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『巣での日々』と『白獅子の恩恵』。

 


 竜にとっての悪環境を巣に入り浸ることでやり過ごしている一行。

 竜達と親交を深めつつ過ごしていた。



琥珀コハクが最初に比べ少し弱々しいんだけどどうしたのかしら」


「不満そう?確かに少し覇気が無くなってるね」


「私何かしたかな」


「ちょっと聞いてみるよ。『元気無いね、どうかした?体調悪い?』」


「『----』」


「えっ……」


「ねえ李紗。琥珀コハク今なんて言ったの?」


「…………、『お嬢の目が優しくなって面白くない。俺達を警戒して睨みを利かせてた目の方が好きだったし、興奮したのに……。とても残念だ』って落ち込んでるよ」


琥珀コハク……、あんたねえ……。心配して損したわ。気持ち悪い……」


「怜奈、怜奈。琥珀コハクが『お嬢のその目、ゾクゾクしますぜ』だって……」


「李紗、ありがとう。もういいわ、これ以上は聞きたくないから」


「『またまた〜、今俺を罵る時少し嬉しそうにしてただろ。知ってんだぜ』だって」


「…………は?」


 しなくていいと言われたにも関わらず通訳をした李紗。そしてその内容から何かが切れたのかドスの効いた声とともに睨みを効かせた怜奈。


「『それだよ、それ!その目!サイコーだな』」


 歓喜に鳴く竜の姿がそこにはあった。


「…………リィリス、回復魔法の用意しといて。上級の」


「えっ、どうかされたんですか?」


「この駄竜、一度思い知らないと分からないみたいだから」


「ほどほどにしとけよ」


「俺の怜奈がどんどん壊れていく……」



「大丈夫よ。死にはしないから」


 怜奈は笑いながら琥珀コハクを睥睨していた。


 その後、別の意味で昇天した琥珀コハクとそれを必死で回復させるリィリス。そしてそれに用いた『道具』を宝物庫へと直す怜奈の姿。


「『…………サイコーだぜ、お嬢』」


 駄竜がポツリと呟いた……、のを李紗が通訳した。



 という主従っぽい怜奈と琥珀コハクのやり取りがあったり。





「なあ、俺は……?」


「…………。雪華セッカは『あの人が虎鉄様の想い人なんて……。私はこの気持ちをどうしたら……』とか言って私の事若干敵視してる……。なんかすごく複雑……」


「な、おい。李紗の事をそんな目で見てたのかお前」


「『私だって好きな人に好意を悟って貰えないって事で傷つく乙女なんです。想い合っていることへの嫉妬をして何が悪いのですか』」


「いや、悪くは無いけど……。お前がそんな事を思っていたなんて知らなかった。すまん」


「『いえ、知ってもらえただけ良かったです』」


「その気持ちすごく分かりますよ、セッカさん」


 同意したのはリィリスだった。神妙な表情で『うんうん』と頷いている。

 リィリスは李紗に『私も好きな人に妹扱いされてて……。嬉しいんですけど、でもそうじゃない!って感じなんですよ。気持ちが伝わらないって辛いですよね』と言伝をしてもらい雪華セッカに伝える。李紗は『怜奈の事かな……?』とか思いつつそれをしていたため、そんな彼女の態度から全てを察して落ち込むリィリス。

 リィリスの言葉を聞いた雪華セッカは一度李紗を見る。キョトンとした顔で『どうかした?』と聞いてくる李紗に雪華セッカも全てを察した。

 そして李紗に言伝する。


「リィリスちゃん!『貴方とは仲良くなれそうですね。お互いがんばりましょう』だって、良かったね!」


「……李紗さんにそれを言われるのがすごく複雑です……」


「えっ……?」


「なんか、本当にすまん」


「……?どうして虎鉄くんが謝るの?」


「李紗さん……」


「『李紗様……』」


 一人と一体の憐れむような声が重なる。


「えっ?えっ……?」


 げんなりとした顔を向けられた李紗は意味が分からず『?』な顔をして戸惑っていた。

 李紗を囲って暗い表情をする二人と一体。何だか居た堪れない空気に包まれていた。

 


