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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
11/43

逃亡

「ううん。どうしよう。どうしよう」


 予想外の結果となってしまった。

 実をいうとヒオカさんは三人の中では一番の本命だったので、保留と言う結果には思わず頭を抱えた。

 このままでは全員から許可を貰えず、失敗してしまう。

 ブルババは学園の生徒である事を保障してくれてはいるが、メタ的に考えたらこれはバッドエンド直行の駄目なパターンではないかと恐れているので、できれば避けたい展開だ。


 しかしまぁ、このままうじうじ落ち込んでても仕方ないので、ひとまずは気持ちを切り替え、残りの二人を捜索する。


 残りは普通な感じのクリネさんか、メカクレ少女のカナ・ニサンだ。


 クリネさんはコアカさんからたぶんダメだとお墨付きで、カナ・ニサンにいたっては未だ言葉一つ交わせてない断絶状態でもはやヤオ・ワン並に論外。


 ううむ。


 再度頭を抱える。


 こいつはなかなかに絶望的だ。

 もしもこのままだとバッドエンド直行、いやもういっそ諦めてバッドエンド直行を受け入れてしまえば楽になるのではないか、なんて思い始めた頃、二人目の捜索対象を発見する。


 二人目はクリネさんの方だった。


 クリネさんはおそらく保留になるってさっきも言ったけど、それはあくまで僕とコアカさんの予想にしか過ぎないので、考えようによっては今からの交渉、誘導次第でそいつを覆し、案外あっさりと僕をボディガードとして認めてくれる可能性だってあるって事だ。


 よし。と僕は意を決し、クリネさんのもとへ歩みを進める。


 クリネさんが居るのは屋外のカフェテラス前。そこに友達数名と一緒にお喋りをしている。


 僕が近付くと、クリネさんはこちらに気付き、友達に断りを入れてから、一人で駆け寄ってくれた。

 僕は彼女に声を掛けた。


「やあ、クリネさん。実は頼みがあって────、」


「わたしはコアカちゃんと一緒で保留ね」


「…………」


 開口一番に断られた。


「話はコアカちゃんから聞いたよ。いやぁ大変な事になったね。それでいま言った通り、わたしも誰かがオッケーするまで保留でお願いね」


「……………………そんなぁ」


 まさか開口一番で断られるとは思わなかった。

 交渉どころか、状況を説明する前だ。

 てか、クリネさんの状況説明(彼女も既に話を聞いたって事)すら行う前に断りの言葉を入れてきているところから、もう交渉の余地なしってのが嫌でも判る。

 クリネさんの有無を言わせぬ勢いに、僕は思わず膝から崩れ落ちる。


「あ、制服着替えたんだね。女子用も似合ってたから、また今度見てみたいな」


 明るい口調で違う話題に切り替えるクリネさんを見て、僕は彼女があの五人の中で一筋縄ではいかないんじゃないかと思い始めた。


 普通が一番恐ろしいってやつ?

