海老原御門 002
その人は楔無高校の生徒会長をしている人間でもある。ここで、僕はあの海老原御門という人間を、立場上海老原先輩と呼称しなければならない事に些か眉を顰めてしまうが、僕があの人が産まれてから一年後に人間として産まれ、同じ高校に通っている以上はあの人の事を海老原先輩と呼ばなければならないだろう。そう、海老原先輩はこの学校の生徒会長なのだ。何の間違いか、この学校の生徒会長、なのだ。
確か、僕の記憶によると彼女は小学生時分も児童会という奴をやっていた気がする。恐らく、中学校でも生徒会はやっていたのだろう。
リーダーという役職を、会長という座に着いて、まっとうしていたのだろう。彼女の兄がそうしていたように、彼女の姉がそうしていたように。だから、彼女の妹も、弟も、恐らくはその役職に就くのだろうと、僕は勝手に思っているしだからと言って何か感慨が湧くわけでもない。海老原という血筋なのだろうなあ、そう勝手に思っているだけだ。
つまり、まあ、結局__海老原御門という人間は人の上に立つべくして立っているような。いわゆるカリスマ、と呼ばれるようなリーダーシップを持った女性である。
容姿端麗。
八方美人(この場合はどこから見ても欠点の無い人という意味だ)。
品行方正。
但し、それは海老原御門という人間を奥の底まで知らない人が言うセリフだ。
そう、薄々勘づくかも知れないが、残念な事に、僕の幼馴染というのは、彼女、海老原御門もとい。海老原先輩である。
だが朝に起こしに来てくれるとか、毎朝一緒に登校とか。そんな事は一切ない。
僕が物心付いた頃から彼女は僕のそばにいた事を記憶している。
家が隣という絵に描いたような幼馴染であり、彼女には兄弟が多かった為、当時の僕は姉や海老原先輩、海老原先輩の兄弟と良く遊んでいた。その中でも僕達は、曲間水面と海老原御門は、歳も近かった為、二人で遊ぶ事もしばしばあった。場所は公園だ。家から少し離れているが、アクセスが単純なのと、道中危険な場所が無かった為、とても手頃な公園だった。その公園は何を隠そう、あの春休みの始まりともなった場所であって__
まあ、思い出深い公園だという事だ。
そしてある日。海老原先輩が変わった日。僕はあの日の事をよく覚えている。それは山の神社跡に二人で遊びに行った時の事。ご神木だろうか、大きな大きな楠に彼女は登っていた。本当に、男勝りな人だった。なんなら僕と並んでるとお兄ちゃんと妹、と間違えられた事もある。海老原先輩が兄で僕が妹だ。当時は彼女もショートカットだったという事も相まって__その全てに拍車が。僕はどちらかと言うと家の中で遊ぶのが好きな子供だったので海老原先輩とはよく将棋や花札をしていたのだが彼女、そういった勝負事にはトコトン弱いのでいつも地震だとかといって中断させられたのをよく覚えている。
ああ、いやいや、木登りの話だ。彼女は寂れた神社のご神木、大きな楠に登って行った。僕は精々三メートルが限界だったが、彼女は五、六メートルとか。本当に怖いもの知らずだった。だから、油断した。降りる途中で足を滑らせた彼女はそのまま地面に真っ逆さま。本当に、重大な事故になってもおかしくない高度だったが、運良く彼女は僕に助けられたのだ。助けたのだ。助けてしまったのだ。別に後悔はしていないし、反省もしていない。むしろ誇らしい、僕の数少ない武勇伝でもある。__のだが。
それから、彼女は僕に対してやけに突っかかってくるようになった。
川に連れて行かれれば溺れかけるし。
ドッジボールをすれば百五十パーセントくらいの確率で鼻血を出す(一試合で百パーセント鼻血が出て、もう一度出る確率が五十パーセント)。
山を探検すれば遭難しかけるし。
野球をすればガラスが割れて、サッカーをすれば盆栽が割れる。
とまあ、僕にとってはトラウマの権化みたいな人なのだ。近所の方からもクレームが入る事が多々あった。
あと、これは伝え聞いた話なのだが、僕らは当時『海老原宅のハザードブラザーズ』と呼ばれていたらしい。あの人と一緒にされるなんてたまったものではない。
そして彼女が中学一年、僕が小学六年の時に彼女は越して行った。別に県を跨いで、という訳でも無かったので会いに行こうと思ったら幾らでも会えたのだが、本当にさしたる理由も無いが、それからは何となく疎遠になってしまった。
そして、楔無高校にて、彼女と再会する。
彼女が居ると知っていたらこの学校を選んでいなかったかと聞かれると別にそんな事は無い。むしろ再会できるという事に多少胸を躍らせていただろう。いや、違うのかもしれない。もしかしたら、彼女は真っ当な人間になっている、そんな淡い期待も持った事が無いと言ったら、嘘になるのだろうが。
彼女は変わっていた。それは至極当たり前で何の不思議も無い事なのだが、もうあのやんちゃは出来ないと、する歳でも無いと、まるで過去の自分を説教するような、そんなモヤついた気分になるのが、少しだけ苦しかった。




