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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
19/43

呪文詠唱

 ふと、僕は扉をノックする音で目が覚めた。

 ノックの音は兎の声のように静かだったが、蛇のようにしつこかった。

 一定のリズムでひたすら叩かれ、周囲の音と混ざり合っていた。

 異世界チートがなければ気付かなかったかもしれない。(意味不明)。

 いや、実際気付いてなかったのかも。

 考えてみれば、ノックの音がいつから鳴り始めたのかが分からない。

 もしかすると一時間以上前から鳴ってる可能性だってある。

 そう考えると、背筋が凍る。


 まさかと思いつつ、僕はノックの音に返事をした。

「ふぁぁい」とやや欠伸の混じった返事をしてベッドから起き上がり、出入り口までのそのそ歩いて扉を開けた。

 そこにはカナ・ニサンがいた。

 何かを抱えるかのような態勢で立っていた。

 何を抱えてるのかと思ったが、何も抱えてない。気弱な女の子が勇気を振り絞る為に拳を胸に当ててるような態勢だった。


「…………おあよう」

 またしても僕は欠伸交じりで言った。

 最近寝不足気味だったので、まだ眠気が取れない。

 頭がぼんやりする。


「お、おはよう、ゴンベー君……」


 カナ・ニサンがほっとした様子で挨拶を返した。


 僕は寝ぼけ眼を擦りながら、


「ずいぶんと早いね……。まだ暗くない? 日も昇ってないよ……」


 時計を確認したいところだが、この部屋には時計はない。


 ちなみにこの世界に時計はあるが、電話と一緒で、元の世界ほど普及していない。

 いや、電話よりは普及してるかな。

 ついでに言うと一日二十四時間。

 おまけに一年三百六十五日。


「う、うん。でで、でも、ゴンベー君なら、もう起きてるかなって思って……部屋の電気もついてたみたいだし……」


「…………」


 なんだろう。

 一応、好感度は上がったままだが、昨日までに近付いた分の距離感がリセットされてるような感じがする。


「ご、ごめんなさい。まだ、寝てたみたいだね……えっと、その……で、出直します……」


「いいよ。出直さなくて」

 僕はそう言って、彼女の手を引いた。

 ぼぉっとした頭で部屋に連れ込み、寝ぼけながらベッドに上に寝転がせ、抱き枕にした。


「へっ? ふぇ? えぇ……っ?」


 なにやらカナ・ニサンが慌ててるようだったが、それよりも眠気の方が強くて、強くて、それどころじゃない。誰だって異世界ニート級の眠気に襲われたら、性欲どころじゃないだろう。

