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第1話 『真実の愛』の申し子、学園へ行く

「ほら、ご覧になって。あの方が『真実の愛の申し子』ですわよ」

「ええ。さぞや情熱的なお血筋なのでしょうね。ふふふ……」



 華やかな王立学園の入学式。参列者たちが色とりどりのドレスに身を包み、制服姿の新入生たちが未来への希望に胸を膨らませる中、私――アナスタシア・ヨークに向かって囁かれる声には、決まって特有の熱と、それ以上の冷笑が混じっていた。



 私は、向けられる視線を真っ向から受け止め、背筋を伸ばしたまま歩を進める。



 《《祖母譲り》》の艶やかなプラチナブロンドの髪を揺らし、《《父譲り》》の冷徹なまでに澄んだ深い青の瞳で前を見据える。決して、彼女たちの陰口に怯えて俯くような真似はしない。それが、私が受けてきた高貴なる教育の成果だった。



(『真実の愛の申し子』、か。……皮肉なものね)


 内心で小さく溜息をつく。



 私、アナスタシアが誕生した背景は、この国の貴族なら誰もが知る「《《お伽話》》」だ。



 十五年前。現ヨーク公爵である私の父、フランソワは、本来なら優秀で冷静沈着、隙のない男だった。そんな父が、学園の最高学年である十七歳の時、生涯に一度の狂おしい熱病に冒された。


 それが『真実の愛』。


 相手は、市井で育ち、ダグラス男爵家に引き取られたばかりの庶子、コレット。



 学園で出会った、明るく、可愛らしく、貴族の悪辣さを知らない純粋な彼女に、王国の筆頭公爵家の嫡男であった父は人生で初めての激しい恋をした。母となったコレットもまた、父に公爵家という重すぎる背景や、すでに決まった婚約者がいることなど知らずに恋に落ちた。



 当然、《《割り込まれた側》》の婚約者――オンタリオ侯爵令嬢キャロライン様は激怒し、母に対して苛烈な嫌がらせを行った。



 だが、タイミングが悪かった。当時は長引く冷害により、平民たちの間で王家や高位貴族への不満が最高潮に達していた時期だったのだ。


「身分違いの純愛を引き裂く、傲慢な高位貴族の令嬢」


 その構図は、鬱屈とした国民の格好の娯楽となり、政治的批判の盾となった。民衆を味方につけた父は、驚くほど容易に婚約を破棄し、キャロライン様を修道院へ送り、大衆に盛大に祝福されながら母と結ばれた。


「めでたし、めでたし」と、絵本ならそこで終わる。



 しかし、現実にはその先にお伽話のメッキを剥ぎ取るような、重苦しい義務が待っていた。



 結婚したものの、平民育ちの母に公爵夫人としての過酷な政務や社交がこなせるはずもなかった。夜会では冷ややかな視線に晒され、茶会では言葉の裏を読めずに孤立した。

 そして、結婚後すぐに私を身ごもった母は、出産を機に、完全に公爵家の奥へと引き篭もるようになった。



 燃え上がった愛ほど、冷めるのは早い。

 父と母の会話は途絶え、二人の間は急速に冷え切っていった。



 それでも、国民を巻き込んで「真実の愛」を証明してしまった手前、ヨーク公爵家が離婚することなど政治的に不可能だった。愛は冷めても、かつて愛した女への情だけは残っていた父は、母を王都から馬車で三日はかかる辺境の領地へと送った。現在、母はそこで静かに、誰の目も気にしない余生を送っている。



 つまり、残された私は、冷めきった熱病の「出がらし」のような存在だった。



「アナスタシア」


 不意に、低く心地よい声が私の足を止めさせた。

 振り返ると、そこには私と同じ仕立ての制服を完璧に着こなした少年が立っていた。


 整った容姿に、王家の証である紫の瞳。私の婚約者であり、この国の王太子であるマクシミリアン殿下だった。彼もまた、私と同じ十五歳。今年、この学園に入学する。



「マクシミリアン殿下。ご機嫌よう」


 私が完璧な(カーテシー)を示すと、彼はわずかに眉をひそめた。



「二人だけの時は、マクスでいいと言っているだろう。それに、その……体調は崩していないか? 慣れない環境だ、無理をすることはない」


 マクシミリアンの言葉は、いつもどこかぶっきらぼうで、それでいて私を観察するような鋭さがある。



 彼は私の優秀さも、こうして強がってしまう「不器用なところ」も好ましく思ってくれている――らしい。将来の正妃として私を認めているのだと、周囲の侍従からも聞かされている。


 けれど、私にはそれがどうしても信じられなかった。



「お気遣い、痛み入ります。ですが、私はヨーク公爵家の娘です。この程度のことで体調を崩すほど、軟弱な育てられ方はしておりませんわ」


 ツン、と言葉を返してしまう。マクシミリアンは、一瞬だけ傷ついたように目を泳がせ、それから小さく息を吐いた。


「……そうか。お前が強いことは知っている。だが、僕を頼ることも覚えてほしい」


 その視線に含まれた熱が、私には酷く恐ろしいものに思えた。



 彼が私に向けるこの視線は、義務なのか。それとも、かつて父が母に向けたような、いつか冷めて消える「熱病」の前兆なのか。


 大衆に祝福された『真実の愛』の結末を、私は嫌というほど知っている。


 愛などという不確かなものに寄りかかれば、その足場が崩れた時、女は一人で生きていけなくなる。



(私は、お母様のようにはならない。お父様のように、狂いもしない)


 けれど、いずれ王妃として、彼と生涯を共にするにあたって、私は知らねばならないのだ。誰もが口にし、私を縛り付ける「愛」というものの正体を。



 マクシミリアンの横顔を見つめながら、私は心に決めた。



 この学園生活の間に、私は答えを探す。

 なぜ、あれほど燃え上がった愛が冷えてしまったのか。貴族にとって、人にとって、本当に必要な「愛」とは何なのかを。


 まずは、あの熱病の当事者であり、今や冷徹な政務官に戻った、私の父親から始めよう。




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