9 旅路の果て
アレクシスは悪夢にうなされた。
炎に包まれる王城、怒りに燃える民衆、そして叫び声の中で自分に迫る刃――それは十数年前に見た、あの未来の夢だった。
汗にまみれて目を覚ましたアレクシスは、夜明けを待たずして執務室に向かった。机の上には王国の地図と財務報告書が広げられていた。
「私はここまで何をしてきた……?」
彼は自問する。十年前に父を廃し、民のために尽くしてきたはずだった。
それなのに、民は感謝どころか彼を憎むようになっていた。
すると、不意にあの日のセリーヌの言葉が耳に蘇る。「民を導くということは、決して感謝される道ではありません。」「それでも、あなたはその道を選ぶのですか?」
アレクシスは思い切り、机を叩いた。
(あの日、私はこの道を選んだ。そして今も変わらない。だが、それでも……。)
そのとき、王宮の外がざわめき始めた。扉を叩く音、怒号、そして兵士たちの足音。
侍従が慌てて駆け込んできた。
「陛下、民衆が王城を包囲しました! 彼らは『王の首をよこせ』と叫んでいます!」
アレクシスはゆっくりと立ち上がり、窓から外を見下ろした。王城の周囲には松明を掲げた群衆が溢れていた。その光景は、あの夢で見たものと寸分違わなかった。
アレクシスは静かに王座を降り、抗うことなく民衆の前に姿を現した。
「私はこの国のため、尽くしてきたつもりだ。しかし、それがあなたたちの望むものではなかったのなら、私が去ることで解決するのならば、私はそれを受け入れる。」
彼の言葉に民衆は一瞬の静寂を見せたが、すぐに怒号が再び湧き上がった。
「言い訳は聞かない!王を捕らえろ!」
アレクシスは捕らえられ、王宮の地下牢に幽閉された。王国は混乱の中にありながらも、新たな体制に向けて動き出していた。
薄暗い牢の中で、アレクシスは静かに目を閉じていた。
自らの選択を振り返りその重みを噛み締めていると、かすかな足音が響き、牢の中に一人の女性が現れた。
「……セリーヌ?」
アレクシスは目を見開いた。その姿は十数年前と全く変わらない。まるで時間の流れを拒むかのような神秘的な存在感があった。
「久しぶりですね、アレクシス。」
セリーヌは静かに微笑みながら言った。その声は冷たくも温かくもなく、ただ運命を告げる者のようだった。
「私は、あなたの選択が、この国の未来を変えると告げたはずです。」
アレクシスは頭を垂れた。
「私の選択が、この結果を招いたのだな。」
セリーヌは無言で頷いた。
「あなたは民を信じ、民のために尽くしました。しかし、民の欲望は尽きることがありません。それを制御する術を持たなければ、結末は変わらないのです。」
「わたしは……間違えていたのだな。」
アレクシスは顔を上げ、彼女を見つめた。その瞳には、敗北を受け入れた者の悲しみと、信念に敗れ、疲れ果てた心の闇が宿っていた。
「私は、民を信じたかった。そして、それが間違いだったとしても、信念だけは変えたくなかった。」
セリーヌはしばらく彼を見つめ、最後にこう告げた。
「あなたが必要とするものを、置いていきましょう」
そう言い残し、セリーヌは闇の中に消えていった。
それから牢の中で一人静かに時を過ごすアレクシスのもとに、外からの光が差し込むことはなかった。
彼の手元には、セリーヌが置いていった「自死」のための薬が握られていた。
(私はもう、この国の行く末を見ることは叶わない。国の混乱を、隣国は見逃さないだろう。民がどうか、国を守り通せるよう、私は望もう。)
静寂の中、アレクシスは微笑み、ゆっくりと目を閉じた。
セリーヌは、二章で同じ言葉を伝えています