エピローグ 悪役令嬢、どうか幸せに
演習会場の観客席から、大きな歓声が湧き上がる。
「氷華の剣姫様ぁ──ッ! お見事ですわぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ! 素敵ぃ──ッ! 美人で格好良くて最強とか、推せますわ! 激推しですわぁぁぁ──ッ!」
「まさか、極点魔法の使い手が現れるとは! しかも元公爵令嬢! これはすぐに帰って号外を出さないと!」
「第一王子の本性があんなだとは……これではローサ嬢も最初から男爵令嬢に嫌がらせなど──」
「お、おい、セバスチャン! 帰ったらすぐに氷華の剣姫殿に我が息子との見合い希望を申し込むんだ! 他の連中に遅れを取るわけにはいかん!」
一方、後悔で頭を抱えているのは、ローサの父──グレイシア公爵である。
「くそっ、クソクソクソッ! どうして私はあの時、ローサと縁切りを……! ここまでの才能を何故……!」
どんなに後悔したところで、ローサがグレイシア家に戻ることは決してない。
ここに至って、グレイシア公爵にはローサの才能しか見えておらず、愛情など微塵も持ち合わせてないのだから。
グレイシア公爵家はその後、ローサを手離した愚かな一族として周囲からの信用が揺らぎ、一代で急速に衰退して行くこととなるのだった。
◇
現実空間へ戻って来たミストルデインが、姿勢を崩してその場に倒れ込む。
開いたコクピットから、シルヴァーン殿下が転げるように出てきた。
ローサもプリザーブドから降りる。
仮想空間でのダメージは全て幻とはいえ、機体が爆発すれば、死んだようなショックを精神的に受けることとなる。
おそらく殿下は、そういった経験がないだろう。
よろよろと起き上がり、酷い顔で殿下が向かって行ったのは、陛下達がいらっしゃる特別閲覧席の方だった。
クロム様に人差し指を向け、大きな声で喚いた。
「無効だぁぁぁあああ──ッ!!!」
会場にざわめきが広がるが、もはや殿下に気にする余裕は残っていないのだろう。
人受けの良い笑顔の仮面は剥がれ落ち、醜い本性が丸見えとなる。
「こんな決闘は、無効無効無効ぉぉぉ──ッ! これは元々、俺とストレージ辺境伯の決闘だったんだ! そこにローサが卑怯にも割って入った! だから、こんなのは無効だぁぁぁ──ッ!!!」
腕を大きく振り被り、ぎらつく瞳でクロム様を睨む。
「降りてこい、クロム・ストレージぃ! 俺と勝負しろ! お前と戦えば、俺が負けるはずがない! 負けるはずがないんだぁぁぁッ!!!」
クロム様も真っ向から、殿下の視線を受け止める。
立ち上がって、口を開こうとして、
「見苦しいぞ、愚か者ッ!!!」
ビリビリと一瞬で会場中が静まり返るような、覇気のある喝が入った。
無論、ゴルドー・ロングスト国王陛下によるものである。
拡声魔法を通しての威厳ある声音は、ローサにはケイオスドラゴンの咆哮を彷彿とさせた。
「神聖なる決闘を持ち出しておきながら、負ければ理由を付けて無かったことにしようとする。どこが正々堂々だ! 潔さの欠片もないッ!!!」
しかし、殿下は退こうとしない。
「ち、父上! まだ私は負けておりません! これはそもそも、ストレージ辺境伯との決闘だったのです! 辺境伯が相手ならば、このような──」
陛下はそこで、深くため息を吐いた。
「シルヴァーン、貴様は本当に、何も分かっておらぬようだな」
「な、何がです」
陛下はローサへと視線を向ける。
「もしも、ローサだけならば、貴様が最後に仕掛けた戦略級魔法で勝っていただろう」
その通りだと、ローサも思う。
「あの時、ローサが極点魔法を使えたのは、ローサの膨大な魔力を受け止め、なおかつ見事に魔法へと変換し切った、プリザーブドの存在があってこそだ。
シルヴァーン、貴様は原典の七騎にも匹敵し得る性能を持つあの機体を、一体誰が作り出したと思っている?」
ローサは見上げる。
自身には無い天才的な才能を持つ、尊敬すべきお方を。
陛下は殿下へと告げた。
「お前はローサだけに負けたのではない。ローサとストレージ辺境伯、二人に敗れたのだ」
「ぐッ……!」
殿下はそれ以上、何も言い返せなかった。
陛下はそれから、厳しい目を息子へと向けた。
「そして、シルヴァーン。貴様の目に余る行動はもはや捨て置けぬ。二度に渡る身勝手な婚約破棄、ストレージ辺境伯への無礼な言動の数々、筋の通らぬ決闘、更には敗北を認めぬ醜態……よって、ここに宣言する」
会場に聞こえるように、陛下は仰った。
「この場をもって、第一王子シルヴァーンから称号騎士の身分及び王位継承権を剥奪する! 私もまた此度の騒動の責任を取って退位し、第二王子ブロンクスへと王位を譲り渡すものとする!」
突然の宣言に、会場は騒ぎとなった。
ローサも驚かずにはいられない。
だが、一番ショックを受けたのはやはり、殿下であろう。
「ば、馬鹿な……! この私が廃嫡……!?」
後退り、顔を青くする。
残念ながら同情の余地は無く、因果応報と言わざるを得なかった。
「な、何か、何か手は……!」
救いを探す必死の形相がこちらへと向けられる。
「ローサ……! そうだ、お前だ! お前が父上を説得してくれれば何とかなる!」
今にも倒れそうな足取りで、両手を広げながらやって来る。
「頼む! 俺を助けてくれ! 今までのことは全て謝る! だから父上に、廃嫡を取り消すように言ってくれ! 確かに俺はお前に酷い仕打ちをしてしまった。だが、ローサは婚約者として、私を愛してくれていたはずだろう!?」
にへら、と精一杯の媚びた笑みを浮かべる殿下。
