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青春アスハラク  作者: 城鐘 狐月
水無月編
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8/39

海老原御門 003


 六月、十三日。木曜日。


「ん? これは久しいな。曲間(まがるま)水面(みなも)ではないか」


 下校途中。ふと、彼女とばったり会ってしまった。海老原(えびはら)御門(みかど)楔無(くさびなき)高校の生徒会長にして僕の幼馴染と。あのトレードマークとも言うべきショートカットは既にその影を失って、今ではすっかりお嬢様のようなロングヘアになっていた。なんて思ったところで、影を失うのは喜界島(きかいじま)の専売特許かな、とか思ってしまった。不謹慎極まりないと思う。反省だ。


 一つ上なので、制服のリボンは青__青と言われれば青に見えるのが脳の不思議だ。

 これも何故だろうか、彼女については過去の記憶があるからか、若干着色されたような気がする。


「元気にしていたか? いや、それにしても懐かしいな。三年ぶりか? いや、四年? まあいい。どうだそっちは? 変わり無いか?」

「__あれから三歳だけ、年寄りになりましたか。元気ですよ」


 嘘だ。本当は人間じゃなくなっている程に僕は変わってしまったのだが。


「ならば良かった」

 海老原先輩はくつくつ、と昔のような笑顔で笑って見せた。あの__何か悪巧みが、悪戯が成功した時のような笑顔で。


「__今日はいい天気ですね。海老原先輩」

 少し、白魚(はくさか)のマネをしてみる。ちょっと言い方や声も似せてみた。


「そうだな。夕陽が綺麗だ。煌々(こうこう)、と言うのか、こういう眺めは。__というか、海老原先輩なんて仰々しい呼び方をしないでくれないか? 昔のように御門ちゃんと呼んではくれないか?」

「しませんよそんな呼び方。幾つだと思ってるんですか」

「うーん、では、御門」

「御門さん、で限界です」

「悲しいな」


 クスリ、と自嘲(じちょう)気味に笑う。照れ隠しをする時に見せるその笑顔は昔と変わらない、とは言わないが、昔を良く思い出す。


「ところで水面くん」

「呼び捨てにしてくれませんかね」

「__そうだな。水面。 少し頼みたい事があるのだが」

 海老原先輩はらしくない、神妙な面持ちで僕に言った。

「何でしょう」

「私の__護衛だ」

 そんな事を神妙な面持ちで言うものだから少しばかり尻込みしたが、何て事は無い。とある人に僕を紹介したいらしい。


 時は夕暮れ。太陽は沈み切り、西の空が(あかね)色に染まる時間。


 小さい時、僕と海老原先輩がよく遊んだ神社の跡に僕らはいた。神社というのももう古びきってしまい、最早木片の寄せ集めのようになってしまっている。その木片の寄せ集めを組んだ簡易的で粗末な椅子、座ったら三十秒でささくれが尻に貫入(かんにゅう)しそうな椅子に、大きなダッフルコートを(まと)った男が座っていた。(うつむ)いている所為(せい)で顔は良く分からない。手には白い表紙の、白い背表紙の本を持っていた。あんな本があるのか? 見たところ、題名も無いようだけど。


「やっと来たか。鷹ヶ谷(たかがや)(みなみ)の娘」

灰原(はいばら)、今日は何の用だ」


 海老原先輩に灰原と呼ばれた男性は僕をピン、と指差した。指さされた。それだけで、ただそれだけなのに、死んだ気がした。

 くぐもった、こもったような声のせいだろうか、かなり威圧感がある。


「お前こそ何の用だ。座間味(ざまみ)共美(ともみ)の息子」


 座間味共美__僕の母の名前じゃないか。今は曲間共美だが。何故この男はそんな事を知っている? と思った時、脳裏にある男の顔が浮かんだ。言わずもがな、白魚だ。白魚と灰原。偶然、なのだろうか。背格好や声、喋り方は確かに全然違っているが__雰囲気が、幾ら何でも似過ぎている。今度、白魚に聞いてみようか。


「彼は私が呼んだ。邪魔だったなら帰すよ」

 白魚と似たような、しかし違うような、何処か威圧的な雰囲気を放つ灰原に気丈に受け答える海老原先輩。その態度から見ても出会うのがこれで二回や三回目という訳ではないだろう。むしろ、旧知の仲のような。そんな気さえする。


「__いや、良いよ。差し支えはない。(むし)ろ良い働きをしてくれたものだよ鷹ヶ谷南の娘。追加で報酬をやりたいくらいだ」


 笑っていた。表情は分からない。声でそう思った。

「言っているだろう。私はお前が困っているから助けているだけで、そんな小遣いなぞ要らない」


「そうか__くく、だが、お前の働きは報酬を支払うに値すると思うんだ。だから俺の気を済ませるためにも報酬は支払いたいのだが。そうか。要らないか」


 何処かで聞いたような事を言うと、男は(ふところ)からゆっくりと、緑色の六角柱を取り出した。

「折角、コアラのマーチを買ってやったんだが、そうか。要らないというなら俺が食おう」

「なんでもやります」

 え、海老原先輩が餌付けされてる__


 灰原が乱雑に放ったコアラのマーチの外箱を犬がフリスビーをキャッチするかの如く(かす)め取り、バリっとミシン線を乱雑に開け、そこからコアラ型のクッキーを二、三個頬張(ほおば)った。

 うん、美味い。と再確認をする海老原先輩。確かに、この人は昔からコアラのマーチが好きだった。よく空き箱で缶蹴りをしていた。


「君は本当にコアラのマーチが好きだな。変わらない」


 灰原が跳ねた声で呟いた。

「相変わらず知った様な口を利く。で、今日の要求は何だ」


「何でもないよ。ちょっとした心霊スポットを調査して欲しいだけだ。ほら、地図を渡しておくよ。写真はお前のスマホで撮ってくれれば良い。成果報告は日曜だ。日曜も此処(ここ)に居るから、土曜にでも調査してくれ。今日はもう帰れ」


 灰原に弾かれたメモの破片は綺麗に海老原先輩の胸元へと飛んでいった。そんな海老原先輩の顔色は優れているとは言えなかった。


「おい灰原、私が心霊スポットなどといった場所が苦手であると知っているだろう」

「そうだな。来週、コアラのマーチがダンボールで一箱、直送される筈だが」

「喜んで行こう」

 僕の手を握る海老原先輩。少しドキッとしてしまった。その後、海老原先輩にメモを見せて貰ったのだが__


 其処(そこ)に記されていたのは、僕の特段のトラウマとも言っていい廃墟(はいきょ)()()だった。

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