 という色々残念なやり取りがあったり。



ユイは何て言ってる?」


「んーとね『私は家から出たくなかったのに……。身体重い、帰りたい。そして寝たい』って」


「お前も引きこもりだったのか!はは、そうかそうか。やっぱ我が家ってサイコーだよな、超分かるぜ」


「『だよね!あー、布団と結婚したい!そして私は一生お家に居たい』」


「俺も昔よく言ってたわ、それ!」


「『もう空なんて飛べなくてもいいから家に居ざぜで……』」


「声枯れてるわよ、李紗」


「ゲフンゲフン……ちょっと話じ過ぎて喉がやられたみたい……」


「……ありがとう、……お疲れ様」


「『通訳と言うのも大変ですね』」


「うん、本当に疲れだ」


 輝夜カグヤにまで『大変ですね』と気を遣われる程に忙しなく口を動かし続け道中も半分を過ぎた頃には多少頬の筋肉が攣っていた李紗。



「ぞれにじでも、竜也嬉じぞうだね」


「元引きこもりだから思うところがあるのよ、きっと。それよりほら、水飲みなさい。限界なんでしょ」


「ありがどう……」


「その、悪かったな」「すみません、李紗さん」「ごめんな、李紗」


 気遣う怜奈と輝夜カグヤを見て愛竜との会話で李紗に無理をさせていたことに初めて気づいた三人は頭を下げる。

 李紗は『大丈夫だよ、気にしないで』と伝えたかったのだが、声が枯れてもはや何を言っているのか聞き取ることが出来なかった。そしてそんな李紗の言葉を怜奈が通訳。

 以後、竜達も四人も李紗を気遣っていた。


 心労を抱えるユイに共感する竜矢とその途中で酷使していた喉への負担が一挙に襲ってきていた李紗。

 今更ながらそれに気づいた竜達含む全員が李紗を気遣う一幕があったり。



 そうこうして銀竜達の巣で一月過ごした一行は万全な状態を持ってそれぞれが愛でた銀竜の背に乗り遺跡へと向かう。

 虎鉄は雪華セッカに。李紗は輝夜カグヤに。竜也はユイに。怜奈は琥珀コハクに。




「そういえば、私達が遺跡に入っている間、輝夜カグヤ達はどうしようか。一緒に行く?」


「『そうしたいのは山々ですが。遺跡の周囲には強力な結界があるので私達は近づくことが出来ないのです。当然遺跡に入ることも。なので私達は貴方達を待つ間遺跡の周辺を飛び回ります。そして絶対に貴方達の邪魔が入らないよう監視を行います』」


「『李紗様、お任せを……』」


「『飛ぶの疲れるから私は遺跡の前で張っとくね……』」


「『俺はお嬢の帰りを待ってるぜ』」


「『私は輝夜カグヤ様と一緒に飛んで周囲を警戒します』」



「そっか、それは助かるよみんな」




 ややあってたどり着いた遺跡。


 輝夜が言ったようにそこには強固な結界が貼られていた。

 触るとビリッと弾かれたような感覚が来る。どうやらそれを感じたのは李紗だけだったらしく、他四人は素通りしていた。置いていかれそうになった李紗はそんな感触お構いなしに結界を通り抜けた。


 遺跡に入る前に


「『すぐ戻ってくるからねーー!』」


 と輝夜達に叫んびながら手を振る李紗。それに釣られ、ほか四人も手を振る。銀竜達が翼で手を振り返してくれたのを確認し、中へと入っていった。





 遺跡に入ると、それぞれの身体中を何らかの光が覆った。少しこそばゆいような、そんな光は一度身体中を照らした後、すぐに消える。


 光の眩しさから未だ白んでいる目をゆっくり開くと、そこは暗闇だった。この世界に存在しないとされる黒の世界。そしてそこには李紗一人しか居なかった。真っ白な装備を身につけている李紗だけが異質だった。


「おーい!皆、何処に行ったのー?」


 キョロキョロと辺りを見渡しても見えるのは黒い闇だけ。他には何も見えない。

 李紗はどことも知れぬ闇の空間を彷徨い歩き続けた。



「ほんと、ここ何処なの……」


 時間が経つにつれ、段々涙目になって来た李紗。まるで世界から切り離されたように感じた。心が虚無に囚われる感覚。

 どれだけ経ったのだろうという程に長い間歩き続けた時、目の前に扉が見えた。それ石造りで人二人分くらいの高さと横幅をしていた。

 李紗はグッと力を入れて扉を押し開こうと試みる。結構な重量からか押しても押しても少しずつしか動かない。


「ふんっ……!やああああ……!」


 更に力を込めて押す。

 踏ん張って少しずつでも扉を開いていく李紗。何度か休憩を挟みつつ扉を押すこと一時間ほど。やっとこさ2cm程の隙間が出来た程度だった。


『ここに三人が居てくれたら……』


  一瞬そんなことが頭に過ぎるも、すぐに頭をブンブンと振り『甘えちゃダメだ』と自分を叱咤する。両手で両頬を叩く。『しっかりしろ』、と。


「ここには私しかいないんだ。私だけでなんとかしなきゃ……っ!」


 かれこれ半日ほど掛けてようやく通れるくらいには扉を開く事が出来た。

 そしてそのままのフラフラな身体で先へ進んだ。


 進んだ先、そこは草が生い茂る森の中で、小鳥のさえずりが聞こえてきそうな綺麗な場所だった。この世界に小鳥は存在しないが。

 目を遠くに向けると少し行ったところに石造りの建物が見えた。それは幻想的な森には場違いな異彩を放っている。

 疲れに身体を蹌踉よろめかせつつ、まずは近くの水場から水分を補給した。この先の為に空容器に水を汲んでおく。

 そして少しの休憩を挟んだ後、建物を目指した。


 途中、何度か神獣に遭遇する。見た目は様々だったが猫や犬、それに狐のような容姿のものが多かった。

 彼らは銀竜達とは違い明らかに李紗を敵視して襲ってくる。銀竜のように仲良くなれると少し期待した李紗だったが、そうでないと分かり残念に思いつつ剣術を駆使して全て斬り捨てた。警戒しつつゆっくり進み始めた。

 そうして五百匹は斬り捨てただろうかという所でようやく祠とも見える建物に辿り着く。

 李紗は死んだ神獣の肉を非常食として確保した。猫や犬に近い神獣を食べることには多少の戸惑いがあったために省き、狐に似たものだけを選んだ。


 中には神獣がうじゃうじゃいた。剣で一匹一匹を薙ぎ払いつつ進んでいく。入った時点で既に限界が近かった。けれど、進んでも進んでも進んだ気がしない。神獣には狙われ続ける。そしてその度剣を振るう。

