33.マウリ様とミルヴァ様の新しい両親
害虫がわたくしたちにとって都合が悪い虫というだけで、生きている命をわたくしたちの目的のために奪わせてもらっているのだとマウリ様に説明してから、マウリ様のブレスが優しくなったような気がしていた。それは気のせいではなく、マウリ様のブレスを受けたマンドラゴラや薬草にはもう害虫がつかなくなっていた。
「不思議ですね。マウリ様、何かしましたか?」
「まえは、まー、『むし、やっつける!』っておもってボーッてしてたけど、いまは、『ごめんなさい、もうこないでね』っておもってやってる」
グリーンドラゴンのマウリ様は害虫の命も軽々しくは奪いたくないという結論に至った。そのために害虫がもう来ないようにブレスを吐くたびに薬草やマンドラゴラに浄化の力を与えていたようなのだ。おかげでわたくしたちがラント領に行く間、害虫駆除は必要なくなり、水やりと雑草抜きだけを使用人さんたちにお願いすることになった。
ラント領行きはエロラ先生の移転の魔法で行われるかと考えていたが、どうやらそうではないようだ。わたくしとマウリ様とスティーナ様を連れて行くとなると、エロラ先生が三人も運ぶことになる。それは負担が大きいので、列車でわたくしたちはラント領に行って、ラント領でエロラ先生と合流することになっていた。
「『移転の魔法は数が多すぎると安定しないし、マウリくんは列車に乗りたいでしょうから』って書いてありましたよ」
「うん、わたし、れっしゃにのりたい!」
小さなマウリ様にとっては列車に乗ることも楽しみの一つだった。エロラ先生からいただいたポーチのおかげで荷物は少なくて済んだし、手荷物として全て個室席に持って入れる。
「おかあさまのおにもつも、わたしのポーチにいれてあげる!」
「なんて優しいのでしょうね。ですが、わたくしはわたくしのトランクが……」
「おかあさまのトランクをいれたらいいよ!」
「まぁ! それは助かりますわ。マウリはなんて賢いのかしら」
大人なのでスティーナ様は自分の荷物は自分のものとして分けておきたいが、運ぶのが大変なのは確かである。スティーナ様の荷物をトランクに入れたまま、そのトランクをマウリ様のポーチに入れるというのは確かにいい考えだった。
「マウリ様、スティーナ様も荷物を少なくしなくていいから、助かりますね。本当にいい考えです」
「まー、いいかんがえ! かしこい!」
ふんすっと鼻の穴を広げて誇らし気な顔をしているマウリ様を、わたくしとスティーナ様で存分に撫でたのだった。
滞在期間が一週間近くあるのでスティーナ様もかなりの量の荷物を持って行かなければいけない。トランク二つ分になった荷物を、マウリ様が大事に肩掛けのポーチに納めた。
わたくしも細々としたものから、宿題の教本、辞書、着替えなどたっぷりと詰めたが肩掛けの小さなバッグにはまだまだ余裕がある。お弁当の包みも全員分入れられそうだった。
肩掛けのわたくしの小さなバッグと、マウリ様のポーチだけで荷物は出来上がり、わたくしたちはヘルレヴィ家を出発する。見送りにハンネス様とヨハンナ様が庭まで出て来てくれていた。
「スティーナ様、マウリ様、アイラ様、お気を付けて」
「ハンネス様はヨハンナ様とゆっくり過ごしてくださいね」
「にいさま、おうとにはいっしょにいこうね」
「ありがとうございます」
ハンネス様にぎゅっと抱き付いて約束をして、マウリ様は馬車に乗り込んだ。畑仕事をしてシャワーを浴びて朝ご飯を食べてからの出発だったので、駅までの短い時間でもマウリ様はうとうとと眠りかけていた。
馬車の窓から入る風は涼しいが、日差しは強くて屋根があるとはいえ暑さはしのげない。うとうとと眠るマウリ様の額には汗が滲んでいた。
駅に着くとまだ目が完全に覚めていないマウリ様を抱っこして、スティーナ様が列車に乗る。列車の個室席の椅子に座ると、マウリ様は目を見開いていた。
「おかあさま、とっきゅうれっしゃだよ!」
「そうですね。マウリ、汗をかいたようだから、お茶を少し飲みなさい」
「はい。のんだられっしゃのほん、みてもいい?」
「いいですよ」
水筒から蓋のコップにお茶を注いでもらって、マウリ様は飲んでから列車の本を広げていた。
列車の中でお昼にはお弁当も食べて、食べ終わるとマウリ様はまた眠り始めて、列車がラント領に着く。ヘルレヴィ領とは比べ物にならないほどの熱気を帯びた空気が列車の中に入って来て、列車を降りる時点でわたくしは汗をかいていた。
「アイラちゃん、マウリくん、スティーナ様、どうぞよろしく」
駅の馬車の前でエロラ先生が待っていてくれた。移転の魔法で先に着いて待っていてくれたようだ。エロラ先生とわたくしとマウリ様とスティーナ様で馬車に乗り込む。
エロラ先生がいるせいか、馬車の中はそれほど暑くなかった。大気の妖精の『彼』を連れて来ているのかもしれない。
