喜界島巴 004
「__私の影を、取り戻して下さい」
「嫌だね」
白魚は即答した。
「君はどうやら他人のお話を聞くのが苦手な様だね、巴嬢。君が何かを望んだからこそ。影を持って行かれた。失ったんじゃ無いよ。君は影を売ったんだ」
「売った__って、私は何も__」
「君の影が無くなった小学六年生の秋だったね。そして、君の父親が失踪したのも、それから、つまり、影を失ってから一週間後だったよね」
「____なんで__そんな事__」
「言っただろう。僕は何でも知っているんだ。君の過去も、今も。何なら、頑張れば未来だって」
「流石にやめてやれ。喜界島の精神が限界を迎えそうだ」
僕は喜界島の手を固く握った。震えていた。少し、少しだけ萌えてしまった。
「そうだね。僕が悪かったよ。端的に話そう。父親から酷い暴力、DVを受けていた巴嬢は、この前の僕や水面氏のように影と引き換えに父をなくしてくれと願った。知らず知らずの内にね。事の顛末、終わり。単純だね。で、結論を話そう。巴嬢は自分の影を取り戻す事は出来るよ。余裕のよしこちゃんだ。何なら、今からでも」
「____だってよ。どうする? 喜界島」
「やるわ。やるわよ。三年間の苦労を断ち切れるまたと無いチャンス、不意にする程私は優柔不断じゃないの__白魚さん。お願いします」
「____あいよ。毎度」
そして白魚はゆっくりと立ち上がり、電子タバコを仕舞った所とは逆の内ポケットから__拳銃を取り出した。僕は余り銃というものに明るくないので、それをふと見ただけで種類や生産会社が判るような人間ではないが、それがリボルバーではなく、オートマチックハンドガンと呼ばれるものであると言う事くらいは判る。輝くシルバーメタリックパーツが眩しいそれは僕も、いや、僕と、僕の大切な姉妹が世話になった拳銃でもある。
「バキューン」
火薬の弾ける音がした。硝煙が立ち昇る。銃口は喜界島を向いている。
喜界島は、撃たれた。
白魚の握る拳銃から放たれた銃弾は確かに喜界島の眉間を貫通した。出血は無い。どころか喜界島はピンピンしている。
「さて、下準備はおしまい」
白魚は机から飛び上がり、喜界島の前に見事に着地する。そして喜界島の胸元に手を伸ばす。左手をコートの中に入れたまま、右手だけを伸ばす。胸を揉むだとか、そういった訳じゃない。そうして喜界島目掛けて伸ばされた腕は乳房を触るどころか、体の中に沈み込んでいった。
「取った」
一気に腕を引っ張り出す白魚。その手と共に何か、黒いずるりとした物が零れ落ちる。
ドチャリと音を立てて地面に落ちたそれは床をゆっくり這いずりながら喜界島に近づいていく。それはまるで__
「さて、巴嬢、君に二つ質問がある」
銃を抜き、黒い物体に突き付ける白魚。そして空いた左手でもう一梃の銃を取り出し、喜界島の眉間に突き付ける。
「どっちも実弾が入っている。それを踏まえて答えてほしい。巴嬢__君は籠女という女性を知っているかい?」
首を振る喜界島。意外にもそこに緊張は無かった。
「そう。じゃあ、もう一つ」
喜界島に突き付けた銃をコートに仕舞う白魚。しかしその眼光は依然鋭いままだった。
「僕は今からこいつを撃つ。そうすれば君は影が戻る。重ねて言うよ。君は父親を消すのと引き換えに影を失った。そしてこいつを撃てば君に影が戻る。だが父親は戻って来ない。その代りに誰か、君の大切な人がこの先不幸に見舞われるかもしれない。それでも、いいね?」
喜界島は、直ぐには頷かなかった。
「その時は僕が不幸を被ってやる。だから喜界島に影を戻してやってくれ。白魚」
こういう時くらい、いい顔させてほしい。
「流石だね、水面氏」
水面氏。と、言い切る前に白魚は銃の引き金を引いた。
また、乾いた銃声が嫌に広い部屋に響いた。
喜界島の足元には、何か黒いものが広がっていた。それは、さっきのドロドロとした何かに似ていた。
喜界島の影は、黒かったのだろうか。