 そんな繰り返しでついに限界がやってきた李紗は一角のスペースを確保して休憩を取る事にした。見た目狐っぽい神獣二体分の肉を細かく切り分け、外で汲んだ水を片手にそれらを平らげた。


「……!なにこれ、すごい美味しい!」


 初めて食べた神獣の味は美味でした。

 四分の三ほどの量だけ食べて満腹になった。いつもより食べていないのに食べ過ぎたような感覚。味覚だけで少しお腹が満たせたのだ。いつもより食べられないのも無理はなかった。

 そして『なるほど、美食家が少食な理由が分かった気がするよ』と納得した。


 少し進み空腹に合わせて休憩をして戦って少し進み休憩して……。何度も何度もその繰り返しだった。そうしておそらく一月程が経っただろうかという頃。


 未だ最深部に辿り着かないまま食事として『お肉』を食らいつつ休憩がてら少し横になった李紗。

 いつの間にか眠っていたらしい。ゆっくりと瞼を開いて起き上がった。周囲には狐の見た目をした神獣が十匹ほど一緒になって眠っていた。ハッとして神獣達から離れつつ剣に手を伸ばした李紗。そして驚き慌てて目を覚ました神獣達。彼らからは全くと言っていいほど敵意が感じられなかった。


 不思議に思いつつも神獣に案内されて途中休憩を挟みながら道を進んでいった。

 神獣達の前で『お肉』を食べることを何だか申し訳なく思い、神獣達に『少し休もうか』と声を掛けて皆で横になる。そして彼らが寝たと分かると身体を起こし『お肉』を口にした。


「……う〜ん、美味〜」


 口の中の食感に満足している李紗。顔が蕩けている。

 李紗のそんな声に眠っていた神獣達が目覚める。気分が良さそうな李紗に揃って不思議そうな顔をした。


 李紗は当初の疲労が嘘のように身体を軽く感じていた。神獣の肉を口にした事が影響しているのだが、当人は『やっぱり美味しいものを食べれば元気になれるね』と思い違いをしている。


 神獣達に案内されつつ、ようやくたどり着いた最深部。

 この時既に半年が経過していた。



『まさか神獣共を侍らして来るとはな』


 声の主は精悍な顔つきをしている青年だった。薄紫色の髪に日本人らしい黒目の中の茶色の瞳。

 王座っぽい椅子に腰掛けている、比嘉虎鉄の見た目をした男は仰々しく、そして笑いながらそう言った。


「虎鉄く……」


「我の名はグリーヴァ。この迷宮の王である」


「…………グリーヴァ……さん。その見た目は何」


「我に肉体は存在せん。我は其方ら人間の持つ理想を体現する存在。もし何かの姿を見ているとしたらそれは其方の理想であり望む姿なのだろうよ」


「……そうなんだ……よかった。てっきり虎鉄くんが乗っ取られたのかと」


「まあ、そういう奴も居るが、それは我とは全く異なる存在だ。我ではない」


「あなたの見た目は私の思い描く理想の姿……なんですよね。でも多分あなたの言う理想とそういう意味の理想とは違うはずです。どうして虎鉄くんが……」


「我に聞かれてもな……。なら質問形式で問答し、それに答えるとしよう。『其方はこの姿になりたいと思ったことは?』」


 グリーヴァは指を一本立て質問をした。


「あります。というか一時期、その姿になっていたらしいです。私は記憶を無くしている身なので過去の記憶を映像として眺めただけですが」


「……なんだ……それは。どういう状況だ……。まあいい。次、『其方はどのように力を扱いたい?』」


 二本目を立てながら質問する。


「どのように……。私は誰にも傷ついて欲しくない。誰かが傷つくくらいなら私が守りたい。そして、それが出来る自分でありたい。私は皆を守るために力を振るいたいです」


「……自らを犠牲にしてでも……か。次、『そんな其方は誰かを守ったことはあるか?』」


 三本目を立てた。


「……はい。一度だけあったみたいです。命を懸けて妹を守ったことが」



「十分だ答えは出た」


 三つの質問で理由を察したらしいグリーヴァは李紗の言葉を遮って言う。


「『身を呈してでも誰かを守りたいがため、それを可能とするその力を欲する其方。そして以前、他人の体にいる時に出来ていたそれが出来なくなって、且つ比較した自らの非力さが歯痒い。故に無意識に思い描くのがその時の其方の姿なのだろう』。これが答えだどうだ、満足か?」


 そして三本の指を一本ずつ折りながら解説をした。


「あなたのその姿の理由が分かったのは有難いですが、口に出されてみると役立たずな自分を再認識させられて、少し凹みます」


「寧ろ我は少し其方に興味が出たぞ。もっと其方の話を聞かせて欲しい」


「……えぇ……」


 ニヤニヤと笑うグリーヴァ。

 李紗はそんなグリーヴァに引きつつ、でも虎鉄は絶対しないだろう嫌らしい笑顔が見れて嬉しい、と少し複雑な思いを抱えていた。



 グリーヴァの望むように自らの事を聞かせた李紗。

 転移のこと、死にかけて入れ替わったこと。冒険者として過ごしてきたこと。アレクサンドリアで死にかけて生き延びたこと。そしてここに至るまでのことを。


 そしてグリーヴァは納得したように李紗を見て頭をポンポンと軽く叩く。グリーヴァは思う所があるのか、気遣わしげに李紗を撫でていた。


 そんなことも知らず李紗は『いつか本物の虎鉄くんにこうしてもらいたい』


 とか考えつつ撫でられていた。




「ここってどういう原理で動いてるんですか?」


「選択の間にて我ら神獣達が属性の最も近いものを自分達の世界に呼び込み戦わせる。そして王の間まで辿り着いた者に力を与える。それがこの遺跡の趣旨だ。無属性でしかない其方は同じく無属性の我の元へ。雷を操る者はラムゥ爺の元へ。聖属性を得意としている者はワルキューレの元へ。剣を扱うものはマリリスの元へ。皆それぞれに自らの力に向き合っている」


