26.春が来て待ち人が来て
雪が完全に溶けた庭の畑を開墾して、畝を作る。去年もしたことだったが、リーッタ先生もクリスティアンもミルヴァ様もいない中で、わたくしとマウリ様だけでやるのは不安があった。
スティーナ様も参加しようとしてくれているのだが、元々スティーナ様はお身体の丈夫な方ではない。領主の激務だけでもお疲れなのに早朝に起きて畑仕事まですると、体力が持たないのではないかとわたくしは心配していた。
「おかあさま、ここにバケツがあるの」
「水の入ったバケツですね」
「つちをかためるために、ひしゃくでおみずをくんでかけていって。ひしゃくにおみずは、もてるだけしかいれちゃダメだよ」
「はい、分かりました、マウリ」
率先してマウリ様がスティーナ様に仕事を教えている。水を撒くだけならば畑の土を全部ひっくり返して肥料とかき混ぜて、畝を作る作業よりも楽だろうから、きちんとそれを見定めてくれたマウリ様にわたくしは感謝していた。
わたくしが大きなスコップで土をひっくり返して、マウリ様がそこに肥料を撒いてくれる。混ぜて畝を作る作業だけでも三日はかかってしまったけれど、わたくしは自分の手で畑仕事をやり遂げたかった。
13歳のわたくしができることならば、一般の方もできるだろう。肥料の袋を持って駆け回るマウリ様もしっかりと手伝ってくれている。
畝ができると、そこにマンドラゴラの種と栄養剤になる薬草の種を植えていく。
それぞれ畝を変えて、すぐに分かるようにしていると、種を埋めた後にスティーナ様が水をかけてくれる。大根マンドラゴラは畑の周りを回って祈りを捧げているようだった。
これから毎日畑仕事が始まる。
早朝に起きて長袖と長ズボンに着替えて、帽子を被って、畑仕事に出かける。マウリ様とスティーナ様も準備万端だった。畑仕事をしていると、まだ風は肌寒いのにうっすらと汗をかいてくる。
「畑仕事を始めてから、朝ご飯が美味しくなりました」
心配していたスティーナ様は体調を悪くするどころか、食欲が増して以前よりも顔色がよくなっている気がした。
朝食の席でハンネス様がおずおずと声を上げる。
「私もお手伝いしていいですか?」
「手伝ってくださるのですか?」
「スティーナ様がお手伝いされているので、遠慮していました。私もやりたいです」
ハンネス様も畑仕事を手伝ってくれることになった。
毎朝早くに畑に出て、雑草を抜き、害虫を駆除し、水をやる。植えた種は少しずつ発芽して双葉が生え始めていた。
春が来た。
春と言えばマウリ様とミルヴァ様のお誕生日である。
ヘルレヴィ領でお祝いをすると約束をしていたので、スティーナ様はラント領に招待のお手紙を書いていた。もうすぐ5歳になるマウリ様は、ヘルレヴィ家の後継者だ。お誕生日も盛大に祝われる。マウリ様の双子の妹のミルヴァ様もその席で祝われなければいけない。
貴族社会は複雑で面倒くさいが、手順を踏んでおいた方が後々のためになるのだ。
マウリ様とミルヴァ様がまだ小さいのでお誕生日はお茶会で祝うことになっていた。
お誕生日の前日に両親とクリスティアンとミルヴァ様がリーッタ先生とサイラさんを伴ってヘルレヴィ領にやってきた。馬車が到着するのを庭で待っていたマウリ様はミルヴァ様が馬車から降りて来たのを見ると駆け寄った。
「みー!」
「まー!」
お互いに確りと抱き締め合っているマウリ様とミルヴァ様はそっくりの双子で可愛らしい。離れた場所で育っているし、男女の双子はそんなに似ない場合が多いようだが、マウリ様とミルヴァ様はそっくりだった。違うところといえば、ミルヴァ様の方が髪が長くて、細い三つ編みにしているところくらいだ。
「びぎゃー!」
「びょえー!」
マウリ様の大根マンドラゴラとミルヴァ様の人参マンドラゴラも抱き合って再会を喜び、その周囲を飛び回って踊っている。再会はいつもこんな光景なのかもしれない。
二人で手を繋いで子ども部屋に入ってマウリ様はミルヴァ様にトカゲのついたポーチを見せていた。
「これ、エロラてんてーからもらったの。まほうがかかってるんだって」
「みどりのトカゲ。まーとおなじね」
「ふろおけいっぱい、ものがはいるんだって」
「マウリ様、風呂桶ではなくて、物置です」
「あ、まちがえた! ものおきいっぱい!」
ヨハンナ様に訂正されてマウリ様は言い直していた。
