デート
「デートをしようか」
開口一番、ヒオカさんに誘われた。
「…………」
時刻は早朝。起床した後、寮内共用の洗面所で顔を洗ってる最中だった。
「ちょっと待ってください。今、顔、拭きますんで」
「あ、うん。すまない」
用意していたタオルで顔を拭く。
ちなみにこのタオルは風呂場にあったのを勝手に拝借したものだ。
端っこにヤオ・ワンの名前が書いてあるので、実質アメニティグッズだ。
お風呂の時にも使っている。股間と肛門を念入りに拭くよう使っている。
顔を拭いた後、再度、ヒオカさんの誘いを聞く。
「デートをしようか」
「あ、はい。でもその前におはようございます」
「あ、うん。そうだね。まずは挨拶だね。おはよう。すまない」
「…………」
なんだろう。ヒオカさんのカッコいいイメージがどんどん崩れ落ちていってる。
でも、これはこれで素敵だと思えるから不思議だ。
「えっと、それでデートと言いましたか?」
「そうだね。デートをしようと言ったよ。寝ぼけてるのかい?」
「そうですね。ちょっと訳がありまして」
「というと?」
「部屋の電気がちょいとおかしくてですね…………まぁ、それはさておき。デートと言いましたか?」
「そうだね。デートと言ったよ」
「僕とヒオカさんがですか?」
「他に誰がいるんだい?」
僕は周りを見るが、今、寮の洗面所のところには誰もいない。しんと静まり返っている。
「…………もしかして嫌なのかい」
ヒオカさんがしょぼーんと残念そうな顔をした。
「いえいえ! 全然全くこれっぽっちも嫌じゃありません! ちょっといきなりで吃驚して、うまいこと頭が回らなかっただけです!」
僕は勢いよく顔を横に振った。
鏡には残像で阿修羅像みたいになってる奴が映っていた事だろう。
「ああ、よかった。安心した。もしも断られたらものすごく落ち込むところだったよ。具体的には…………ものすごくだね」
全然具体的ではないが、安堵するヒオカさんがものすごく素敵なので良しとする。
「でも、デートってどこに行くんです?」
「その前にまずは朝ごはんを食べようか」
「あ、はい」
そんな訳で、今朝はヒオカさんと朝食を取る事になった。
僕達は、早朝特有の澄んだ空気を吸いながら、一緒に食堂に向かった。
まだ朝早かったので、食堂に行列はできていなかった。
立てかけられたメニュー表には朝食のメニューがいくつかあるが、どれにするべきかよく分からなかった。
迷っていると、ヒオカさんが「ああ、そうか」と納得するようなそぶりをみせ、
「これがいいよ。ボクと同じやつにしよう」とアドバイスをくれた。僕はそれに従った。
朝食は特に待つこともなく渡された。
まるでこちらが注文するやつが予め分かっていたかのようなスピードだ。
僕はそれを受け取り、空いてる席へと向かった。
空席はそこそこあった。昨日みたいなDQN男にも絡まれる事もなかった。
テーブルにおぼんを置き、改めてメニューを確認する。
パン二つと、やや色が青っぽい目玉焼き。それと薄めのテールステーキ。おつまみ程度にスライスチーズとサラダ。ミルクも付いていた。
ヒオカさんは慣れたようにステーキを二つに切って、パンに挟んだ。
よく見ればパンには切れ目が入っている。
更には目玉焼きやらチーズやらサラダを一緒に挟み、簡易的なハンバーガーとなった。
「いただきます」と言って口に運んだ。
見るからに美味しそうだ。
僕もそれに倣って、ハンバーガーを作った。
んで、食べた。
「美味しいっ」
一口食べた途端、僕は思わず叫んだ。
ステーキは思ったよりも重くなく、どっちかというとベーコンに近い感じだった。
「そうだね。美味しいよね。でも、これにケチャップを付ければもっと美味しくなるんだよ」
「そうなんですね」
「だけどケチャップはもう使われ過ぎてて、空っぽだったからね」
「補充は頼めないんですか?」
「頼めないよ。これはわざとしている事だからね」
「わざと?」
思わぬ答えに僕は眉をひそめる。
ヒオカさんは話を続ける。
「これがもう少し時間が経つと、ハンバーガーも売り切れて、あまり美味しくないモノしか残らなくなるんだ」
「はぇえ。そうなんですね」
自分と一緒のやつがいいとアドバイスをくれたのは、そのためだったか。
