40.スティーナ様の結婚
マイヤラ家は王族の一員として王都にお屋敷を持っている。王太子殿下の兄君がマイヤラ家の令嬢と結婚して、大公として国王陛下の補佐をしているのだ。お屋敷は庭が広く豪華で、ヘルレヴィ家よりも広くはなかったが調度品などが洗練されている印象だった。
入っていくと使用人さんたちが深く頭を下げている。
通された客間のソファにカールロ様はマウリ様とミルヴァ様を寝かせた。見事なソファなのに二人が寝かされても、誰も文句を言うものはいない。
「これが私たちの孫になるマウリ様とミルヴァ様」
「天使のような寝顔ではありませんか」
それどころか、現れた大公夫妻は既にマウリ様とミルヴァ様に相好を崩していた。
「眠っていてすみません。まだ小さいので、お昼寝をしないと体力がもたなくて」
「あぁ! クリスティアン!?」
スティーナ様が説明している間にクリスティアンもソファの上に倒れていた。今日は朝から早かったし、お昼寝をしなくても過ごせるように気を付けているクリスティアンでも眠くなってしまっても仕方がない。ソファに倒れたクリスティアンに慌てていると、ハンネス様が説明してくれる。
「クリスティアン・ラント様です。まだ6歳なので、お昼寝が必要なのだと思います」
「そなたが、オスモ殿の妾の子……」
「申し訳ありません、出過ぎた真似を」
謝って膝をつこうとするハンネス様を大公夫婦は手を差し伸べて立たせる。
「スティーナ様をお守りしたと聞いています」
「素晴らしい行いをなさったと」
「私はやるべきことをやったのみです」
「その年でそう言えるのが素晴らしい。とても賢い子ですな……カールロ、もちろん、ハンネス様も我が子のように思うのだな?」
「もちろんだよ! 俺にとっては、どの子も可愛い」
ハンネス様すらもカールロ様は可愛く思っているようだ。お茶で汚れた服を着替えさせられて、カールロ様は新しいスーツをきっちり着て、タイも付けて、髪も整えて現れた。
「自分の好きになった相手以外と結婚しないと言って、国中を彷徨っていたような男です」
「国を愛する気持ちはあります。最低限の勉強もさせています。スティーナ様のお力になれると思います」
「あの、わたくしは、離婚したばかりですし、子どももいて、カールロ様よりも年上ですよ?」
戸惑うスティーナ様に大公夫妻は目を細める。
「こんなに可愛い子どもならば大歓迎です」
「孫が増えたと妻と喜んでいたのですよ。ハンネス様までいて、三人も一気に孫が増えるなんてめでたい」
にこにこと告げる大公夫妻は、スティーナ様とカールロ様の結婚を望んでいるようだった。
「王家からもヘルレヴィ家に援助を致します。どうか、私たちの末の息子を受け入れてやってくださいませんでしょうか」
「急すぎて、気持ちが付いていきません」
「カールロはあなたしか望んでおりません。あなたでなければ、二度と結婚するとは言いださないでしょう」
我が息子ながら頑固で、一途でと話す大公夫妻の表情は柔らかい。その視線は眠っているマウリ様とミルヴァ様に向けられていた。ハンネス様とも目が合うと優しく微笑む。
「スティーナ様、俺と結婚して欲しい! あなたの過去も、領主として一人で戦っていることも、子どもたちも、全部俺と分かち合って欲しい」
カールロ様の真剣なプロポーズにスティーナ様は躊躇っていたが、小さく頷いた。
「式は身内だけのひっそりとしたもので、あまり大袈裟にしないでくださいませ」
「実は結婚式の衣装のための仕立て職人を呼んでおりまして」
「え!?」
返事をする前からスティーナ様の結婚式について準備していた大公夫妻。仕立て職人に連れられてスティーナ様は別室に連れて行かれた。
その日は採寸が終わるまでは帰れなかった。
クリスティアンとミルヴァ様は駅までサイラさんとリーッタ先生が迎えに来てくれて、そのままラント領に戻る。わたくしたちは列車でヘルレヴィ領に帰った。予定よりも遅くなって、暗くなってからの帰還にヨハンナ様は心配して馬車が着くと庭に出て来てくれた。
「何か起きたのですか? 皆様ご無事ですか?」
「みんな無事です。何か起きたと言えば起きたのですが」
「何事ですか?」
警戒するヨハンナ様に説明していく。