 深いようなそうでないような……。


 ともあれ、そんな感じでクリネさんとの交渉は、僕の交友関係の如く、始まる前に終わりを迎えた。


 という訳で残りは一人。

 未だ言葉を交わせてないメカクレ少女。


 カナ・ニサンだ。



 ◆



 カナ・ニサンを探しに学内を色々と回った。

 食堂やらカフェ、博物館に女子更衣室前など、実に様々な場所を探し回った。


 だけど見つからなかった。


 博物館では魔剣とか見るからに中二病心をくすぐる怪しい武器を見つけたし、女子更衣室前では女性下着を頭にかぶる怪しい汚っさんだって見つけた。


 だけど肝心のカナ・ニサンは見つけられなかった。


 そしたら途中でコアカさんと会った。コアカさんはカナ・ニサンの居場所に見当が付いていた。


「あのコは基本図書館にいますね」


 そんな訳で図書館に向かった。

 学校案内の時に図書館の場所もきちんと教えてもらっていたので迷う事はなかった。


 で、図書館に入ると…………いた。カナ・ニサンだ。

 カナ・ニサンは部屋の隅に一人で本を読んでいた。

 …………いや、あの感じは違う。

 僕には解る。

 ぼっちを極めた僕には、彼女が一人ではなく独りでいる事が解る。


 …………まぁ、一緒っちゃ一緒なんだけれども。


 一人と独り。


 後者の方が孤独感が強いと思うので、個人的にぼっちを印象付けたい時は独りと表記してる。

 一人は数を表す時で。

 独りはぼっちを表す時で。

 ひとりは劇団で。


 たぶん辞書をきちんと読めば、使い分けを正しくできると思うけど、この世界には当然日本語の辞書がないので、調べようがない。

 いやまぁ間違ったって別にいいだろう。誰も指摘しようがない。


 それよりも、彼女は『独り』だ。

 独り。

 孤独だ。


 これはあくまで持論だが、独りを寂しいと思うのは、まだぼっちの中でも軽度の人だと思う。

 孤独というのは、独りが当たり前になってからが本番で、そこから永く重い時を経て、更なる領域へと足を踏み入れていく。


 その領域(末期状態)については様々な形態があるから、これはこうと一概にまとめきれないが、基本的に第三者視点においてはあまり幸せとは言い難いモノだと思う。


 かく言う僕もその領域に片足を突っ込んでいた。

 元の世界ではよくすね毛に名前を付けて友達にしたり、屁の音でクラシックを演奏しようとしていた。

 今にして思えば、アレは孤独の症状だったように思う。


 冷静に考えたら、すね毛フレンズ、放屁クラシックなんてとても正気の沙汰とは思えないが、その時は全くこれっぽちも気付かなかった。それだけ孤独というのは正気を狂わせるものだって事だ。