 なので僕はそのまま眠りについた。



 僕が二度寝から目覚めた時には、カナ・ニサンは乱れていた。

 汗だくで、服は着ておらず、下着もほとんど脱げかけて、肌色ばかりが見えていた。

 更に息は切れかけ、顔はぼぉっとしつつも赤らみ、口元には涎がてらてら輝いていた。


「……………………?」


 寝起きの為、頭がうまく回らない。顔中、身体中、なんだかベタベタするし、渇いた唾液みたいな生臭さがあるけど、これは一体どういう事だろうか。


 まだまだ寝足りない僕が呆然としていると、我に返ったカナ・ニサンが、


「ご、ごめんなさいっ」


 と言って、僕に何かを振り下ろした。

 それが拳か、魔法か、鈍器かは分からなかった。

 ただ、それによって僕の意識は再び落ちた。

 異世界チートも寝起き直後にはあまり活躍できなかったようだ。

 いや、もしかすると、単なる三度寝に入っただけかもしれない。

 が、まぁ、そういう細かい事はどうでもいいだろう。

 とにかく僕は眠りに落ちた。



「ねぇ、起きて」


 耳元で囁き声が聞こえてきた。

 鉛のように重い瞼を開くと、誰かが僕の顔を覗き込むように見ていた

 。前髪のせいでほとんど顔が見えず、それが誰かが判らない。

 が、すぐにこの特徴的な長さの前髪には見覚えがあると気付いた。

 視界情報と脳の記憶のシナプスが交尾のように結合する。

 ようやく意識が覚醒してきた。


「ほら、そろそろ起きないと、もうお昼前だよ」

 とカナ・ニサンがママ(母親ではない)みたいに優しい口調で言った。


「え? 嘘?」


 僕が慌てて起きると、確かに窓の外の太陽は高く昇っていた。


「あー、だいぶ寝過ごしたなぁ」


「もう、困ったお寝坊さんなんだから」


 カナ・ニサンがぷんぷんと可愛く怒った。

 なんというか、新婚さんみたいな態度である。


「ごめん。魔法の訓練があるっていうのに、こんなに寝坊しちゃって」


「別にいいよ。────それより、ゴンベー君が寝る前にあった事って覚えてる?」


 瞬間、カナ・ニサンンの前髪の奥で瞳がギラリと光った、ような気がした。

 僕はそれについてはあまり考えず、カナ・ニサンの質問の方に意識を向ける。


「うーん、僕が寝る前は……もう夜だったし、特に何もなかったと思うけど? ってか、いつの間に僕の部屋に入って来てんの? あまりに自然に上がり込んでるから気付かなかったよ。びっくりだわ」


