8・早春の散歩道
外を歩くと色んな匂いが鼻に届く。それこそが散歩の醍醐味だよねー。
冬の澄んだ空気が、ほんの少しにごるようにゆるみはじめた春の空気。ポカポカ温かいのは気持ち良いけれど、良くも悪くも落ち着かない気分にもなるのがこの季節だ。
梅が花をつけている。梅の木々の間を数羽のメジロがちょこまかと飛びかっている。せわしない動きで、見てると目が回りそう。メジロは花の蜜が好きなんだ。
トウヤの肩に一羽のメジロが飛んできた。特に驚きも喜びもせず、トウヤは鳥の好きなようにさせている。
和服の青年と梅と小鳥なんて、なかなか絵になる光景なんじゃないの。これで少しはトウヤのふさぎこんだ気分も晴れれば良いな。自分の気持ちを言い表すのがまだ上手くないけれど、今のトウヤは不安定なんだと思う。
『仲良しだね』
ふわっとした白い髪をクチバシでそっとついばんでから、メジロはせわしなく飛び立った。
寒さで枯れた草地に、若い雑草の緑がぽつりぽつりと目立ってきた。カラスノエンドウが柔らかなツルを伸ばし始めている。これから草刈りが大変になってくるぞー。
「……あそこだけ植物が均一ですね。意図的なものですか?」
『そうだよ。あっちは畑!』
トウヤは言葉のやりとりはできるし、本人の観察力や思考力もしっかりしてる。でも圧倒的に人間社会の経験値が足りていない。
そんな現状が浮き彫りになる質問だった。
『昔からこの村は薬作りで栄えてきたんだ。薬草園もあるんだよ』
長者屋敷のご先祖は薬作りの腕と商売の才能を持っていて、今ではその子孫が都会で製薬会社ってのをやってるらしい。
この村は街から離れていて、人口も多いってわけじゃないのに、どこか余裕や活気があるのはそういうこと。大金持ちの故郷だから。
現役世代は普段は街で暮らしていて、たまの休暇にこちらの家に戻ってくる。不在の間は村にいる親戚筋の世話役が家の管理をしてくれている。それに、トウヤの食事の用意とかもね。
山へと続く、小川沿いの道を静かに進む。
トウヤは気づいているだろうか。
村の人たちは不自然なほどにトウヤを放っている。関わるのを恐れるみたいに。長者屋敷の世話役も、悪意はないけれど少し距離を置いている。
こういうのをなんて言ったっけ……。
村八分……ちょっと違うな。
腫れ物扱い……うん、こっちの方がまだ近いかな。
ふと、村の人たちとトウヤの関係にしっくりとくる言葉を見つけた。
触らぬ神に祟りなし、だ。
『……』
トウヤ本人もあまりくわしいことがわかっていないようすだけど、何か厄介な事情があるのは間違いない。私は霊犬だけど、犬目線でもトウヤはなかなかに異質の経歴の持ち主だ。
私は村の人たちをひどいとか意地悪だって責める気はない。ま、どんな頑固爺さんも疑い深いお婆さんも、私が小さいころから成長を見守ってきた愛着もあるからね! この村に極悪人はいないよ。……心がせまいとか、そそっかしいとか、逆におっとりしすぎ、みたいな小さな欠点はあるにしても!
新しい土地にやってきて、話し相手が私しかいないというのも刺激に乏しいだろうからね。
『友だちにトウヤを紹介したいな。構わない? 人じゃなくて、私みたいな利発で可愛くて徳の高い霊獣とか、気の良い妖怪とかだけど』
「はい、構いません。モナカさんのような方々なら、きっと……」
私を見ながらトウヤがすっとしゃがみこんだ。
ゆっくりと手がこちらに伸ばされる。私の首のふかっとした毛に、穏やかな感覚が伝わってきた。心地良い。トウヤは犬をなでるのに少しずつなれてきてるみたいだ。
私をなでながら、誰もが知る当然の事実でも話しているかのトーンで、トウヤが静かに断言する。
「聡明で、愛らしく、情け深い方々でしょうから」
『……うっ、……うん。そう! かも?』
……盛大な自画自賛はまったく平気だけど、自分以外から真顔でこんなことを言われるのはめっちゃ照れるね!?