「神獣……?」


「其方らが『召喚獣』と呼ぶものは皆、元々神獣だった者達だ」


 グリーヴァはそう言って語り始めた。

 この世界の人達が召喚獣と呼ぶ存在は元々神獣だった。ある時、ペットとしていた神獣が亡くなったことを嘆いた者が白魔法を用いて一時的にペットを呼び出すことを可能にした。それが召喚魔法の起源。のちにその魔法が発覚し、戦争に召喚獣という戦力として利用しようとする者が現れ、神獣は次々と被害に遭った。この世界にいた神獣はそうして次々と数を減らしていき、残ったものはこうして迷宮に潜んだ、とそんな神獣達の歴史を……。



「なるほど……」


「だからな、神獣達は人間を恨んでおる」


 それを聞いて思い出す。李紗の姿を見た途端、獰猛と化した沢山の神獣達を。けれど今はこうして擦り寄っている。何故なのか。


「其方、神獣の肉を口にしたと言ったな。おそらくそれによって其方はより神獣に寄ったのだろう。見た目もあれだし、もはや半神獣という感じだ。そしてそれを感じ取った者達が懐いた、とそういうことだろうよ」


 全てが顔に出てしまっていたようでグリーヴァが教えてくれる。


「それで続きだが、其方らは自らの力と向き合い我らと戦い、そして力を手にする。これが本来の流れだ」


「話は分かりました。でも戦うって……そもそも私にはその力がありませんし……。第一、虎鉄くんの顔をした人と戦うのは嫌です」


「言ったであろう。『我は其方ら人間の持つ理想を体現する存在だ』と。今の其方に『この体』と一つになってもらう。そうして其方に力を与える。それに戦う事に関しては腕試し以外のなんでもないから別に戦わんでもいい。だいたい我に肉体はないから……」


『一つになる』とそう聞いた途端、李紗の顔が爆発する。


「………………へっ?ひ、一つになるってそれは……」


 顔を真っ赤にしながら緊張した様子でグリーヴァに尋ねる。


「何を想像しておる。このむっつり小娘が。其方のその身体に『この体』の特性ごと我を宿すという意味であり他意はない。変な意味に捉えるでない」


 呆れ顔のグリーヴァにチョップを決められる。

 痛い。


「……で、ですよね!すみません……」


「はあ……、話の続きだ。最初に言った通り我は肉体を持たぬ。故に試練を与えるでもなくこうして力を与えるのだ。あとは元の場所に戻った後で与えられた力とどのように向き合うかだけだ」


「……分かりました。お願いします」



 指示通り横になって目を閉じる李紗。

 グリーヴァは李紗の右手を取り、それを自らの額に当てた。そして何かを唱える。少し召喚魔法の詠唱に似ているな、と李紗は思った。


 そして詠唱が終わり、魔方陣に包まれる二人。李紗はグリーヴァと、グリーヴァは李紗と意識を繋いだ。互いに互いの記憶を覗き、感覚の共有をする。


 記憶の渦を浮遊している。


 そんな感覚。

 本来のグリーヴァは獅子の姿をしていた。とても雄々しいライオンの姿。白い身体に藤色のたてがみを持っていた。

 文字通り百獣の王だった彼は人間達によって惨殺される神獣達を見て怒り狂う。そして人を神族達を食らうに連れ人間に近づいていった彼は神獣達に命を狙われようになる。最初こそ戸惑い、哀しみを覚えた彼もそれでも神獣達のためにと神獣の楽園《迷宮》を築いていく。百年が経ち、ようやくそれを完成させたグリーヴァは自ら神獣達を煽り、迷宮へと彼らをいざなった。

 そして神獣達に食われて、命を落とした。

 神獣達は獅子を口にした事で猫化、はたまた犬化していった。世代を跨ぐと狐や狼のような見た目をしたものが多くなる。

 その後も魂だけの存在となって彼らを見守り続けたグリーヴァ。神獣達の幸な姿に満足していた。





「…………ぐすっ」


「何故に泣くのだ」


 目を覚まし横たわったままの李紗は止まらない涙を堪えていた。グリーヴァは李紗の方を向いて優しく笑いながら目元を拭ってやる。その身体は半透明になっていた。


「だって……、目の前で仲間が殺されて。仇討ちにと人間を食らう内、人間に近づくことでどんどん非力になっていって。何も出来なくて悔しくて悔しくて。その上、同胞だった神獣達に敵と見なされて追われて、それでも彼らを見捨てずに長い年月を掛けて迷宮を作って、最期には……。……そんなことって……」


