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25.わたくしの魔法具とマンドラゴラの真実

 春を前にわたくしの魔法具が出来上がって来た。

 雪もかなり溶けて寒さの和らいできた外を眺めながら渡り廊下を歩いてサンルームに入ると、エロラ先生がテーブルの上に小さな箱を置いていた。


「アイラちゃん、魔法具が出来上がったよ。身に着けてみて欲しい」


 促されてわたくしは箱を手に取った。箱は小さく軽く、中身は小さなもののようだ。開けてみると華奢なブレスレットが入っていた。光沢のある真珠を間に挟んで、透明なティアドロップ型のガラスの中に小さな鱗の破片が入っているものが交互に組み合わさっている。宝石のようなエメラルドグリーンの鱗の破片の入ったティアドロップ型のガラスと真珠を合わせたとても上品で華奢なブレスレット。

 美しい装飾品のようで、言われなければそれが魔法具だとは気付かれないだろう。華奢な金色の留め具を外して手首に巻くと、サイズには若干余裕があった。


「アイラちゃんが成長しても使えるようにサイズ調整ができるようになっているはずだ」


 エロラ先生の言葉に確認してみれば、金具を通すチェーンの場所でサイズ調整ができる。今のわたくしには一番内側で留めるのが落ちないちょうどいいサイズだった。

 天井から入る光にかざすと、ガラスの中の鱗の欠片がきらきらと光って、それに真珠が上品さを与えてとても美しい。


「こんなに綺麗なものを使わせてもらっていいのですか?」

「一流の魔法具職人は、公爵家の令嬢が普段から身に着けていても問題ないデザインを考えてくれたようだよ。ここに手紙がある」


 受け取って封筒を開けて中から便箋を取り出すと、外側に綺麗な模様のついた便箋に癖のない優しい字で書かれている。


『アイラ・ラント殿

 初めまして、魔法具職人のエリーサ・ライロと申します。この度はメルヴィ・エロラに頼まれてその魔法具を作りました。

 壊れることのないように頑丈に作ったつもりですが、破損等御座いましたら、メルヴィ・エロラに預けて修理を頼んでください。

 日常使いをして構わないものです。常に着けている方が馴染んで魔法の制御に役立つと思います。あなたの魔法学の助けとなれば幸いです。

 エリーサ・サイロ』


 丁寧に書かれた手紙にわたくしはエロラ先生の顔を見上げた。ひょろりと背の高いエロラ先生は年齢の割りには長身のわたくしよりも頭半分背が高い。


「お礼状を書かせていただいていいですか?」

「いいよ。便箋と封筒を選ぼう」


 書棚の近くの引き出しからエロラ先生がわたくしのために便箋を選んでくれる。薄青い紙に白い花の模様が入った便箋にわたくしはお礼を書き始めた。

 こんなに美しいブレスレットが出来上がるとは思わなかったこと、装飾品としても使えるデザインでとてもありがたいこと、わたくしがこのブレスレットを気に入ったことなどを書いて、お礼状としてエロラ先生にお預けした。エロラ先生は手紙を手の平の上に乗せてどこかに飛ばしていた。


「エロラ先生、移転の魔術は難しいのですか?」


 移転の魔術を覚えられればわたくしもお屋敷から高等学校まですぐに飛べるし、列車に乗らなくてもラント領に行けるかもしれない。期待を胸に聞いてみると、エロラ先生はあっさりと答えた。


「魔法を使い始めて三年は修行がいるね」

「え? そんなに!?」


 驚きの声を上げるわたくしに、エロラ先生が説明してくれる。


「移転の魔術はとても危険なものなんだ。空間を捻じ曲げるからね。使えるようになるのは早いかもしれないが、安全に使えるようになるには魔法の制御が必要になる」


 その目安が三年なのだと教えてもらった。

 中途半端に移転の魔術を使うと、予想外の場所に出てしまったり、危険な場所に移動してしまったり、捻じ曲げた空間から出られなくなったりする。気軽にエロラ先生は使っているが、わたくしには難しそうだった。


「術式の編み方だけ教えてあげる。行き先と今いる場所を直接つなぐドアを作るイメージで編むんだ」


 エロラ先生に教えてもらって術式を編んでいくと、左手首に巻いたブレスレットから緑色の力が流れ込んでくる気がする。緑色の力を感じていると心が落ち着くのが分かった。


「術式は上手に編めているけれど、発動させるのはもう少し先にした方がいい。ついでに、修復の術式を編んでみるかい?」


 授業で何度か見た割れたカップを持って来られて、テーブルの上に置かれて、わたくしは懸命に術式を編む。常に左手首から緑色の力が流れ込んで来ている。

 術式を編み終わるとエロラ先生の顔を見る。エロラ先生が頷いたのを確認して、術式を発動させた。縫い針に縫い糸を通すように細く小さく魔力を放出する。砕けていたカップの破片がテーブルの上で組み合わさっていく。