説明を聞いた感じ、どうも朝はやはり時間ギリギリになる生徒が多いから、美味しいやつをわざと少なめに、それとあえて不味いやつをメニューに加えて、人数を分散させようとしているらしい。
食堂側もなかなかいやらしい作戦を使うものだ。
説明を聞いた後に、よくよく周りを観察してみると、他の生徒たちも全員こちらと同じメニューを頼んでいた。
美味しい朝食は、二度寝の誘惑を打ち勝った者に与えられるご褒美という訳か。
◆
「それじゃあ食べ終わったし、目的地に向かおうか」
食事を終えた後、ゴミを片付け、僕達は揃って席を立つ。
「目的地ってどこですか?」
「それは行ってみてのお楽しみさ」
うーん。なかなか引っ張るなぁ。
昔のDBアニメじゃないんだから。
校内を歩く。
その道中、見覚えのある集団と顔を合わせた。
「ひ、ヒオカ様。おはようございます」
一斉に頭を下げるヒオカさんの親衛隊たち。
十人くらい。前回より増えている。
「ああ、おはよう」
それをヒオカさんは慣れたように対応する。
軽く手を上げ、まるで教祖と信者みたいな絵になっている。
「ボクが同じように頭を下げるのを嫌がるんだよ」
ヒオカさんがボソッと僕にだけ聞こえるように呟く。
「成程」
なんとなく解る気がする。
「あの、少しお聞きしていいですか?」
ふと、親衛隊(信者と言った方がいいか?)の内の一人が恐る恐る手を上げ、ヒオカさんに尋ねた。
「そちらの、隣に居る方は一体…………?」
「ああ、彼はボクのボディガガ…………友達さ」
ボディガードと言おうとして噛んでレデ●ガガみたいになって、でもって友達と言い直している。
ただの知り合い以下と言われずに僕は心の中でガッツポーズをした。が、
「これからデートをするんだ」
というヒオカさんの言葉で、僕と、信者たちが凍った。
……な……なんて事をバラすんだヒオカさん…………っ。
僕は心の中で絶叫した。
こんな狂気にまみれた信者たちにそういう言葉を使って説明するとか、まるで火に油を注ぐというか、地雷原でタップダンスするというか、あるいは何の前触れもなくいきなり結婚報告をするアイドルや声優みたいなものじゃないのか。
案の定、半数の信者からバリバリバリンと脳破壊の音が聞こえた。
そして残り半数の信者からは、太宰や芥川などの文豪でしか表せないような超ド級の憤怒と殺意の視線が送られてきた。
中にはレデ●ガガのジャケット写真みたいな顔をする奴もいた。バイクに顔のやつ。
究極の人間肯定ならぬ究極の人間否定。否定してるのは他者だけど。
こんな圧倒的な視線。
もしも僕が元の世界のままの僕だったら、一瞬で気絶してしまっていただろう。
と、思ったら遅れて脳破壊組から同じような視線が送られてきた。
これぞ二重●極み。
「あっ────」
僕は気絶した。
と思ったら、ヒオカさんが倒れそうになる僕を支え、「えいえい」と軽く気付けを行ってくれたので、なんとか意識を保った。
ついでにこちらを支える際、ヒオカさんの柔らかい感触があった事も意識を保つ原因となった。
ビバおっぱい。
「あぁっ! この男! ヒオカさんをいやらしい目で見てます!」「ものすごく羨ましいっ、もといいやらしいっ!」「これだから男は……っ!」「死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑」「濡れた雑巾を鼻の穴に……」
一息。
ヒオカさんが彼女達の反応を見て、分かりやすくため息を吐いた。
それだけで信者たちはたちまち僕への非難をやめ、呼吸すら止めたかのように静かになった。
ヒオカさんは言った。
「ボクを否定するのはいい。けれど、ボクの友達を否定するのはやめてくれないかな。あまりキミ達を見損ないたくない」
「「「「すいませんでしたっ」」」」
信者たちが一斉に土下座をした。
まるで何かのMVみたいにぴったり統一された動きだった。
「だからって土下座はやめてくれないかな……」
ヒオカさんがドン引きしていた。
ヤオ・ワンとは違い、あまり攻撃的ではない人である。
「大丈夫ですよ、ヒオカさん」と僕は言う。
「おそらく彼女達は土下座する事にも悦びを感じるタイプの人だと思いますから」
信者たちが憤怒の眼差しをこちらに向けた。
どうやら違ったようだ。
「すいません。違ったようです」
「あ、うん」
そんな感じでヒオカさんの信者たちに絡まれたが、結局はグダグダな感じでこの場を後にした。
