9.スティーナ様を助けるために
スティーナ様付きのメイドとどうにか繋がりが持てるように両親が画策している間に、わたくしができることは勉強することくらいだった。3歳になってマウリ様とミルヴァ様も勉強に加わるようになったが、リーッタ先生の授業を聞いているというよりは、同じテーブルについてクレヨンで紙にお絵描きをして勉強している気分になっている。それもまた可愛いので構わないのだが、マウリ様とミルヴァ様が一緒だとどうしても授業は中断されてしまう。
「まー、ちぃ、でた!」
「わたくち、おちっこ、いちたい!」
オムツにおしっこが出たと言うマウリ様に、ミルヴァ様はお手洗いに行きたがる。同時にはサイラさんもできないし、どちらも緊急性があるので、サイラさんがミルヴァ様をお手洗いに連れて行って、マウリ様の着替えをわたくしが手伝う。
終わって席に着いたところで、クリスティアンがもじもじと手を上げた。
「ぼくも、おてあらい」
お手洗いに行くことは責められるようなことではないので、クリスティアンがお手洗いに行って戻って来るまでわたくしとリーッタ先生は、お絵描きをしているマウリ様とミルヴァ様と一緒に待っていた。
戻って来たクリスティアンはちょっと湿った手で草花の絵本を捲っていた。
「ねえさま、これをみて。リーッタてんていも」
「なんですか?」
広げたページを見ると、希少な薬草が描かれている。その中に『毒を中和する』『弱った体を助ける』などの効能がある薬草を見つける。
スティーナ様は手紙でオスモ殿に諮られているかもしれない旨を伝えていた。毒を盛られて体調をずっと崩したままでいる可能性もあるし、身体が弱っていることには違いない。
「スティーナさまに、このやくそうをわたせないかな?」
「クリスティアン、あなたはなんて頭が良いんでしょう」
知識があって、絵本で学んでも、それを活かせないものはどれだけでもいるわけで、限られた知識の中でも活かせるものを探して使おうとするクリスティアンはとても賢くて、わたくしは絶賛してしまった。抱きしめられて褒められて、クリスティアンが誇らしげな顔になっている。
「リーッタ先生、この薬草を手に入れる方法がないですか?」
リーッタ先生に質問すると、難しい表情になる。
「この薬草の生息地を調べてみてください」
答えは分かっているのだろうが、リーッタ先生はわたくしに調べさせることで勉強になると分かっているのでわざと質問をする。薬草学の本を開いて、絵本に書かれているのと同じ薬草を探すと、わたくしはそのページを読み上げた。
「山岳地帯にしか生えない品種で、品種改良したものが一時期栽培されていたが、コスト的に見合わずに断念。今ではほとんどその姿を見ない幻の薬草と言われている……手に入れるのは難しいのですね」
読み上げて理解したわたくしに、クリスティアンは諦めきれないようだった。
「やまにはえているのでしょう? ねえさま、とりにいこう!」
「どんな山にも生えているものではないし、幻とまで言われているのですよ」
11歳と4歳のわたくしとクリスティアンが山に登って探したところで手に入るような代物ではないのは分かり切っていた。この薬草を手に入れたいが今は無理だということで、自分の無力さを痛感する。
項垂れていると、クレヨンで汚れた手でマウリ様がわたくしの頭を撫でてくれた。
「あーたま、げんちない」
「わたくし、スティーナ様を助けたいのです」
「すちーなたま……こあい……」
「怖くはないのですよ。お母様というものは、子どもが悪いことをしたときには叱るものなのです。叱らずに放置しておく方が愛情がないのです」
母上は怖いこともあると教えてしまったせいか、マウリ様の中ではスティーナ様が怖い存在のように擦り込まれてしまったようだ。これは訂正しておかなければいけない。
「わたくしも、マウリ様が悪いことをしたら叱ります。以前にミルヴァ様が蝶々を捕まえたことを覚えていますか?」
「みー、ちょーちょ、ぎゅっ、ちた」
「そうです。握ってはいけないとわたくしはお伝えしました。あんな風にいけないことをしたら叱ることもありますが、わたくしがミルヴァ様を嫌いなように見えますか?」
