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【頭脳戦×下剋上】『絶対階区(カースト)のリーガル・ハッカー』 ~無能な魔王と健気な女王、底辺からすべてを奪う~』  作者: 盤上廻


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第34話【天堂璃王】人間計算式

「脳みそ回るくせに、なんで評価は『知力20、技術16』なんていう底辺の数字なわけ? 測定でわざと白紙でも出して、システム騙してるの?」


「そんなAIに『異常値』として即座に検知されるような面倒な真似はしない」


 九条は、ひどく冷たく、自嘲するような声を漏らした。


「適当な乱数や白紙なんて、異常値として弾く……だから、一度すべての正解を導き出した後、最底辺が引っかかる『ケアレスミスの分布』を計算して実行した」


「……え、マジで?」


「AIに必死に考えて順当に間違えた、救いようのないバカだと誤認させるための、不正解のデザインだ」 


 狂気じみた天才の無駄遣い。僕は内心で舌を巻きつつ、無能の顔を貼り付ける。


「……うわぁ。よく分からないけどさ。サボって寝るためだけに、どんだけ高度な脳みそ使ってんの。逆にアホじゃない?」


 九条は鬱陶しそうに目を細め、剥き出しの角砂糖をボリッと無機質に噛み砕く。

「無能を演じるのは、満点を取るより遥かにカロリーを消費した」


「そりゃ、そうだろ」


「だが、上位階区の連中との面倒な闘争に巻き込まれるよりはマシだ」


 九条の淀んだ、だがひどく底冷えする知性が、モニターを直視していた。


「あの雨宮が、これほどの毒婦だったとは」


 その言葉を言い終わると九条は軽くため息をつく。


「……『天才』であることほど、この世で不本意な鎖はない。天堂、俺はもう寝る。これ以上考察するのは俺の脳が余計な熱を浴びる」


 やはりね、お前は意図的に『天才』を隠している。


 僕は瞳の奥に冷笑を沈め、頭の悪い能天気な笑みを浮かべ、肩をすくめた。


「はいはい、おやすみ。でも、雨宮マジ鬼畜だね。僕たちも逆らわないようにしよ」


 彼は雨宮を黒幕だと思い込んでくれたようだね。


 目の前にいる僕を疑いカロリーを消費するより、実際に表舞台で動いている雨宮を「異常な天才」として処理する方が、脳みそに優しい。


 それが、『脳の効率が悪い』お前の最適解だろ?


 再びヘッドホンで耳を塞ぎ、自分の腕に沈んでいく九条を僕は見下ろす。


 さて。九条は「運が悪かったとしか言いようがない」なんて切島を評していたけど。




 ――残念、ハズレだ。




 切島が九条の数値を買いに行き、五階区を『無能なゴミの群れ』だと誤認し、アジトで足をすくわれることは運でも偶然でもない。僕の人間計算式に組み込まれた確定事項(・・・・)だ。


