭が痛い。血の味がする。苦しい苦しい苦しい。もう楽になりたい。
気を、失い、そうだ。
「ぅぅ……ぅぅううっ!」伊能はカッツェの懐から一本の矢を抜き取り、「ぬううう!」
自らの太ももに突き刺した。じわり、と着物に血が滲む。
「イノーちゃん⁉」「爺さん⁉」「な、な、何を」
バルムンクたちが驚くが、伊能には返事をするだけの余裕はない。想像していたよりも、何十倍も痛かったからだ。だが、お陰で頭が冴えてきた。
「……見つけ……ました、ぞ」伊能は平原の果てを指差す。「あの、小高い丘の上に、唯一動かない人型の反応を見つけました」
人型の反応は、他にもたくさんいる。ゴブリン、オーク、オーガといった二足歩行型の魔物たちの反応だ。だがそういった魔物の反応はいずれも、伊能たちの姿を探して右往左往している。動かない人型は、たった一つしかなかった。
「動かない、人型。そいつが魔物たちを使役している本体ということね⁉」バルムンクが立ち上がる。「行ってくるわね、イノーちゃん。カッツェを借りるけれど、何としても生き延びてね」
カッツェを先頭に立たせて、バルムンクが魔物の『波』の中を進んでいく。不思議と、バルムンクたちは魔物に気付かれない。いや、たびたび気付かれてはバルムンクが斬り伏せているのだが、三六〇度を魔物に囲まれているにもかかわらず、ほとんどの魔物がバルムンクたちに気付かないのだ。
(あれは、【斥候】のカッツェが持つ【隠密】の効果なのじゃろうな)
バルムンクという最強の剣を失った伊能とカスパールへ、魔物たちが殺到する。非戦闘スキル【測量】しか使えない伊能と、非殺傷弾しか使えない狙撃手カスパール。
(【測量】、【測量】、【測量】……今回ばかりは、もうどうしようもないかもしれんのぅ)道なき道を探し当てながら、伊能は覚悟を固める。(じゃが)
ただでは死なない。死ねない。妻子たちに顔向けができない。
伊能は最後で最期の力を振り絞って【測量】し、奇跡的に周囲に魔物がいない木を発見した。「カスパール殿、あの木の上へ」
「わ、分かりました」
カスパールに負ぶってもらい、伊能は木の上へ移動する。
「巻き込んでしもうて、すまぬのう、カスパール殿」声の震えを必死に押さえながら、伊能は努めて穏やかな声で言う。「バルムンク殿たちを援護したいから、指示した方へ撃ってもらえるかのぅ?」
たとえ非殺傷弾でも、ないよりはマシだろう……泣きたい気持ちを押さえて狙撃方向を指示し、伊能が精一杯微笑んで見せた、その時、
「仰せのままに!」
カスパールが、撃った。
通常弾を。
弾丸は、バルムンクたちに背後から襲い掛かろうとしていた魔物の後頭部を破裂させた。
「…………………………………………は?」伊能は、全力で首を傾げた。
「あははははは! 神よ、主よ、我が王よ! 我に魔を滅する力を! メシア! メシア! メシア!」
メシア教の祈りを連呼しながら、次々と通常弾を送り出していくカスパール。百発百中の【魔弾】が魔物たちの頭部や心臓に当たっては爆発し、対象を絶命させていく。
「…………は?」伊能は全力で首を傾げる。「ちょっ、ちょっと待ってくだされ。カスパール殿、アナタ様は生き物を撃てなかったはずでは?」
「ワタクシが撃てないのは清き命だけです!」通常弾を撃ちながら、カスパール。「邪悪な魔物はこの世から一掃しなければ! あぁメシア!」
「あー……ナルホド、心の問題ではなく宗教上の問題じゃったか。そうと分かれば」切り替えの早さに定評のある伊能が、カスパールへと次の狙いを指示していく。「次はあの魔物を。仰角は――」
一方的な戦いが始まった。正確無比な【測量】により、伊能はカスパールへ最適な標的を指示していく。バルムンクたちの進路を阻む魔物、こちらが潜む木を倒そうとしてくる魔物。一発につき、一匹。空恐ろしいほどの的確さでもって、カスパールは魔物の頭部や心臓を破砕させていく。
そう、破砕だ。彼が撃ち出す弾、【魔弾】に触れたモノは、粉々に爆散する。百発百中なだけでなく、爆散する。これもまた【魔弾】の能力の一つなのだろうか。
伊能とカスパールの援護の元、カッツェとバルムンクがすいすいと侵攻していく。このまま、【魔物使い】が潜む丘の上に到達できるかに思えたが、
「……つ、次の弾は」
「もう、ありませぬ。弾切れですじゃ」
百体ほども屠った時、ついにカスパールの弾が尽きた。
「ここまでか」伊能は天を仰ぐ。「あとはバルムンク殿たちを信じるしか――えええええっ⁉」
「メシア!」カスパールが、撃った。非殺傷弾を。非殺傷弾が魔物の頭部に当たり、爆発し、魔物を絶命させる。
「な、な、なんっ、なんじゃそれは~~~~⁉」
「メシア! メシア! あぁ、メシア!」祈りを口にしながら、カスパールが撃ち続ける。非殺傷弾を。弾は生きているかのような軌道で魔物たちに襲い掛かり、その頭部を破砕させていく。
だがついに、非殺傷弾すらも尽きてしまった。
「これでついに終わりか」今度こそ、伊能が天を仰いだ。が、
「あははははっ、メシアぁ!」カスパールは、こちらが潜む木に登ろうとしていた魔物に向けてマスケットを投げつけた。マスケットが魔物に当たり、爆発する。
弾も銃も失うと、今度は木の実をむしり取り、指で弾いて飛ばす――いわゆる『指弾』を放つ。すると、魔物の頭部に着弾した木の実もまた爆発し、魔物を屠っていく。
「な、な、な、あはっ、あははは!」爆笑しながらも、伊能は木の実を集めてカスパールへ手渡していく。
だが、ついには木の実すらも尽きてしまった。すると、
「父よ、主よ、我らをお守りください!」カスパールから木から飛び降りた。鮮やかに着地し、小石を拾い上げ、指弾にした。「あぁ、メシア!」
魔物が数を減らしていく。どんどん、どんどん減らしていく。伊能は開いた口が塞がらない。先ほどまでの覚悟と悲壮感を返してもらいたい、とすら思う伊能だった。もう笑うしかない。
盗賊に襲われたあの日、カスパールが震える声で「人が撃てないんです」と言ったあの時。伊能は「リリン閣下はきっと、無理を押して人材を集めてくださったのじゃろう」と思ったものだった。一流ではなくても、できるかぎり善処して二流を集めてくれたのだと。バルムンクを充てるので精一杯で、それ以上の最強人材を伊能探検隊に集めるのは、さしものリリンにも無理だったのだろう、と。
「とんでもない」無双するカスパールを眺めながら、伊能は笑う。「一流じゃ。カスパールは、超一流の狙撃手じゃ!」
【踏破距離:一、五九七キロメートル】