おそらく僕の信者たちからの評価が著しく低下したと思われるが、初めから最低値だったので特に問題はなかった。
「相変わらずすごい人気ですね」
信者たちから離れて、僕は言う。
「うーん。人気というか…………そうなるのかなぁ。ボクとしてはああいう風に扱われるよりも、もう少し普通に接してほしんだけどね。様付けも恥ずかしいからやめてほしいし」
「そうですね」
ヒオカさんの性格ならそう考えるのも判る。
このぶんじゃ、ヒオカさんに彼氏ができた時とか恐ろしい惨劇が起こるだろう。
僕も男だし、できればヒオカさんみたいな美人と付き合いたいと思うけど、そういう意味では付き合いたくないと思う。
死にたくないし。
そんなこんなしてたら、いつの間にか校門のところまで来ていた。
普通に通過する。
「学校を出るんですか? 授業は?」
「出るよ。行くのは商業街の方さ。授業はサボりだね。安心してくれ。出席日数は余裕で足りている。内容の方は出席してても追いつかないから問題ない」
「それはそれで問題なような……」
まぁ、今までの言動からヒオカさんがあんまり頭良いタイプではないのは察してたけど。
でもやっぱり少し残念な気持ちになる。
ポンコツ美人。ヒオカさん。
これはこれで素敵だと思えるから美人ってのはやっぱり卑怯だ。
◆
「道に迷ってしまった……」
前言撤回したくなってきた。
でも、まだ大丈夫。
まだまだいける。
三十代の婚活くらいいける。
ヒオカさんは迷子になってしまったにもかかわらず、然程慌ててはいなかった。
「迷子になるのは珍しくないからね」
自信たっぷりに言うのはちょっと違うと思うけど。
「でもどこでしょうか、ここは……」
僕は辺りを見渡す。
ついさっきまでは普通にザ・街の中って感じだったけど、気付けばやや治安が悪そうなところに来ている。
地べたに座り込んで仲間と談笑しているチンピラに、通りすがる人達の腕を下着姿のようなで引っ張る若い女性。客引きか。
晴天なのになぜか全体的に薄暗くて、路地裏みたいな雰囲気が漂っている。
商業街というよりスラム街って感じだ。
そんなヤバそうなところを十人すれ違ったら二十人が振り返るような美人のヒオカさんが歩くと、そりゃもう危険が危なくて、リスクがデンジャーだ。
送られてくる視線も街中のミニスカチラ見程度のモノからパンモロ凝視レベルに変化している。
危険度もそれに伴い指数的な上昇を見せている。
「やぁお姉ちゃん。綺麗だね。俺たちと一緒に遊ばない?」
案の定、声を掛けてくる輩が現れた。
男二人。絵にかいたようなチンピラだ。僕よりも頭一つデカい。
元の世界のゴミカスヘタレな僕ならともかく、異世界チートで余裕がゴミ箱内のティッシュくらいたっぷりな僕はそんなものに退くはずもない。
っていうか、これがボディガードの仕事か、と思いながら、
「ひゃ、ひゃいひゃい。しゅ、しゅみませんけど……」
ごめん。やっぱちょっとビビってた。でも気を取り直して、
「はいはい。すみませんけど、通してください」
と言って、ヒオカさんとチンピラの間に割って入る。
「ああん? なんだてめぇは? どけよ」
「お呼びじゃねぇんだよ」
言葉と同時に拳が出てくる。
怖かったけど逆に安心した。異世界チートならこれくらいの方がやりやすい。
一瞬ビビッてしゃがみ込みそうになるが頑張って堪えて、あえて避けたり防御したりせずに、その攻撃を顔面で受け止める。
「はっはっ、よえぇくせにでしゃばるからこんな事に…………なんだと…………っ?」
全くダメージの入ってない僕の様子に、テンプレがチンピラのようにたじろぐ。逆か。
僕は出された拳を掴み、
「通してくれますよね?」と余裕の笑み。
鼻血すら出ていない。
殴られる事で、相手の強さがはっきり分かったので、余裕も取り戻している。
「ひぃっ」とチンピラが怯えた反応を見せる。
こうなるともう全く怖くない。
僕は邪悪さを意識して微笑む。
こういうのは優しく微笑む方が効果的だ。
チートの力でイキるのは若干恥ずかしいけど、全裸でビッグマグナムを大回転させるよりはマシかと我ながら意味わからない開き直り方をしておく。
てか、こうでもしないとヒオカさんに被害が及ぶかもしれないし。
拳を掴んだ手に若干力を込め、
