残念パーティー
「どうしたんですか? こんなところで」
「ヒオカアアアアアアアアアアアアアアッ! このバカタレがァアアアアアアアアッ! 歯を食いしばれェエエエエエアアアッ!」
「ぐああっ!」
────という感じでヒオカさんもサムさんの奥さんに床が陥没するくらい殴られ、僕に謝罪する流れとなった。
「ずいまぜんでじた……」
「いやぁ、ホントすまないね。こいつら悪気は欠片もないんだけど、いかんせんマジもんのブァカだから、偶にやっちゃいけない事も平気でやっちゃうんだ」
いくら十以上の数字を数えられないポンコツとはいえ、神話級イケメンのヒオカさんをギャグマンガテイストでボコって土下座させる姐さんには、恐怖せざるを得ない。
いくらなんでもこんな人相手に家具を壊してしまった件を正直に話すのは命がいくらあっても足りないので、黙っておくことにしよう。
そう決めたのもつかの間。
「それで、さっきなんか謝ってたけど、あれってどういう意味だったんだい?」
「え、あの、その……」
結局、話さざるを得なかった。
有無を言わせぬその圧力は、呼び鈴のない空きレジにすら挫ける僕では歯が立つ筈もなく、全てを洗いざらいぶちまけた。
だが、意外にも姐さんは特に怒ったりする様子も見せずに、むしろ、
「てめぇっ! よくも俺の家族になんてことをぉおおっ!」とガチギレするサムさんを、
「黙れ、バカタレ」
と冷静に止めて、更には、
「別に、ゴンベー君が壊した訳じゃないんだろ? なら、彼を責めるのはお門違いさ」
そう言って、状況を的確に理解し、収めてくれた。
「うぅ……ありがとうございます。姐さん」
「別に泣きながら礼を言われるような事は……つううか姐さんって…………ああ、そういえばまだ名乗ってなかったね。アタシの名前はアンナだよ。よろしくな」
手を差し出されたので、僕も出して、握手をする。すると、
「…………ところでゴンベー君。キミ今、家具が壊されたのを隠そうとしたよね?」
鋭い。
「すいませんでしぐえっ」
鉄拳制裁。拳骨一発。
初対面でも容赦なし。
とはいえ、顔面がクリームパンと見分けが付かないくらいに殴られた二人と比べるとだいぶ温情ではある。
見れば、寮内の白い廊下や床がヒオカさんの血で赤く染まっているのだが、肝心のヒオカさんが平気そうなので、何とも言い難い。
ちなみにクリネさんとコアカさんは自室に戻り、当事者以外は親戚であるカナ・ニサンだけが残っている。
この惨状について思うの所はないのか。
妹のカナ・ニサンは顔の原型がない姉を無視して、拳骨をくらった僕の頭をよしよしと優しく撫でてくれる。
と、それを見た姐さんことアンナさんが、
「おや? 人見知りのカナちゃんが……だいぶ懐いてるみたいだね。へぇ」
こちらの関係を揶揄するかのようににやにやしているが、返り血にまみれているので、かなり怖い。
「そうだね。カナはだいぶ懐いているよ」
と笑うヒオカさん。既に血は止まってて、顔もクリームパンからルネ・マグリットの生活の術くらいにまで回復している。
「とりあえず、家具はどうしようか」とアンナさんが言った。
「お金を返そうかと思ったけど、全部壊れたんなら、こっちで新しいやつを用意してやる方がいいかな。それとも家具はもういらなかったりする?」
「えっと、できれば新しいやつが欲しいですね。流石に前ほどたくさんはいりませんけど、少しは欲しいです。だからまた買おうかなって思ってるんですが……」
「なら、その新しいやつはタダにしようか。それで前回の分はチャラって事でいいかな?」
「え? いいんですか?」
「だからそれはこっちが聞いてんだよ。でもま、そういう反応って事は別に構わないって事だね。それじゃ話は決まりだ。ひとまず返金返品はなしで、今度ゴンベー君がウチに来た時に新しい家具をタダであげるって感じでいいかい?」
「構いません。ありがとうございます」
「いえいえ。元々迷惑を掛けたのはこっちだからね」
アンナさんはそう言って旦那のサムさんの頭をポカリと殴る。
────と、ここで僕はサムさんの様子が変な事に気付いた。
サムさんは神妙な顔をしながらこちらに尋ねてきた。
「えっと、家具が壊されたって言ったよね? そして犯人はまだ分かってないとも」
「あ、はい。全部、さっき言った通りです」
既に洗いざらい話しているので、これ以上特に隠している事はない筈だ。
「ふぅむ」
サムさんはなにやら考え込む仕草をみせ、
「どうやらこれは悲しい事件のようだね。もし、犯人が分かったとしても、ボク達には責める気はない事は伝えておいてほしい」