ローサは口を開く。
「殿下。確かに私は、あなた様の良き婚約者になろうと、精一杯努めて参りましたわ」
「そうだろう!? だったら!」
「ですが」
ローサは殿下の目を見て、はっきりと答えた。
「残念ながら私は、一度として殿下を愛したことはございませんわ」
ローサもまた、徹頭徹尾、殿下に愛された記憶はない。
その言葉で、希望の糸を完全に絶たれたのだろう。
殿下は膝から崩れ落ち、ガクリと項垂れて、動かなくなった。
「ローサ」
顔を上げると、クロム様がこちらにやってきていた。
「ようやく終わったみたいだね」
「ええ、これでやっと、幕が降りたみたいですわ」
ローサの婚約破棄から始まった追放劇が、一年の時を経て。
不意に、閲覧席のゴルドー陛下から、拡声魔法で名指しされる。
「おっとそうだ、氷華の剣姫ローサとストレージ辺境伯の二人には、言い忘れていた大事なことがあったな」
「陛下……?」
一体何だろうか、と思っていると、
「今だけは国王の名を再度使わせて貰おう。私、ゴルドー・ロングストは、今回の決闘の勝者であるローサとストレージ辺境伯、二人の婚約を正式に認めるものとする!」
「「えっ……」」
ローサはクロム様と互いに目を丸くして、顔を見合わせる。
そんな様子を見下ろす陛下は、ふっと片眉を上げて、さも面白そうな笑みを浮かべて仰るのだった。
「氷華の剣姫よ、どうか幸せに」
◇
王都から離れる前に、ローサはゴルドー前陛下の使者から手紙を渡された。
王家の印が押してあったそれを開封すると、前陛下の直筆であった。
そこには前陛下が公の場で話せなかった、ローサに対する謝罪が書かれていた。
前陛下は王都に帰り、ローサの婚約破棄を知ってすぐに、ストレージ辺境領に迎えの使者を送っていたという。
公爵家から縁切りされてしまった為、貴族としては生活出来ないが、王都に連れ戻して不自由無い暮らしをさせてくれるつもりだったらしい。
しかし、使者からの報告で、ローサが魔装騎士として充実した暮らしをしていると知って、影ながら見守ることにしたのだとか。
「実は前陛下から、ローサが辺境にきて数週間くらいの時に、よろしく頼むと言われていたんだ。口止めされていて、伏せていたんだけどね」
クロム様はそう明かしてくれた。
「でも、仮に前陛下から頼まれなくても、ローサは既に魔装騎士として活躍していたから、特に何か変わるわけでもなかったと思うよ」
「前陛下は、私の無実を最初から信じてくれていたのですね」
今思えば、ゴルドー前陛下は、本当の父親よりも父親らしく、ローサのことを想いやってくれた方だったかもしれない。
次に会う時は、ちゃんとお礼が言いたかった。
魔法ゲートを潜り、辺境に戻ってきた馬車の中で揺られながら、ローサは読み終わった手紙を閉じる。
向かいの席に座っていたクロム様が、そこで何やら切り出した。
「えっとだな、ローサ。その……前陛下が最後に仰ってた話なんだが……」
「あ……ああ、その、私達が婚約をしていると勘違いされてしまった件ですわね……」
元はシルヴァーン第一王子の申し出を避ける為についた嘘。
まさかそれを、前陛下に正式なものとして認められてしまうとは。
「王家に認められてしまったとはいえ、前陛下に今度会った際、ちゃんと事情を説明すれば納得して下さると思いますわ。だから、お気になさらなくとも──」
「いや、そうではないんだ。有耶無耶にならないうちに、ローサにちゃんと伝えておこうと思って」
「はい……?」
ローサが首を傾げていると、クロム様は伏し目がちに、緊張した面持ちで言葉を続ける。
「その……もし、ローサが嫌じゃなければなんだが……私は、ローサが婚約者になってくれると、嬉しいと思っている」
「えっ……」
ドキッと心臓が大きく高鳴る。
クロム様は顔を赤くしながら、ローサの表情を伺いつつ話す。
「おそらく今回のことで、ローサには沢山の貴族から婚約の話が来ると思う。それを考えると、私としては気が気ではないというか……つまり──」
そこで深呼吸をしてから、覚悟を決めたように告げた。
「譲りたくないんだ、誰にも。……その気持ちは、ちゃんと伝えておこうと思って。迷惑だったら、すまない」
喋っている間、彼の手はずっと、緊張して震えていた。
「クロム様」
ローサは両手を伸ばし、彼の手を取り、包み込む。
「迷惑なんかじゃありませんわ。私はクロム様が話してくれて、とても嬉しく思っています」
きっとローサへ打ち明ける為に、簡単には言い表せないくらい勇気を振り絞ってくれたはずだ。
だから、ローサもずっと胸に閉まっていた言葉を、ちゃんと伝えようと思った。
「クロム様。私は……あなた様を心から愛しておりますわ」
──ああ、やっと伝えることが出来た。
ローサの顔からは、自然と満面の微笑みが溢れる。
クロム様は惚けたように、ローサの顔を見つめていた。
しばらくして、紅潮した頬を掻く。
「はは、私はやはり、情けないな。いつも、ローサに助けられてばかりだ」
「いいえ、クロム様。私はいつも、あなた様に助けられていましてよ」
「ローサ」
クロム様がローサの手をそっと握り返す。
ローサの大好きな、優しく温かな微笑みを浮かべると、告げた。
「私も、君を愛している」
【END】
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作者のモチベーションに繋がりますのと、次回作への励みとさせていただきます。
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