事情聴取
既に手遅れ感もあるのにカナ・ニサンは制服から体操着に着替えてきた。
僕はそれを見た途端、感激に震えた。
膝を付き、両手を天に上げ、瞳を潤ませながら神に祈りを捧げた。
というのも、彼女が履いていたのは、なんと絶滅種であるブルマだったのだ。
「ま、また泣いてる……っ」
カナ・ニサンはシャツをブルマの中に入れていた。
シャツをブルマの中に入れるかどうかはきのこたけのこ戦争に次ぐ戦争の火種となるらしいが、僕はカナ・ニサンが入れるのは賛成だと思った。
やはり着ている人の性格が表れるのが素晴らしい。
おとなしめで、真面目で、服装にあまり頓着のないカナ・ニサンなら、シャツを入れるのは当然とまでは言わなくても、自然だと思った。
そして、着替えてる間に日が暮れてしまったので、今日の訓練はお開きとなった。
結局カナ・ニサンは体操着姿を僕にお披露目する為に着替えてきた事になる。
「ところで、僕をボディガードとして認める件はどうなったの?」
「着替えただけで訓練が終わってしまった間抜けな私に、他に何か言う事はないの?」
「ブルマからパンツがはみ出てるのはとても素晴らしいと思う」
フライング・パー・シャープ。鋭い平手が飛んできた。略してFPS。
以降、FPSがやめられないという発言は、ゲームがやめられないという意味を廃止し、女の子から平手を貰うのがやめられないというドMの言葉とする事を提案。
────認可。
元の世界ではともかく、この世界においてはテレビゲームがないので提案を認可する。
さっきから何を言ってるんだ、僕は。
どうやら叩かれて、一時的に意識が混乱していたようだ。
話を戻そう。
「ところで、僕をボディガードとして認める件はどうなったの?」
「何事もなかったかのように話を戻しちゃった……」
僕の閑話休題っぷりにカナ・ニサンがやや呆れていた様子を見せるが、この件については第三派アルフォートの意思くらい譲れないので構わない。
「返答を求む」催促する。
「えっと……そのうち返事するから待ってくれない……かな?」
「待てないね」と僕は返した。「いくら可愛く言っても誤魔化されないよ」
カップ麺を三分ではなく三十分くらい待てる僕でも、この件については辛抱が効かない。
なにせタイムリミットは残り五日。
いくらヤオ・ワンに対して策があるといえ、あまり長引かせるのはよろしくない。
するとカナ・ニサンは、
「うぅ……」
いきなり泣きそうになった。
「うぇ? 泣いたっ?」
いきなりカナ・ニサンが泣き始めた事に僕は狼狽える。
疚しい事は密かにカナ・ニサンの体臭を嗅いでる事以外していないのに、戸惑いを隠せない。
「…………あぁ? えっと?」
どうすればいいのか。どうして泣き始めたのか。
それが分からない事にはどうしようもない。
「ご、ごめんなさい」
とりあえず謝罪。低頭じゃ効果なさげなので、即土下座に移行。
「…………ぐすっ」
しかし泣き止まない。
ヤオ・ワンなら躊躇なく僕の頭を踏みつけるのに、カナ・ニサンは踏みつけてくれない。
ホントどうすればいいのか。
犬のおまわりさんみたいな気分で僕はカナ・ニサンが泣き止むのを待った。
暫くしてカナ・ニサンは落ち着きを取り戻し、
「ごめんなさい」と謝ってきた。
「ど、どうして?」
謝るの?
もしくは、泣き始めたの?
