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外れ婚約者とは言わせない! 〜年下婚約者様はトカゲかと思ったら最強のドラゴンでした〜  作者: 秋月真鳥
一章 ヘルレヴィ家の双子との出会い

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21.マンドラゴラを飼うということ

 外はぽつぽつと雨が降り出していた。

 お茶会に来ていた貴族たちも帰り始めているのを、わたくしはマウリ様を膝に抱っこして子ども部屋の窓から見ていた。最後まで挨拶をして父上と母上はお屋敷に戻って来るだろう。クリスティアンとミルヴァ様もそれまで外にいるのかもしれない。


「アイラたま、どこかいたい?」


 心配そうにわたくしを見上げるマウリ様に、わたくしは笑顔を作る。


「どこも痛くないですよ」

「かなしいかおしてた。だれかアイラたまに、いやーなこと、いった?」


 嫌なことは言われていた。それに慣れたつもりでもまだ12歳のわたくしは弱くて、覚悟をしていたのに庭から先に逃げ出してしまった。泣いたり、落ち込んだりするようなことではないのだが、一つだけ小さく胸に棘が刺さっている。


――ドラゴンの婚約者が、本性を持たない御令嬢?


 あの一言が誰もが思うことなのだ。スティーナ様が回復すればマウリ様との婚約は見直されることになるだろう。その事実がわたくしには受け入れがたかった。

 こんなにも愛らしくわたくしを慕ってくれるマウリ様がわたくしの元からいなくなってしまう。今後一生わたくしをこんなにも愛してくれる相手は現れないだろう。マウリ様との関係が続くとしても、いつかマウリ様はわたくしに獣の本性がないことの意味を知って婚約を厭うようになるかもしれない。それくらいならば先に婚約が終わっている方がマシなのかもしれない。


「わたくしは平気ですよ。マウリ様、今日は頑張りましたね」


 ふわふわの蜂蜜色の髪を撫でるとマウリ様の表情がパッと輝く。褒められて胸を張って嬉しそうなマウリ様を見ていると、わたくしも元気が出てくる。


「まー……わたち、がんばった? トカゲになったよ」

「マウリ様はトカゲではなくドラゴンですよ?」

「どら……どら……マンドラゴラ!」


 ドラゴンと言おうとしたのだろうが急にマンドラゴラにそれが変わってしまった。マウリ様が収穫を手伝ってくれたのだからマンドラゴラの行く先については伝えておかなければいけない。


「マンドラゴラはマウリ様のお兄様のハンネス様と、ハンネス様のお母様のヨハンナ様の手によって、スティーナ様の元に届けられることになりました」

「スティーナたま……まー、アイラたまといる!」

「スティーナ様が回復されたら、マウリ様はヘルレヴィ領に帰れるのですよ?」

「いやー! ヘルレヴィりょう、いやー! ここにいるのー!」


 大声を上げて泣き出してしまったマウリ様を抱き締めて、わたくしは困ってしまう。スティーナ様とはお会いしたことがないが、手紙の文面を見る限りではマウリ様とミルヴァ様を愛している優しいお母様に思えた。子どもは愛してくれる親の元で育つのが一番いいに決まっている。

 わたくしも両親が愛して育ててくれなければ、勉強することもなくマウリ様とミルヴァ様を助けられることもなかっただろう。


「いーやー! スティーナたま、きらいー!」

「マウリ様、スティーナ様と会ってみなければ分からないことがありますよ」

「あーわーなーいー! ここにいるー!」


 何度話してもこの話題はマウリ様には絶対に受け入れがたいようだった。

 マウリ様とミルヴァ様はヘルレヴィ領の正当な後継者だ。マウリ様とミルヴァ様が戻らなければオスモ殿は息子のハンネス様を後継者に立てるだろう。それはハンネス様もヨハンナ様も望んでいないことで、何より、マウリ様とミルヴァ様に本来与えられたはずの地位を簒奪する行為だった。

 このような横暴が許されてはならない。オスモ殿の行動は貴族の中でも批判が上がっていた。オスモ・エルッコ殿はヘルレヴィ家の入り婿なのに、スティーナ様のお命を狙い、ヘルレヴィ家を乗っ取ろうとしている。


「マウリ様、そんなに泣かないでくださいませ。スティーナ様にお話すれば、わたくしとの婚約が継続されるかもしれません」

「アイラたまと、こんやく? まー、アイラたまとけっこんできる?」


 そうなることをわたくしが望んでいるのか、恐れているのかは自分でも分からない。マウリ様に穏やかにお話すればやっと涙を止めてくれた。洟が垂れているのを拭いて、涙も拭いてマウリ様を抱き締める。


