第二部7
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外が騒然としている。
テントを捲ると、見たことがある体格の人間が見たことのない仮面を被って息巻いていた。
フスー…、フスー…と仮面の横から息が漏れる。
言葉が通じていないようだった。
その瞬間、全員が「生物兵器の使用」を考えた。
つまり、敵がなんらかの薬を用いて人間を兵器と化した。あるいは、直接人体に…。
「そんな技術まで…出来上がっていたのか…」
ゲンジは絶望した。
言語が通じなくなるまで脳を侵し、戦闘に向ける操作が可能だとは。
その実験体の、対面した相手が。
「阿琉斗だとは」
仮面越しに目が合う。
ゲンジは愕然した。
やるしかない。
ゲンジは腰のベルトを外し、調剤器具を地面に落とした。
指を鳴らし、肩を回す。
やってやる。どうなっても知るもんか。
2人の足元に光が収束し輝き始める。
周りは見たことない光景だろう。
『光を掴む』
これが本質だ。
阿々紀が教えた、阿々紀から伝わった。
阿々紀に受け継がれた、
これが、本当の―。
2人の拳が相手に向かう。
顔面がぶつかりそうなほどの勢いで。
衝撃の波が、木を、髪を、拠点のテントを揺らす。
「す、すげぇ…」
戦争中だというのに、まるでショーのような賑いを見せている。
2人の残像が目まぐるしくぶつかりその度に、文字通り臓物が揺さぶられる。だんだんと砂埃と風圧で目が開けづらくなってくる。
ドンっ!
一つの大きな音。
その後に理解。
ゲンジの拳が阿琉斗の頬を捕らえる。
仮面が割れ、口から血が吐かれる。
カラっと口から歯がこぼれる。
左手で口を拭い、いやらしく微笑む。
「阿琉斗」
続ける前に、阿琉斗が飛んでくる。
地と平行に飛んできた阿琉斗の腕が喉に入り、呼吸がままならない。
「ガッ…ッ」
間髪入れず、ゲンジの横腹を思い切り蹴りつける。
あの巨漢が吹っ飛び、木と衝突する。
折れなかった木が、ゲンジの内側に衝撃を溜め込んだ。
背中を打ち付けたゲンジも血を垂らす。
しばしの沈黙。
「誰かほんとうに教官を呼んだほうが良いじゃないか」
そんな声も聞こえていたが、2人には必要なかった。
ムクッとゲンジが起き上がり呼吸を整える。
バキっと自ら仮面を叩き割り素顔を晒す。
向かい合い、距離を詰めていく。
あと10歩。
7歩。
3歩。
人にして、わずか一人分。
その間をもって2人は向かい合う。
目は逸らさず、瞬きすらもせず。
動かない。
動かない。
動かない。
背後の戦声が増したとき、阿琉斗は屈んでいた。
不自然な格好で。
足の裏をテンマンの拠点に向けて。
『思季封躙』
瞬く間に。文字通り瞬く間に。
光が辺りを包み光線がテンマンに向かっていく。
大きな爆発音が響いた。
その風圧は校舎にも届き、窓を鳴らす。
あまりの緊張で声を出せなかった生徒が、煙が晴れて口々に名を呼ぶ。
「ゲンジ!」
腕を大きく広げ、阿琉斗の『光』を体で受け止めていた。
動物的本能の化身となっていた阿琉斗も、呆然とし硬直している。
「阿琉斗」
名前を呼びながら、近づいていく。
「阿琉斗」
「阿琉斗」
「馬鹿野郎!」
大きく振りかぶって放たれたゲンジの拳が、阿琉斗の顔面に食い込む。
吹っ飛んだ阿琉斗の上に乗り拘束する。
「お前…」
ボロボロになった服から、これまたボロボロの紙を見つける。
あのときの手紙のように汚く、だが丁寧に阿琉斗が持っていたその紙。
「これ…は…」