どちらの意図とも取れるような感じに僕は尋ねた。
「だって、認めたらもう訓練には付き合ってくれないから……」
「いや? 別に訓練くらい付き合うよ?」
途端、カナ・ニサンの涙が止まった。
「…………い、いいの?」
「ブルマ姿を拝めるなら」
「…………っ!」
カナ・ニサンが抱き着いてきた。
僕はその柔らかく、甘い感触に身を委ねながら、
「あ」
と、ここで思い出す。
「そういや大事な話があるんだけど……」
話というか相談になるのかな。
◆
僕は家具の件についてカナ・ニサンに相談をした。彼女は、この件に関して唯一信用ができる相手だからだ。
彼女が信用できる理由は至極単純。
別にデレたからという訳ではなく、(そもそも家具が壊された時は、カナ・ニサンはデレてない)、彼女には鉄壁のアリバイがあるからだ。
アリバイの証人は僕自身なので、それを疑う必要はない。
シンプルであるが故に工作の可能性も考えなくていい。
なのでカナ・ニサンは容疑者から除外でき、唯一、信用の置ける存在となった。
で、その信用の置ける存在に相談した結果。
「そうなんだ」
「…………それだけ? できれば意見を言ってほしいんだけど」
「だって分かんないし。それに、あんまり仲間を疑いたくないから」
「ぬぅ」それを言われたらどうしようもない。こちらから仲間を疑えとは言い辛い。
「別にゴンベー君を信じてない訳じゃないんだよ。ちょっと頭がイッてると思ってるだけで」
「それ、別の意味で信じてなくない?」
そういう風に思われるくらいなら、むしろ普通に疑ってくれた方がマシだ。
「だから力になれないわ。ごめんね」
そんな訳で、カナ・ニサンは信用はできるけど、頼りにならない事が分かった。人生そんなもんだ。
「先に帰るね」
僕が肩を落としていると、気まずくなったか。カナ・ニサンが一足先に寮へと帰っていった。
ま、仕方あるまい。
このまま一緒に帰っても、地獄のような沈黙が続くだけだ。せめてどちらかがそういう空気を打ち破るだけのコミュ力がないと、むしろ険悪さが増すだけだろう。
それに、どうせ明日になればきっと大丈夫だと思う。
ケンカになった訳でもない。
ただ、ちょっとセンシティブな部分に触れてしまっただけ。
だから大丈夫。
そんな事よりも、ボディガードの件を認めてもらう事の方が重要だ。
結局、なんだかんだで聞きそびれてしまった。
いよいよってタイミングで、家具の件を思い出してしまったから仕方ない。
でもまぁ、きっと大丈夫。
今日の調子からして、きっと明日には返事をくれるだろう。
そこまで焦る事はない。
ともあれそんな訳で、家具の件は、僕一人でどうにかしなくちゃならない事となった。
僕一人で。
…………どうしようか。
なんて言っても、僕にできる事なんて限られている。
動くか動かないか。
動くなら、どう動くか。
少し考えてみよう。
「…………とりあえず事情聴取かなぁ」
容疑者は五人。
ブルババは訊いても訊かなくても同じだと思うので四人。
四人のアリバイを聞いてみる事にしよう。
正直、家具を壊した犯人を探すよりも、ボディガードとして認められる件の方が優先度高いのだけど、アリバイ調査については、今のうちにやっておかないと、明日明後日にまわすと、もう覚えてないって事になりそうだ。
だからできるだけ早く。
なんなら今日の内に済ませておきたい。
とりあえずアリバイを聞いて、そこから犯人探しをどうするかについて考えよう。
犯人が分かったところで、状況が改善されるとは決まってないけど、それでもあの悪行をそのまま放置するのは人としてどうかと思う。
ただ、ヒオカさんには家具を壊された事を知られたくないので、こちらの事情は説明せずに事情聴取を行いたいと思っている。
できるかどうかはともかく。
やるだけやってみよう精神。
我ながら、元の世界では考えられないくらい勇気と行動力が付いたように思う。
そろそろカナ・ニサンの背中が見えなくなったので、僕も寮に帰るとする。
◆
寮に帰る。
寮に帰ると、驚いた事に、目当ての四人が寮のロビーで寛いでいた。
「おかえり」とヒオカさんが言う。
「おかえりなさい」とクリネさんが言う。
「おかえり」とコアカさんが言う。
「帰れ」とヤオ・ワンがオチを付ける。
僕の帰るところはここだ。
「ただいまです」と僕は微妙な敬語で言う。
「珍しいですね。四人が集まってるなんて」
「理事長先生から指示されたからね」
クリネさんが理由を説明してくれる。
「なんでも、わたし達に訊きたい事があるんだってね?」
「…………あ、うん。そうですね」
ブルババの指示らしい。
って事は、僕がやろうとしていた事があのババアにはお見通しだったという事になる。
…………あのババア、マジで有能だな。
怖いくらいに。
ブルババ怖ぇとはいえ、予めお膳立てしてくれてたので、僕は戸惑いなく話を切り出す事ができた。
「実は…………昨日の午後、四人が何をしていたか聞きたいんです」
「午後というと、ボクと街に行った後の事かい?」
ギリッ、とヤオ・ワンが歯ぎしりをする。
「そうですね。ちょっと訳あって、四人の行動を知りたいんですよ」
「ふうん……?」
家具が壊された件については説明しなかった。
大きな理由としては、先程言った通り、ヒオカさんにその事を説明したくなかったからだ。