「我はそれでも神獣達を守れて良かったと誇りに思っておる」


「でも私はそんな風に必死で生きてきた神獣達を殺しちゃって……そして食べちゃったんです……」


「人と獣のさがよ。仕方のないことだった。寧ろ最初にそれをした事で其方は神獣である彼等を殺さずに済んだ。たとえそれが偶然だったとしても其方がここに神獣等と共に現れたこと、我は本当に嬉しかった……だから、ありがとう」


「…………ごめんなさい」


 グリーヴァは感謝を、李紗は謝罪を相手に同時に伝えた。


 そしてそんな二人を神獣達が囲っていた。


 しばらくそうしていた二人だったが、迷宮の一部が崩落し始めていることに気づいたグリーヴァは時間も無いと言うことで早口で力についての説明をしてくれた。

 雷だったり、その他の力だったり。剣の扱い方についてのアドバイスもくれた。どうも虎鉄が使えない力もいくつかおまけしてくれているらしい。


「我は確かに其方に力を託したが、その力は永続するものではない。あくまで一時的に力を与えただけだ。属性適性の皆無だった其方に適性を与えただけだと思って欲しい。もし今のままを継続したければ近似する力を手にするのが得策だと思う。比嘉虎鉄が宿している《ケツァクウァトル》が最も好ましいが、雷を扱う者の力を手に入れることが出来たならそれなりに同様の力は使えるようになるだろう。例えば比嘉虎鉄が手にした《ラムウ》、雷神と謳われる《インドラ》、そして巨神 《トール》辺りが該当するな。《インドラ》と《トール》の二択ならば《トール》の方が扱いは楽だと思うが……。まあ、どちらに挑むにせよ其方の本当の試練はこれからだな。世界各地にここのような場所がある。召喚士の連れがいるのなら巡ってみるのも良いかもしれぬぞ」」


「……もし何もしないまま力が消えた時、グリーヴァの力はどの程度残りますか」


「無属性の攻撃が多少行える程度にしか残らんだろうな」


「それなら貴方が与えてくれた力は必ず補完してみせます。そして貴方を生かしてみせます」


「ははは、補完が出来ようとそれは難しいだろうな。なに、我は少し長く行き過ぎたのだ。ここらが塩梅なのだろうよ」


「でも……」


「だから、という訳ではないが最期に頼みたい事があるのだ。上の神獣達をここから連れ出してやってくれ。そして『外』に出た彼らを見守ってやって欲しい」


「……それは、はい。承りました…………ぐすっ」


『最期に』なんて言うグリーヴァのその顔がありえない程に穏やかで、何だか泣きたくなる。というか既に泣いていた。


「…………どうして泣く。其方は無事力を手にした。力を望めない身体からは解放され、役に立てずに悔やむことももう無いのだ。もっと自分に自信を持てば良かろう。そして努力して強くなればいい。それとも我が与えた物は不満だったか?それは悪かっ」


「違います!貴方が私に与えてくれた物に感謝こそすれ不満なんてありません!」


 グリーヴァの言葉を遮って『そんなはずない!』と否定する。


「違うんです。私は貴方に生きていて欲しいんです、消えて欲しくないんです。生きて今度こそ神獣達と健やかに暮らして欲しいんです。貴方に幸せを知って欲しいんです」


 そう言って李紗はゆっくりとグリーヴァに抱きついた。そしてそれに返事をするようにグリーヴァも李紗の頭に手を回した。既に胸元まで消失しているグリーヴァ。


「そう思ってくれてありがとうな。しかしな、我は本当に満足なのだ。命を狙われようとこの迷宮を作ったことで神獣達を救えたこと。そして長い年月を経て、誰も訪れなかった迷宮に神獣達を連れて其方が現れてくれたこと。そして短くも其方と触れ合い、こうして其方と一つになれること。その全てがとても喜ばしいのだ。我はこの時の為に生きてきたのではないかと思ってしまうほどに我は其方との巡り合えたことが嬉しい。だから何度でも言おう。ありがとう、本当にありがとう。ありがとう……」


