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20.謀略のお披露目パーティー

 毎日栄養剤を与えて、マンドラゴラは順調に育っていた。

 初夏なのに日差しが強くて生温い風の吹く日、わたくしたちはマンドラゴラの収穫をすることにした。

 何度もお妾さんとその息子さんと会えるとは思わない。お披露目のパーティーでマンドラゴラを受け渡しすれば、後のことはお妾さんとその息子がやってくれると信じるしかない。

 これで失敗しても、わたくしたちには今年の種を国立植物園に返して、原種のもっと薬効の強いマンドラゴラを育てるという次の手があった。今回で受け渡しが無事に済んで、お妾さんがスティーナ様にマンドラゴラを与えて、スティーナ様が回復するのが最善の道だが、失敗したときにもまだ手は残っている。

 マンドラゴラの収穫には特殊な耳栓が必要だった。わたくしの耳に入る耳栓はあったのだが、クリスティアンとマウリ様とミルヴァ様はまだ5歳と4歳で、耳栓が大きすぎて耳に入らない。

 収穫はわたくしとリーッタ先生がして、クリスティアンとマウリ様とミルヴァ様は遠くで見ているようにサイラさんが傍にいてくれる手はずになっていた。

 耳栓をして蕪マンドラゴラのよく茂った葉っぱを手にする。手袋越しにも葉っぱが自分の意志を持って蠢いているのが分かる。

 マンドラゴラは葉っぱまで薬効があるので、一本も千切らずに上手に抜かなければいけなかった。


「リーッタ先生、行きます」

「アイラ様、ご無理なさらずに」

「はい」


 力を込めて引っ張った瞬間、恐ろしい叫び声が聞こえてくる。


「ぎょえええええええええ!」


 その声を聞くと耳栓をしているのに頭ががんがんと痛んで、吐き気がして、わたくしはその場にしゃがみ込んでしまった。抜けかけていたマンドラゴラは慌てて土を掻いて、土の中に更に深く潜ってしまう。


「抜けない……抜かないと……」


 吐き気に耐えながらもう一度葉っぱに手をかけるが、今度は引っ張ってもいないのに警戒しているのかマンドラゴラが『死の絶叫』を上げる。


「びょわあああああああ!」


 負けてはいけないと分かっているのに、呼応するように他のマンドラゴラも土の中から叫び声をあげてわたくしは頭が割れそうに痛くなっていた。吐き気が酷くて、げほげほと咳をして畝の近くに生唾を吐く。

 苦しそうにしているわたくしに、リーッタ先生が代ろうとしてくれるが、リーッタ先生も叫び声に苛まれてしゃがみ込んで動けなくなっている。


「アイラたまを、いじめちゃダメー!」


 サイラさんの手をすり抜けて駆け寄って来たマウリ様の姿に、わたくしは慌てる。この『死の絶叫』を間近でマウリ様に聞かせるわけにはいかない。


「マウリ様、下がっていてください!」

「アイラたま、くるしそう……まー、アイラたまをたすける!」


 抱き留めようとしたらドラゴンの姿になってぱたぱたと飛んでわたくしの腕をすり抜けて、マウリ様は特大のブレスを吐いた。それは炎ではなかった。それが何のブレスなのかわたくしにもよく分からない。ただ物凄い暴風がマウリ様の口から吐き出されて、マンドラゴラの畑に吹き荒れたのが分かった。

 風に押されるようにころんころんと蕪マンドラゴラ、人参マンドラゴラ、大根マンドラゴラが土から出て来て目を回して転がっている。『死の絶叫』も消えていたので動けるようになったわたくしとリーッタ先生は、マンドラゴラが目を回している間に、袋の中に詰めてしまった。

 土も落としていないが、これ以上『死の絶叫』を受けたくなかったし、後のことはお妾さんがどうにかしてくれるだろう。


「種を取る株は残っていますね……マウリ様、どうやったんですか?」

「わたち、アイラたまをまもりたかったの。いっしょうけんめいで、おぼえてない」


 何が起きたのかマウリ様自身にも分かっていないようだった。

 マウリ様のおかげで無事に収穫を終えたマンドラゴラは、袋の中に詰められるともぞもぞと蠢いてはいたが、鳴いたりせずに大人しくしていた。ドラゴンとマンドラゴラには何か深い繋がりがあるのかもしれない。特にマウリ様は植物や動物に活力を与え、癒すグリーンドラゴンだから植物であるマンドラゴラとの繋がりも強いのかもしれなかった。