 そしてカナ・ニサン。


 彼女は独りで本を読んでいる。

 僕がこうして好き勝手ぼっちについて脳内で語ってるけど、その間も彼女は全く視線を外に向けず、まるで本の中こそが自分の世界だと言わんばかりに没頭している。

 男がお気に入りのエロ画像にのめり込む時のアレに近い。


 とりあえず声を掛けてみよう。

 これまでは彼女自身に声を掛ける機会がなかったから偶々会話がなかっただけかもしれない。

 こうして直接話しかけてみたら案外喋りやすかったって可能性もあるのだ。

 だからいってみよう。やってみよう。頑張ってみよう。


 そう意気込んで、僕は彼女に歩み寄ってみる。


 ────と、ここで僕はある違和感を覚えた。


 違和感の正体は股間の方から来ていた。

 僕の股間は今、とても大きくなっている。

 これは勃起しているという意味ではなく、純粋に今までの自分のモノとは違うという意味だ。

 僕はこの世界に肉体が変化した。

 顔も声も何もかもが変わった。

 誰か別の人に乗り移っているような状態だ。

 詳しくは分からない。

 考えても仕方ないと諦めている。

 だから考えてこなかった。

 別にそれはいい。

 ただ、今、こうして歩みだそうとした時に、ふと、自分の股関節の感触が元の世界の自分と違うと感じた。

 元の世界の自分の肉体と今の自分の肉体で、主観的に、一番変化が顕著なのが股間だった。

 それを改めて感じただけだ。

 だからこの瞬間に何かが変わった訳ではない。

 あくまで僕が元の世界の僕と違うって事を自覚しただけだ。

 ふと、我に返ったと言い換えてもいい。

 元の世界の時と異なる股間のサイズがそうさせただけだ。

 そして、その感触が、今、自分というものが一体どこにあるのだろうと思わせた。



 カナ・ニサンに話し掛ける。

 その行為。

 それにはちゃんと理由がある。

 目的がある。

 だけど元の世界の自分では、たとえ理由や目的があっても、こうやって意気込んで行くというのが考えられない。

 異世界に来て精神が高揚しているせいか。

 本当にそうなのか。

 もしかして自分が、自分という魂が、この得体の知れない、正体不明の肉体に引っ張られてるんじゃないかと思った。

 明るく活発になるだけならいい。

 だけどそうじゃなくて、もしかすると僕自身が消えてしまうんじゃないかって思ってしまった。

 考えてしまった。


 すると、急に足元が消えてしまったかのように、視界がグラつき、世界が倒れてようとしていた。

 咄嗟に何かを掴もうと手を伸ばすも、何も掴めない。

 否、手を伸ばしたつもりで、どこにも伸ばしていない。

 倒れる。

 倒れてしまう。


 どうしようもない不安。


 しかしそれに気付くと、唐突に視界のグラつきが収まり、世界が休息に起き上がっていった。

 その変化に合わせて、僕はなんとか踏ん張り、態勢を立て直した。

 ……大丈夫。今のは錯覚だ。

 何も起きてない。


 突然、自分を見失いそうになってしまった。

 だが、締め付けるような不安が僕の存在を確かなモノだと認識させた。

 この不安は僕のモノだ。

 決してこの肉体のモノではない。


 不安だからこそ安堵するという奇妙なパラドックスが僕の胸の内で生まれていた。

 矛盾した感覚だからこそ、僕を安定に導いていた。


 ────ふと、我に返った。


 僕は何をしていた。

 何をしようとしていた。

 そうだ。今、僕はカナ・ニサンに話し掛けようとしていたのだ。

 急に訳の分からん精神世界に入って、あれこれ思い悩んでしまっていた。

 戦闘中の回想シーンみたいな感じで。


 どうしてこんな事になったのか。

 理由はなんとなく判る。

 おそらくカナ・ニサンに対する共感性だ。

 カナ・ニサンが明らかにぼっち属性持ちだから、元の世界時の感覚が蘇り、闇に誘われるかのように、正気を失っていたのだ。 


 けれども僕は立ち直った。

 色々、葛藤はあったけれども、なんとか立ち直れた。


 そして見る。


 カナ・ニサンは独りだ。

 孤独だ。冷たくて、色彩のない孤独の沼にどっぷりと浸かり込んでいる。

 僕は今からそれを引き上げなくてはならない。


 ああ、そうか。

 これは救いだ。

 ある種の救助活動だ。

 僕が助けを求めるのではなく、孤独に耽るカナ・ニサンを救う為の手だ。

 孤独の辛さを知っている僕だからこそ行える救いの手だ。


 息を吸い、ゆっくりと吐く。

 そして軽く手を上げ、


「やぁ」と声を掛けた。

 できるだけ優しく。

 可能な限り自然に。


 すると、カナ・ニサンは顔を上げ、こちらを見た。そして、



「きゃぁあああああああああっ!」

 と悲鳴を上げた。



 耳をつんざくような叫びが図書館内に響き渡った。


 カーテンのような長い前髪の隙間から、彼女の大きく見開かれた瞳が見えた。

 隙間から見えるタイプのメカクレ少女のようだ。


 カナ・ニサンは、僕の股間の如く、勢いよく立ち上がった。

 それから机や椅子を蹴散らし、その場から逃げ去ってしまった。


「…………」


 僕はそれを呆然と眺めた。

 どうしてこんな事にと、考えたが、思考は上手くまとまらず、差し出した手と同様、停止し、固まっていた。


 一分くらいその場で立ち尽くしてたら、ふと背後から肩を叩かれた。