 苦しそうにしながらも心の底から感謝を伝え続ける。そして感謝の言葉が二十回を越えた時には顔しか残っていなかった。

 涙を流しながら、呆然と感謝を受けていた李紗はもうすぐ目の前から居なくなってしまう、と焦り必死でグリーヴァの頭を抱いた。


「いかないで、グリーヴァ……」


「ここを訪れてくれたのが其方で本当に良かった。ありがとう……李紗……」


「待ってグリーヴァ、待って。嫌、いや……。いかないで、待って……グリーヴァ……!」


 口元しか残らぬ彼が最期の感謝を告げる。

 腕の中から感触が完全に消え、発狂する。


「グリーヴァ……!!グリーヴァああぁぁ!!!」


 独りになった一室で泣き喚く。

 グリーヴァの消失を思い知らせるように、そしてそれを悲しむ泣き声に呼応するように少しずつ崩壊している迷宮。

 崩壊する建物の瓦礫は地べたに座り込んで泣き続ける李紗を避けるようにして落ちていた。



 泣き腫らした目を手で擦り、立ち上がる。

 辺りが次々と崩落していき、早くしなければ生き埋めになってしまう。自分はここで死ぬわけにはいかないのだと前を向いた。



 一度目を閉じ、力強く開き直す。

 そして目元に残る水滴を右手で払い除けた。そんな右手の甲には三日月の紋章が刻まれている。そしてそれを基点に腕まで伸びる黒い刺青のような紋様。

 李紗は左手でそれに触れながら迷宮を後にした。



 それから半時程で迷宮は完全に崩壊した。




 少し歩いたところに扉を見つけた。来た時に開いたはずのそれは今は完全に閉ざされている

 身体に雷を纏いつつ、扉に歩み寄る。

 そして片手で力任せに押し開く。来た時には微動だにしなかった扉がすんなり開いた。



 そしてこの空間に住み着いていた神獣達をその扉へと誘導する。

 途中、森の方へ向かった際に自分の腕から皮膚の一部を剥ぎ、土に埋めた。そしてその上から平ための石を突き立てて手を合わせた。


「沢山の狐さん、そして他の皆も……ごめんなさい……。貴方達のお陰で私は今も生きています。だから、ありがとう」


 何も知らずに斬り殺してしまった神獣達へ。そして中でも食料としてしまった狐神獣達へ。これまで必死で生きてきた彼らに謝罪と

 狐神獣達を食べて生活していた影響か、狐人ルナールのような見た目になっていた李紗は頭を上げて付け足すように感謝を残してその場を後にした。




「ここの神獣達は全員きちんと外へ転送しましたよ、グリーヴァ」


 神獣達を全員扉へと逃がし、そんな報告をする。


「……ありがとうございました、お世話になりました」


 振り返りって迷宮の方へ頭を下げる。そして再び扉の方へと向き直り、暗闇の中に足を突っ込んだ。




「戻ったら皆と一緒に次の祠に行かなきゃね。そしてまずは雷の召喚獣を手に入れて、次は《オーディン》だ」


 そんな事を思いつつ暗闇を歩いていた李紗だった。

 これまた最初とは違い、暗闇を彷徨うこともなく進んでいく。真っ直ぐ、真っ直ぐに。


 目の前に白い通路が現れる。ようやく出口だ、とその白に足を踏み入れた途端、再び身体中を白い光が包み込む。


「えっ……、これって……」



 眩い光が残る瞼を無理矢理に開けて辺りを見渡す。李紗が転移された場所は広大な砂漠。

 そして眼前にはタージ・マハルのような見た目をした白い建造物が立っている。


「まさか、こんな直ぐに他の迷宮に迷い込むなんて……。それにしても魔力適性を持っている場合には強制的に転移させられるんだね……。グリーヴァの時は暗闇を長い間歩き続けて、扉に辿り着いて。そして頑張って扉を開けてって苦労したのにな」


 何時間も掛けてやっとの思いで扉を開いたあの時の苦労が馬鹿みたいに思えてしまう。


「まあ、無力だったんだから仕方が無いよね」


 そう自分に言い聞かせて先を進む。


 何が起こるか分からないこの場所での慎重な行動を忘れない。李紗自身の神獣化が進んでいるせいなのかここに住み着いている神獣達が襲ってくることは無かった。

 すんなりと建物に入れた李紗は何だか拍子抜けたまま真っ直ぐ最深部まで向かって行く。


『主がグリーヴァの力を得たという者か』


 最深部に辿り着いてすぐにそんな静かな声が聞こえてきた。

 驚くこともせず声の方へと振り返った李紗。そこには白い外套に身を包んだ男性が立っていた。見た目は人間のそれだが、手から腕に掛けてが所々鱗に覆われていたり、耳が尖っていたりと竜化してすぐの李紗のような容姿をしている事からおそらくは竜から人または人から竜となった者なのだろう。赤い目の中の黒い瞳孔がこちらを一点に見詰めている。


「貴方は……?」


「我が名はインドラ。雷を司る神だ」


「インドラ……ってことは《トール》じゃない方引いちゃったのかあ……」


「何だ、余に当たったのは不満か?」


「いえ、そういう訳ではないんですけど……」


「ならばなんだ?……グリーヴァから得た力の補完をするため、当人が扱いやすいと言った者の方が適正を成すと思ったのか?巫山戯ろ。余ならば力の補完と付与を両方やってやるわ」


「全てお見通しなんですね」


 言い終えたインドラは李紗を睨みながら続ける。


「そもそも、だ。もし主に余の力を分け与えた所で主は《グリーヴァ》の力の一部としてしか余を見ないだろうよ。そんな者に力を授けたいとは思わん。どうせなら《インドラ》をきちんと扱ってくれる者に使って欲しいと思うのは道理だろう」


「はい、全くその通りだと思います。私は《インドラ》を手に入れたくてここに来たわけじゃない。あくまで『雷の性質を持った召喚獣』が欲しかっただけで、しかもそれは全部グリーヴァのためです。貴方達の誇りを穢しているって事は理解しています」


「だが、それを改める気は無いのだろう」


「はい、私はどうしてもグリーヴァを死なせたくないんです。神獣の為に戦い生きた、そんな彼にまだ生きて欲しい。神獣達と寄り添って、幸せになって欲しいんです」


「グリーヴァの過去を知っておるのか?」


「はい、記憶を共有しましたから」


「なるほど。つまりグリーヴァは身ごと主に力を託した、と。そして主はそんなグリーヴァを生き返らせようとしている。まさに類は友を呼ぶ、だな」


「どう意味ですか、それ」


「主らはどちらも、自らと他の何かを天秤に掛けた時に問答無用で後者を選べる者だという事だ」


「……だったら何だって言うんですか」


「いや、別に文句を言いたい訳では無いのだが、考え方が似ている二人がこうして出会って互いに想い合っている姿という物が新鮮でな」


「そうですか」


 相手を侮辱するようなことを言っているのを理解しつつ、それでも譲れないのだと告げる。そしてそんな李紗に少し小馬鹿にするように言い募るインドラに対し、グリーヴァが言った『《トール》の方が扱いは楽』ってこういう意味だったのかな……、など考えつつ最後には呆れ顔になった。