「例え、引き離されてもわたくしはマウリ様のことを忘れません」

「まー……わたちもわすれない」


 大きくなっても本当に気持ちが変わらなければ、マウリ様はラント領にわたくしを迎えに来てくれるかもしれない。今は泣き虫で小さなマウリ様だが、この熱量を持ったままで大人になればどれほどかっこいい青年に育つのだろう。

 いつか王子様が迎えに来てくれるなどという夢物語を信じるような年でもなかったが、もしマウリ様が大人になって迎えに来てくれたら、わたくしはマウリ様の手を取るだろう。

 そんなことがあり得る可能性などほとんどないのだが。

 マウリ様はまだ4歳で、育つにつれてわたくしのことなど忘れてしまうだろう。婚約者としての関係が続いていても、いつ破棄されるかは分からない。


「わたち、アイラたまとけっこんする! あした?」

「明日は無理ですね」

「あしたのあした?」


 まだ年月というものがよく分かっていない4歳児らしい言葉に、わたくしは微笑ましくそれを聞いていた。

 スティーナ様にマンドラゴラを届けてから、ラント領のお屋敷に変化が起こった。


「びぎゃ!」

「ぴぎゃ!」

「ぴょえ!」


 種を取るために残しておいたはずの株の蕪マンドラゴラ、人参マンドラゴラ、大根マンドラゴラが、一匹ずつ脱走して来たのだ。マンドラゴラが自分の意志を持って畑の畝から出てくるなど聞いたことがない。

 捕まえて畝に埋め戻しても、自分たちで土の中から出てくるのだ。

 これにはリーッタ先生も驚き、困っていた。

 蕪と人参と大根に顔が付いて、手足のついたようなマンドラゴラたち。


「自分たちで出てくるものを戻しても、また出て来るだけですからね。こんなことは聞いたことがないです」

「グリーンドラゴンのブレスを浴びたせいでしょうか?」

「そうかもしれませんね」


 脱走したがドアが開いた隙に滑り込んで子ども部屋に入り込む蕪マンドラゴラと人参マンドラゴラと大根マンドラゴラに、屋敷の中が土で汚れてしまっていた。


「種を取る株が一株だけというのは不安ですが、逃げ出したものは仕方がないので飼いますか?」


 リーッタ先生に問いかけられて、わたくしは聞き返してしまう。


「飼う、ですか?」


 マンドラゴラは薬草である。『死の絶叫』を上げたり、蠢いたり、生きてはいるのだが、わたくしがスティーナ様の元に差し上げたマンドラゴラは全部食べられることを目的としている。仲間を食べさせたようなわたくしたちが、マンドラゴラを飼っていいのか。何より、マンドラゴラとは飼えるものなのか。

 わたくしの問いかけにリーッタ先生が答えてくれた。


「まだマンドラゴラが栽培されていた時期は、マンドラゴラを飼うのが貴族の嗜みのようになっていたこともあるようです」

「飼い方が分かりません」

「それは調べてみましょうね」


 飼うのならばお屋敷に入れるのでマンドラゴラから土を落とさなければいけない。わたくしは畑の水道に盥を置いて、三匹のマンドラゴラを綺麗に洗った。蕪マンドラゴラも人参マンドラゴラも優雅にお風呂に入っているかのように盥で泳いでいる。大根マンドラゴラはなぜか恥ずかしそうだった。

 綺麗に洗われたマンドラゴラたちは、それぞれ真っすぐに自分の行きたいところに行った。

 蕪マンドラゴラは元気よくクリスティアンの元へ、人参マンドラゴラはしゃなりしゃなりとミルヴァ様の膝の上に上がっていき、大根マンドラゴラはもじもじしながらマウリ様の元に行ってしまった。


「わたくち、ニンジンたん、かっていいの?」

「ぼくのカブさん?」

「わたち、ダイコンたん?」


 喜んでいる三人に飼ってはいけないなど言えるはずはなく、わたくしは書庫にマンドラゴラのことを調べに行った。


「収穫した後のマンドラゴラを飼う場合には、土から栄養が取れないので、定期的に土に戻すか、栄養剤を与えること……」

「えいようざいを、またつくればいいのですね!」


 今回のマンドラゴラの種を国立植物園に返した後に預かるはずの原種の種のために、わたくしたちは栄養剤の素になる薬草もマンドラゴラと一緒に畑で育てていた。栄養剤は作ろうと思えば作ることができる。

 栄養剤作りの他にも、わたくしは考えていることがあって、書庫の本を探し始めた。

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