 肩に手を置いたのは、妙に爽やかな笑みを見せた中年の男だった。


 警備員だ。


「ちょっと、行こうか」


 有無を言わせぬ態度で、彼は親指を出口側に向けた。


 こうして僕は逮捕された。


 留置所の床はひんやりと冷たかった。


 隣の檻では下着を頭にかぶっていた怪しい汚っさんが自らの過ちを後悔していた。



 ◆



「お勤めご苦労さん」


 ブルババにからかわれつつ、僕は留置所を出た。


 あの後、僕は留置所の中に拘束。

 まさかこのままずっと犯罪者扱いなのかなと思ったが、目撃者の証言とブルババの権力であっさり無罪放免。

 ブルババを保証人として無事釈放となった。

 短い拘束だった。


 とはいえ、捕まった事には変わらない。

 まさか女の子に声を掛けるだけで逮捕されるとは驚きだ。

 まるで現代社会みたいだ。


「カナ・ニサンは人見知りが激しいからね。他の奴から攻めてみたらどうだい?」

 とブルババが言った。


「他の奴が駄目だったから、最後にあのコを狙ったんだよ」


 僕はブルババにこれまでの流れを説明した。

 それを聞いてブルババはケラケラと他人事のように笑った。

 実際、他人事なんだろうけど。


「だいぶ難航しているようさね。ま、頑張るんだね。死体は拾ってやるから」


「骨じゃないのかよ」


「そういうのは骨のある男になってから言うんだね」


「さいですか」


 ブルババは軽く咳き込み、話を切り替えた。


「ところで、実はあんたに渡すものがあるんだが…………まさかこうやって呼び出されるとは思わなかったから、他の奴に頼んでるさね。来たら遠慮なく受け取っといてくれ」


「誰に? 何を?」


「それはその時のお楽しみさね。ま、ある意味あって当たり前のもんだから、そんなに期待しないでおくれ」


 そう言い残してブルババは、この場────学生風紀指導室から立ち去った。

 軽口を叩かれはしたが、忙しいところにわざわざ来てくれたので、普通に感謝した。


「ありがとう。ブルバ……っ、理事長先生」


 僕の言葉に、ブルババは背を向けたまま、手をひらひらさせた。

 僕はその背を見送りながら、ぼそっと呟いた。


「……あって当たり前って、一体何を渡されるんだろうな」


 それが分かるのは、それから一時間後だった。



 ◆



 自室に戻ると、部屋の電気がつけっ放しである事に気付いた。

「あらら消したと思ったんだけど」

 ボケたんだろうか。


 まぁいいかと思い、ベッドに寝ころぶ。

 それからぼんやりと天井を眺めつつ、この先の事について考えた。


「結局、誰からも許可を貰えなかったなぁ……」


 ただ、全員から拒絶された訳ではなく、内三人からは保留で、肝心のカナ・ニサンについては要求どころか、まだ話もできていない状態だ。

 彼女から許可を貰えば、自動的に三人も同意してくれる流れになっているから、そこまで状況は悪くない。


 悪くはない…………が、やはり問題はある。


 どうやって話を聞いてもらうか。まずはそれに尽きる。


 話さえ聞いてもらえれば、それと強く押していけば、あとは野となれ山となれ、そこそこイケるんじゃないかと僕はふんでいる。

 カナ・ニサンは見るからに押しに弱そうだ。

 確かに、僕のボディガード就任にはあまり乗り気ではなかったが、強く、キャッチセールスのように押していけば、意外と簡単に落ちるのではないか。

 そう感じている。


 問題もある。

 その、強く押すという行為を、コミュ障ぼっちである僕にできるかどうか。

 それもまた大きな問題の一つだ。

 せめて僕がもう少し陽キャで自信家でナルシストだったら、こんな事を悩まなくて済むだろうに。

 僕にとって積極的に押していく行為は、清水の舞台から飛び降りるかのように勇気がいって、そこでムーンサルトを決めるかのように難易度が高い。

 しかしここでくよくよしてても仕方ないので、とりあえず前向きに考えていこうと思う。


 息を吐く。


 …………やはり、元の世界の自分とは少し変わっている。

 元の世界での僕なら、今のこのタイミングで前向きになるのはおかしい。

 元の世界の僕ならここで、もうだめだぁおしまいだぁ、と悲嘆に暮れ絶望するだろうに。

 落ち込んでも仕方ないと思うのは、何かしら変化が起きている証拠だ。


 と、ここで不意に扉がノックされた。

 僕は身体を起こし、放屁を堪えつつ「はぁい」とノックの主に返事をする。

 それから立ち上がって、扉を開ける。

 と、そこに居たのはなんと、ぶちギレ短気少女のヤオ・ワンだった。


「………………………………っ」


 僕への好意が政治家のモラル並に少ないヤオ・ワンである。

 そいつがどうして僕の部屋の前に立っているのか。

 僕は驚愕のあまり呆然として、言葉を失っていた。

 括約筋も緩んでしまっていた。


「ちょっと、何か言ったらどうなの?」

 とヤオ・ワンが姑のようにいちゃもんをつける。


「ああ、ごめん。まさかヤオ・ワンが来るとは思ってなかったから」


「勝手に呼び捨てにしないでくれる?」


「ヤオ・ワンさんが……」


「ヤオ・ワン様ね」


「…………ヤオ・ワンさんが、」


「ふんっ」


 蹴られた。

 容赦のない蹴りが僕の金的にクリーンヒットした。


 僕はその場で膝を付いた。