「あーたま、みー、まー、すち。やたちい」
順序立てて説明していくとマウリ様も分かってくれたようだった。いつかスティーナ様の元に帰れる日まで、わたくしはマウリ様をお預かりしているだけなのかもしれないという思いが胸に浮かんでくる。
愛してくれる母親の元に帰れるのならば、マウリ様もミルヴァ様もそれ以上のことはないだろう。例え本性がトカゲだとしても、スティーナ様はそのことを分かったうえでお二人を愛している。
「ヘルレヴィ領に帰った暁には、わたくしとの婚約はなくなるかもしれませんけど……」
胸に浮かんだことがそのまま口に出てしまって、わたくしは慌てて口を閉じる。婚約がなくなるかもしれないという言葉の意味が分からなかったのか、マウリ様は膝の上に座ってきょとんと目を丸くしていた。
「ねえさま、ミルヴァさまもヘルレヴィりょうにかえってしまう?」
「スティーナ様が回復されたら、きっと」
「ミルヴァさまと、ぼく、こんやくしないと!」
椅子から飛び降りたクリスティアンが両親のいる執務室に駆けて行く。ミルヴァ様のことを可愛いと言って気に入っているので、クリスティアンはミルヴァ様と婚約して、将来結婚したいのだろう。
わたくしのような獣の本性のない娘でも愛してくれる両親だ。ミルヴァ様の本性がトカゲだということを気にするとは思えない。
「アイラ、クリスティアンがミルヴァ様と婚約したいと言っているんだが」
「私はいいと思いますよ。ミルヴァ様をヘルレヴィ家が返せと言い出したときに、いい口実になりますからね」
執務室からクリスティアンが連れて来た両親は、わたくしの考える以上のことを考えていた。
ラント領に厄介払いをしたオスモ殿も、ミルヴァ様が育ってくれば他の家に嫁がせるために戻せと言い出しかねない。その可能性にわたくしは辿り着いていなかった。返せと言われたときに、ただ他の家との繋がりのために道具のようにしてミルヴァ様が嫁がされるのを黙って見ていなければいけないくらいならば、クリスティアンと婚約させて、結婚は大人になってお互いの意志を確認するとして、今のところはラント家に堂々と引き留められるようにしたい。
両親の深い考えにわたくしも賛成だった。
「ミルヴァさま、ぼくとこんやくしよう」
「わたくち、くりすたまとこんにゃく?」
「結婚は大人になってから、二人の気持ちを聞いて決めましょうね」
母上がクリスティアンとミルヴァ様に優しく語り掛けている。その様子を見ているわたくしの肩に父上が手を置いた。
「アイラも、結婚はマウリ様が大人になってから決めていいんだからな」
「マウリ様の方から断られるかもしれません」
「そうかな? マウリ様はあんなにアイラのことが好きだよ?」
悪戯っぽく笑う父上にマウリ様の方を見ると、両手を広げてわたくしに抱っこを求めている。3歳でもうかなり重くなったので抱っこは大変だったが、マウリ様はしっかりとしがみ付いて、脚も絡めて来るのでなんとか抱っこできていた。
「ちちうえ、ははうえ、このやくそうをてにいれたいんだ」
クリスティアンが絵本のページを見せて両親に説明している。
相談された両親はしばらく考えていたようだが、少しして答えを出した。
「国立植物園ならば、種を保管しているんじゃないかな?」
「栽培は難しいかもしれませんが、あなたたちがやりたいというのならば、庭の一部に畑を作らせましょう」
国立植物園!
それはわたくしもリーッタ先生も思いつかなかったことだった。
国立植物園にお願いをして薬草の種を分けてもらって、育てる。そんなことが実現できるのだろうか。
「国立の植物園には、種を増やしてお返ししますとお願いすればいいかもしれませんね」
「種を増やす?」
「収穫する薬草と、種を取る薬草を分けるのです」
案が出るとリーッタ先生は心強い味方になってくれる。
国立植物園にお願いをするために、わたくしはまた手紙を書くことになる。
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