「二度と僕達に話し掛けないでくださいね」と言って、それからヒオカさんに聞こえないよう耳元で,
「彼女に近付いたら殺す」とASMRでもないのに囁いて、この場を去る。
僕の威圧にチンピラ二人は顔を引き攣らせたまま、その場で立ち尽くしていた。
そのうち一人の股間が元気になってたような気もするが、きっと気のせいだろう。
◆
若干のトラブルに見舞われながらも、僕達はなんとかスラム街っぽいところから脱出し、ほっと息を吐く。
「いやぁ、びっくりしましたね」
「あの人達はキミの知り合いだったのかい?」
不思議そうにヒオカさんが後ろを振り返り、首を傾げている。
どうやら何も状況が飲み込めてなかったようだ。
「しかしなんだ。知り合いだとしてもいきなり殴ってくるなんて、あんまりいい人達とは言えないね。ああいう事をやめてもらうか、もしくは付き合い自体をやめた方がいいと思うよ。自分から言えないなら、ボクから言ってやってもいい」
「違いますよ」と僕は言う。
「アレはただのナンパです。ヒオカさんが美人だからちょっかい掛けてきたんですよ」
「ああなんだ。いつものやつか」ヒオカさんが納得したように言う。
「いきなりパンチしてくるから、てっきり別のやつかと勘違いしていたよ」
「いつも絡まれてるんですか?」と僕は尋ねる。
「そうだね。ああいうのは無視するようにと皆から言われてるから、基本相手にしてないね。それで大抵の奴はやる気をなくして去っていくよ。たまに無理やり絡んでくる時もあるけど、その時はあのコ達が悲鳴を上げて、どうにか片付けてくれるんだ」
「あのコ達っていうと……信者のコ達ですか?」
「信者?」と分かってないようなヒオカさん。
「ああいや、その、校門の近くで話したコ達の事です」
「ん、ああ、そうだね。あのコ達は基本的に荒事には向かないタイプが多いんだが、それでも、なんというか……団結力? みたいなのがあって、意外と頼りになるんだ」
「…………そうですか」
確かにあの人数で叫ばれたら、よほどの奴じゃない限りその場から逃げ去るだろう。
団結力もそうだし、あとはなんというべきか、実際に対峙してみないと分からない、鬼気迫るモノがありそうだ。
とんでもない形相で睨まれた経験のある僕だから、なんとなく判る。
実力差とか関係ない。
「それじゃそろそろ行こうか」とヒオカさんが手を差し出してくる。
「どうやら見覚えのある場所に出てきたようだし」
僕は少し戸惑ったが、差し出された手を掴んだ。
細くて柔らかい手だった。
◆
「……すまない。また迷ってしまったようだ……」
「マジですか」
◆
再び迷子になったが、暫く歩いてようやく目的地らしき場所に到着した。
「やっとで着いたよ」
握っていた手を解いて、ヒオカさんがとあるお店を指さす。
「ここがヒオカさんが来たかった場所ですか?」
「そうだね。ここが今回の目的地さ」
僕はヒオカさんが指し示す場所を見る。
そこはとりたてて変なところのない、普通の家具屋さんだった。
しかし、それは僕が元の世界基準で見てるからおかしなところが見当たらないだけで、実際のところは…………という訳でもなさそうだ。
ここに来るまでに沢山のお店を素通りしながら見てきたけど、それらと見比べてもやはりおかしなところは見当たらない。
どこからどう見ても普通の家具屋さんだ。少なくとも外観は。
「家具屋さん…………ですか?」念の為ヒオカさんに確認してみる。
「そうだね。家具屋さんだよ」あっけらかんとヒオカさんが肯定する。やはりそうらしい。
「えっと、どうして…………?」
「そりゃあ、ゴンベー君が引っ越ししてきたから、必要かなって思って」
「ああ、そういう…………」
合点がいき、納得する。
「お気遣いありがとうございます」
礼を言う。
「いえいえ。どういたしまして」
ヒオカさんが嬉しそうに微笑む。こういうところはカッコいいというよりも可愛らしい。
ふと思う。
イケメン美人でカッコいいヒオカさん。
中身はポンコツ気味だけど、それでも他人を思い遣る心があって、とても素敵な人だと思う。
一緒に居て、すごく幸せな気持ちになれる。
「それじゃあ行こうか」
ヒオカさんに促され、僕は店内へと入る。胸がぽかぽかする。
────この後、僕はとても酷い目に遭うのだが、この時の僕は、全く夢にも思わなかった。




