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8.二通の手紙の返事

 狼の本性を持つクリスティアンもだが、眠っているときが一番無防備になって本性を曝け出してしまうときらしい。獣の本性を持たないわたくしには分からないが、夜にお休みなさいを言って泣きながら縋るマウリ様の額にキスをして、わたくしが自分の部屋で眠った朝、大抵乳母のサイラさんが申し訳なさそうにわたくしの部屋を訪ねてくる。

 早寝早起きが習慣づいているので問題はないのだが、着替えて子ども部屋に向かうと、ベビーベッドの中のマウリ様とミルヴァ様がいなくなっているのだ。どこにいるかはサイラさんも分かっているのだが、狭いベビーベッドの下に入り込んでいるので引きずり出すことができない。

 比較的手も小さいわたくしが手を差し伸べて呼ぶまでは、マウリ様がミルヴァ様に絡み付いて出て来ないのだ。


「マウリ様、おはようございます。ベビーベッドの下に隠れなくても平気ですよ」

「あーたま?」

「はい、アイラです」


 毎朝のことだが問いかけに答えるとマウリ様はやっとベビーベッドの下から出てくる。緑色のトカゲの姿でわたくしの手の上に乗ったマウリ様は、眠そうに欠伸をしていた。ミルヴァ様の方はサイラさんが呼んでも出てきそうなのだが、マウリ様が怖がって一緒にいるために身体を絡ませているので出て来れないようなのだ。


「もうこのお屋敷が怖い場所ではないと分かっていると思うのですが。毎朝申し訳ございません、アイラ様」

「いいえ、マウリ様がわたくしを頼りにしてくださることは嬉しいです」


 将来マウリ様が大きくなって、わたくしに獣の本性がないことを気にしないでくれたら、わたくしとマウリ様が結婚する日が来るのかもしれない。マウリ様はわたくしのことを好きと言ってくださっているし、わたくしは獣の本性がないので他の相手に選ばれる可能性はほぼないに等しい。

 無邪気にマウリ様が好きと言ってくださっている間に、しっかりと懐いてもらって、将来捨てられないようにしなければいけないのかもしれないが、マウリ様には自由に生きて欲しいという気持ちもあった。婚約者としてのわたくしと、マウリ様の保護者のような気持ちになっているわたくしがいる。

 ヘルレヴィ領から手紙の返事が来たと聞いたとき、わたくしは少しだけ不安を覚えてしまった。スティーナ様が返事が書けるような状態だったなら、ご自分が産まれた双子を返せと言って来るかもしれない。返したところでお屋敷はオスモ殿の支配下に落ちているのだから、マウリ様とミルヴァ様はまた前よりも酷い状況になるかもしれない。

 恐る恐る手紙を開くわたくしの膝の上にマウリ様が乗って来る。隣りの椅子によじ登って、クリスティアンとミルヴァ様も興味津々でわたくしの手元を覗き込んでいる。


『アイラ・ラント殿

 息子と娘の誕生日をお知らせくださってありがとうございます。妻の代わりに返事を書いております。

 お見舞いに来たいとのことですが、幼い子どもが二人来るのは、体調のよくない妻にとっては非常に負担になります。会わせたい気持ちはやまやまなのですが、病床の妻のことを考えると会わせることはできません。

 アイラ様が息子と結婚する日を楽しみにしております。

オスモ・エルッコ』


 手紙の内容にそれを破り捨てたい気分になったけれど、次にそれを読むために待っている両親がいる。便箋を畳んで封筒に戻して母上に渡すと、父上がもう一通の手紙をそっとわたくしの手に乗せた。


「スティーナ様付きの忠実なメイドがこれをこっそりと渡してくれた」

「これは?」

「アイラ、読んでみてください」


 手紙を書いたのはわたくしなので、わたくしのことを尊重して一番最初に読ませてくれる父上と母上に感謝して、わたくしはペーパーナイフで封筒を開けた。中には少し皺の寄った便箋が入っていて、書かれている文字も乱れている。


『アイラ・ラント様

 わたくしの大事な息子と娘を助けてくださってありがとうございます。わたくしは今、体調が優れず、どうしてもベッドから起き上がれない日々を送っております。夫とわたくしとの間に愛はありません。夫とは政略結婚で、結婚してから夫は妾の屋敷に入り浸っておりました。

 この体調の悪さも、夫が仕組んだものではないのかと、わたくしは疑っております。

 こんなことを頼めた義理ではないのですが、アイラ様、わたくしをお助け願えないでしょうか?