「はい?」
「それはどういう意味だい、あんた?」
サムさんは奥さんの言う事は無視して、
「それじゃ、今日はこれでお暇させてもらうよ。また今度、いつでもいいから遊びにおいで。出来れば早くの方がいいかもね。ま、今日は体調が悪そうだから、明日以降かな」
そう言って、サムさんは困惑気味な奥さんの手を引いて、この場を後にした。
家具が壊された件を聞いた直後にあった怒りはまるでなく、かなり穏やかな、むしろどこか憐憫さを覚えてるような雰囲気さえ感じられる様子で、帰っていった。
「…………あれってどういう意味だろう?」
僕が首を傾げていると、既に怪我の痕が欠片も残ってないヒオカさんは自信満々に、
「今度、家具を買う時はタダって意味だね」
「…………」
とりあえずヒオカさんはいつも通りだった。
◆
「パーティーをしよう」とヒオカさんが突拍子もなく言った。
サムさん夫妻が寮から出て、まだ一分も経ってない、さっきのほぼ地続きのようなタイミング。
「いきなり何の話ですか」と僕はヒオカさんに尋ねる。
「いや、ね。実は今回の試合終了後、ゴンベー君、ボディガード就任おめでとうパーティーをするつもりだったんだよ。でも、負けたからただのパーティーをしようって思ったんだよ」
「パーティーをしないって選択肢はなかったんですか」
なんて言いつつも、ヒオカさんの厚意は嬉しかったりするのでにやけてしまう。
こんな風ににやけてしまうのなんて、一体いつ以来だろう。
エロ画像を見てる時以外で。
「準備はこちらでしておくから、ゴンベー君は楽しみに待っててくれ」
「はい。楽しみにしてます」
「ちなみに参加者はここに居る三人だけだ」
「あ、はい」て事はクリネさんとコアカさんは不参加なのか。
少し残念。
「料理は私がするから安心して。絶対お姉ちゃんにはさせないから大丈夫」
とカナ・ニサンが両手を握りしめながら言う。かなり強い意志を感じるのは気のせいだろうか。
「絶対にお姉ちゃんには料理させないから」
気のせいではなかったようだ。
「そんなにヒオカさんの料理はマズいの?」
「そんな事ないよ」
「マズいとかそういう次元じゃないから」
ヒオカさんの否定を完膚なきまで無視してカナ・ニサンが言う。
「生きるか死ぬか。場合によっては殺すか殺されるかにまで発展する」
「それは生きるか死ぬかとは別なの?」
「別。たぶん貴方の想像を超えたところにお姉ちゃんの料理はあるから」
「…………」
前髪で見えないが、なんとなくカナ・ニサンが遠い目をしている事が判る。
余程、ヒオカさんの料理で苦労した事があるのだと見える。
しかし、殺すか殺されるかとは随分と物騒な表現ではないか。
どうしたら生きるか死ぬかを越えた表現に辿り着くのか甚だ疑問である。
「パーティーは今日の夕方始めるつもりだから。それまでゆっくり休んでて。見たところ、試合の疲れがかなり出てるみたいだから」
「あ、うん。ありがとう。それじゃ休ませてもらうね」
彼女達の厚意に甘えて、僕は部屋で休ませてもらう。
正直、血が足りなくて、頭がくらくらしている。
回復魔法で身体を治療しても、流した血は戻らないから限界だったのだ。
少し身体がふらつくのを堪えながら自室に戻り、そのままベッドに倒れ込む。
意識を失うまでほとんど時間は掛からなかった。
◆
「起きて。準備できたよ。そろそろ起きて。ねぇ」
耳元でASMRみたいに囁く声が聞こえて、目が覚めた。
将来について考え始めた時くらい痛む頭を抑えながら起き上がり、ASMR発生の元を見ると、カナ・ニサンが顔を真っ赤にしながら添い寝しているのが分かった。
「……………………」
「……………………」
互いに見つめ合い、沈黙する。
カナ・ニサンは男のベッドに潜り込むのがどれだけ危険なのかを分かってないのだろうか。
僕がヘタレという名の紳士でなければ、今頃彼女は純潔を失い、僕は牢屋に入れられていた事だろう。
まったくもって不用心極まりない。
前髪の幕では股間の膜は護れない事を男を知らないその身に直接教えてやろうかと思ったが、檻の中には入りたくないのでやめといた。
どうせ入るならカナ・ニサンの赤ちゃん部屋がいい。
…………どうやらまだ頭が回ってないようだ。
これもカナ・ニサンのせいだ。
ただでさえ血が足りてないって状態なのに、血液が下半身に集まってしまうような態度をしているのが悪い。
という訳で全責任はカナ・ニサンに押し付けて、僕はこの身に溜まった己の欲望を目の前の肉枕にぶつけて…………。
