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18 王宮の夢


――――――――


「気狂い公爵の元にもようやく嫁が来たか。余程金でも積んだか、人攫いでもしてきたのか?」

「いえ……そのようなことは」


立派な玉座にふんぞり返る国王は、心底意地の悪い笑みを浮かべて言った。

前回会った時には無かった立派な髭を蓄えて指で撫でているが、少しも似合ってなどいない。


「聞くところによると、その嫁も呪われているのだとか」


流石にこの国を統べる王だけある。いくらエドワーズ伯爵が存在をひた隠しにしていたとはいえ、噂話に蓋は出来ない。

リアナの過去に関しては、恐らく私なんかよりずっと詳しいのだろう。


「いえ、決して呪われてなどおりません」

「両の目の虹彩が、魔物のような赤い色をしていると聞くが」

「はい。ですがそれは妻の身体的特徴の一つなだけで、魔物との関連性はありません」

「そのことをどのように証明する。ああ、この国には魔物が一匹たりとも存在しないから、なんて言ってくれるなよ?」


疑いの目を向けられるので、逸らさずに正面から受け止める。彼女の目は赤いだけで何もない。茶色や青、緑、金と様々な光彩がある中の一つに過ぎないのだ。

今まで人には現れなかった色なだけで、珍しい以上のことはない。魔物とは無関係だ。だがそれを証明する手立ては、王が言った通りの理由しかない。


「まあ、別にその女を殺せなんて言わんさ。呪われたもの同士気が合うだろう。祝いの品を用意させた。持って帰るがいい」

「ありがとうございます」


いつからだろう。王への謁見が、浄化作業と同じかそれ以上に苦しい行事になったのは。


私は現プラントル国王が苦手だ。

王と公爵という差はあれど、元々プラントルとローレンスは共にリュミエール国を作り上げた同志。仲間であり戦友であり、代を経ても常に互いに着かず離れずの友人のような関係であることが多い。

だが、現国王は違う。明らかに私を、ローレンス家を見下している。私に光の盾公爵としての才がないせいか、それとも年齢が離れているからかは分からない。

ただそのこと以上に、近年は王としての資質を疑うような事例も増えて来た。もうあまり関わり合いになりたくない。


「ヴェール・ローレンス、お前は色男に成長したなあ。王である私より美しいとは、流石に嫉妬してしまうぞ」

「……プラントル王、失礼ですが私はそろそろお暇させて頂きたいと思います」


嫌な風向きになって来たので、一刻も早くこの場を立ち去るべく玉座に背を向けて退室しようとしたが、王の臣下たちに行く手を阻まれた。


「お前の醜い本来の姿を見たいなあ」

「何っ……」

「取り押さえろ。手錠をかけ、首に縄をかけて牢に閉じ込めろ」

「プラントル王、お戯れも大概にしてください。私を拘束してどうなさるおつもりです」


思わず睨みつけるが、国王は先ほどからずっと変わらない意地の悪い笑みのまま、鼻を鳴らして言った。


「どうするつもり? そうだな、麗しき光の盾公爵が、この国の汚泥に溺れ醜い姿で咆哮し悶え苦しみ喘ぐ姿をこいつらと……酒の肴にして楽しむつもりだ」

「なんですって……!」

「おお、恐ろしい顔だ。だが安易にその口を開かぬ方が身のためだぞ。お前の大切な呪われた令嬢が、どうなってもいいのかな?」


心臓が止まるかと思った。まさか自国の王に、光の剣をで国内を照らす王に、妻を人質に取られる日が来るだなんて。

怒りでどうにかなりそうだったが、体の力を抜いた。ここで私が抵抗してもいいことは何もない。

脅しは恐らく本気だ。国王は先ほどからずっと目が少しも笑っていない。本当に、私の浄化中の姿を見世物にするつもりだ。


「まさか自宅以外の牢に入ることになるとは思ってもみなかったな」


王の臣下に話しかけるように呟いたが、完全に無視をされてまるで罪人を放り込むかのように、王宮の地下牢に入れられた。

ここは普段は、王に背いたり不正を働いた側近や貴族たちが王の意思で入れられている。私は一体どちらに当てはまるのだろう。


「浄化を見せすることは承知した。だがそれまでの間、公爵としての仕事をさせてくれ」

「その必要はありません」


感情の籠らない声でそれだけ言うと臣下たちはぞろぞろと牢屋から去っていき、私は今度こそ本当に体の力が抜けて座り込んだ。

プラントル王、あなたはいつからそんなに心が歪んでしまったのだ。


リアナ、私が帰るまでどうか無事でいて下さい。


――――――――



ふと意識が浮上して瞼を開けると、視界に映るのは見慣れた天井だった。

一体いつからどれくらい寝ていたのかも分からないけれど、室内が明るいので日中であることは間違いない。ゆっくりと深呼吸を二度三度と繰り返してから声を出した。


「誰か……」


しゃがれて低いものだったが、すぐにオリビアが駆け寄ってきて手を握ってくれた。


「リアナ様、意識が戻られたんですね。お加減は如何ですか」

「分からないけど、多分大丈夫」


目が覚めたばかりなのに、体は重く頭はまだ睡眠を求めているようだった。

だけどまだ眠ってしまう訳にはいかない。今見た夢の話をヴェール様にしなくては。あれはきっと夢ではなく、本当にあった出来事だ……


「ヴェール様は……」

「旦那様はもう随分前に浄化を終えられて、今はお仕事をなさってます。リアナ様が目を覚まされたと聞いたら喜びますよ。直ぐに呼んできます」


ああダメだ、眠気に逆らえない、寝てしまう。瞼が上がらない。意識が朦朧とする……


「オリビア……私が……次起きたら、王宮の夢、って私に……いって……」

「王宮? かしこまりました」

「よろ……すみ……」


再び気絶するように眠った私は、今度は平和で楽しい夢を見た。

赤毛の狼のような獣の姿になった自分と、瘴気のない綺麗な金色の獣のヴェール様と大草原を走るという内容だった。

会話はなく、ただ風を切って走るのが気持ちよくて、このまま二人でどこまででも行ける気持ちになった。

いつまででも見ていたい。そんな欲求を抱いてしまったせいか、私は一度目を覚ましてから再び昏睡して、三日間も眠り続けてしまったらしい。


次に目を覚ました時、オリビアに「リアナ様が次に目を覚まされた時に『王宮の夢』と伝えて欲しいと仰っていましたが、覚えていますか?」と言われたけれど、何のことか全く思い出せなかった。

王宮に行った夢でも見て、ヴェール様にお話ししたいと思ったのかしらとしばらく考え込んだけれど、微塵も思い出すことは出来なかった。


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