 この2人の優秀すぎるが故の生態が接触する結末は容易に想像できる。


 切島は、優秀なリスク管理者だ。


 だから、第五階区の中で『九条家』の看板をぶら下げているお前の存在だけは放置できず、真っ先に石橋を叩きに来る。


 そしてお前も燐花と同じ、自分が巻き込まれたくない欲望がある。


 だからこそ、厄介払いのため自分のデータを敵に売り渡す。


 切島は持っていた五階区に対する偏見と自らが手に入れた「九条の底辺データ」の裏付けによって、自分の持つ前提を肥大化させ視野を狭めて自滅する。


 わざわざ不確定要素(くじょうたくと)の数字を買いに来て、それが「底辺の数字」だったから「ああ、第五階区はやっぱり無能だ」って認識する。


 僕がわざわざ九条を誘導する必要すらなく、ただ放置しておくだけでいい。


 事実僕はそうした。


 お前らが取引した事実のみを『ヒモ活の残業』として確認しただけだ。


 インテリが導き出す『最適解』なんて、ほんの一滴、人間のエゴと生存本能を垂らしてやるだけで、いとも簡単に腐敗して自壊する。


 切島は、僕に負けたんじゃない。信じてた『完璧な数式』に首を絞められて死んだ。


 もし僕がパッチの穴を探して真っ向から殴り合っても、当然勝てた。



 ――僕が負けるとしたら、自分が負ける台本(シナリオ)を書いた時だけだ。



 でも、それだと脳のカロリーを消費するから超眠いし、面倒くさい。


 だから僕は相手の脳みそをタダで使うことにした。



 切島の「合理性と全体主義」

 燐花の「破壊衝動と資本防衛本能」

 九条の「俯瞰的視野と面倒事の忌避」

 雨宮の「利他精神と底なしの鈍感さ」

 五階区の「自己保身と付和雷同の極致」



 彼らが『人間』であればあるほど、自らの目的や執着を守るために勝手に最適な計算を弾き出す。弱者は結託して盾となり、強者は反発して自陣を喰い破ってくれる。


 僕は事実確認(せいかくはあく)環境構築(パッチせいさく)のみを行い、他人の脳みそを使って盤面をひっくり返し、自分は優雅にお茶を飲みながら高みの見物。


 これ以上の退屈凌ぎ(エンタメ)が、他にあるだろうか?


「ふぇぇ……? お二人は何のお話をしているんですかぁ? それより、紅茶のおかわりはいかがですか?」


 この学園の覇権がひっくり返る瞬間の表裏で、最恐の債権者になっている自覚すらない唯がにこにことティーポットを傾けている。


「あ、もらうよ。唯ちゃんの紅茶、マジで美味しいね」


「えへへ、良かったですぅ! これもお父様から入学前に頂いた茶葉なんですよぉ」


 血みどろの闘争の裏で展開される、あまりにも優雅で場違いなティータイム。


 これこそが、僕がこの盤上に描きたかった最高のブラックコメディだ。




《――一学年第一回覇権闘争、最終結果。第五階区が計4特区を制圧したため、第五階区の勝利と認定します 》



 学園全体に終了のブザーが鳴り響いた、端末にリザルトが送信されてくる。


「……終わったな。武断派の連中を無傷で完封した」


 九条がやる気のなさそうな目で天を仰ぎ、再び机に伏せる。


「ああ、これで来月も無事にご飯が食べられるね。雨宮サマサマだ」


 さて。闘争が終わった、次は『お金の計算』の時間だ。


 クラスの連中がサボタージュを維持するために唯の口座に退避させた、僕の100万を除いた約50万の資金。これを元の口座に返金してやる手続きが待っている。


 もちろん、特約の極小文字で明記した通り、僕の懐には『システム構築および事務手数料』として、総額の20%……すなわち10万Rの所得が転がり込んでくる計算だ。


 巻き上げたこのコンサル料は、遊興費にするつもりはない。


 あのカビ臭くて空調の壊れた地下教室。あそこは監視カメラの死角になる秘密基地だが、いかんせん居心地が悪すぎる。


 この金と、手元の100万から少しばかり引き出し、予算は30万ってところか。


 バベルモールの業者から、これから来る7月の猛暑に向けて、あのカビ臭い地下教室を丸ごと冷やし切る大型クーラーと、僕専用のゲーミングチェアを購入するとしよう。 


 ……王の昼寝には、それに相応しい環境が最優先されるべきだからね


「お茶飲んだら眠くなってきた。唯ちゃん、終わったから帰ろ」


「はぁい! お片付けしますねぇ! ……あきゃっ!」


「あーあ、また転んでる。九条、ティーカップ拾うの手伝ってやってよ」


「舌を噛み切って死ね。なぜ俺が労働をしなければならない。おい、天堂、角砂糖が切れた、マカロンの余りをくれ」


「ごめんねー。はい、これ最後の一個」


 わちゃわちゃと騒ぐ不器用な『劇薬』たちを見つめながら、僕は小さく笑った。


「悪いな、切島。お前の論理は素晴らしいよ。ただ、『人間』っていう変数を、ちょっとだけ間違えただけだ」


 僕は、誰にも聞こえない声でそっと労いの皮肉をかける。


 底辺からの反逆は、誰一人として僕の存在に恐らく気づくことなく幕を下ろした。


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