「主、グリーヴァに惚れたか?」


「どうしてそういう話になるんですか」


「あまりに必死に奴の幸を願っているからな。そういう話もあるのかと思っただけだ」


「私は哀しい一生の末、虚しい最期を遂げた彼にそうでない生き方もあるんだって教えてあげたいだけです。他意はありません」


「そうか。妙な勘繰りをして悪かったな」


「……いえ、いいんですけど」


 素直に謝られてつい戸惑ってしまう李紗。インドラとしては配慮不足を今更ながら悟り頭を下げた訳だが。

 どうにも波長が合わないらしい。


「記憶の共有により深く交わったことで主らが互いを想い合っていると分かり、グリーヴァが力の付与に関してやり過ぎている理由も主がグリーヴァに肩入れし過ぎている理由も何となくは察した。だがな、やはり余はグリーヴァの一部になることは出来ん。余はインドラだ。それ以外の存在にも誰かの一部にもなる気は無い」


「そうですか。なら他を当たることにします。時間を取ってしまってすみま…………いたっ」


 謝り踵を返そうとしたところで後ろから頭を小突かれた。


「話は最後まで聞け。グリーヴァの一部となることは出来ん……が、主が《インドラ》の力を手にしてそれをどう使うかに関しては問わんことにしてやる」


「けれどそれは貴方を愚弄する行為になってしまうのでは……」


「ええい、面倒臭いな。ああ言えばこう言う。余がいいと言っているのだからいいのだ。余もグリーヴァには借りがあるしな」


「………ありがとうございます」


「だが、忘れるな。余はインドラ。雷神 《インドラ》だ。主がグリーヴァから一時的に与えられた《ケツァクウァトル》の力なんぞ目じゃない程の物を主にくれてやる、と言ったはいいがそれも余を打ち倒せばの話だ。倒せねばこの一時も無駄になるからな。そのグリーヴァに与えられた仮初の力で余を倒してみせよ」


「はい、必ず倒してみせます」



 少しの時間を挟んでから向き合う二人。李紗は徐ろに剣を構える。インドラはそれを睥睨しつつ腕を組んで突っ立っている。


「はあっ!」


 李紗は試しにと剣を振り雷撃を飛ばす。同属性なので効き目が薄いことは承知の上で、だ。インドラは体制を変えることなくそのまま雷撃を浴びた。微動だにもしない。分かり切った反応だった。


「まあ、流石に効きませんよね」


「当たり前だ。何だ今のは、軽く触れられた程度にしか感じなかったぞ」


「なら次いきますよ」


「そういう形式でいくのか……。まあ別に構わんが」


「……えいっ!」


「弱いな」


「はあっ!」


「まだまだだな」


「てやっ!」


「切込みは悪くないがやはり弱い」


 攻撃の都度指摘をされて、徐々に徐々に技を強めていく。

 それを幾重か繰り返し、そこそこに強い斬撃を放つもやはりインドラはその場から動かなかった。


「そろそろ飽きたぞ。いい加減本気で来い」


「分かりました、少し時間をください」



 目を瞑り呼吸を調えつつ右腕に触れる。息を吐きながら徐々に雷を身体中に流す。まだ、身体が雷の熱に慣れていないだろうから、ゆっくり丁寧に伝道させる。あまり急激にやると身体中の神経がショート……焼き切れてしまい兼ねないからだ。


 結局雷を纏うだけで五分ほど掛かったのだが、その間インドラは大人しく待っていてくれた。

 身体に纏わせた後は剣へと電流させる。


「……ふーっ」


 剣が帯電し、そして更に右手をかざすことで一手間加え、漸く準備が完了した。


「お待たせしました。いきますよ」


「ああ、来い」



「やああああ……!せいっ……!」


 未だ腕組みの姿勢から動じないインドラの返事を聞き、少し前に怜奈がしていた動作を模倣しつつ剣を思い切り縦に振りかざした。

 先ほどのように全く動かずに受け止めようとしたインドラだったが、腕に雷の剣閃が少しばかり触れた瞬間、その場から消えた。そして元居た所から少し離れた場所に現れる。

 インドラの腕は血に染まっていた。僅かにしか接合部が残っておらず腕を組むと言うよりは片腕が落ちないように支えている。


「何も防御の姿勢を取っていなかったとは言えたったの一撃でここまでなるか。『瞬光』で逃げて居なかったら腕ごとやられていただろうな」


「…………。なに、これ……」


「主が驚いてどうする」


「だって私そこまでする気はなかったんですよ。せいぜい傷を与えられたら良いかなって、本当にそのくらいで……」


「……先の技の原理について説明を求めても良いか?」


「まず雷を身体中に纏い、身体強化をしました」


「それは分かる」


「そして、剣にも同様の事を行います」


「うむ」


「そして威力強化を狙って《斬鉄》を付与して……」


「待て、主はグリーヴァからそんな力まで貰っているのか。オーディンが扱う《斬鉄剣》の力まで」


「はい。グリーヴァが私の記憶を見て、ついでにと与えてくれたものです。なので補完のため貴方を下した後は《オーディン》も手にしようと思っていたとこです」


「……ただでさえどのような物でも斬ることの出来る《斬鉄剣》に更に雷を上乗せして、それを高出力の刃として放つ……、なんだそれは……。そんなものを誰がどうやって防ぐと言うのだ」