 完璧にカップが修復したときには、わたくしはソファに座り込んでいた。最初と二度目に魔法を発動させたときよりはかなりマシだったが、力は抜けてしまう。

 ジャムを入れたミルクティーをエロラ先生が準備してくれて、わたくしはそれを飲んだ。飲んでいると落ち着いてくる。


「制御もできているし、精神力の消耗もかなり減ってきたようだね。魔法具とは相性がいいようだ」

「マウリ様のおかげですね」


 マウリ様の鱗があったから魔法具は作れたのだし、ブレスレットを付けている限りマウリ様の気配を感じられる。


「ドラゴンと魔法は非常に相性がいいからね。特に、マウリくんはアイラちゃんが大好きだ。お互いに信頼している魔法使いとドラゴンの間には誰も入れない」


 わたくしは魔法使いに将来なって、マウリ様は見上げるほど大きなドラゴンになる。その頃にはヘルレヴィ領を二人で治めるようになっているのだろうか。

 美しいブレスレットの中でエメラルドグリーンの鱗が煌めいていた。

 魔法具が届いてからわたくしの魔法学の実践授業は本格的に始められた。火の魔法、風の魔法、水の魔法、土の魔法……世界を司る四台元素と呼ばれる、四つの魔法を習得しつつ、修復や回復の魔法も覚えていく。

 術式を編み上げるのもエロラ先生の真似をしてかなり上達したつもりだった。


「アイラちゃんは攻撃の魔法はそれぞれ平均的だけど、修復や回復の魔法が得意なようだね」


 サンルームの中に植えられた木の折れた枝を回復していると、エロラ先生からそんなお言葉をいただいた。


「マンドラゴラを育てられたのも、ドラゴンの加護だけではなく、アイラちゃんの無意識の能力もありそうだね」

「わたくしに、そんな能力があるのですか?」

「普通は逆なんだけどね。自分以外の生命力を操る修復や回復の魔法は、不得意なものが多い」


 攻撃の魔法は外に対して放つ魔法だが、修復や回復はそうさせたい相手の内側に対して作用する魔法だ。生きているものならばその生命力を高めたり、物質ならばお互いに元の場所に戻ろうとする完成された形に近付けたりする魔法で、攻撃の魔法よりも繊細なので難しいとエロラ先生は説明してくれる。


「わたくしが毎日世話をすれば畑の植物もよく育つということですか?」

「グリーンドラゴンも一緒だからね。互いに作用しているのかもしれない」


 グリーンドラゴンは植物や生命に関する力を持っていると過去に調べたときに書いてあった。それを私の魔法が共鳴するように作用して、植物にいい影響を与えているのならば、とても嬉しい。

 嬉しいのだが、困ったこともある。


「わたくしとマウリ様の能力がなければマンドラゴラの栽培ができないというのならば、ヘルレヴィ領でマンドラゴラ栽培を進めていくのは難しいのではないですか?」


 ヘルレヴィ領のひとたちが自分たちでマンドラゴラを栽培して売れる環境を作る。それがわたくしの理想なのだが、わたくしたちの栽培の成功が栄養剤や毎日の世話だけでなく、ドラゴンと魔法使いという組み合わせでの作用だったならば、一般のひとたちにそれができなくなる。

 困っていると、エロラ先生が苦笑しているのが分かった。なんで笑われているのか分からずにきょとんとしていると、エロラ先生が形のいい唇を開く。


「アイラちゃん、普通のマンドラゴラは畝から出ても、踊ったり、照れてもじもじしたりしないんだよ」

「え!?」

「抜くときには『死の絶叫』を上げて抵抗するけれど、それ以外は普通の植物と変わらない。薬効は若干下がるかもしれないが、それでも十分にマンドラゴラとして使える代物になるよ」


 マウリ様の大根マンドラゴラが表情豊かで、感情豊かだったのでわたくしは普通のマンドラゴラがほとんど植物と同じで動いたり照れたり踊ったりしないのだと初めて知った。


「私も長く生きているけれど、あんなマンドラゴラは初めて……ではないな。原種がまだ栽培されていた頃には見たけれど、品種改良されてからは全く見なくなったよ」


 わたくしたちが育てたマンドラゴラは品種改良されたものにも関わらず、原種に極めて近かった。


「そうなると、一般の方もマンドラゴラを育てられるということですか?」

「薬効は下がるかもしれないけど、それでも十分病気や毒に効くものが育てられるよ」


 長く生きていてマンドラゴラを見て来たエロラ先生から言われてわたくしは胸を撫で下ろしたのだった。

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