海老原御門 007
僕たちは、先輩の言うところのあの神社に来た。
なんてことない、ただの神社だ。
正確に言うなら、神社跡、だが。
社は潰れている__地震だろうか、そんな感じの潰れ方だ。形そのまま、巨人にでも踏まれたかのようにぺしゃんこになっている。とげとげしい木材がむき出しになり、どんな貧乏神でも住み着かなそうな__そんな社だ。
その木片、というか、木屑を組み合わせて作ったベンチのようなものがちょこんとある。この前、灰原が座っていたところだ。それこそ、座ったら三十秒以内にささくれが尻に貫入しそうである。僕は、座るのはごめんだ。
そして、その崩れた社から少し目を向けたところにある__一際大きな楠。幹にはかろうじて、注連縄(らしきもの)が巻かれている。が、朽ち果てるのも時間の問題だろう。だが楠自体は、神木としての本質を見失っておらず、むしろ社と反比例的に神々しさを増している。
それも当たり前か。
それが流れというものか。
「懐かしいな」
先輩は神木を見上げて呟いた。
かなり高い木だ。てっぺんから落ちたならば、受け身を取ろうとただじゃあ済まないだろう。死ぬかもしれない。
だれかさんみたいに、不死でもない限り。
そう、この神社は僕たちが幼い頃にも、よく遊び場にしていた場所だ。懐かしい。変わらない、と言ったら違和感を感じるが、大方はこんなものだ。
そんな昔の記憶、定かではない。
「懐かしいなぁ__覚えているか? 丁度あの枝だ。あの枝に立ったとき、私は足を滑らせたのだ」
「そうでしたっけ」
「ああ。間違いない。あのときのことは鮮明に覚えている」
「へえ__」
昔の記憶なんて定かではないなんて言った僕が馬鹿みたいだ。
「あの日、水面が助けてくれなければ、私はとっくに故人だろう」
それは言い過ぎだと思う。
「どれ__あの日以来、トラウマだったなぁ__」
なんて言いながら、先輩は楠の一番低い枝に手を掛けた。
ひょい、ひょいっと軽々しく楠を登っている。
「ふはは、五月雨中の猿女の異名は伊達ではないわ」
それは、悪口だ。
あっという間に先輩は自重を支えきれる枝で一番高い枝まで登って行ってしまった。
それを見上げる僕。
パンツはやっぱり白だった。
「どうした? 来ないのか?」
その一言に触発されて、僕も先輩が登り始めた枝に手を掛ける。
あのときは大して登れなかったが、今は違う。
落ちるのなんか、怖くない。
落ちても、怪我一つしないのだから。
痛みも然程、感じないのだから。
自分でもびっくりするくらい、するりと登れた。
先輩の立つ枝より一つ下の枝に立つ。そこからは丁度、葉が開けていて__街が、僕らの街が一望できた。
「すご__」
「ああ。私も初めて見た。素晴らしいな。この眺めは」
そういう先輩の顔は、晴れ晴れそのものだった。
やっぱり、パンツは白だった。
「曲間水面。ありがとう」
急。
突然、だった。
「私の幼馴染でいてくれて、ありがとう」
そんなことを、つい何週間か前に聞いた。どうも最近は、美女子高校生に感謝されることが多い気がする。
モテ期というやつが、来たのだろうか__
なんて、馬鹿なことを言っている場合ではない。
先輩が__
先輩が、飛び降りた。
ふと、倒れるように。
神木の、全長にして二十数メートルはある神木のてっぺん近い枝から。
無造作に。
「あ__」
迂闊だった。
木に登っていたら、
落ちてくる彼女を受け止められないじゃないか__
常人ならば、ただじゃあ済まない高さ__打ち所が悪ければ死ねる高さ。
人が死ぬ。
「御門っ!!」
僕も後を追うように飛び降りた。枝に体をぶつけようが、御構い無しに。
骨折したそばから修復されていく。
この体に感謝するのは二回目か?
情けなく地面を舐める。
先輩は、御門は__
「おお、どうした、水面。木から落ちてきて。シータ気分か? 危ないぞ」
なんて。屈んで僕に手を差し伸べる。
どうやら、先輩はしっかり受け身を取っていたらしい。無事だった。
無事だった。
良かった。
こんちくしょう。
「立てるか?」
「ああ__」
どうも、五月雨中の猿女の異名は伊達ではないらしい。
そしてやっぱり。
パンツは、白かった。
パンツは__白だったのだろうか。