「そう! 別にそれならいいんだ」


 僕の反応に構わず、カナ・ニサンが明るい調子で納得する。


「いや、それは、勝手に入って来られた僕の台詞だと思うんだけど…………まぁいいや」


 鍵も掛けてなかったし。

 カナ・ニサンみたいなコが入ってくるのは大歓迎だ。


 あぁでも、家具がない事を口止めしとかないといけないかな。

 カナ・ニサンの姉であるヒオカさんにだけは、家具がない事を知られてはいけない。

 その事を考えると、部屋の鍵を掛けてなかったのも、だいぶ不用心だといえる。

 我ながら、なかなかの間抜けだ。

 気を付けよう。


「うん?」


 ふと、自分の身体に違和感を覚える。

 なんというか、寝起きの筈なのに、妙に身体がスッキリしているというか。

 まるで全身を濡れたタオルで綺麗に拭かれたような心地よさがある。

 新年新パンツのような爽快さとは異なる、もっとこう、精神的ではない物理的な爽快さだ。


「うーん……でも、まぁいいか」


 気持ち悪いならともかく気持ちいいなら、特に気にする必要もないと判断し、僕は、覚えた違和感を頭の中から、えいやっ、と放り出した。

 その際、僕の背後でカナ・ニサンがほっと安堵しているような気もしたが、これも気にする必要ないだろう。

 どうせ僕には関係ない事だ。


「朝ごはん作ってるから、それを食べてからいこっか」


 カナ・ニサンが机の上を指す。

 そこには料理が三点並んでいた。


「……朝ごはんって、どうやって作ったの?」 


「うん? 普通に寮のキッチンで……あぁ、寮には共用のキッチンがあるから、そこでね。食器もあるよ」


「あ、そうなんだ。知らなかった」


「部屋によっては、キッチンがあるところもあるけど、この部屋にはないみたいだね」


「ふぅん」


 僕は相槌を打ちながら、カナ・ニサンが用意してくれた料理を眺めた。


「随分と美味しそうだね」


 感謝よりも感想が先に出てきた。


「えへへっ」


 カナ・ニサンが嬉しそうにはにかんだ。


「わざわざ用意してくれてありがとう」


「いえいえ。こちらこそ」


 何がこちらこそなのかは分からなかったが、カナ・ニサンがご機嫌みたいなので良しとしよう。

 しかし、こうも至れり尽くせりだと、何か申し訳ないような…………あっ。


 僕はある事を思い付き、少し表情を変えてから、カナ・ニサンに向かって言った。


「…………まあ、ブタ女にしては上出来だな。おもしれー女に昇格してやるよ。ブタ女」


 手を彼女の頭に乗せ、よしよししてやる。


「キャアアアアッ! グラハム様だ!」


 カナ・ニサンが黄色い悲鳴を上げ、僕に抱き着いてきた。


「…………あ、ご、ごめんなさい」


 だが、すぐに我に返り、僕から離れた。


「別にいいけど」と僕は言う。


 いきなりの事だったので、思春期みたいな微妙な反応になってしまった。

 本心としてはもっと抱き着いててほしいくらいだったのに。


 あ、とまたしても思いついたので、即実行する。


「全く、困ったブタ女だぜ……」


 カナ・ニサンの顎をクイッと掴んで、顔をこちらに向けさせた。

 前髪の下で、きっと彼女の目は蕩けている事だろう。

 僕の脳みそは羞恥心で蕩けそうだ。

 なんで、こんなのがいいのだろうか。

 男と女ではやはり価値観の違いがあるのだろうか。

 全く女の子ってのは解らないものだ。

 いや、待て。視点を変えてみればどうだろう。

 仮に、美少女から豚呼ばわりされたらどうだ。

 ブヒィと喜んでしまわないか。

 しまいそうだ。

 なら、どっちもどっちか。


 ひとしきりプレイを楽しんだ後、僕はカナ・ニサンが作った料理を食べた。

 それから服やら洗顔やら支度をすませて、運動場へと向かった。

 運動場の端、フェンスで囲まれたテニスコート的な場所は、昨日よりも少し混んでいた。

 だが、全部が埋まってはいなかったので、順番待ちをする必要はなかった。


 早速カナ・ニサンは魔石を取り出し、魔法を唱え始めた。

 昨日は結局、栄養ドリンクくらいの大きさまで大きくする事ができたが、今朝はどうだろうか。


 魔法が発動され、地面からぴょこっと突起が生えてきた。

 栄養ドリンクサイズよりも一回り大きいペットボトルサイズだった。

 430ミリリットル。

 500ミリリットルは何処にいった……じゃなくて。


「おぉ、昨日よりも大きくなってる」


「そりゃあきちんと休んだからね」


 ふふん、とカナ・ニサンが鼻を鳴らす。


 魔力は魔石から取り出してるんだから、休むのは関係ないんじゃ、と思ったが、そんな訳ないとすぐに思い直した。

 いくら魔力を外から持ってきてるとはいえ、やはりずっと続けてると精神的なモノは削られるだろう。

 勉強だって、長時間やれば集中力が切れるし。

 それと同じようなものだろう。


 でも、一発目から昨日の最高記録を塗り替えるのは、素直に凄いと思った。


「呪文も昨日より短くできたし、なかなか好調な滑り出しだよ」


「ん? 呪文って短くできるものなの?」


「そりゃできるよ。だって……」

 ふと、カナ・ニサンは間を開けて、僕の事をジッと見つめてから、

「……もしかしてゴンベー君って魔法の唱え方、知らないの?」


 なかなか鋭い。

 コアカさん程ではないが、あの五人の中ではその次くらいにいってるんじゃないだろうか。


 ちなみに姉のヒオカさん、それとヤオ・ワンが鈍い方。

 クリネさんはたぶん普通くらいか。

 女の子だから、男の僕よりはずっと鋭いと見た方がいいだろう。

 勘の鋭さとかは男では辿り着けない境地でやっとスタートラインってぐらいの差があるらしい。

 知らんけど。


 まぁ、男の子の僕でも、ヒオカさんとヤオ・ワンよりは鋭いと思うから、あくまでただのたとえ話の一つか。


 話を戻そう。


「魔法の唱え方は知らないね」

 僕は正直に言う。

 チート能力があれば、無詠唱でも余裕だから、そこまで知りたいとも思わなかったし。


「そうなんだ。基本的な事ぐらいは教えてあげられるけど、教えようか?」


「そうだね。興味はあるかも」


 知りたいとも思わなかった、とは言ったものの、やはり興味がない訳ではない。

 こういうのはチート能力がどうこうの話ではなく、純粋に男のロマンだ。

 解るでしょ? 