 この願いが叶わずとも、わたくしの大事な息子と娘を助けて、育ててくださっていることに心から感謝しております。

 可愛いマウリとミルヴァに、愛しているとお伝えください。

スティーナ・ヘルレヴィ』


 マウリ様とミルヴァ様の名前も出さない素っ気ないオスモ殿の手紙とは違って、文字は乱れているけれどもスティーナ様の手紙は確かに暖かな愛情を感じさせた。子どもを産むのは命懸けだというから、産後に体調を崩して寝込んでしまったスティーナ様に罪はない。悪いのはその隙にヘルレヴィ家を乗っ取って、ヘルレヴィ家の正当な後継者であるマウリ様とミルヴァ様を冷遇し、妾と妾の子どもを屋敷に連れ込んだオスモ殿に違いなかった。

 怒りがふつふつとわいてくる私に、両親が辛抱強く手紙を読む順番を待っていてくれた。手紙を父上に渡すと、父上と母上も目を通して、「やはり」と呟く。


「最初は産後の体調の悪さだったのかもしれませんが、その後はオスモ殿に何か諮られた可能性がありますね」

「母上、この手紙を証拠にオスモ殿を断罪できませんか?」

「アイラ、公爵同士はお互いに干渉しあわないことになっているのだよ」


 父上に諭されてもわたくしは納得できなかった。

 この手紙だけで証拠にならないというのならば、もっと確実な証拠を掴まなければいけない。そのためにはもう一度ヘルレヴィ家に入り込む必要がある。


「マウリ様とミルヴァ様が大きくなったら領地を取り戻して差し上げたいと思っていましたが、それでは間に合わないかもしれません。スティーナ様のお命が奪われてしまうかもしれない」


 わたくしの訴えに両親も真剣な眼差しになる。

 スティーナ様の体調さえ戻れば、スティーナ様はマウリ様とミルヴァ様を愛しているのだから、きっとマウリ様とミルヴァ様もヘルレヴィ領に帰って大事に育てられるはずなのだ。


「この手紙が本当にスティーナ様の書かれたものなのかも分からない……罠だったらどうする?」


 公爵家同士は干渉しあわないという慣例を破ったわたくしたちが、他の貴族や王家から糾弾されないという保証はなかった。今はまだ動くべきではないと告げる父上も、焦ってはいるようだ。


「少しでも情報を集めましょう」


 母上の言葉に、ヘルレヴィ家の噂や情報が今後集められることになった。

 落ち着いて子ども部屋でミルクティーを飲みながら、わたくしはマウリ様とミルヴァ様に話をする。


「マウリ様とミルヴァ様のお母様は、お二人を愛しているとお手紙に書いていました」

「おかぁたま、だぁれ?」

「スティーナ様と仰るんですよ。お二人を産んでくださった方です」

「すちーなたま……」


 話しても母親というものと触れ合ったことがない二人にはあまり理解できていないようだった。


「ぼくにもちちうえとははうえがいるだろう? ミルヴァさまと、マウリさまのははうえが、スティーナさまだよ」

「ははうえ?」

「あーたまと、くーたまの、ははうえ!」


 ラント領で触れ合っているのでわたくしとクリスティアンの母上に関しては、ミルヴァ様は理解できたようだ。マウリ様の方はわたくしの膝の上に乗って来て、涙目でわたくしを見上げる。


「ははうえ、こあい?」

「叱られるときは怖いこともあります」

「こあいー! ははうえ、いやー!」

「優しくて、愛してくれる方でもありますよ」


 説明すると、マウリ様が涙を引っ込めて、蜂蜜色のお目目を丸くした。


「あいちて、やたちい……あーたま、まーのははうえ?」

「え!?」


 マウリ様にとってわたくしは愛して優しくしてくれる存在のようだ。きらきらと期待する目で見つめられて、わたくしは苦笑してしまう。


「わたくしは、母上ではありませんよ」

「あーたま、なぁに?」


 続けざまに問いかけられて、わたくしは一瞬答えに詰まってしまった。

 わたくしはマウリ様の婚約者だ。将来結婚する予定だ。

 けれどマウリ様が育ってわたくしに獣の本性がないことを知れば、婚約は破棄されてしまうかもしれない。


「わたくしは、マウリ様の婚約者です……今は」


 未来のことは分からないと呟く私にマウリ様の『なぜなに』は止まらない。


「こんにゃくちゃ、なぁに?」

「将来結婚する相手ですよ」

「けこん、なぁに?」

「結婚とは、生涯一緒にいることを誓う……ずっと一緒だというお約束です」


 説明していくとマウリ様の表情が明るくなる。


「あーたま、じゅっと、いっちょ。まー、あーたまと、けこんちる!」


 今はそう言ってくれていても将来はどうなるか分からない。

 それでもこの瞬間が永遠ならばいいのにと思わずにいられないわたくしだった。


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