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弐章「継続は力なり」ノ伍

 一週間後。

 伊能は主リリンとともに、皇城の廊下を歩いていた。

「ここに来るのは久しぶりじゃァ」

 いつもはミニスカ軍服姿のリリンだが、今日ばかりは丈の長いドレスを着ている。赤を基調とした、プリンセスラインのドレス。バッスルで腰回りをしっかりと膨らませている。リリンの浮世離れした容姿も相まって、南蛮のメルヒェンに登場する妖精女王のようだ、と伊能は思う。

 一方の伊能もフリフリなドレスを着させられたのだが、文字どおり『着せられている』感がすごい。

「何も、ワシまでこんな格好しなくとも……。ん、『久しぶり』ということは、初めてではないのですな」

「そりゃァ、余はこのとおり伯爵じゃからな」

 歩きながら、リリンがアコレード(騎士の肩を剣で叩く儀式)の振りをしてみせる。伊能自身も、従士になった時にリリンにやってもらった儀式だ。

(なるほど、叙勲の際には皇城へ赴かねばならんのか。伯爵は皇帝の直臣なのじゃから、当たり前の話か)

「皇帝陛下、きっとそなたの精緻な地図を見て、度肝を抜かすぞ。楽しみじゃのう……ん?」

 リリンが眉をひそめた。向かい側から、人が歩いてきたからである。

「これはこれは、ミドガルズ女伯爵。ご機嫌麗しゅう」

 でっぷりと肥え太った、いかにも『金満貴族』という言葉が似合いそうな壮年男性だった。趣味の悪い装飾だらけの衣服に、大きな大きな巻き毛のカツラ。ぞろぞろと、幾人もの従者を引き連れている。

「相変わらず顔だけはお美しいですなぁ、お・ん・な・伯爵」

「ふふん、父と母から受け継いだ自慢の顔じゃァ。ヘル伯爵におかれましては、ずいぶんと羽振りが良さそうで、羨ましい限りじゃのぅ」

(ヘル伯爵。コイツが)初対面なのに、内心で『コイツ』呼ばわりしてしまう伊能。何しろヘル伯爵については、リリンやミドガルズ従士たちから悪い前情報をこれでもかと聞かされている。

 曰く、民に重税を敷き、支払えなかった者を奴隷として鉱山送りにしている。

 曰く、民の髪を男女の別なく無理やり刈って、カツラコレクションを作っている。

 曰く、『暗殺ギルド』という恐ろしい組織と繋がりがあり、政敵や商売敵を何人も殺している。

 リリンの父・先代ミドガルズ伯爵は、北の領境を視察中に、盗賊の大集団に襲われて殺害された。ちょうど、伊能たちが『白い蛇』内で『盗賊』に襲われたのと同じように。

 だが、ウワサはウワサ、憶測は憶測。確たる証拠、もしくは証拠の有無を吹き飛ばせるほどの権力なくしてヘル伯爵を告発することはできない。貴族の世界は力がすべて。だからリリンは異能者を集め、家を復興させようと必死に戦っているのだ。

 表面上はにこやかに、水面下ではバチバチと火花を飛ばし合いながら、リリンとヘル伯爵の挨拶は終わった。

「行くぞ」小さな吐息をひとつ。リリンが歩き出す。

 進んだ先にあったのは、大きな大きな扉。この先に、ミズガル帝国を治める皇帝がいるのだ。


「おもてを上げよ」

 言われて、伊能は顔を上げた。

 謁見の間の最奥で、この国を治めるみかどが微笑んでいる。皇帝ミズガルは、不思議なオーラを纏った人間だった。優しげなようでいて、冷徹。親しみやすそうでいて、冷厳。

(羊の皮を被った狼のような。きっとどちらも、このお方の本当のお顔なのじゃろう)

 少なくとも、伊能に『死ね』と命じながら震えて手を握ってくるような、リリンのような矛盾した弱さはとうの昔に克服しているように見受けられる。リリンから教えてもらった知識によると、御年四十半ば。統治者として最も脂が乗っている時期だろう。

「久しいな、ミドガルズの忘れ形見よ」

「ははっ」リリンが完璧な姿勢でカーテシー。「陛下が直臣リリン・フォン・ミドガルズが、帝国の太陽にご挨拶申し上げます」

 いつもふざけた様子のリリンしか見てこなかった伊能は、リリンの大人びた所作に瞠目する。そんな伊能へリリンがちらりと視線をやってきたので、伊能も慌てて頭を下げた。ひょこひょこと、カーテシーの真似事をしてみせる。声は出さない。皇帝が話し掛けたのはリリンのみ。声を掛けられていない下々の者が勝手に発言するのは、打ち首ものの無礼になるからだ。

「要件を聞こう」二、三、挨拶の応酬があった後、皇帝がそう言った。

「ははっ。陛下のご命令に従い、『白い蛇』内の探索を進めて参りました」リリンが地図を捧げる。「このとおり地図化も済んでおりますので、測量済み領域の編入をお認めいただきたく存じます」

「残念だが、それはできない」

「なっ――なぜですか⁉」

「つい先ほど」皇帝が一枚の地図を開いてみせた。「ヘル伯爵が『白い蛇』内の全領域を測量し終えたと報告してきたからだ」

「っ。拝見させていただいても?」

「良いだろう」

 リリンは地図を受け取り、伊能と一緒に検分する。その地図は、『地図』と呼ぶのもはばかれるほどの、お粗末で、ほぼすべてが妄想で描かれた代物だった。

「閣下、恐れながら、こちらの地図をご覧いただけませんでしょうか。これなるは【測量】の異能を持つ我が配下タダタカ・イノーに描かせたものです」

「ほう? ……な、なんだこの精緻な地図は⁉ 水場の位置、開墾に適した地質の土地に、金銀銅・鉄鉱石・岩塩の埋蔵量まで⁉ 明日にでも開拓団を派遣できるレベルではないか」

 いつぞやのリリンと同じようなことを言い出す皇帝。リリンと伊能がニンマリと微笑む。

「陛下、ヘル伯爵の地図の、ちょうどこの辺りが、我々の地図のここに当たります」

「ヘルめの地図は、まるでデタラメではないか」

「我らの地図をお信じいただけますでしょうか?」

「この二枚を並べられてしまうと、さすがにな」

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