 もしかしたら女の子のロマンでもあるかもしれないけど、僕は女の子ではないので知らない。

 お尻の穴に蹴りを入れられたり、ノーパン女装したりして、一時的に女の子になった事はあるけど、知らないものは知らない。


 カナ・ニサンが魔法の呪文について教えてくれた。


 それについてまとめてみる。


 えぇと、魔法の呪文は、一つの魔法に一つの呪文を唱えるという形式ではない。

 細かくみていくと、いくつかの種類に分けられ、それを繋いで、言葉として紡いでいくのを呪文の詠唱となる。


 具体的な例を言うと、カナ・ニサンが唱えてる呪文。


『バックドウィンプチキン・クウ・エルライス・エルライス・リド・アルリド・スルラシッドメディラ・エルライス………………』


 元は古代語らしいが、これは大きく三つに分類でき、それを僕が解る言葉に訳すと。


 一つ目。『バックドウィンプチキン』

 始まりのキーの呪文。(これはカナ・ニサン個人が魔法を発動させる為に唱える前置きみたいなやつだ)。


 二つ目。『クウ』

 具体的なクエイクルの呪文。


 三つ目。『エルライス・エルライス・リド・アルリド・スルラシッドメディラ・エルライス……』

 追加補助呪文。

 大きく。大きく。速く。もっと速く。魔力の通りを良くして。大きく。大きく。速く。もっと速く。魔力の通りを良くして。大きく。大きく。速く。もっと速く。魔力の通りを良くして。……みたいな感じ。


 この三つ目を何度も繰り返していくのが、今、カナ・ニサンがやってる呪文詠唱だ。

 他にも色々アレンジしているところがあるそうだが、基本的に同じ魔法を詠唱している時の一つ目と二つ目の呪文詠唱は変わらない。

 三つ目のやつを工夫して、クエイクルと相性のいい呪文を手さぐりで探してるらしい。

 とはいえこれは感覚でどういうのが相性良いのか判るみたいなので、そんなには考える必要ないとの事。

 魔法に慣れて、三つ目の繰り返しをどれだけ減らせるかが、魔法詠唱を縮めるコツらしい。


「クエイクルを発動させる為の呪文ってかなり短いんだな」


「そうね。でも、それがどういう魔法を発動させるのかをきちんと把握してないと発動しないから、適当に喋ってたらうっかり発動しちゃた事にはならないんだよ」


「意味を理解してないと使えないって事か」


 そうなると、初めて呪文を詠唱した人は、どうやって魔法を発動させたのだろう。

 科学の発明とは違って、実験で新たな法則を導き出す訳にはいかないように思えるのだけど。


 まぁいいか。どうせ既存の法則を無視できる奴がいて、そういう奴が生み出したとかそういうのだろう。

 ……って、それがグラハム・ベントレーか? 


「この最初に唱えるキー呪文って、人によって違うんだっけ?」


「そうだね。この呪文は魔法神殿ってところで呪文を与えられる為の儀式をして、ようやく教えてもらうの。この学園に通う生徒は皆、やってるよ。勿論、私も子供の時にやったんだよ」


「なら、儀式をやってない僕は魔法を唱える事はできないのかな?」


「あ、でも、魔力資質が高い人は、始まりのキー呪文がなくても魔法を発動させることができるんだって。あと、唱えたい魔法の属性と相性が良かったり、あるいは発動させたいのがランクの低い魔法だったりとか」