「と言っても使える回数に限りはあるんですけどね」


「当たり前だ。こんなものを何度も何度も使われたら堪らんわ」


「それはインドラの雷でも相殺できない

 ということ?」


「ケツァクウァトルの雷のみならそれも可能だが、そこに《斬鉄》が加わった場合はほぼ無理だ」


「そうなんですね。《斬鉄》スキルってすごい……」


「知らんで使っておったのか。全く主と言う奴は……」


「えへへ、すみません。けどこれからは《インドラ》でこの技を使う事になります。なので一緒に使い方を工夫していきましょうね」


「うむ、そうだな。たった一撃を放っただけでそんな風になられては余も困るからな。何とか上手く使えるように」



 身体を疲弊させ、つらつらと話していた李紗は休憩とばかりに地べたに横になっていた。雷を纏うことで身体に結構な負担が掛かるのだ。もし、このままインドラが続きを求めてきたら堪ったものじゃないな、と思いつつ聞いてみる



「あの、分かり切ってるような事を敢えて聞きますけど、勝敗はどうしますか?」


「主の勝ちで良い。だから早速契約するぞ。そして、やるぞ」


「えっ……、あ、はい」


 インドラの話によると力の交換のためにわざわざ記憶の共有をする必要は本当は無いらしい。グリーヴァがそれを行ったのはあくまで李紗に自らの全てを託すためだった。

 召喚獣自身が『こいつを主にする』と認める事が大事なだけで実は主となる者が『貴方はこれから私のものだ』と宣言するだけでも契約は成立する。


 とまあ、そんなわけでインドラはとても簡易的に契約を済ませる。


 そして


「余の力と《斬鉄》で迷宮を破壊してみよ。なに、どうせもうすぐ崩壊するのだから構わん」


 と嬉々として自らの城を破壊するように指示してきた。《ケツァクウァトル》との力の差を見せつけたいのだろう。

 李紗は呆れ顔になりながら一つ一つの動作をこなしつつ雷を装って剣を構えた。《ケツァクウァトル》を扱った時よりも身体への負担は軽い。きちんと自ら契約した召喚獣だからだろうか。


「……はあああっ!」


 《ケツァクウァトル》の時のように剣閃を放つと言うよりは迷宮の真上から雷を落とした訳だが。

 落雷自体が一振の刃だったかのようにインドラの城は横に真っ二つになった。


「やはり凄まじいな。益々気に入った」


「すごい。あれだけのものを放ったのに身体が重くない……!」


「身体への負担が大きかったのは《ケツァクウァトル》の力を中途半端に取り込んだが故のようだな。だが、それももう気にしなくて良い」


 雷を使っても先程のように崩れることも無いのだと聞かされ喜ぶ李紗。

 インドラも李紗が自らの力を十全に使えると知って嬉しそうだ。



「力量は測れたし、そろそろ行くとするか」


「そうですね」


「次は《オーディン》の所か」


「その前に皆に合流したいですね。少し長期になってる気もするし」


「そうか」



「これから余は主が身につける何かに宿ることとなる。常備するものを指定せよ。余はそれに宿る」


「剣はどうですか?」


「いや、どうせならば《オーディン》を剣に宿した方が良いだろうからな。剣はやめておけ」


「剣が駄目なら胸当てのアーマーかな。でも既にボロボロだから戻ったら新調するし、腕の手甲だって同様だし……。どうしようか……」


「主よ、余計な事だとは分かっておるが言わせてくれ。女子ならば少しは装飾品を身につけた方が良いぞ」


「……本当に余計なお世話ですよ」


「ならばこれを使え」


 インドラがくれたそれは三日月を象ったネックレス。それは右手に刻まれたものと同じ形をしている。つまりそれは……。


「これはグリーヴァの紋章……。どうしてインドラがこんな物を……?」


「生きていた頃にな少し世話になったことがあったのだ。その時に譲り受けた物よ。余も今の今まで忘れていたのだが、主を介してきちんと返すことが出来て良かった」


「ねえ、やっぱり記憶の共有しておきませんか?その話すごく知りたいんですけど」


「……気が向いたらな」



 照れ臭そうにインドラはそれを李紗にかけてくれた。


「何かあれば喚べ。ではな……」


 それだけを言い残し光となり首元に消えていった。李紗はペンダントの部分に触れ、『ありがとう、インドラ』と感謝を告げる。


 消える迷宮を目にし、そしてその渦に飲まれる。




「…………李紗!」


 瞼を開けて最初に見えたものは泣きながらこちらを見ている怜奈だった。

 短く肩くらいまでしか無かった髪は腰の辺りまで伸びていて、時間の流れを嫌でも感じてしまう。


「……ただいま」




「おかえりなさい……」




 五人が迷宮に迷い込んでから既に一年が経過していた。





李紗視点です。


次は

竜矢→怜奈→虎鉄→リィリスの順に各視点で書いていこうと思います。





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