第30話【雨宮礼奈】希望の賭け
「大丈夫だよ、田中くんと天野さん」
彼らの震える手を優しく包み込み、私はみんなの恐怖が少しでも和らぐようにと祈りながら、精一杯の笑顔を向けた。
「もし……もしここで恐怖に負けて動いちゃって、唯ちゃんへの『違約金』が発生したとしても。その借金は、全部私が『保証人』になって、代わりに背負ってあげるから 」
「え?」
パニックを起こしていた二人の目が点になった。
「私、リーダーだもん。みんなが怖い思いをしてるのに、見捨てたりしない。もしみんなが違約金を払えなくて退学になりそうなら……私が代わりにその借金を肩代わりする。一生、みんなの借金を返すための『奴隷』として働き続ける契約にサインするよ」
「あ、雨宮……お前、自分が何言ってんのか分かってんのか? 一生、奴隷って……」
「分かっているよ。お母さんも、そうやって他人を庇って死んでいったから」
お母さんのひび割れた温かい手を思い出しながら、悲しげに瞳を伏せた。
「みんなが苦しむのを見るのは、私の心が痛い。だからお願い。私のこの勝手なワガママを許して、ここでは動かないで……!」
言葉を紡いだ、その瞬間だった。
「……っ!」
田中くんと天野さんの顔が強張った。
二人の顔から、そして周囲のみんなの顔からも、恐怖の色がスッと引いていく。
代わりに、もっと別の……何かとても重くて、苦しい痛みに耐えるような表情に変わっていった。
……よかった。私の覚悟が、ちゃんとみんなに伝わったんだ。
私が奴隷になってでもみんなを守るって言ったから、みんな、私のことを心配して、そんなに苦しそうな顔をしてくれているんだね。
「わ、分かった……! 動かない、私は絶対に動かないから! だから雨宮さんが奴隷になるなんて、二度と言わないで!」
「俺もだ……! 俺は元々どうしようもないクズだ、でもここで逃げたら、俺は一生、自分を人間だとすら思えなくなる……っ!」
みんなの声が、震えている。
でも、もうパニックにはなっていなかった。
彼らは、殴られる恐怖を押さえ込み、自らの身体を石のように固く強張らせて、その場にうずくまった。
これでもう、何があってもみんなはサボタージュを解除しない。
私の想いが、みんなの心を一つにしてくれたんだ。
ごめんなさい、みんな。私じゃみんなを守れないから、天堂くんの嘘を利用して、みんなに怖い思いをさせちゃった。
でも、これでみんな傷つかずに済む。私は、私を信じて踏みとどまってくれたみんなの優しさに胸を熱くしながら、自分を信じてくれた大切な仲間たちを背中で庇うように、改めて真っ直ぐに頭を上げた。
五階区の異様な結束に。闘技場を支配していた捕食者が、反応した。
「……あぁ?」
武断派たちの奥から、一人の少女が気怠げに歩み出てきた。
第三階区の八神燐花。
彼女が私を見た瞬間、殺気が突き刺さった。普通の人なら、その金色の瞳に見られただけで、泡を吹いてもおかしくないほどの威圧感。
――だとしても!
私は、結び上げた髪のせいで露わになった顔を逸らさず、恐怖で震える両瞼に無理やり力を込めて――真正面から、その最強のバケモノの金色の瞳を睨み返した。
震える両足に無理やり力を込め、クラスメイトたちを背中で庇うように立ち塞がる。
私は決して、貴方たちのような力は持っていない。
でも、私が被った泥の重さと、彼らを守り抜く想いだけは、貴方なんかに屈しない。
「この子たちは、指一本触れさせない」
私はただ、彼女の標的が私から逸れないようにと祈りながら、その恐ろしい金色の瞳を真っ直ぐに睨み返し続けた。
「……へぇ」
数秒の、永遠にも似た視線の交錯。やがて、八神さんはつまらなそうに首をコキリと鳴らすと、凶悪な牙のような八重歯を覗かせて笑った。
「ただ怯えてるだけのハムスターかと思ったが……面白ぇ目してんじゃん」
この人間を屈服させたと考えている、その笑み。
彼女が一歩、私に向かって踏み出そうとした、その直後だった。
コロッセオの上空に展開されていた、巨大なホログラムモニターが、連続してシステムアナウンスを弾き出し始めた。
《――非戦闘特区の決済が完了しました》
《――規定により、本覇権闘争における第五階区の勝利が確定しました》
「なっ……!?」
目の前にいた武断派たちが、信じられないものを見るように目を見開いた。
「ふざけんな、あの底辺のゴミ共が、なんでウチ以上の技術数値を叩き出してやがる!」
「ウソだろ……俺たち、もう負けちまったのかよ……」
「あの切島さんが……負けた?」
エリートたちに……不器用だけど、1つのことだけは誰にも負けない、私たちのクラスメイトの力が勝ったんだ。
「やった……っ!」と歓喜の声を上げる田中くんを、私は「しーっ! 動かないで!」と目で制し、ただ蹲ったまま盤面の推移を見守る。
私が最後に仕掛けた、あの『黒塗りの法案』が、いよいよ起動する時が来た。
昨夜、手持ちの統治権力を全て使い切って申請した黒塗りが剥がれ落ちた真の条文が表示される。
《【コロッセオ】特区において、第五階区のブラインド・パッチの『条件』が満たされました。これより、ブラインド・オプションで秘匿されていた条文を解除し、特例ルールを適用します》
《【申請内容②】象徴が配置された特区において、いずれか一方の階区が、『配置生徒10名がサボタージュを選択した』場合、特例としてもう一方の階区の『配置メンバー』と『象徴』が発揮する運動エネルギーの出力は『自陣へのマイナス(減点)』として計上される》
「な、なんだと!?」
武断派たちが、全員揃って死刑宣告を受けたような呻きを上げた。
「『全員サボタージュ』による、スコアのマイナス反転? 俺たちがこいつらを殴ろうとして力を出せば出すほど……俺たちのスコアが減点されていくってことかよ!」
「だからこいつら、俺たちに凄まれても逃げずに、意地でもサボタージュを維持してたのかよ……」
「……チッ、なんだこの条文は。だが関係ねえ。もう、俺たちの狙いは勝敗じゃねえ、お前ら金を強制徴収することだ!」
彼らの中で指示を出しているリーダー格の男が、自分の端末を操作する。
「これでサボタージュを確定させたな。お前らの全財産の半分は、決着と同時に自動徴収される。だが待てねぇ、今すぐ俺の権限で『手動実行』してやるよ……」
――ピーッ。
《対象となる第五階区生徒11名の個人口座残高はすべて『0R』です。徴収可能なリソースが存在しません。法務規定『0の半減値は0である』と定義。また、事前の借入契約なしにシステムが強制的に『マイナス残高』を創出することはコンプライアンス違反にあたるため、本プロセスを強制終了します》
「……どういうことだ?」
「ゼロ……? 徴収不能だと? なんでだ、昨日までこいつら、少なからずRを持っていたはずだろ!」
私たちを脅しつけていた武断派の顔から、急激に温度が失われていくのが分かった。
よかった……天堂くんが言った通りだ。存在しないお金は、システムにも奪えない。みんなのなけなしのお金は、ちゃんと守られたんだ!
ここからは、祈るだけだ。天堂くんが言っていた完封勝利の為の『最後の賭け』。
※ あとがき
次回・第31話【八神燐花】適応最適解
――八神燐花が下した判断とは?
盤上廻です。
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