スティーナ様がカールロ様のプロポーズを受けたこと、王都のマイヤラ家のお屋敷ではマウリ様もミルヴァ様もハンネス様も大公夫妻の孫のように扱われて結婚式の衣装の仕立て職人まで準備されていたこと。大公夫妻はスティーナ様とカールロ様の結婚を大歓迎しているようだった。
「スティーナ様、よかったです」
「ヨハンナ様には心配をおかけしましたね」
涙ぐむヨハンナ様をスティーナ様が抱き締めていた。
翌日から大急ぎで結婚式の準備が進められた。再婚なのでひっそりと身内だけでと言っていても、公爵家の当主の結婚なのだからそうも言っていられない。
ラント領からはわたくしの両親とクリスティアンとミルヴァ様が招かれる。他にも大公夫妻とそのご子息と奥方とお子様も招かれることになっていた。
カールロ様は早めにヘルレヴィ家にやってきて、結婚の準備も増えたスティーナ様の仕事を助けるべく、共に執務室に籠っていた。お屋敷にはカールロ様の部屋も作られて、受け入れ態勢が出来上がる。
結婚式は夏休みの最後の週に行われた。
大急ぎで作られたマーメイドラインの美しい白いウエディングドレス姿のスティーナ様と、グレーの燕尾服を着たカールロ様。背の高いお二人が並ぶと堂々としていて見ているだけでため息が出る。
美男美女とはこういうことを言うのだろう。
お誕生日のときに仕立てたハーフ丈のスラックスとシャツ姿のマウリ様と、葡萄色のワンピース姿のミルヴァ様も可愛らしい。わたくしもネモフィラの花の柄のドレスを着ていた。
ハンネス様もスラックスにシャツ姿で参加している。ヨハンナ様はハンネス様の方を見て心配そうにしていたが、カールロ様は結婚式で誓いの言葉を述べるときにハンネス様とマウリ様とミルヴァ様を近くに呼び寄せていた。
「これからは家族を大事にして、スティーナ様と共にヘルレヴィ領を立て直せる男になりたいと思っています。今はまだ力不足のところもありますが、足りない部分は勉強していきます。愛情だけは惜しみなくマウリ様、ミルヴァ様、ハンネス様、そして、最愛のスティーナ様に注ぎたいと思っています」
実直なカールロ様の誓いの言葉に拍手が上がる。
「わたくしは、親の言うなりになって結婚をして後悔することになりました。ですが、マウリとミルヴァ、そしてハンネス様と出会えたことは後悔していません。わたくしには大事な家族がいます。その家族ごとカールロ様は愛してくださると仰いました。それを信じて、共に領主として支え合えるいい関係でいたいと思います」
真剣に告げてから、スティーナ様がヴェールの下で赤くなった頬を白い手袋を着けた手で押さえた。
「わたくしも、初めて会ったときから、カールロ様に惹かれていたのだと思います」
砂浜でカールロ様に出会ってから、スティーナ様は離婚のことを考え始めた。あの出会いがなければ、貴族の間に子どもが生まれていると離婚が難しいという理由で、スティーナ様はオスモ殿をヘルレヴィ領に入れるつもりはなくても婚姻関係を切ることができなかったのではないだろうか。
あの出会いが全ての始まりだった。
「カールロ様、マウリとミルヴァとハンネス様のよき父親になってくださいますか?」
「そうなりたいと願っています。何より、あなたのよき夫になりたい」
ヴェールを捲ってスティーナ様に口付けるカールロ様をマウリ様とミルヴァ様が丸いお目目で見つめている。
「やっぱり、おとうさまだった!」
「ラントりょうのちちうえと、ははうえとおなじ! なかよしだった!」
喜んで飛び跳ねているマウリ様とミルヴァ様をカールロ様が抱き上げる。
「俺が二人の……三人のお父様だ。これからは、呼び捨てにするからな、マウリ、ミルヴァ、ハンネス!」
「よびすて! ラントりょうのちちうえとははうえも、アイラさまとクリスさまをそうしてる!」
「なかよしのあかしなのよ!」
「私までいいのですか?」
無邪気に喜ぶマウリ様とミルヴァ様と対照的にハンネス様は遠慮している。
「本当の父親のことは忘れていい。これからは俺が全てを懸けて家族を守る!」
宣言したカールロ様に、わたくしは心強さを感じていた。
スティーナ様の結婚を最後に、わたくしの長い夏休みが終わった。
これで二章は終わりです。
アイラとマウリたちの成長はいかがでしたでしょう。
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