興味津々でポーチを覗き込むミルヴァ様は吸い込まれて行きそうで気が気ではなかった。
クリスティアンもそわそわとわたくしのポーチを気にしているので、中を見せてあげる。ポーチ自体は小さいのに、幾つにも区切られた広い空間が中に広がっているのを水色のお目目を見開いて見つめている。
「すごいね、あねうえ」
「わたくしもこんなすごいものをいただいていいのか遠慮したのですが、くださるというので」
呟いたところで、クリスティアンの目がわたくしの左手首に向いた。そこには作ってもらった魔法具のブレスレットがはまっている。ティアドロップ型のマウリ様のエメラルドグリーンの鱗の欠片を閉じ込めたガラスと、真珠を交互に通して作られた上品なブレスレット。
「あねうえ、おとなっぽいですね」
「これは、魔法具なのですよ」
「魔法具!?」
目を輝かせているクリスティアンに、エロラ先生が魔法学の先生であること、魔法具を作るためにマウリ様を訪ねてヘルレヴィ家に来てくださったこと、魔法具をエリーサ・サイロ様という魔法具職人が作ってくださったことなどを説明すると、クリスティアンは不思議に思ったことをすぐに口にした。
「どうして、エロラせんせいはマウリさまがまほうぐづくりにやくにたつってわかったんですか?」
それに関しては、詳しい説明をしなければいけなかった。
「わたくしとクリスティアンのお誕生日にラント領に行ったでしょう。そのときにマウリ様とミルヴァ様が本を引っ張り合って裂いてしまいましたよね」
「はい、あねうえがまほうでなおしました!」
「その魔法が問題だったのです」
わたくしが一人で魔法を使うと暴走させてしまっていたかもしれないことを話すと、クリスティアンも顔色が変わった。聡明とはいえクリスティアンもまだ6歳なのだ。お屋敷が壊れるかもしれないような魔法をわたくしが使ってしまったという話には、怯えていた。
「成功したのが奇跡のようで、それで成功した要因を考えてみると、マウリ様とミルヴァ様のおかげだったのです。ドラゴンと魔法使いは相性がいいのだと教えてもらいました」
話を聞いていたミルヴァ様がぷるぷると震え出す。
蜂蜜色のお目目に涙がいっぱい溜まっていた。
「わたくし、ほんをやぶってしまったから、アイラさまとみんなをあぶなくしてしまった……」
「みー、だいじょうぶなのよ!」
撫でられているがミルヴァ様はぷるぷると震えて涙を堪えている。何事か察したサイラさんが素早くお手洗いに連れて行っていた。戻って来たミルヴァ様を抱き締めて涙をハンカチで拭く。
「マウリ様とミルヴァ様のおかげで平気だったのですよ。感謝しています」
「わたくし、いけないこ……」
「いいえ、優しいミルヴァ様です」
慰めているとスティーナ様が子ども部屋に駆け込んで来た。執務がやっと終わったのだろう、ミルヴァ様の姿を見つけて走って来て抱き付く。
「ミルヴァ! あぁ、会いたかった!」
「おかあさまー!」
泣いていたミルヴァ様も泣き止んでスティーナ様にしっかりと抱っこされる。
「可愛い髪形ですね。ワンピースもよく似合っています。明日はどのような格好をするのですか?」
「クリスさまのちちうえとははうえが、ぶどういろのワンピースをつくってくださったの」
「葡萄色のワンピースですか? それは楽しみですね!」
仲の良い親子の会話にすっかりとミルヴァ様の涙も引っ込んだようだった。
子ども部屋では蕪マンドラゴラと人参マンドラゴラが追いかけっこをして、大根マンドラゴラがそれを応援している。
「おやつの時間ですね。皆様、リビングに移動を」
スティーナ様に促されてわたくしたちはリビングに移動した。
「アイラ、たくさん大変なことがあったんだね」
「魔法学を頑張っているようで安心しました」
子どもたちの再会を見守ってくれていた両親からも声をかけられて、わたくしは照れ臭く微笑む。
「話したいことがいっぱいあります。父上、母上、聞いてください」
まずはわたくしが公の場でも着けられるように作ってもらった魔法具を、わたくしは両親に見て欲しかった。マウリ様の宝石のようなエメラルドグリーンの鱗が入っている美しいブレスレットを。
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