海老原御門 004
僕にトラウマを挙げろというのならば、それは大体三つくらいが上がるだろう。
まず一つめは先述の通り、海老原先輩絡みの件である。が、まあ、この件というのは海老原御門という大きなひとくくりのトラウマなので、細かには語らない事にしよう。数え始めたらキリが無いし、数え切れないだろうし、そもそも数えたくないし、そんな昔の記憶、とっくにあやふやになっている。
改造されて、改変されて。改編、改訂、改定されて。あるいは、改竄されて。原型を留めない程度には、ぐちゃぐちゃになっている。
そして二つめというのは、春休みの一件__僕が一日に三辺死に、三辺生き返り、そして傷を失って絶望し、地獄の底に叩き落とされてから僕の傷を巡って大戦争をおっぱじめたあの春休みの事である。あれはもうびっくりだった。これまでの常識というものが一切合切消え失せた。しかしそれというのもつい二ヶ月程前の話なのに、数十年前の出来事のような気がするのは、僕が完全に『傷』を取り戻せていないからだろう。それもまあ、どの道語らなくてはいけないだろうが、どうにも長くなりそうだし、その話はいずれ語るという事で妥協点だ。
そして三つめ。
僕が、僕の姉妹を__僕が僕の妹と姉を殺した事。
それというのは、まあ、春休みの一件に起因する事なのだが。特段これは最高級に刺激的で、最高級に頭のネジが外れていて、最高級にゾッとして、最高級に狂ったものだった。
とてもとてもお子様に見せられる内容じゃない。
だからこそこれは別格であり、別核であり、別郭の事柄。
正直、『傷』の有る無しに関わらず、この一件だけで春休み十回分のトラウマレベルである。冗談抜きで。ただの外連味や言葉遊びで言うのではなく、僕は本気でそう思っている。
弟が姉を殺すなどあってはならない。
兄が妹を殺すなどあってはならない。
ましてや、僕は、唯一無二の姉を、妹を、散々惨殺しておいて、何も感じなかったのである。本当に、あの日はぶっ飛んだ日だったと思う。
まあ、その、僕のかわいい妹も、僕の自慢の姉も、今では家で元気にしている。それも全部、とはいかないが、八割、いや、七割五分くらいは何を隠そう白魚、あの如何わしい探偵のおかげなので、僕は結構あいつに感謝している。
__もし白魚がいなかったら、僕はもうとっくに自殺している。
死ねないのだが。
それでも、自殺し続けていただろう。
何度も何度も何度も何度も、自分の首を吊り、崖から身を投げ、首に刃物を突き立て、油を被って火を点けて、線路に飛び込んで、チェーンソーで内臓を掻き出して、何度も何度も何度も何度も死んでいたに違いない。
それほどまでの出来事がつい二ヶ月前。
改造も、
改変も、
改編も、改訂も改定もする暇なんてない。
ましてや、改竄なんてできたならば、どんなに楽な事か。
そして、その__殺し合いの大喧嘩、というか、『惨殺ショー』に『きょうだいげんか』というルビが振られそうなほど、壮絶で葬絶な惨殺ショーの舞台となったのが、バトルフィールドになったのが、この僕の、僕たちの目の前にある洋館である。




