最終話 申し子の出す答え
五人の先人を巡る私の『愛の検証』は、すべて終わった。
王都へ戻る馬車の中で、私は手に入れたバラバラのピースを脳内で組み立てていた。
父の悔恨、祖母の矜持、婚約者の情熱。
元婚約者の気高い再出発と、現実から逃避し続ける母の哀れな楽園。
お伽話の「めでたし、めでたし」の裏側に転がっていたのは、熱病の出がらしと、生々しい傷跡ばかり。周囲は私を「真実の愛の申し子」と揶揄したけれど、そんな不確かな呪いに、私の人生を狂わされてたまるものか。
私はすっかり夜の帳が下りた王都へと戻り、約束の王宮バルコニーへと急いだ。
小さく息を切らせて扉を開けると――そこには、前回と全く同じ場所に立ち、じっと夜空を見上げている背中があった。
「……遅かったな、アナスタシア」
振り返ったマクシミリアンは、ひどく待ち侘びたような、それでいて私が戻ってきてくれたことに心底安堵したような、愛おしげな瞳で私を見つめた。
「お待たせいたしました、マクス殿下。約束通り、答えを出しに参りました」
私は背筋をピンと伸ばし、彼の正面に立つ。
マクシミリアンは、私の夜空の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、ただ静かに次の言葉を待ってくれた。その誠実さが、今の私には酷く愛おしい。
「私は、見て参りました。『真実の愛』とやらに溺れ、義務を捨てて、過去の夢の中に引きこもる母の姿を。そして、その皺寄せを一人で背負い、罪悪感に擦り切れていく父の姿を」
私の冷徹な告白に、マクシミリアンは痛ましげに眉を寄せた。
「だから、私は誓います。私は母のように愛に狂って現実を捨てたりしない。父のように熱病に浮かされて身を滅ぼしたりもしない。私は、ヨーク公爵家の令嬢としての義務を、そしていずれ王妃となる覚悟を、生涯かけて全ういたします」
「アナスタシア……それは、僕の気持ちには応えられない、ということか?」
彼の声が、かすかに震えた。差し伸べようとした手が、拒絶を恐れてまた止まる。
その不器用な手が、切なくて、たまらなく愛おしくて。
「いいえ、逆ですわ」
私は初めて、自分から一歩、彼との距離を詰めた。
驚きに目を見開く彼の前で、私はそっと、彼の大きな、温かい手を両手で包み込んだ。
「恋は熱病、結婚は政治です。けれど、私たちはそのどちらでもない、新しい関係を築けるはず。私はあなたを盲目的に愛しはしません。その代わり、誰よりもあなたを信頼し、あなたの隣で、共に国を背負う生涯のパートナーになります」
不確かな『真実の愛』という呪いは、もういらない。
私たちが誓うのは、お伽話の終わりではなく、現実を生き抜くための、揺るぎない信頼だ。
「マクス殿下。私に狂わないと、私を檻に閉じ込めないと、そう約束してくださいますか?」
私の問いかけに、マクシミリアンは一瞬呆然とし、それから――弾かれたように、私の体を強く抱きしめた。
不器用だけれど、私のすべてを受け止めるような、優しくて力強い抱擁。彼の心音が、私の耳元でトントンと速い鼓動を刻んでいる。
「ああ、約束する。君を絶対に檻には入れない。君が背負う義務も、苦悩も、すべて僕が半分背負う。君が僕を盲信しないと言うのなら、僕は一生をかけて、君に信頼される男であり続けると誓おう」
耳元で囁かれる彼の声は、熱病のそれとは違う、深く、確かな情熱に満ちていた。
抱きしめられた私の胸の奥で、大切に隠していた恋心のカケラが、じんわりと温かい光を放ち始める。
(ああ、これが私の、私たちの出す答えだわ)
両親のようにはならない。私たちは、お伽話のメッキなんか無くても、自らの足で未来を歩んでいける。
マクシミリアンがそっと体を離し、愛おしそうに私の頬に手を添えた。
「アナスタシア。熱病のあとではなく、今、この場所で、僕と契約を」
「ええ、喜んで」
重なる唇は、驚くほど優しく、そして未来への確かな誓いに満ちていた。
夜空に輝く星々が、私たちの新しい始まりを祝福するように、静かに煌めいている。
「真実の愛の申し子」と呼ばれた少女は、お伽話の呪いを解き明かし、今、自分だけの本当の幸福を手に入れたのだった。
ハッピーエンド
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