「相性がいいか、簡単な魔法だったりすれば、魔法が発動できるのか」


「あとは、魔力資質が高かったらかな」


「ふぅん」


 僕は手を少し離れた地面にかざして、「クウ」と唱えようとした。

 そこに大して意味はなかった。

 魔法詠唱について少し知ったから、なんとなく試してみようと思っただけだ。

 地面にトレーディングカードが落ちてたから、何のカードがちょいと中身を確認しようかなと思ったぐらいの、軽い気持ちだった。


 そしたら地面から大きな柱が生えてきた。

 唱えた後ではなく、唱える前だ。

 それも、生えてきたのがにょきにょきって可愛らしい勢いではなく、ドゴォ──ッ! って運動場全体に地響きが起きかけない凄まじい勢いだった。


 出てきたのはカナ・ニサンが目標としている縦五メートル、幅一メートルのデカい柱だった。

 しかも、これはなんとなくだが、大きくしようと思えば、呪文がなくとも大きくできるような気がした。

 あくまで僕がイメージしたのがその大きさだったから、それが出てきただけで、本来はもっと大きくできた、というよりはもっと大きくするのが普通な感じだった。

 無理やり小さく縮めたという感覚があった。


 とはいえ、縦五メートル、幅一メートルでもかなりデカい。


「「…………っ」」


 僕とカナ・ニサンは揃って絶句した。


 いきなり想像以上のモノが地面から生えてきたのだ。

 そりゃあ驚くのも無理はない。

 異世界チートを自覚している僕でさえ、この結果には目ん玉が飛び出るくらいたまげたのだから、何の事前情報のないカナ・ニサンが驚愕するのも無理はないだろう。

 前髪カーテンがなければ、カナ・ニサンの目玉が突き抜けてたに違いない。


 暫し呆然とした後、カナ・ニサンがこちらを向き、


「…………い、今、呪文詠唱した?」と尋ねた。


「…………」

 してないと馬鹿正直に言うのは悪手のような気がしたので、

「し、したよ?」と言った。

 心の中で、と心の中で付け足した。変な文章。


「してなかったよね?」


 何故バレたし。


「…………」


 僕は咄嗟にそっぽを向いた。

 弱気なカナ・ニサンには、してたよ、とゴリ押すのが得策だと思ったが、嘘を言うのが苦手な僕には、したよ?(心の中で)、が限界だった。

 一応、グラハム様モードになって誤魔化す事も検討したが、あれは脳への負担が大きいので断念した。

 過剰な羞恥心は脳への負荷が掛かるものなのだ。

 バトル漫画だって、能力を使い過ぎたら頭から血が出てくるでしょ

 それと一緒。うん。


「まぁ、呪文詠唱があってもなくても、たった一発でこんなの発動させるのはヤバすぎる事には変わりないんだけどね」


 僕があたふたしてたら、ふと、カナ・ニサンが自嘲するように呟いた。


 確かにそうだ。細かい事であたふたしてたのが馬鹿らしい。


 カナ・ニサンが肩を落とした。目に見えて落ち込んでいるのが判る。


 僕は馬鹿だ。

 彼女みたいな弱い人間に、こうやってチートでズルをした結果を見せて何になる。

 たとえ優越感に浸る意図がなくても、迂闊だったのは否定できない。


「……………………」


 僕は何か言おうとした。

 だが、何も思いつかなかった。

 こういう時にサッと励ませるのは、同じような時にきちんと頑張った事のある人間なのだ。

 同じような時に落ち込んで、立ち直る事を放棄し、逃げ続けた男が他人に対してだけ励ましの言葉を言えるわけがない。


 泣きそうになった。だが、ここでカナ・ニサンは僕の予想を超えた事をしてきた。


 むっと、口元を結び、こちらを向いて、


「ま、負けないよ」


 と、拳を向けて宣言したのだ。


 強い人だった。

 誰だよ。彼女を弱い人間だと言ったのは。

 弱いのは僕じゃないか。

 異世界チートの事を────僕のこの力が自分自身の力ではない、どこからか与えられた力である事だと────白状する気が始めからなかった僕こそが弱い人間じゃないか。


 クソだ。僕はクソだ。


「ところで、今のってどうやったの? コツとかある?」


 僕が自分の弱さに打ちひしがれていると、気持ちを切り替えていたカナ・ニサンが、魔法のコツについて尋ねてきた。


 僕はすぐさま自分の弱さから目を逸らして、


「コツかぁ。コツって言われてもなぁ……」


 そう言いながら、自分が出したデカい土の柱を眺める。

 と、違和感に気付く。