 身体を丸めて蹲ろうとしたところで、ヤオ・ワンの追撃が来た。

 膝だ。

 彼女の鋭い膝が僕の顔面にこれまたクリーンヒットし、僕の顔が上がった。

 鼻血が噴出する。

 更には、膝でこじ開けられた胴体のところにダメ押しの一撃。

 付き飛ばすような蹴りで僕は簡単に吹っ飛ばされた。


「ぐぇっ」


 床を転がり、悶絶する。

 後半二発はともかく、最初の一撃が重すぎた。

 不意打ちの金的は修学旅行でグループを作らないといけないくらいの残虐さだ。

 異世界チートでも堪え切れない。


「上がるわよ」と、こちらの返事を待たずにヤオ・ワンが勝手に僕の部屋に入ってきた。

 んで、当たり前のようにベッドに腰掛けた。

 彼女は反対側の壁、タンスがある方を見上げつつ、


「くっさ」

 顔をしかめた。語尾にハートマークがないタイプだった。


「うわ、マジくっさ!」


「…………」


 ヤオ・ワンの反応。

 これで悦べるかどうかで、これからの人生を楽しめるかどうかが別れるだろう。

 残念ながら僕はまだまだ初級者なので、語尾にハートマークがないタイプの罵倒は悦べなかった。

 ちなみに臭いのもとは、僕のすかしだった。


 それはともかく、用件を尋ねてみた。

「何の用?」


「何だと思う?」


「え? 股を開きに来たとか?」

 僕の顔面に赤い花が咲いた。


 間。


「理事長から頼まれたのよ」

 そう言ってヤオ・ワンは胸元から封筒を出す。


 中身を確認させてもらうと、それが紙幣だと判る。 


「…………ああ、ブルババの使いか」

 なんかさっき意味ありげに言ってた覚えがある。


「当面の生活費だって」ヤオ・ワンは偽悪的な笑みを浮かべる。「随分、待遇が良いみたいね。もしかして本当に身体を売ってる?」


「な訳ねぇだろ。なぁ、失礼って言葉知ってるか?」


「あんたに言われたくないんだけど?」


 ごもっとも。

 股を開きに来たとか、確かに失礼だったと反省する。


 それから僕は軽く息を吐き、


「んで? 用件はこれで終わり? なら、早く出てってほしいんだけど」


 僕の塩対応にヤオ・ワンが挑発的な笑みを浮かべる。


「随分とご挨拶ね。あたしに認められなきゃ、あんた、ボディガードを続けられないの知ってるの?」


「だって、ここで歓迎してもどうせ答えは変わらないでしょ。それなら塩対応でもいいじゃんか」むしろ変に絡んだ方がますます好感度は下がっていく一方だと思う。


「それもそうね」

 ヤオ・ワンがあっさりと認める。

「あんたなんかに接待されても、気持ち悪いだけだし。そろそろ帰ろうかしら」


「おう。帰れ帰れ」


 しっしっ、と手を振って言う。我ながら雑な対応である。


 コミュ障の僕だけど、ある意味ヤオ・ワンはやりやすい相手かもしれない。

 今にして思えば、ブルババとの対話は僕にとっていい練習となったと思う。


 ヤオ・ワンも特に文句を言わずに帰ろうとする。

 と、思ったら、すぐに立ち止まり、


「はい。これ」


 何かを手渡してくる。

 カードみたいだ。

 クレジットカードみたいな立派なのではなく、ラジオ体操のハンコを貰うようなしょぼいやつだ。

 表面に四角が五つ書いてある。


「ボディガードとして認めてもらったら、それに印を貰ってちょうだい。インチキできないよう、魔法は掛けてあるから」


「虚偽は不可能って訳か」

 偽るつもりはなかったから別にいいけど。


「他の人達にも伝えておくわね。あと、それと、あんたに一つ言っておくことがあるわ」


「何?」


「あんた、ヒオカ先輩と何かあった?」


「…………別に」


 当然、誤魔化す。

 お風呂でドッキリイベントがあっただなんて、正直に言う必要なんてない。

 僕だけの問題ならともかく、ヒオカさんの問題でもあるので隠すのは必然だ。


「…………あっそう」

 全く納得してなさそうなヤオ・ワン。

「まぁいいわ。それよりも、あんたに一つ言っておくわ」


 それさっきも言った。


「これ以上、ヒオカ先輩に近付かないで」


「…………何で?」


 僕の疑問に、ヤオ・ワンは視線を逸らしつつ、


「他の人はともかく、あの人だけは来るもの拒まずって性格だから。誰かが注意しておく必要あるでしょ。実際、昨日の今日で変な雰囲気になってるじゃない」


「それは…………」

 お風呂でドッキリがあったからとは言えない。

「…………別に、そういうのは他人が口を挟む問題じゃないだ──、」


「他人じゃなくて仲間だから」

 ヤオ・ワンは食い気味に言った。


「大切な仲間だから」更に言った。


「…………」


 ヤオ・ワンの圧力に押された僕は思わず黙った

 。頭を掻きむしり、なんとか言葉を探す。

 が、すぐには見つからない。コミュ障というより、語彙力の問題だろうか。


「警告はしたからね」

 そう言ってヤオ・ワンは僕の返答を待たずに部屋から出て行った。


 僕はそれを見送り、暫くしてから、溜息を吐いて、そしてベッドに寝転んだ。


 …………ヒオカ先輩に近付くな、か。


 警告されてしまった。

 随分真剣に言ってきた訳だが、残念ながら折角の警告も、結局は無駄となる。

 というのも次の日、僕は────、


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