「マウリ様が傍にいればスティーナ様も治るのでは……?」


 思い付いたが、その案は保留にしておく。まだ4歳のマウリ様をまだオスモ殿が支配しているヘルレヴィ家のお屋敷に戻すのは危険すぎた。

 お披露目のパーティーはラント家の庭で、昼間に行われた。まだ小さなマウリ様とミルヴァ様のことを考えて夜の舞踏会ではなく、昼間のお茶会になったのだ。

 お茶菓子や軽食をマウリ様に取り分けていると、貴族の視線がわたくしに向くのが分かる。


「あれが獣の本性を持たない御令嬢……」

「獣の本性を持たないのに、将来は領主補佐になるのですか?」

「時代も変わったものですね」


 嫌味も陰口もわたくしは耳に入れないことにした。どうせならばマンドラゴラを収穫したときに使った耳栓を持って来ておけばよかったと思ったくらいだ。

 クリスティアンは椅子に乗ってミルヴァ様にお菓子と軽食を取ってあげている。仲のいい二人には微笑ましそうな声が上がる。


「婚約者同士仲睦まじいこと」

「ヘルレヴィ家の御令嬢と婚約されて、ラント家も安泰ですね」

「さすがは狼の本性を持つご子息」


 獣の本性でどれだけ扱いが違うのか、これがこの国のあり方なのだと思ってしまうと暗澹とした気持ちになるが、わたくしはこれからこの国を変えて行けるかもしれないとも希望を持っていた。わたくし以外にも平民には獣の本性を持たないものはたくさんいる。そういうものたちが冷遇されない国にすることが、わたくしにはできるのではないだろうか。

 国を変えられると考えるのは、わたくしが公爵家の令嬢で、国王陛下と王家の血筋に次ぐ地位を持っているからだった。


「私の息子たちについて、なにか発表があるとか? なんですかな? クリスティアン様と娘の婚約については了承しておりますが」


 渋々といった様子でお茶会に遅れてやってきたオスモ殿は、赤毛の女性と男の子を連れていた。


「いらっしゃいましたか、オスモ殿。あなたには絶対に一番に伝えねばならないことがあるのですよ」


 自分の息子と娘が会場にいるのに探しもしない、顔も見に来ないオスモ殿に呆れながら、わたくしはお茶菓子を食べるマウリ様を椅子に座らせて、父上の発表を待った。


「マウリ様とミルヴァ様の背中に翼が生えました。お二人はドラゴンだったのです」

「ど、ドラゴン!?」


 百年以上生まれていない伝説のドラゴンがマウリ様とミルヴァ様の本性だったと聞いて、オスモ殿は明らかに動揺していた。


「その話は本当ですか?」

「本当ですよ。お二人はドラゴンなのです。さぁ、マウリ様、ミルヴァ様、本性を父上にお見せしてください」


 母上に促されて連れて来られたマウリ様とミルヴァ様が、たくさんの大人たちの中で震えているのが分かった。傍に行って抱き締めてあげたかったが、わたくしにはしなければいけないことがある。


「本当に、ドラゴン?」

「マウリ様、ミルヴァ様、本性になってくださいませ」


 わたくしの母上に促されて、震えながらも二人はドラゴンの本性になった。胴体が大人の手の平に乗って、頭と手足と尻尾がはみ出るくらいの大きさのトカゲのような姿だが、赤と緑の身体の二人の背中には立派な翼が生えて飛んでいる。


「な、なんと、めでたいことですな……」


 動揺しているオスモ殿がわたくしの父上と母上と話している間に、わたくしはお妾さんとその息子さんを庭の外れの薔薇園の茂みの陰に連れ出していた。二人ともわたくしに呼び出された理由は分かっているようだ。


「ハンネス・エルッコと申します。父が愚かなことを……」

「ヨハンナ・ニモネンで御座います。わたくしにできることがあるなら、なんでも申し付けてください」


 オスモ殿の息子さんのハンネス様とお妾さんのヨハンナ様はわたくしたちに協力してくれる。それを信じて、薔薇の茂みの中に隠しておいたマンドラゴラの入った袋を引きずり出す。


「ここにマンドラゴラが入っております。これをスティーナ様に食べさせてあげてください。お身体が回復するはずです」

「マンドラゴラ!? そんな貴重な薬草をどこで手に入れたのですか?」

「わたくしたちで育てました。本当はもっと薬効の強い原種をお渡ししたかったのですが、今は品種改良されたものしかお渡しできません。それでもないよりはましだと思います」


 驚いているハンネス様に説明をして、お願いをするとヨハンナ様が頭を下げる。


「ハンネスは後継者になど相応しくありません。正当な後継者はマウリ様とミルヴァ様です。お二人が領地に帰れる日まで、どうかよろしくお願いしますとスティーナ様から伝言を受けております」

「お二人のことは必ず守ります。ヨハンナ様はどうか、スティーナ様が回復するように、よろしくおねがいします」


 お互いに頭を下げ合ってわたくしたちはその場で別れた。

 マウリ様とミルヴァ様がドラゴンだったということに驚いて、動揺しているオスモ殿はヨハンナ様とハンネス様がマンドラゴラの入った袋を持っていても気付く余裕もないだろう。


「ふ、二人のことは、婚約者のアイラ様とクリスティアン様にお任せします。私は、これで」


 ドラゴンならば連れ帰らないのかと糾弾される前にオスモ殿は尻尾を巻いて帰ろうとしている。お茶会の目的は達成されたのでそれでよかったのだが。


「ドラゴンの婚約者が、本性を持たない御令嬢?」


 嫌な視線に晒されて、わたくしは涙目でわたくしを探していたマウリ様を抱き締めて、お屋敷の中に駆け込んだ。

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