 真っ直ぐな円柱だと思っていたのが、先端に何かおかしなものが付いている。


 少し離れてみると、それが傘のような突起だと判る。


 突起…………槍みたいだと思った。もしくは別の…………いや、やめておこう。


 ともあれ、自分はただの円柱をイメージしたつもりだったが、実は違う形を創造していたという訳だ。


 それで少しピンと来るものがあった。


 槍のような形。

 自分にとっては、ただの円柱よりも少し馴染み深いというか……これは何と言えばいいだろう。

 とりあえず、自分にとっては、こっちの方が、近い。

 自分の本質にとでもいうか。

 とにかく近い。少なくとも円柱よりかは。


 だからカナ・ニサンにこう言った。


「自分にとって、イメージしやすい形でいいんじゃないかな」


「イメージしやすい形?」


「そう」僕は頷いた。

「作るのは、ただの円柱ではなくてもいいんじゃないかなって事。他にカナさんがやりやすい形があると思うんだ。例えば、カナさんに馴染み深い物…………本とか?」


「…………」


 カナ・ニサンは何も言わなかった。

 否定も肯定もしなかった。

 どう答えていいか分からなかったのか。

 とりあえず、と言わんばかりにカナ・ニサンは呪文を詠唱し始めた。


 呪文の詠唱はいつもよりも早かった。

 早口になった訳ではなく、発動が早かったのだ。

 さっき言った三つ目の部分が、いつもよりも少ない数で発動できたのだ。


 発動した瞬間も、いつもと違う事がすぐに判った。


 地面から生えてくる突起が明らかに大きい。

 これは突起というよりも壁だ。

 土の壁がメキメキと生えてくる。

 高さ一メートル、幅は五十センチ程。

 さっきの最高記録がペットボトルくらいの大きさだから雲泥の差だ。

 流石に僕が出したやつには敵わないが、それでも明らかに大きくなっている。


「………………………………っ!」


 カナ・ニサンが大口を開けてこちらを見た。

 前髪を上げてたら、彼女の瞳が大きく見開かれていた事だろう。

 めちゃくちゃ驚いているのが判る。


「すっごく大きくなったな」

 と僕は言った。カナ・ニサンが驚きすぎているので、逆に冷静になってしまった。


「……………………ッ! ……………………ッ!」


 カナ・ニサンは、自分の感情を言葉に表せずにいた。

 なので僕は手を軽く上げてみた。

 するとカナ・ニサンは僕の意図をすぐに読み取り、パァン! とハイタッチを決めた。


「やったぁッ! やったぁッ! すごいすごい! ありがとう!」


 カナ・ニサンが喜びを露わにし、僕に抱き着いてきた。

 柔らかくていい匂いだ。

 けど、今はそういう気分になるのはやめておいた方がいいので、素直に喜びを分かち合った。


 僕はカナ・ニサンを抱きしめ、そして彼女の脇に手をやり、身体を持ち上げた。

 子供を高い高いする時のようなアレだ。

 チート能力があるので、持ち上げるのは容易であり、風船のように簡単に持ち上げられた。


「うわわあわわわあっ! あわわあああわわあっ!」


 僕に持ち上げられて、カナ・ニサンが慌てふためいた。

 なので降ろしてやった。

 まぁ、ある程度大きくなると、こういう風に持ち上げられる機会も少なくなるだろうし。

 慌ててしまうのも仕方あるまい。


「ごめんね。ちょっといきなりだったね」


 素直に謝っておいた。


「いや、そんな事ないよ。ちょっといきなりだったから」


 いきなりだったで、あってるじゃん。


「ごめん。そうじゃなくて、ちょっとびっくりして。でも、ホント凄いよ。ものすごく的確なアドバイス。まるでグラハム様みたい」


「そういや、グラハム・ベントレーの本にもそういうシーンあったっけ」


 主人公の女の子に魔法のアドバイスをするところ。魔法に詳しいグラハム・ベントレーの凄さを表してたシーンでもある。


「やったぁ!」


 とりあえずもう一度ハイタッチをしてみた。

 バチィンッ、と強く叩かれ、打ち負けてしまった。

 余程嬉しかったのか。まだまだ興奮は覚めそうになかった。


「それじゃ、この調子でどんどん魔法を唱えてみようか」


 そう僕は提案してみた。


「うん! やってみる!」


 カナ・ニサンはそれに同意し、魔法の詠唱を始めた。


 僕はそれを優しく見守った。


 胸に一抹の不安を抱えながら。



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