「…………ごめん。起きるからそろそろしがみつくのやめてもらっていい? 脳みそが下半身に移ってしまってる」
「どんな身体の構造してるの……」
カナ・ニサンが呆れたように呟くが、今回はわりかしマジな状態なので、無理やり引き剥がす。
「うぅ……」
「なんで名残惜しそうなんだよ」
そろそろガチで理性が吹き飛んでしまうじゃないか。
「準備できたって?」
そのままカナ・ニサンを直視してたら理性と股間がはち切れてしまいそうなので、現実とカナ・ニサンから目を逸らして、進捗を確認してみる。
「できたよ」とカナ・ニサンの返答。
夜の準備ができたとかじゃなくて、素直にパーティーの準備ができたと受け取り、立ち上がる。
股間の方は既に勃ち以下略。
「どこでやるの?」
「お姉ちゃんの部屋」
「は、どこだっけ?」
「ここのちょうど真上」
「なら天井を突き破ればいけるか」
「どういう発想なの?」
テレビゲームなら義務教育レベルの発想だから元の世界は恐ろしい。
「それじゃ行こっか」
カナ・ニサン先導のもと、自室を出て、階段を上がり、203号室の扉をノックもなしに開ける。
流石、妹。
「お待たせ、お姉ちゃん」
「あれ?」とやや驚き気味のヒオカさん。
ソファーに寝転び、だいぶリラックスモードだった模様。
あと数分もすれば寝てしまっていたんじゃないだろうか。
「いやぁ、随分早いね。あと三十分くらい掛かると思ってたよ」
「起こしに行くだけで、なんでそんなに掛かると思ってるのよ」
「そりゃあ寝込みを…………痛い痛い」
カナ・ニサンが姉の頬を摘まむ。
意外とスムーズな姉妹の会話。
前に二人の話を聞いた時は、もっとぎくしゃくしてるかと思ったが、どうやらそんな事はなかったらしい。
もしかするとパーティーを準備する際に、仲直りしたのか。
兄弟姉妹は、仲直りさえすれば簡単に距離が戻るのかもしれない。
どうせこれも人によりけりだろうけど。
「お邪魔します…………てか、広いですね」
僕はヒオカさんの部屋を見渡しながら、率直な感想を漏らした。
「そうだね。他の個室の二倍の広さがあるよ」
「そうなんですね。なんでここだけ広いんですか?」
「さあね。この建物が元々寮ではなく別の施設なのも関係してるのかな」
「あ、そういえば、そうなんだっけ」
ヒオカさんの言葉にカナ・ニサンが思い出したように反応する。
そういえば、僕もそれを聞いた事あるような、ないような。
そういえば、寮の周りを囲んでる警報代わりの魔法陣。
あれの説明を聞いた時に、少し聞いた事ある気がする。
どうでもいいけど。
「しかし、部屋が広いのはいいですね。特別扱いですか?」
「ただの早い者勝ちだよ。部屋が空いたから、年功序列でボクを優先させてもらった。こう見えて、五人の中ではボクだけが年上だからね」
「精神年齢は一番低いけどね」
妹のカナ・ニサンがぼそっと皮肉を呟く。
すると姉のヒオカ・ニサンは聞き流さずに、笑顔で妹の頬を引っ張る。
そして流れるように始まる姉妹喧嘩。
どちらかというと兄弟みたいだ。
一通り茶番をやり終え、ようやく本番のパーティーを始める。
既に準備は終えているので、部屋のテーブルにはおおよそ三人では食べ切れない程のたくさんの料理が並べられている。
「多すぎじゃない? 食べきれるの?」
「ゴンベー君に食べさせるからって、カナがだいぶ張り切ってたからね。ゴンベー君は責任もって全部食べなよ」
「いや、いくらなんでもこの量は…………僕、そんなに大食いじゃないし……」
「情けない事を言うんじゃないよ。男の子なんだから」
「こんなところで男の子持ち出されてもなぁ」
昨今はコンプラやらジェンダー関係の問題がめんど……厳しいから、できればそういう言い方はやめてほしいのだけど。
僕が料理の多さに圧倒されていると、用意してくれたカナ・ニサンがしょんぼりと俯き、
「作りすぎてごめんなさい……」
「いやあ、これぐらいなら余裕で平らげちゃうなあ! なんたってどれも美味しそうだし!」
「そんな無理して言わなくてもいいよ……」
「あ、うん。ごめん」さすがにバレるか。
「でも、美味しそうってのは本音だから、そこはできれば信じてほしい」
「……美味しそう?」
「うん。美味しそう」
「えへへ……」
カナ・ニサンはそう言って、両頬を両手で覆って、口元をにやけさせる。
あざといくらいに可愛い反応である。
姉のヒオカさんはそれを見て、嬉しそうに微笑み、そして言った。
「食べてみると、意外とそうでもないけどね!」
直後、妹のローキックが姉の尻に炸裂した。