ラント家のお屋敷に着くと、馬車の音に反応して玄関先までクリスティアンとミルヴァ様が出迎えに来てくれていた。クリスティアンとミルヴァ様の興味はエロラ先生に向けられている。
「ようせいしゅのせんせい……おみみがとがってますね」
「まーがいってた、エロラせんせい! わたくし、ミルヴァよ!」
「クリスティアンくんとミルヴァちゃんだね。どうぞよろしく」
三つ揃いの細身のスーツを着て、踵の高い靴を履いたエロラ先生は中性的な雰囲気を醸し出している。白銀の髪とアメジストのような目がとても美しい。
「あ、ぼく、クリスティアンです」
「メルヴィ・エロラだよ。お姉さんのアイラちゃんの先生をしている。アイラちゃんは本当に面白い生徒だよ」
「あねうえはゆうしゅうですか?」
「才能はあるね」
新しいことが大好きなクリスティアンに質問攻めにされる前にエロラ先生を解放しなければいけないのではないだろうか。
「わたくし、レッドドラゴンよ? まーは、グリーンドラゴンなの」
「明日、私の友人に会うから、そのときにドラゴンの姿を見せてくれるかな?」
「はい!」
お手手を上げていい子のお返事をするミルヴァ様に、耐え切れずスティーナ様が抱き締める。スティーナ様に抱き締められてミルヴァ様もしっかりとスティーナ様を抱き締めた。
「おかあさま!」
「ミルヴァ、いい子にしていましたか?」
「わたくし、とてもいいこよ! はたけしごともがんばっているの」
「クリスティアン様と仲がいいようですね。わたくしはミルヴァがいなくて少し寂しかったのですよ」
「わたくしもおかあさまにあいたかった」
再会を喜び合う母子にそっとマウリ様も混じる。マウリ様が近付くとミルヴァ様がすぐに気付いて両手を広げた。
「まー!」
「みー!」
お互いにしっかりと抱き合って再会を喜び合うミルヴァ様とマウリ様。
「びぎゃー!」
「びょえー!」
人参マンドラゴラと大根マンドラゴラも毎回のように抱き合って、その周りを蕪マンドラゴラが飛び跳ねて踊っていた。
ラント家に入ると父上と母上が子ども部屋で待っていてくれる。
「いらっしゃいませ、エロラ様、スティーナ様、マウリ様。お帰りなさい、アイラ」
「よく来てくださいました。アイラの話を聞かせてください」
両親に囲まれてエロラ先生は目を細めている。
「ここに指標となる箱を置かせていただいてよろしいですか?」
「指標とはなんでしょう?」
「ヘルレヴィ家とラント家を繋ぐ目印のようなものです。一度作ってしまえば、移転の魔法の目標になりますし、箱として設置しておけば、中に手紙や簡単な荷物を入れれば魔法でヘルレヴィ家に飛ばすことができます」
「そんな便利なものがあるのですね」
エロラ先生の説明に驚きながらも、両親は喜んで指標を作ることを許可してくれた。
ラント家の指標は子ども部屋に設置された。長方形のポストのような箱で、鉛色の金属でできている。
「ヘルレヴィ領に戻ってヘルレヴィ家に指標を設置できれば、この箱に入れたものは魔法でヘルレヴィ家の箱に移転されます」
「あねうえにおてがみがおくれるんですか?」
「まーにおえかき、おくっていい?」
「いいよ。でも、一日に五回までにしてくれるかな? あまり頻繁に使い過ぎると、魔力が落ちるかもしれないからね」
エロラ先生に言われてクリスティアンとミルヴァ様は話し合っていた。
「ぼくたちがおくるのはいっかいだけにしよう。ちちうえとははうえもおくりたいかもしれないから」
「わたくしとクリスさま、おなじふうとうにいれましょう」
「そしたら、ふたりでいっかいですむね」
「ラントりょうのちちうえとははうえのだいじなおてがみ、とどかなかったらこまるもの」
可愛く話し合っているクリスティアンとミルヴァ様に、スティーナ様が驚きの声を上げる。
「ミルヴァ、あなた、ラント領の領主様たちを『ラント領の父上と母上』と呼んでいるのですか?」
それに関してわたくしの両親から説明が入った。
「将来はクリスティアンの元に嫁いでくる予定ですし、クリスティアンにだけ両親がいるのはミルヴァ様がお寂しいだろうと思って、図々しくも本当の両親と思っていいと言わせていただきました」
「お気に障ったなら許してください」
謝る父上と母上に、スティーナ様が涙ぐんでその手を取る。
「ミルヴァには父がいないようなものです。ミルヴァの両親となって可愛がってくださるのならば、どれほどありがたいことか」
「おかあさま、みーのちちうえとははうえなら、わたしのちちうえとははうえ?」
「それは、ラント領の領主様たちに聞いてみないと」
促されてマウリ様が真剣な眼差しでわたくしの両親に問いかける。
「わたしも、ちちうえとははうえとよんでいいですか?」
「もちろんですよ」
「呼んでください。とても嬉しいです」
マウリ様に新しい両親ができた瞬間だった。
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