折角、買った物を一日も経たずに壊してしまうなんて、口が裂けても言えない。
聞かれたらどうしようと思っていたが、どうも四人の様子がおかしい。
ヤオ・ワンが不機嫌そうなのは当然の事。
クリネさんは心配そうにこちらの様子を伺い、ヒオカさんはおもちゃを前にした子犬みたいにうずうずしていたが、特に何かを聞いてくる事はなかった。
なので、逆に僕の方から聞いてしまった。
「訳は聞かないんですか?」
「うん」と首肯するヒオカさん。
「理事長先生に、詳しい事は本人が言いたくなさそうだったら、聞かないでおくれ、って言われてるからね」
「そ、そうなんですか……」
キッショ。なんで分かるんだよ。
ブルババから何もかもが見透かされていた。
まるで僕の頭蓋を開いて、脳みそを見られたような気分だった。
別に僕は誰の身体も乗っ取ってなんか…………いや、乗っ取ってたわ。
マジかよ。びっくりだわ。
ブルババのあまりの有能っぷりに恐怖を覚えつつも、僕はあえて深く考えず、この機を逃さんと言わんばかりに、四人にアリバイを尋ねた。
「昨日の昼から夕方まで何をしてました?」
最初に答えたのはクリネさんだった。
「わたしは、昼食からはずっと友達と一緒に居たわ。食堂で食べ終わった後、少しだけおしゃべりして、それから街の方に行って買い物をしたわ。それでぶらぶらと服とかを見た後、学校に戻って、友達と別れて、そのまま真っ直ぐに寮に戻ったわ。確認したいなら友達が全部証言してくれると思う」
という事はアリバイは完璧という事か。
警察とかなら親しい者同士のアリバイ証言は信じないらしいが、今のところそこまで疑う必要はないだろう。
クリネさんはシロという事だ。
次にコアカさんが証言した。
「ワタシはほとんどずっと一人でいました。午後の授業は二つあったので、それらに出席して、その後は学内の購買をチラリと覘き、それから寮に戻りました。以降、夕ご飯まで部屋を出ていません。昼の授業については、出席確認でワタシがそこに居た事は証明できます。ですが、それ以外の行動は何も証明できません」
つまりアリバイはないという事か。
続いてヒオカさんが証言した。
「ボクは、キミと街に行った後は、自室でゆっくりしていたね。それを証明する者は誰もいないかな。それからキミに用事があって、キミの部屋に行ったよ」
「…………来たんですか? 僕の部屋に」
「行ったよ」
なんでもないように、ヒオカさんが言う。
「鍵も開いていたからね。留守だったけど」
「…………な、何か変わった事は?」
僕はできるだけ動揺を隠しながら、ヒオカさんに質問する。
ヒオカさんは別段、何もないように、
「うん? 特にないかな? 強いて言うなら、家具が既に並んでいた事ぐらいかな」
…………という事は、僕が家具を配置してからの事になる。
僕は寮に戻った後は部屋に家具を並べて、その後、図書館に行ってカナ・ニサンを観察していた。
三時間くらい。
その三時間の間にヒオカさんが来た事になる訳か。
「それで、留守だと分かった後は、キミの部屋の前で、いや、厳密にはここ。ロビーだね。ここで待っていたよ」
「待っていたって…………僕の帰りをですか?」
「うん。結局、待ちきれなくて帰ったけど」
「どれくらい待ってました?」
「二時間くらいかなぁ……? そういえば、その間に皆が帰ってくるのを見たよ。ねぇ?」
ヒオカさんの言葉に、三人がそれぞれ首肯する。
…………これは、ものすごい重要な情報だ。
という事はなんだ? いや待て。その前に、確認しなくちゃいけない事がある。
「カ、カナさんも見たんですか?」
「そうだね。カナも見たよ。そういえば、なんだか泣きそうな顔をしていたなぁ。声を掛けても無視されたし。カナが返ってきた後すぐにボクも部屋に戻ったかな」
「………………………………っ」
ちょっと待て。これは、どういう事だ。
今のヒオカさんの証言を信じるなら、僕が帰る直前までヒオカさんはここで、ロビーで待っていた事になる。すれ違いってやつだ。
「だ、誰か僕の部屋に入ってくる人は?」
「いなかったよ。キミの部屋にも目を光らせていたから間違いないね」
「………………………………っ」
「ああ、そういえば」とヒオカさんが思い出したように言う。「なんか、工事の音がうるさかったような覚えがあるなぁ。バキベキ壊れるような音だったような……」
「い、いつですか?」
僕は慌てて問い詰める。ヒオカさんは難しい顔をしながら、
「うーん……よく覚えてないなぁ。たぶん、ここの三人が帰ってきた後かなぁ。カナが帰ってくる前ってのは確実だけど……」
なんてことだ。それはきっと僕の部屋の家具が壊される音だ。間違いない。
「何かあったのかは、聞かない方がいいのかな?」
僕が天井を仰いでいると、クリネさんが不安そうに尋ねてきた。
「…………そ、そうですね。今はちょっと話せません」
「分かったよ」
クリネさんは寂しそうな笑みを見せながらも、それ以上追及してこなかった。
色々と申し訳ないが、今の僕には、彼女を気にする余裕はない。
とりあえず今のヒオカさんの証言を全て信用するなら、僕の部屋は二重に密室だったという事になる。
まずは、部屋の鍵。
こっちは単なるあおり止めなので、道具があれば簡単に開ける事ができる
…………いや、待て。
開けるのはともかく、鍵を掛けるのはどうだ? 難しくはないか?
…………予め準備をしておけば、難しくないのかもしれない。
ただ、時間は掛かるだろう。
そうなると、もう一つの密室が問題になる。
ヒオカさんが見張っていた事。こっちは、どうやって突破したのか全然分からない。
見当もつかない。
不可能犯罪だ。
勿論、ヒオカさんの証言を全て真実だと仮定したらの話だが。仮にヒオカさんが嘘をついてたり、あるいは何かしら見落としがあれば、その限りではない。
「そういえば、ヤオちゃんの証言がまだじゃない?」
クリネさんが最後の証言者に話を振る。
そういえばヤオ・ワンにはまだ話を聞いていなかったか。
僕はヤオ・ワンに視線を向けると、ヤオ・ワンは不機嫌そうな顔をしながらも証言してくれた。
「…………昨日は授業があった後、自室に戻った。それだけ。だからアリバイとかはない」
ヤオ・ワンはアリバイなし、か。
特に情報が増えた訳ではないが、一応頭に入れておこう。
とりあえずこれで四人から話を聞き終えた。
四人ともアリバイに関してはそんなに難しい事はない。
問題はヒオカさんだ。
ヒオカさんの証言があまりにも重大過ぎて、アリバイがどうこうの話ではなくなってしまった。
密室。
この謎を解かなければ、何も話は進まない。
僕は少し考えた後、ふと、とある事に気付いた。
いや、思い出した。
────別にこれはミステリー小説でもなんでもない!
────だから、謎なんか解かなくていいのだ!
そう。人が死んだわけじゃない。
家具屋店長のサムさんは人間のように扱ってたけれど、本当に命が奪われたわけじゃないのだ。
犯人探しをするのも、言うなれば僕の自己満足だ。
この中に犯人がいるとしても、僕はそいつをどうにかできるとは思えない。
皆、美少女だし(ブルババを除く)、ごめんなさいの一言で簡単に許してしまいそうな予感がする。
まぁ、ヤオ・ワンだったら、ごめんなさいだけじゃなくて、何かしら罰(できれば性的なやつ)を与えたい気持ちにはなるかもだけど。
だから一旦、忘れる事にしよう。
そう。これはミステリー小説ではないのだ。
僕は、脳みそよりも股間を回転させるタイプの人間だし。探偵なんかなれやしない。
こういう事は忘れるに限る。
一度開き直ると、憑き物が堕ちたかのように楽になった。
そんな僕の変化に気付いたか、ヒオカさんとクリネさんが同時に、「「あ」」と言った。
「どうやら大丈夫なようだね」とヒオカさん。
「そうですね。ご心配おかけしました」
「悩みがあったらいつでも相談しに来てごらん。勿論、キミが放せる範囲で構わないから」
相談、という単語に、今度は僕は「あ」と声を上げた。
「おや? 何か相談があるという事かな?」
「そうですね。今、思い出した事があります…………だけど」
そう、僕が言ったところで、とうとうしびれを切らしたヤオ・ワンが、
「それってあたしには関係ない話よね。そろそろ帰るわ」
と言って立ち上がり、こちらの返事を待つこともなく、さっさと自室に戻っていった。
廊下を歩き、ガチャリと扉を開け、バタンッと勢いよく閉める。
だいぶお怒りのだったようだ。
むしろここまでよく我慢したな、と言いたいくらいの態度だった。
「やれやれ」とヒオカさんが呟いた。
「すまないね。彼女にしては辛抱強く待ってくれた方だから気にしないでくれ」
「別に気にしてませんよ」と僕は言った。「
むしろ、このタイミングで彼女が席を立ってくれた方が都合が良かったりします」
「ふうん?」ヒオカさんが首を傾げる。
「実を言うと、三人に相談があります」
本当はコアカさんだけに相談するつもりだったけど、別にヒオカさんクリネさんに聞かれても何の問題もない。
「これはさっきの事情聴取とは全然関係ないんですけど」
そう前置きしてから僕は言った。
「どうやったらヤオ・ワンが僕を認めてくれるかなって。一応、策はあるんですけど」
コアカさんだけが、やっぱり、という表情を浮かべた。




